現在,産業界においてはエレクトロニクス,特にICやマイクロプロセッサの発展により,省力化,自動化および省エネルギー化が急速に進展し,いろいろな方面に大きな変革をもたらしています。
これらの進んだ技術が次々に実現されていくなかで,可変速ドライブ装置は他の機器類と並んで大変重要な役割を果たしています。
可変速ドライブ装置の方式にはいろいろなものがありますが,前述のようなエレクトロニクスデバイスの中でも,とりわけパワーデバイスとコントロールデバイスの発達によりインバータ装置による方式が機能・性能等において長足の進歩を遂げ,可変速装置の主流になってきました(表1)。
このようなインバータ装置による可変速ニーズの拡大に伴い,その特性を十分活用した能率的かつ効果的な使用法も併せて推進されなければならないことは想像にかたくありません。駆動される機械装置の目的,用途に対して最も適した機能と性能を持ったドライブ装置を選ぶこと,そしてその実装方法や運用方法を適切にすることが望まれます。
従来からインバータに関する書物や講習会は多くみられますが,インバータ装置自体の解説が主で,装置のハードウェアを理解したり,制御用プログラムの設計をしたりするものが多かったようです。
今回製作した教材は,インバータ装置を利用したり運転する立場にある人たちの訓練を想定したもので,例えばインバータで駆動される機械装置の設計技術者,実装・配線技術者,あるいは運転保守を担当する部門の技術者などを対象として,実用的な実装,機能設定,運転方法などの具体的な取り扱い法や目的に合った使い方の実習を主体とする訓練コースの開設を容易にするためのものです。
装置全体としては,市販の汎用インバータ装置に負荷用のモータと制御用入力スイッチおよび出力用のLEDを組み合わせたあまり変哲のないものですが,実習用として使いやすく安全でかつ理解しやすいように工夫してあります。以下に主な特徴を記します。
以上が主なものです。しかし,後述するように測定端子やコネクタの増設など,セミナー実施後いくつかの改善すべき点やセミナーの内容として新しく付加すべき点もでてきています。
実習に用いる装置は主にインバータ本体を取り付けた盤およびモータとその負荷を取り付けた装置の2つの部分で構成されています。その中で使用されている主な機器は次のようなものです(図1)。
交流の三相電源を直流に変換するコンバータ部と,その直流から可変電圧,可変周波数の交流を作り出すインバータ部からできています。モータの速度制御を行う中心となる装置です。今回使用したものは三菱電機製のFR-A200形で,主回路素子にIGBTをベースにした駆動回路を,また制御回路には32ビットDSPを使用しています。従来のV/f制御によるほか,センサレスベクトル制御もできるのが特徴です。
FR-A200形インバータはいろいろな用途を持ったオプションユニットを内蔵することができますが,その中でPI制御ユニットを内蔵させています。
プログラム運転用電池バックアップと流量,風量,または圧力などのプロセス制御を行う場合に有効です。
低周波数域で連続負荷トルクをかけながらの実習を考慮して,運転周波数全域にわたって連続許容トルクの大きい定トルクモータ(0.4kW)と,低速度で軸の回転状態が容易にチェックできる小型ギヤードモータ(40W,レシオ10:1)の2つを用いています(写真2)。
入力側ドライブメンバと出力側(固定)ドリブンメンバの間にあるバウダ(磁性鉄粉)の連結力および摩擦力によって制動トルクを発生します。
外部からの制御電流に比例した,回転数に関係しない一定トルクで安定した任意の負荷トルクをかけることができます。
インクリメンタルタイプのA相のみで,分解能が60P/Rの出力を分周,てい倍機能のあるデジタルタコメータに接続しています。
リアクトルはその目的によってインバータの入力側用と出力側用とがあります。実装したものは入力側用で,目的は入力力率の改善を目的としています。
インバータから発生するラインノイズを低減させる働きをします。対策として入力側と出力側両方に設けることが望まれますが,出力側モータまでの配線長が短いうえ,実習用ということで入力側のみに設置しています。
インバータの内蔵ブレーキ抵抗器の制動能力をアップさせる用途に適用します。高頻度の停止や,大きな慣性モーメントの負荷に有効です。周辺機器の知識と実装・配線訓練を目的として設置しています。
インバータの基本的な動作原理そのものは,比較的容易に理解されますが,その具体的利用にあたってはなかなか自信が持てないという声を聞くことがあります。それをよくつきつめてみると汎用インバータ自体の知識とともに,モータやその負荷に対して,その動作原理や特性を十分に把握していないことに起因していることが多いようです。
負荷に合ったモータを最適な条件で運転制御することによって,高トルク,高効率の運転,さらにはモータの定格容量の低減も図られます。
テキストでは,インバータを使用するうえで被制御用機器としてモータおよびその負荷が基本的にどのような特性を持っているのかを理解しておくことが不可欠の条件と考えて,それらの関連項目に多くの頁をさいています。以下にその章構成を示します。
テキストでのインバータ動作原理の学習とともに,テスタやオシロスコープ等の計測器を用いてハードウェアの測定実習を行っています。これは設備点検,あるいは省エネルギー目的ではインバータの入出力に関する測定が主体となり,電圧,電流,電力,力率および効率などのデータ比較が行われていることに対応したものです。
インバータの入力電流は歪波形です。また,電圧も出力側はPWM波形のために正弦波形とは大幅に異なる波形であり,計測器の種類や測定法によっては測定値が異なります。したがって単なる測定方法だけでなく,測定箇所と計測機器特性とのマッチングなどが必要なことなど,インバータ装置の動作原理と併せて理解できるよう関連づけています。テキストでの理論学習の印象づけと,より深い理解のために役だっていると考えられます。
以下に主な測定実習項目を示します。
(1) 入力電圧,電流,電力測定および波形観測(図2)
(2) コンバータ出力電圧
(3) コンバータモジュール導通チェック
(4) インバータモジュール導通チェック
(5) インバータ出力電圧,電流,電力測定および波形観測(図3)
(6) 上記測定より力率,効率を計算
インバータは多機能化と液品画面の採用による対話式の機能設定など操作性の向上を図り,多くのニーズを一機種に集約し,量産による経済効果でその普及を図ってきました。
一方で,インバータの多機能化に対するユーザ側は,その機能設定の多い分だけインバータやモータに対する理解を持たないと取り扱い説明書を見ても各種の設定を適切とすることができない難しさがあります。この機能設定の良否はインバータ使用による利点をフルに生かすことにもなるし,実装・配線の良否と並んでトラブルの原因になることもしばしばあります。
実際の授業においては,システムの目的やその全体からみてそれぞれの機能設定がどうあったらよいのかという考え方を基本にして,運転信号関係,出力関係,保護機能関係の3つを重点に実習をします。また他に,プログラム運転,PI制御運転等の機能設定と運転に関する実習もしています。
以下にその主な内容を示します。
モニタ方法,パラメータの設定方法,ヘルプ機能,外部-PU運転切り替えなど
周波数設定器,外部電圧・電流入力,外部デジタル信号入力(説明のみ),接点信号(多段速設定),PU操作等の各信号による運転
負荷選択,トルクブースト,直流制動,加減速時間とパターン,最適出力特性学習機能,上限・下限および基底周波数設定,ストール防止,リトライなど
過負荷遮断,過電流遮断,回生電圧遮断,瞬時停電保護,アラームコードなど
V/f制御との比較
単一運転,繰り返し運転
比例制御,積分制御,比例積分制御による各運転の出力特性の比較
PWMキャリア周波数,周波数設定電圧および電流のゲインとバイアス,表示機能など
昨年(平成5年度)は今回製作した実習装置とテキストを使用して3回のセミナーを実施しました(平成6年度は7回予定)。セミナー用機材として整備台数が5台と少ないので,コース修了者はまだ少ないのですが,その感想の主なものは,
詳細なものとしては,
そのほかの感想としては,
などです。全体的には,コースを通しての関心の中心は機能設定と具体的運用技術に集中しているようです。
インバータ実習装置の製作とテキスト整備により,能開セミナーの開講が可能となりましたが,その実施を通して今後改善,付加していくべき課題もはきっりしてきました。現在考えられるその主要なものについて述べます。
さらに将来的には,
などが主なものです。
インバータは,さまざまな可変速ドライブ方式の中で,その性能,操作性,保守性および経済性等の面で非常に優れています。そして今後もさらに進歩し続けると思われるパワーエレクトロニクス,マイクロエレクトロニクスそして制御理論などにより一段と改良されたよい機器が市場に供給されて適用範囲も拡大の一途をたどるものと予想されています。
特に小容量の分野については,ワンタップ化されたインバータICについての試作研究が行われています。これが製品化されると小型化,高信頼性などのほかに低コストとなり,インバータの経済的な容量範囲がより小さな容量に下がることが期待され,将来的には現在の誘導モータの需要数量からみて,インバータによる可変速の需要もさらに大幅に増加するものと見込まれています(図4)。
いささか私見に属するかもしれませんが,このように需要の拡大が進行するなかで,能開セミナーを通してインバータ利用者への適切な使用方法やその技術的な啓蒙と学習の機会を実現させていくことは,ますます必要とされるのではないかと考えられます。
このような背景にあって,今回製作した教材がその一助となりますとともに,皆様方の何か参考になれば辛いと思います。
最後になりましたが,当教材の製作に際しまして関係皆様方にいろいろなご指導やご協力をいただきました。当誌面をお借りいたしまして深く感謝申し上げます。