• 栃木県立今市高等産業技術学校  糀谷(こうじや) 通男

1.はじめに

実技を教えながらよい文献はないか調べたが,これはという文献はなかった。

それで自分なりに作ってみようと手がけてみた。完成までの道のりは長い年月を費やした。

パソコン操作のアドバイスとマニュアル作成へのご協力,ご意見,ご検討をいただいた同僚および企業の方々に心から感謝する次第である。

2.作成の経緯

昭和50年から手書きのマニュアルを書き始めたが,自分の思った図がなかなか描けなかった。

使用して手順や図や解説の不都合部分を何度も改訂し,昭和55年7月ころに今回出品したマニュアルの原型ができた。

昭和50年ころは湿式コピー機のためトレーシングペーパに書き,のちに電子コピー機の導入となり台紙に罫線をいちいち書く手間が省けるようになり,便利になったと感じたものだ。完成したとはいえ手書きで下手な文字と図で迫力が欠けるものであった。なんとかもっときれいにならないかと思案する日々が続いた。

平成元年3月にパソコンを購入してマニュアルの活字化に取り組んだ。文字はなんとかよいにしろマニュアルの図解となると市販ソフトの機能に限界があって描けそうになかったとき,職場の方からの紹介で,Z'S WORD JG というすばらしいソフトがあることを知った。試したところマウスで解説図を描くのは難しく,それならイメージスキャナーを利用したらどうかと購入したものの,バイト数が1イメージ約12万バイト×12コマ=144万バイトと大きくなり,フロッピーの容量をオーバする計算となり,ファイルの保存が不能というアクシデントに直面してしばらくの中断…。

その後マウス操作にも慣れた平成5年1月から作業の再開に踏み切った。

ソフトはJG3にバージョンアップされ操作性が飛躍的に向上し,ツールボックスも豊富になった。そして平成5年9月に35頁のマニュアルが完成に至ったのである。

平成6年度教材コンクールに出品するために再点検と自学用に彩色を施した。手書きの前身マニュアルから20年の歳月を経たことになる。

3.製作にあたって

3.1 マニュアルの目的

マニュアルの目的は職業訓練教材として木工の基本技能を習得するため基礎的な内容を中心に解説し,鉋(かんな)・鋸(のこ)・のみの手入れや使用法,接合法を解説した。

まず鉋の裏押し,研ぎ方,台の直し,角材削り,板削りという形で作業を進め,鉋の知識と技能を学び,次いでのみ,鋸へと進む。

鉋が最も難しくこれをきちんと訓練すればあとは自然と理解していく。鉋を手抜きしないようマニュアルに最も力を注ぎ時間をかけ作成した。また将来のために鉋の台の仕込みを追加した。これは修了式の直前に教える。特に建具製作や桐たんす製作は自分で勾配を調整する必要に迫られるためである。

鉋,のみ,鋸作業のほとんどは機械化されたが,グレードの高い商品は手作りが好まれる。大きな品物は機械加工が困難で手作業を余儀なくする。

このマニュアルにはもう1つの目的がある。3Kが現代の若者に敬遠されるなかで,伝統的手工具の使用法を後世に確実に伝承するという使命がある。一度絶えたらなかなか復活できなくなる。

技術革新でコンピュータによる完全自動化可能な木工業界に相反し,木製品市場は時代の反動からか,職人が作った物をほしがる本物志向が存在する。この要求に応える技能を保存する目的がある。

3.2 解説図の向き

解説図は作業者自身から見た形を主体に表現した。訓練生が説明・実演のあと,実技に入るとき図解を見てそのまま自分の姿勢を合わせるよう,姿勢の変換による勘違いをなくすために配慮をした。

3.3 表現力の壁

プロのアニメータのような表現力はなく,材料の感触や力の入れ具合などいろいろな壁があった。

1コマを1週間も描き直しや試行に費やすこともあった。右手を作画するときの難しさ痛感した。

マニュアル製作に利用したソフト(JG3・JG3.1)の優れた機能の数々を完全に生かし切っていない。

3.4 資料不足

木工の用語や技法の資料が乏しく,用語は地方によりニュアンスが違う,家具と建具では考え方が違う,などの問題に直面した。さらに当用漢字の枠外の用語が多い,手書きにはホゾを漢字で書いたがワープロ漢字にはない。抽斗(ひきだし)は引き出しと変っているなど編集作業中いろいろな問題に直面する。また伝承された用語はどんな文字か調べようもない。

鉋の台の仕込み方は書物がなく,編集したものは学生時代に一度習ったものを少しアレンジしたもので,記憶をたどり試行した。

鋸の目立てはまったくわからず目立て屋で教えてくれないかと頼んだところ,ただ働きで5年の修業が必要だと断られた。理由は弟子が目立てしたものを親方がもう一度やり直すためだという。そのため編集を断念し外した(業界もほとんど外注の作業)。

鉋の裏打ち作業は,矛盾があり下手すると鉋を損傷してしまう危険から外した。それぞれの流儀があるから,混乱やいろいろな矛盾が生まれ,自分の技法が正しいと誰もが主張を変えない。技能の世界の難しさがここにある。

このようなマニュアルを作ろうとすると必ずこの問題に直面する。これについては今市高等産業技術学校で長年訓練に採用している方式で表現した。

3.5 12コマ

12コマでの表現は一部を除いて,1つの作業を説明するために適当である。あまり多いとしつこく,逆に少ないと表現が大まかになる。人の集中力には限界があることと,紙面の制限を考え12コマにした。余白には準備用具・参考となる資料などを書き込み,それぞれの作業に役立つポイントをあげ簡単に解説,図を多くして興味を持たせた。

1コマごとに作業の要点を補足するほか,図中の説明は一層理解しやすく補足した。

図の比率が違う場面がいくつかある。これは主体がどちらにあるかで大きさに変化をつける工夫が加えてある。

4.多様な使用法

4.1 訓練に使用して

このマニュアルは職業訓練用の教材として作成したが,いろいろな利用方法が考えられる。アマ,プロを問わず木工作業の手引き書として使用できるものに作りあげた。しかし,指導員の説明+実演指導が理想。間違えて憶えてしまうことのないよう配慮して使用していただきたい。

実演を2回繰り返して作業に入ると1回目より2回目は質問がでてくる。質問や疑問がでるということは理解し始めた証である。

巡回しながらマニュアルと比較させたり,もう一度やってみせたりの繰り返しが大切である。

パソコンにオーバヘッドプロジェクタを接続して説明ができるよう将来的機能も加味し,彩色画面ディスクを用意した。これは新しいポイントをカラーで表示し,多少なりとも画面を楽しく見られるよう工夫した。この部分については心理的研究の余地が残っている。

4.2 自学自習用のディスク

ディスクはパソコン画面で学べるよう用意した。カラーをつけ多少変化を試みた。テキストに目次があり,作業名は各ディレクトリを開きファイルのページ…コメント(作業名に同じ)を見て,これを読み込みすると見たいファイルが読み込まれる。

多少パソコン使用の知識が必要となるが,テキストと並行して使用すればかなりの効果が期待できる(テキスト巻末のディレクトリとファイル名を参照してファイルの選択を行う)。

このマニュアルだけで何でもできるというものではない。これは木工の基礎的技能の解説マニュアルであることを十分理解して使用してほしい。最低の知識として,材料・工作法・塗装・製図・安全衛生などの学科の学習が望まれる。

4.3 復習用として

訓練してしばらくすると,記憶が薄れたり記憶の違いがあるものもある。再度学習するときに見返し学習ができる。

例えば鉋の手入れが完全でない生徒が,もう一度マニュアルを見て練習して完全にできるようになる。復習用として活用に威力を発揮している。

4.4 後輩の指導に

修了して数年,後輩を指導する立場になったとき,教えることになると戸惑う。

仕事ができても教えるとなると別問題で,大変なエネルギーが必要である。このマニュアルを使用して後輩に教えられれば,修了後も仕事にも大いに役立つものとなる。

4.5 企業の人材育成に

入賞が内定して間もなく後継者の養成のためいろいろ相談したいと来客があった。社内で鉋をはじめとする指導を試みているがよいテキストがなく,特に鉋を教えるにあたって職人同士でいろいろなやり方があり困った。なんとか若い人にわかりやすく技能を教えたいのでと,相談にみえられた。

早速マニュアルを差し上げた。数日して質問とお礼の電話があった。担当の方の切実な要求に少しでも役に立ったことに安心した。建具業界では昔は小さな窓(便戸/べんど)から練習させ,だんだん高度なものへと注文の中から訓練することができた。

このごろは会得する間もなくいろいろな作業となり,結局辞めてしまい後継者が育たない。

後継者の養成にいくぶんでも役立てばと願っている。今後このような利用に期待したい。

5.マニュアルの紹介

誌面の関係でマニュアル全体を紹介することができないので,サンプルをご覧いただきたい。

図解の姿勢や工程を正確に描くことはなかなか大変で苦心がある。写真での解説はどうしても強調したり,部分的な省略ができない。

鉋削り作業(サンプル)を見ると,ここでは削り方の練習(切り味,台の調整の確認)のため,役割として次の作業と前の作業を結びつけることがある。

図解の欄外には予備知識などを書いて作業と関連知識をつけ加えた。鉛筆ですら削ったことがない訓練生は鉋が削れるようになったことに感動する。

自分で研磨や台直しするなど初体験である。

入校すると最初に鉋の裏押し作業といって鉋刃の裏(平らな方)を金砥で平らにする作業は,訓練生のほとんどが知らない。

この作業はプロの厳しさの第一歩であることを十分認識させるよい機会である。1つひとつの作業を解説して,やがて製品のできる訓練生に育てあげる。

楽しく学ぶとまではいかないが,理解しやすいように図を中心に文字は補足程度に心がけた。

製品製作や機械操作のマニュアル化を考えたが,永続的に使用が難しい。

機械は製造メーカによって形状・操作方法・機能・性能など千差万別であるため,今回の編集対象から外した。

6.活用と効果

最初の手書きマニュアルから何度も改訂した理由は,手順や図の方向などにいろいろな問題があったからだ。現在のものも完全とはいえないが当初よりは使用しやすくなってきた。

木工の基本訓練は,他の職種と大きく異なることがある。今市高等産業技術学校は小規模校で機械加工科,電気機器科,木工科の3科である。

機械加工科,電気機器科は工具の手入れは最初に教える必要がない。工具は新品でそのまま使用できる2科と違い,木工科はまず鉋やのみの手入れから訓練しないと何もできない(プロ用の鉋やのみは新品がそのままでは使用できず,日曜大工用は使用できるものも市販されている)。

入校早々鉋の裏押し作業からスタートするほとんどの訓練生は,木工科を選んで失敗したと思う。そのためできるだけ早く鉋が切れるようにしないと辞めてしまう。

そこでマニュアルが重要な役割を発揮することになる。説明も簡単で短時間に理解できるから訓練生もやる気がでる。

やる気がでれば自然と上達し先へ進む。手前味嗜であるが,使用するようになって効果があがったと確信している。技能や技術の世界はなかなかポイントを他人に教えない習慣がある。それはかなり昔から秘伝などの伝承はごく限られた弟子にだけであった時代の名残である。鉋の手入れなど人前であまりやらない(職人は時間外に手入れした)。

手入れ方は一種のタブーで,他人に教えない風潮がつい最近まで存在した。

マニュアル完成で作業がわかりやすくなり活用効果が得られた。

7.おわりに

編集にあたっての苦心談・失敗談を申しあげる。作成の経緯で書いたように当初は手書きで不便な時代だった。そののちパソコンの普及により編集できた。しかし,幾多の失敗がある。

昨年は湿度が高く1台目のパソコンが故障,買い換えて間もなくハードディスクのトラブル。240MBハードディスク購入,2Gフォーマットしてツールソフトが使えなくなったり失敗の連続。JGの操作に慣れないことから線画編集中にパックや上下設定で暴走,それまでの編集が水の泡となるなど失敗の連続。マウスは2~3ヵ月に1個壊れてしまった。

終わってみれば長く遠い道のり,編集にあたってパソコン知識と操作技能の乏しさを痛感した。

余談になるがパソコン機器の購入は平成元年3月17日。それまでは自分で使用する意欲がなかったのだが,先輩に刺激され購入。以来なんと,パソコン本体2台ディスプレイ2台ハードディスク3台外付けドライブ2台プリンタ2台プロッタ1台スキャナ2台(1台は懸賞賞品)と大変投資したものである。

編集に使用したJGについて触れると,DTPソフトなので耳慣れない方もいると思われる。ツァイトから発売され,特徴は線を自由に描くことができ,漢字は半角から自在に変化可能。文章・レイアウト・線画・フォームレイヤー・イメージ・スキャナ編集等8画面の編集モードがあり,文書の切り替え編集ができ,別の文書から部品や文章のやりとりが可能で,マニュアルの編集に威力を発揮してくれた。

すばらしいソフトに恵まれたことが完成に至った要因であったと思う。心から感謝している。

〈参考文献等〉

Z'S WORD JG・JG3・JG3.1は,株式会社ツァイトの登録商標です。

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