PROTSでは感覚運動系の技能に対して「知的管理系技能」という言葉を使用しているが,これは特別な技能を指す言葉ではない。われわれ,能力開発に携わっている者が自覚すると否とにかかわらず,両技能を併せて教育訓練している実態がある。
とかく,これまでの訓練現場では「やってみせる」という技能訓練が中心であったように思われる。しかし,ポリテクカレッジで行われている専門課程をみると講義が中心で,実験・実習がややもすると軽視される傾向がある。このため,実践技術者の育成といいながら「物」を作れない学生が卒業していく傾向が少なからずあった。これでは本未の技術・技能者が育たないのではないかと心配な面もある。
このような背景から,従来の感覚運動系技能と知的管理系技能を併せもった技術・技能者の育成が必要と考えられる。
ここでは,PROTSにおける知的管理系技能の必要性を理解し,感覚運動系の技能との連携を図ることにより,効率的な能力開発を展開するための参考としていただきたい。
人間の知的側面の活用を主とした技能で,技術と同じようにみえるが,まったく異なるものである。この技能は情報処理系分野におけるプログラミング,システム設計,電気・電子系分野におけるシーケンス制御,電気工事設計,回路設計,機械系分野におけるNC工作機械プログラミング,CAD/CAM,生産管理,工程管理,建築系分野における建築設計,施工計画,積算,インテリアデザイン等があり,現在,急速に広がりつつある技能分野であるといえる。
知的管理系技能といっても特別な技能ではなく,「カン」「コツ」に代表される感覚運動系技能教育訓練の中で,意識することなく使われている技能であるといえる。例えば名工といわれる人の技能作業をみていると,本人が意識しているといないとにかかわらず,その作業を通じて「むり」「むだ」「むら」がないことに驚かされる。これは長い経験や技能の蓄積により材料の特性を生かし,材料をむだなく使用することで完成した製品の品質が均一となるよう,本人の手・足が自然に動き,作業を行っているからである。この一連の作業では名工は,材料に対してむりな加工をしなくてもすむように「頭」の中で材料特性を検討し,どのように加工すれば一番材料に合った方法となり,材料のむだがなく品質の一定した製品が完成するかを考えている。これが知的管理系技能である。これには,加工に対する感覚運動系技能に習熟していることが前提条件となるが,名工といわれる人は当然習熟しているので問題はない。同様に材料をいかに有効に使用するか,均一な製品を製作するかについて,常に頭の中で次の工程や作業全体を見渡しながら作業しているのである。
もう1つ例をあげよう。運転技能についてである。筆者は港湾短大で大型荷役運搬機械の運転実習を担当していた。いわゆるトラッククレーンやフォークリフトという大型荷役運搬機械である。これらの荷役運搬機械の運転操作は,学生にとって「未知との遭遇」そのものである。機体重量が5t以上もあり,運転席が高く(2m程度),機体そのものが大きく,自動車の運転感覚とはまったく異質な操作感覚である。したがって,その運転操作は自動車の教習でおなじみの「身体で覚えなさい」という教育訓練方法(学生の話によると自動車教習所では例外なくこの方法であった。これでは年齢に比例して教習料金がかかるのも当然といえる)では,技能習熟度を短時間で高めるにはむりを生じる。学生に対して短時間で運転技能を習熟させるには,学生が自主的に実習に取り組む訓練方法の開発が必要になり,教育訓練方法の開発研究を行った。この研究結果からいえることは,運転技能といえどもかなりメンタルな要素が多く,次の操作手順,全体的なコースの情報,運転に関する技能要素と自分自身の運転操作の比較等を常に考えながら実習を行うことにより,身体で覚える式の方法より技能習熟度が格段に進歩するということである。このように運転技能であっても,知的管理系技能要素と一体的に教育訓練を行うことにより,効果・効率的な教育訓練を実施することが可能になる。詳細については参考文献1)~4)を参照されたい。
また,大型荷役運搬機械の運転実習を通じていえることは,女子の習熟度が男子に比べて速いということである。特に,自動車運転免許試験場で客観的に合否の判定をされる大型特殊自動車の運転技能については顕著であった。それもポリテクカレッジに入学するまでは原動機付自転車にも乗ったことがない女子学生が,一度で合格している事実である。これは,研究結果に基づいて作成された実技テキストをきちんと読み実践する(実習の受講態度にもよるが,結論は教科書どおりに運転する:試験場で試験官が要求する運転操作)ことが,合格につながるようである。当然,この実習では「考える運転」ということで,感覚運動系技能を知的管理的要素から検討し,自らが運転操作に関する要素と自己の運転操作を比較分析し,実習課題との差を自己評価し,運転技能習熟度を高めるという方法をとっているからで,知的管理系技能そのものであるといえるのではないだろうか。
教育訓練では,「知っている」「できる」「教えることができる」という言葉の違いを明確にする必要がある。実技訓練を実施するとき,指導員はその技能について十分な前提知識を有し,実際にその作業ができなければならない。さらに,その技能・技術を訓練生に指導しなければならない。実技指導を行う場合には当然のことと考えられるが「知っている」「できる」ことが,イコール「教えることができる」というように理解されているケースが多い。
知識として知っていても,実際の作業を行う場合,できないことはよくあることである。また,その作業ができても,教えることは非常に難しいのが現状である。筆者の20年程度の経験でも作業内容を10と仮定したとき,学生集団に半分程度の内容を理解させられれば成功の部類であり,7~8程度理解させられれば最高ではないかと思われた。さらに,今日の授業は自分自身でもよくできたと思うのは,年間を通じてほんの少しの回数しかないというのが現状であった。このことから「教える」という技術・技能が,いかに教育訓練にとって重要な要素を占めるか理解いただけると思う。
特に知的管理系技能では,先行する基礎原理,経験則を整理するという学習が必要になり抽象性が高い点に特徴があるので,この技能を教える場合には非常に高度な指導技法を要求される。
例えば,コンピュータ・プログラミングでは,同じ結果を得るにも,いく通りものプログラムが考えられる。作業対象から情報を分析し,過去の経験と照合し,表面上は見えない作業を「頭」の中で行い,プログラムを組み立て,結果を得るというのがこの技能である。しかし同じ結果を得るにも過程が異なるプログラムがあってもおかしくない。つまり正解は1つではないという点である。このように,結果を目指す方向が一定であるのに過程が異なるということが知的管理系技能の特徴であり,これまでの「やってみせる」という技能との相違点であり,高度な指導技法を要求される要因となっている。
シーケンス制御における技能でも同様である。これまでの有接点シーケンスでは,電子の流れそのものは見えなくても,それぞれの電気機器を電線でつなぐという作業で,目で見てある程度理解が可能であった。しかし,無接点シーケンスになるとICチップの中でこの作業が行われ,目で見ることなくブラックボックス化され,「頭」の中で電子の流れを追っかけることになった。
また,NC工作機械プログラミングは,これまでは感覚運動系技能の典型とされていた機械加工を自動化するためのプログラミング作業である。しかし,旋盤作業やフライス盤作業を理解(知っている,できる)していない者には,効果・効率的なプログラミングはできない。本来は,名工といわれる経験者がプログラミングすることにより「むり」「むだ」「むら」のない作業になり,品質のよい製品ができるわけである。ここでも過去の経験が大きくものをいう。
知的管理系技能はこれまで述べたように「人間の知的側面を主とした技能」であり,「経験則を集積し,これを応用する技能」であるといえる。また,「原理やルールを具体的な目的へ適用する技能」であるともいえる。
したがって,これからの職業能力開発では従来型の教育訓練だけでは,その内容を十分に伝達することが難しくなると思われる。また,何年か教育訓練を続けていると指導方法がマンネリ化し,自己の指導方法に自信がもてなくなったり,訓練生のレスポンスが悪くなるなどの問題点が派生してくる。この問題を解決するためにはPROTSの研修を受講するのが最適である。
PROTSを学習するには,一部のポリテクセンター(職業能力開発促進センター)の能力開発セミナーを受講するか,職業能力開発大学校研修研究センターで実施されている訓練技法等開発研修を受講することになるので,後者を紹介する。この研修では知的管理系技能だけでなく,新指導技法として「指導員のための新訓練方法(PROTS-ABC)」と,リーダー養成のための「PROTSリーダー養成(AB)」「PROTSリーダー養成(AC)」がある。
PROTS-ABCでは,在職者訓練や高度技能訓練,テクニシャン訓練など職業能力開発の新時代に対応した指導技術を体系的に習得することになる。このコースでは「技術・技能教育の基本的考え方」「教育訓練計画と評価」「効果的な考え方」に関する実践的な力を養うことに主眼をおき,指導員経験がおおむね3年以上の者がその対象となっている。
セミナーAでは技術・技能教育と指導員の役割を講義と演習で学習する。セミナーBでは訓練プログラムの編成と評価を,①訓練ニーズの把握の方法とコース設定の進め方,②訓練プログラムの編成の方法,③訓練評価の進め方を講義と演習で学習する。セミナーCでは授業を展開するスキルを,①学習指導の基本をモデル講義で,②講義の進め方を講義・演習で,③実習の進め方の基礎をモデル実習で,④感覚運動系技能実習の進め方を実習・演習で,⑤知的管理系技能実習の進め方を実習・演習で学習する。この研修を受講後,PROTSリーダー研修を受講することができるシステムになっている。
PROTSリーダー養成(AB)・(AC)では,PROTSコースの(セミナーAおよびBまたはセミナーAおよびC)の指導を担当できる指導者を養成することを目的としている。コースの開設の方法,セミナー授業運営の進め方,PROTS指導マニュアルと教材の活用の仕方等を中心に学習する。このセミナーの受講によって職業能力開発促進センター等でPROTSを用いたセミナーを具体的に企画し,運営することができる者の養成に重点がおかれ,「指導員のための新指導方法」研修を修了した者,もしくはそれと同等の者が受講対象者となっている。研修内容は,①システム開発の目的と意義を講義で,②マスターセミナー開設準備の仕方を講義・演習で,③マスターセミナーの進め方を演習・実習で,技術・技能教育と指導員の役割と訓練プログラムの構成と評価を学習する。さらに,④特別講義および評価を講義で,⑤指導技術研究および報告を演習で学習する。
PROTS-ABCもリーダー養成コースも約2週間の日程となり,演習・実習を中心とした内容にその特徴があり,ハードな研修であるともいえる。しかし,この研修をマスターすれば訓練指導技術の広い分野を理解することができ,実用的な指導方法が日常業務に応用可能になり,現在のマンネリ化した指導技法のリフレッシュにつながり,必ず明るい指導方法の世界が開けるものと確信する。
企業において人材教育の必要性が問われて久しいが,現状では職業能力開発促進法第4条で「雇用する労働者の職業能力の開発及び向上は事業主の責務である」と規定されているにもかかわらず,企業内教育ができる者は少ないといわざるをえない。しかし,職業能力開発施設の指導員がPROTSをマスターし,訓練技法のプロとしてさらに磨きをかけ,それぞれの専門分野に生かすなら,企業内教育者の育成も夢ではなくなる。
現代はボーダレスの時代といわれ,職業能力開発の分野でも技術と技能の境界がなくなり,技術・技能を併せもって「与えられた作業を合理的に遂行できる」者に対するニーズが叫ばれている。これに対応するには,技術教育と技能教育を融合した人材育成が必要である。この融合された教育をPROTSでは「生産技術教育」5)と呼んでいる。現代の生産活動は科学と技術と技能に支えられて展開されている。これに対する教育訓練も,それぞれの要素に境界をつくることなく総合的に実施しなければならない時代であるともいえる。このことから生産技術教育を視点においた教育訓練の必要性と重要性を検討し,これからの指導に生かしていただきたい。
PROTSシステムの開発には多くの人々の知識,体験,労力といった有形無形の要素が結集されている。これを最大限利用するのは最適の手段であると考えられる。とかく新しいことには馴染みにくいのが人間の特性とも思われるが,食わず嫌いでなく,常に新鮮さを求める人間であり指導員であることが,これからの時代に要求されるのではないだろうか。
海外に注目されはじめたPROTSであるが,国内でも一層の普及と発展を期待したい指導方法である。