近年,ディジタル回路の分野ではCAD (Computer Aided Design) は設計業務に必須の道具となってきており,その概要を習得することは非常に重要なことである。また,パーソナルコンピュータの普及に伴い,パソコン上でどのようにディジタル回路が動作するかを実習で体得することも,電子技術者や情報技術者を目指す人にとっては非常に大事である。
反面,ディジタル回路CADの分野では,論理シミュレーションをパスし,プリント基板を主体としたレイアウト設計や配線の自動化などの物理的な事項に時としては重点が置かれがちであるが,それらは製品化に関する技術であり,コンピュータの分野の初学者にとっては,むしろ,電子計算機や論理回路等の基礎科目で学んだ論理式や順序回路をもとに,いかに論理的に回路を理解し,正しく回路を動作させるかに重点を置くことのほうが,限られた教育訓練の期間においては,重要であると思われる。
本教材は,そのような観点から,論理検証(シミュレーション)を主体として,回路を試作する前に,いかに設計段階での検証を正しく行えば,試作がスムーズにいくかの重要性を体得することを主眼とした「ディジタル回路CADとパソコン用入出力カードの試作・試験」の教材セットである(写真1,2,3を参照)。
この実習教材により,CADを使用したディジタル回路の論理設計と実装設計,パソコン用入出力カードの試作,試作カードの机上での試験方法,試作カードの試験プログラム,パソコン上での試験の一連の設計から試験に至る近年の技術にマッチした開発工程の基礎を習得することができる。
この教材セットを使用したときの実習の流れを図1に示す。本教材セットを開始する前に,ディジタル(TTL)回路の基礎的な事項は,別の座学や実習で習得しておくことが前提となる。
第1段階として,回路図作成と論理検証の技術を身につける。まず,いくつかのTTL基本回路の回路図作成と論理検証の仕方を学ぶ。次に,いくつかの設計課題を自分で設計(回路図作成と論理検証)する。その後,2つの設計課題の回路を設計し,実際に自分でテストボード上でその回路を組み立て,動作の確認を行う。この試作で回路が正しく動作しないときに,各自が設計ミスか試作ミスかを判断することにより,論理検証の重要性を体得する。
最後に,スイッチ部(16ビットのDIPスイッチと1個のプッシュスイッチ),表示部(16ビットの16進数表示器と1個のLED),アドレスデコード部,16ビットデータ部より構成されるパソコン用入出力カードのアドレスデコード部の設計(回路追加と論理検証,図2を参照)と,実装設計(TTLのカード上での配置と回路図への位置情報の入力,図3を参照)を各自で行う。設計に先立ち,デコードすべき入出力ポートのアドレスは各自にあらかじめ割り当てられる。
第2段階として,設計したカードの試作を行う。カードの試作はワイヤーラッピング(写真3,4を参照)で行う。ワイヤーラッピングの主な利点は,回路変更が容易に行えることと,本実習ではすでに配線された線をデリートすることにより,ICソケット(20ピン)付きの基板を毎年継続して利用できることである。
第3段階として,試作したカードの試験を行う。カードの試験については,別途,このカードの試験プログラム(C言語)のサンプルプログラムを各自に割り当てられた入出力ポートのアドレスへ変更し,試験済みの良品カードを用いて試験プログラムを試験しておく。試作カードが完成した時点で,パソコン上で各自の試験プログラムを用いて試作カードの機能試験を行う(写真5を参照)。
以上の実習項目は電子技術者を目指す人にとっては必須のことであるが,情報技術者を目指す人にとっても,CADの目的を知ること,コンピュータでコンピュータを設計する基礎を知ること,パソコンのハードウェアインタフェースを知ること,ハードウェアの試験プログラムをC言語で試作することなど,多くのことが体得できる。
本教材セットは表1に示す3つの実習書により構成される。それぞれの頁数は56,25,10頁である。実習書1は①回路図作成,②論理シミュレーション,③設計課題,④試作課題より構成される。CADの操作については,ビデオプロジェクタなどでパソコン画面を拡大表示し,教官が回路図作成の一連の操作手順をデモンストレートしながら,必要なコマンドを説明する。あとは,各自がコマンド表を必要に応じて参照することにより,すぐに操作できるようになる。後日,論理シミュレーションについても,同様に教官が一連の操作手順をデモンストレートする。あとは,各自が操作手順の流れ図に従い操作し,すぐにシミュレーション結果を得ることができるようになる。CADの操作が本教材セットの目的ではないので,最低限必要な基本コマンドと操作のみを短時間で教えることがポイントである。
①と②でいくつかの基本的な回路の回路図作成と論理シミュレーションを行い,③でいくつかの与えられた課題に対し,その仕様を満足する回路図を作成し,論理シミュレーションで回路図が正しいことを検証する。
④の試作課題では,アドレスデコードとカウンタの2課題を設計し,実際にテストボードを用いて回路を試作する。最後に,「2.教材セットの履修概要」に記したパソコン用入出力カードの回路設計と実装設計を行う。
実習書2は,ワイヤーラッピングを用いたパソコン用入出力カードの試作の実習書である。試作の各ステップで電源短絡の試験を行う。また,パソコン上での試験の前に,机上でジャンパーワイヤを用いてアドレスデコード,データの入出力のオフライン試験を行う。最後に,別途準備した試験プログラムを用いてパソコン上で機能試験を行う。
実習書3は,パソコン用入出力カードのすべての機能を試験するプログラム(写真5を参照)の作成の実習書である。試験プログラムはデータ入力部の試験プログラム,データ出力部の試験プログラム,データの入出力の試験プログラムの3つで構成される。
本教材セットで使用しているプログラムと機器の一覧を表2に示す。回路図の印刷はプロッタあるいはレーザプリンタのいずれへも可能である。プロッタ出力の場合,処理時間は長くなるが,初めて使用するプロッタに学生は深い興味を示す。また,論理シミュレータはプリンタへの1/0形式の出力とプロッタへの波形図形式の出力が可能であるが,学生には波形図形式の出力のほうが直感的でわかりやすいようである。
パソコン用入出力カードの試作で使用するカードとパソコンは,ここでは,富士通のパソコンを対象としているが,入出力ポート番号,カードのレイアウトと入出力ピンの変更のみでNEC版へ改訂できる。試作カードの配線は実習書ではラッピングを使用しているが,ハンダ付けでもさしつかえない。
エクステンダーカードは,機能試験でカード上のスイッチを操作するときに必要なものである。拡張I/Oユニットは,過去に学生がオシロスコープのプローブのグランドを誤ってカード上の5V端子に接続したために,パソコンのシステムボードを交換することになったことが発生して以来,安全のために使用している。
パソコン用入出力カードの試験プログラムでは,入出力関数として,inp(),inpw(),outp()の3つの関数を使用している。
この教材セットを使用したときの実習に要する時間の割り当ての例を表3に示す。表中のCADの作図実習,検証実習,試作課題,回路の試作および試験プログラムの作成は全員が各自行う。作図,検証,設計の各課題は各自の名簿番号に応じて異なる課題を行う。CAD機は台数が少ないので複数名で共有するが,報告は各自行うようにしている。
上述の実習内容で過去5年度にわたり実習を実施し,必要があるたびに上記の実習書にはアップデートを加えてきた。実習の効果の一例として,過去5回の試作カードの完動(安全動作)・未完動の数を表4に示す。表中の対象となる科の名称の変更は,全国の職業能力開発短期大学校の統一科名や全国統一カリキュラム等によるものである。平成4年度までは,2名で1枚のカードを設計・試作し,以降は,1名で1枚のカードを設計・試作している。パソコン上での機能試験を完動させることがこの実習の具体的な最終目標である。表中のパソコン上での試験の未完動の欄は,入出力のいずれかあるいは両方の機能が完全に動作しなかった枚数である。机上試験の未完動の欄は,配線は完了したが,机上でのジャンパーワイヤによる入出力の試験が未完成の枚数である。配線が未完成のケースは今までには発生していない。
合計で,約8割強の学生が完動(完全動作)し,約2割弱の学生が未完動に終わっていることになる。配線の単純作業に2~3回の実習時間を費やし,根気と正確さも要求されるために,一連の設計,試作,試験を終え,カードを完動させた学生の喜びは大きい。反面,ミスのために完動に至らなかった学生は,設計,試作過程での正確さの重要性を再認識することになる。
本教材セットは,近年の技術動向にマッチするように,CADを使用した論理設計,実装設計から試作,試験までの一連の開発工程を学ぶ総合的な実習教材として作成したものである。電子技術者を目指す人にとっては必須の実習内容であるが,情報技術者を目指す人にとっても,プログラミング主体で計算機はブラックボックスとしかみなさない傾向も見受けられる教育訓練の動向のなかで,CADの重要性,論理回路とコンピュータ(パソコン)との関係,試験プログラムの重要性等を再認識するうえでも,重要な実習内容であると思われる。
本教材セットが実習現場を担当される方々の参考になれば幸いである。