昨年7月に行われたナポリ・サミットの主要な議題の一つは,「雇用」であった。今や先進国共通の悩みは,構造的な雇用機会の減少である。ナポリ・サミットに先立って,3月には,デトロイトで雇用サミットも開かれている。
わが国経済は,長い不況からようやく回復の方向に動き出したが,雇用情勢は相変わらず厳しく,失業率も3%程度になっている。景気が回復したといっても,ヨーロッパ諸国では10%前後,アメリカでは6%程度の失業率であり,これらに比べると大したことはないようだが,多くの人たちが指摘しているように,現在の厳しい雇用の状況は,単なる景気循環の問題だけではなく,構造的な要因によるところも大であると考えられる。生産拠点の海外移転にみられる経済の国際化,高齢化社会の到来等々,労働力の需給両面にわたる大きな構造的変化が進行しつつあるのである。
労働省の雇用政策研究会がとりまとめた中期雇用ビジョンにおいても,毎年3%程度の成長率で西暦2000年での労働力需給は,全体としてバランスするとしている。言うまでもないことだが,全体としてバランスするというのは,産業構造の大きな変化を前提としている。すなわち,労働者が産業を超えて,企業を超えて移動することが多くなる。また,企業にとどまるにしても,仕事の内容が変わることも多くなる。このような労働者の移動などに関して,的確な政策を実施しないと,失業の増大などの事態を引き起こす。その政策として最も重要なものは,職業能力開発である。
ナポリ・サミットの経済宣言において,雇用問題の解決のために,マクロ的な経済成長の必要性の言及は当然のことであるが,具体的な措置の第一番目に次のように述べられている。
「よりよい基礎教育,技能の向上,学校から職場への移行の円滑化,職業訓練への雇用者側の十分な関与,デトロイトにおいて合意されたような生涯学習という考え方の普及を通じ,国民に対する投資を増加させる」。
われわれ職業能力開発行政を担当しているものからみれば,企業内の教育訓練に対する情報面,財政面での支援,公共職業能力開発施設の設置,運営等々多様な政策が実施され,十分とは言えないかもしれないが,人的にも,財政的にもそれなりに資源が投入されている。上記サミットの経済宣言で述べられている措置は,抽象的にはおおむね実施しているといえる。
問題は,われわれが今後具体的に何をなすべきかである。これには,日本が世界経済の中でどのような役割を果たすことが期待されているのか,国内でどのような分野の発展が望まれているかに係ることである。どのような産業にどのような能力を持った人をシフトさせていくべきかということである。高付加価値型の製造業,情報関連産業,福祉分野等,今後伸びていく産業といわれているが,将来の正確な姿をイメージすることは,正直言って難しい。今のわれわれにとって,一人ひとりが世の中の大きな流れを的確に把握し,小さな動きを鋭敏に察知して,各々の担当分野でこれに間違いなく対応していくことが何より大切なことと思う。大きな変化の中で,職業能力開発に携わるものの職業能力が問われているのである。
なかい としお
昭40 東京大学法学部卒
昭58 大臣官房統計情轍部労働福祉統計課長
昭61 総理府大臣官房参事官
昭62 大臣官房政策調査部総合政策課長
昭63 職業安定局雇用保険課長
平 2 大臣官房会計課長
平 4 大臣官房審議官
平 6 職業安定局次長を経て現職