ポリテクカレッジは,主に高等学校卒業者を対象として,著しく進歩発展しつつある科学・技術に対応して,ものづくりのうえで的確に対処できる高度な知能と技能をもった実践技術者を2年間で育成することを主要な目的の1つとしている。このことを学生の立場からいうと,わずか2年の間に,専攻する技術分野に関する基礎的知識を習得し,ものづくりの基本となる技能を身につけ,そのうえ今後予想される新しい時代の科学・技術を実践の場で活用し,応用し,かつ発展させる能力を養わなければならないのである。ここでいう能力とは,故成瀬政男初代能開大校長が強調されている「考える力」1)のことであり,以下ではこうした能力を考える力という言葉で表現する。
さて,ポリテクカレッジでは,専門科目の授業には学科目と実技科目があり,この両科目によって,専攻する分野における基礎的知識と基本的技能を車の両輪のごとく身につけさせ,そのうえ考える力を養成させなければならないのである。
実技科目は実験,実習,製図など実際にものをつくる技能の訓練であって,その効果的実施方法については職業訓練として古くからの実績があり,筆者らがとやかくいう必要はない。
学科目は専攻する分野における基礎的知識を学習し,考える力を養うことを目的としていると,筆者らは考えている。そこで,学生に基礎的知識と考える力を身につけさせるための学科目の授業に関連して,2年という期間を考えると,講義のシラバス(SYLLABUS)の利用がきわめて効果的と考えるものである。
ポリテクカレッジにおける教育訓練と4年制の教育期間におけるそれとを比較すると,次のような差異を見いだすことができる。
そのために,ポリテクカレッジにおいては,学科目の理解度が浅くなり,やがてやる気が希薄になって考える力も身につかなくなる危険性があるように思われる。どうしても,1回の講義で知識を授け,考える力を身につけさせる方策を講ずる必要があると考えるものである。
島田昌幸教授の論文2)の中に,ガーニェの学習課程のモデルが図1のように紹介されている。この図に従って,認知心理学での学習課程の概要が述べられている。
それによると,情報は,始めに頭の中の受容器で受け取られるが,それは主として中枢神経内の感覚登録器(感覚記憶ともいう)へ登録される。そして感覚登録器内の全情報のうち,一部は短期記憶(作動記憶ともいう)へ転送されるが,残りは消失してしまう。短期記憶における情報の保持時間は感覚記憶より長いが,一般的には10数秒間であるといわれている。また,記憶できる容量にも制約があり,7単位前後に限られる。次いで短期記憶の情報は,符号化処理を経て長期記憶に貯蔵される。符号化処理は,新しい情報を変換して既存の情報の中に統合し,後でその情報を使いやすくする機能である。いったん長期記憶に情報が貯蔵されると,ほとんど永久に保持されると考えられている。
また,同論文では,学習課程の分析を最終的には学習を促進する方法に結びつけるという目的をもって,次の4つの学習位相によって検討を行っている。
このことを,学科目の学習について,普通の言葉でいうと,(2)が講義,(3)が演習とかレポート,(4)が試験であって,(1)に対応する有力な手段として,シラバスの利用ということを提案しているのである。
古くから職業訓練においては,指導案を作成して教育訓練が行われていた。指導案は訓練計画の最終段階のものであって,教える側のメモである。学科目と実技科目とではその内容がかなり違うが,学科目についての大要は次のようである3)。
訓練題目,目標,時期,所要時間,訓練用補助具等を記したのち,指導段階別に時間配分と教える内容の要点と方法を表示したものである。すなわち指導段階の内容は,表1のとおりである。表1中の指導段階のそれぞれは,前述の島田教授の4つの学習位相に対しているようである。このような指導案に従えば今日でも充実した講義が期待されるが,講義を受ける側からすると次のような問題がある。
(a) 学生の大部分は普通科の卒業生であるので,専門学科目の内容は初めて聞くものばかりである。したがって,図1の短期記憶から長期記憶への転送がよほど円滑に行われるようにあらかじめ準備し,頭を整理しておかなければ,せっかくの名講義も記憶されないで頭から抜けてしまう恐れが大である。
(b) 4年制であると,同種の内容が2度,3度繰り返して講義の中に出てくるし,また時間的にゆとりがあるので,ゆっくりと復習することができるが,2年制のポリテクカレッジではあらゆる面でゆとりが少ない。1回の聴講で専門知識を長期記憶に貯蔵できて,上記の問題を解決するために,島田教授の動機づけ位相ないしは表1中の準備段階に相当するものとしてシラバスの利用を提案するものである。
シラバス(SYLLABUS)は授業要目と邦訳されており,いろいろの形式のものが実用されているが,ここで提唱するシラバスは学生に講義を聞く前に頭脳の準備をさせておくためのものである。
すなわち,1葉の紙に記されたシラバスを講義の前週に学生に配布しておき,学生はそれを見て,必要なら予習もして,頭の中を整理して,講義で得られる情報が円滑に流れて必要な知識が長期記憶に貯蔵されるように受け入れ態勢を整えておき,講義でどのように解説され説明されるかを目を輝かせながら聞くことができるように準備をさせるためのものである。
シラバスの内容は学科目によって差異があろうが,上記の目的のためにはおおむね次のような項目を含む必要がある。
以上の内容を,1枚の用紙に500~600字程度に簡単にまとめるのである。要は,さきに述べたように,当日の講義の重要な情報が頭の中の長期記憶に円滑に貯蔵されるように,動機づけ・手助けとなるような情報が提供できるものであることが肝要である。
シラバスの作成に当たっては,教える側の労力と時間が必要である。よってシラバス利用によって得られる効果がかなり期待されなければ,シラバスの利用は成立しなくなる。シラバス利用によって期待される効果としては次のようなものがあげられるので,シラバス利用はかなり有効なものと考えてよいだろう。
頭の中の受け入れ態勢が整えられているので,講義の内容がどのように展開していくかということが大きな興味となるはずである。したがって,講義の内容に常に注意が向けられて,私語等はなくなるようになろう。
シラバスを読むことは予習的効果もあるので,講義内容についての疑問点が授業時間中にすぐ浮かぶようになるはずである。よって,質問が多くなり,授業が脈動的になるだろう。
シラバスのもつ予習的効果の重要な結果として考える力がつくことである。講義の前にシラバスを読み,時々は1人で参考資料を読んでシラバスの意味するところを調べておくと,講義の内容を批判的に受けとめることができて,常に考えつつ学習する習慣がつく。このことは,問題が起こったときいろいろのことを調べかつ検討して,それを解決する力,すなわち考える力がつくことになる。
講義時間中にその内容を整理し,理解しつつ記憶するようになるので,当然の結果として学力がつく。
これは教える側のことであるが,シラバスを他の講師と互いに交換しあうようにすれば,今どの学科目がどのように進められているかが明確になる。このことは担当している学科目の講義を進めるにあたってきわめて有用であって,ひいては学生の学力増進に大きく貢献することになる。
以上を要するに,シラバスは実践技術者に要求される3つの要素のうち,専門分野における基礎的知識の充実と考える力を養ううえで,非常に有用であると考えるものである。