SPICEのテバイスモデルシリーズは,回路解析汎用シミュレータSPICEで使用されている能動素子のモデルおよびそのパラメータの物理的意味を簡単に解説することによって,訓練生等がSPICEをより有効に活用できるようになることを目的にしています。今回は,その第2回目として,アナログ回路に多く用いられているバイポーラトランジスタのモデルを取り上げます。
バイポーラトランジスタのモデルに関しては,エバースモルモデルとガンメルプーンモデルが有名ですが,SPICEでのシミュレーションには,一般にガンメルプーンモデルが使用されるため,後者のモデルに重点を置いて解説していきます。
バイポーラトランジスタにはNPN形とPNP形がありますが,ここではNPN形を例にとって説明します。NPN形トランジスタの一般的な構造は,図1のようにP形基板にコレクタ領域となるN形層が形成され,その中にP形のベース領域,さらにN+形のエミッタ領域が形成されています。しかも,電流の流れを改善するために抵抗の小さいN+埋め込み層等が組み込まれています。図中において点線で囲まれた部分は,真性トランジスタ領域と呼ばれ,2つの理想的なPN接合構造となっています。この構造によってトランジスタは,エミッタ(E)からベース(B)に注入された少数キャリア(NPN形では電子)が,コレクタ(C)へ到達したときに流れるコレクタ電流を,数桁小さいベース電流によって制御できる電流制御型能動素子となっています。この説明は,ベース・エミッタ間を順バイアメ,ベース・コレクタ間を逆バイアスとしてトランジスタを使用した場合の順動作特性についてのものです。一方,トランジスタは,その構造対称性からベース・コレクタ間を順バイアス,ベース・エミッタ間を逆バイアスにして使用されることもあります。この場合のトランジスタ特性は,逆動作特性と呼ばれています。
しかしながらトランジスタは,構造上多くのPN接合(ダイオード)を含んでいるため,各種容量や抵抗を不可避的に兼ね備えています。ここでは,これらを総称して寄生素子と呼びます。図1中にはこれらの寄生素子をも含めてトランジスタを構成している各種素子が,その電気記号によって記入されています。
真性トランジスタ領域に注目して,トランジスタの端子電流を考えると,図2のようにベース電流IBは,ベース・エミッタ間とベース・コレクタ間に流れるダイオード電流IF,IRの和で表されます。コレクタ電流ICには,IRの他にエミッタからベースに注入されコレクタに流れる少数キャリアによる拡散電流αF IFが加わり,エミッタ電流IEには同様にIFにαR IRが加わります。ここで,αF(αR)は,ベースに注入された少数キャリアがベース領域を通り抜けてコレクタ(エミッタ)まで到達する比率を表しています。以上より真性トランジスタの等価回路は,図3に示すように2つのダイオードと2つの電流源で表現できることになります。
図3中の式において,IES,ICSは,それぞれのダイオードの飽和電流を表しています。
エバースモル直流モデルは,図4に示されるように,上記の等価回路に数学的な処理を施して,より簡単化された1つの電流源のみを含むモデルです。通常,これに寄生抵抗と呼ばれる一定値のベース,エミッタ,コレクタ抵抗(RB,RE,RC)が考慮されています。図の式中のICC,IECは,それぞれ相反の条件αF IES=αR ICS≡ISを用いた場合のベース・エミッタ間およびベース・コレクタ間に流れるダイオード電流で,理想電流を表しています。SPICEにおけるエバースモルモデル式では,この理想電流として,ダイオードモデルで述べられた実際のダイオードの式が用いられており,
となっています。ここで,VBE,VBCは,それぞれベース・エミッタ間およびベース・コレクタ間の電圧を表しています。なお,ISは,トランジスタの飽和電流,NF,NRは,それぞれ順動作および逆動作放射係数と呼ばれています。
このモデルは,バイポーラトランジスタの直流特性を扱うことができる基本的なモデルです。しかし,このモデルには,図5に示されるように,トランジスタの主な働きである増幅作用を決定する電流増幅率BF(ベース電流とコレクタ電流の比)のコレクタ電流に対する依存性(トランジスタの非理想的な特性)が考慮されていません。したがって,より詳しい回路解析のためには,低電流領域において,PN接合の空乏層内での再結合電流および接合間洩れ電流がベース電流の主因となることによって生じる低注入状態での電流増幅率の低下,および高電流領域において,注入電流がベース領域の少数キャリアを増加させることによって生じる高注入状態での電流増幅率の低下(高注入効果)といったトランジスタの非理想特性を考慮しなければなりません。
また,図6に示されるようにトランジスタの出力特性において,接合に加わる逆バイアス電圧が増加すると,PN接合近傍の固定電荷二重層の幅が増大し,実際のベースとして作用するベース領域が狭められ,コレクタ電流が増加するというアーリー効果等のトランジスタの2次的な特性も表現できることが必要になります。そこで,これらのトランジスタ特性を表現するために提案されたモデルが,次に述べるガンメルプーンモデルです。
ガンメルプーン直流モデルは,トランジスタの増幅作用に最も影響を及ぼしているのはベース中の電荷であるということに注目して,トランジスタの特性がベース電荷密度で決定されるという概念を用いることによって提案されたもので,図7に示されています。
まず,低注入状態での電流増幅率の低下を取り入れるため,ベース電流に加わる再結合電流および洩れ電流を表す非理想ダイオードを,エーバスモルモデルの理想電流を表すダイオードに並列に追加することによって精度を向上させています。この非理想ダイオード電流IBE,IBCは,
という式が使用されています。ここで,ISE,ISCは,それぞれベース・エミッタ間,ベース・コレクタ間の洩れ飽和電流,NE,NCは,各接合における洩れ放射係数と呼ばれています。
次に高注入状態では,電流によってベース領域の少数キャリア数が,そこでの多数キャリア数と同等もしくはそれ以上に増加するため,電荷中性を保つように多数キャリアも増加します。この多数キャリアの増加は,ベース領域の不純物濃度を増加させたことに等価であるため注入効率が低下し,この結果,コレクタ電流が減少します。ガンメルプーンモデルは,このコレクタ電流の減少割合がベース中の電荷密度に比例するとして表現しています。実際のベース領域の電荷密度は,熱平衡状態でのベース電荷密度で規格化されたベース電荷密度qbによって表現されており,以下の式となっています。
qb=1+qe+qc+qbF+qbR
ガンメルプーンモデルは,この式を基本にして高注入効果およびアーリー効果を表現することになります。ここで,qeとqcがアーリー効果,そしてqbFとqbRが高注入効果を表している項となっています。図中では,エバースモルモデルにおけるICCとIECをqbで規格化したものを新たにICC,IECとしています。
実際の計算では,数学上の取り扱いを容易にするために,四つのパラメータを導入して,qbの式をアーリー効果と高注入効果を表す部分に分割した(それぞれq1,q2)以下の式が用いられています。
ここで,VAF,VARは,それぞれ順動作,逆動作アーリー電圧,IKF,IKRは,それぞれ順動作,逆動作ニー電流と呼ばれています。
次に,寄生抵抗の意味が,エバースモルモデルと比べて変化していることを述べておきます。エバースモルモデルにおいて,寄生抵抗は,真性トランジスタ領域とそれ以外の領域を含めた一定値で表されていました。一方,ガンメルプーンモデルにおいては,寄生抵抗のうち,ベース抵抗が真性トランジスタの内部に存在するものと外部に存在するものに分割されています。このためベース抵抗は,一定値を持つ外部ベース抵抗(RBM)と電流によって変化する内部ベース抵抗(rB)の和として表現されています。ここで外部ベース抵抗には,高注入時のベース抵抗の最小値が用いられ,内部ベース抵抗には,熱平衡状態のベース抵抗(RB)から外部ベース抵抗を引いたものに,前述の規格化されたベース電荷密度によって,電流に対する変化を取り入れた,
という式が用いられます。したがって,ベース抵抗RBは,
で計算されることになり,電流依存性を持ちます。
なお,エミッタ,コレクタ抵抗については,エバースモルモデルと同様に一定値の抵抗が使用されています。
ガンメルプーン大信号モデルは,直流モデルにバイポーラトランジスタの構造等によって生じる各種の寄生容量を陽に表現した図8に示されているモデルです。このモデルは,回路の過渡解析において大きな役割を演じます。
接合容量CJXは,トランジスタ中の各PN接合(ダイオード)にかかる電圧VDと拡散電位差VJの大小関係によって2つに分けられており,
というダイオードモデルで説明された接合容量式が用いられます。ここでXは,・ベース・エミッタ間,ベース・コレクタ間およびコレクタ・基板間の接合容量に対して,それぞれE,C,Sとなるものとしています。
また,ベース・エミッタ間,ベース・コレクタ間容量には上記接合容量のほか,それぞれの間に拡散容量CDE,CDCが並列に加わります。拡散容量とは接合に電流が流れたとき,ベース中性領域に蓄積される少数キャリアによる容量のことです。
この少数キャリアによる蓄積電荷は,中性ベース領域の順動作(逆動作)キャリア走行時間と,そこを流れるコレクタ電流(エミッタ電流)の積で表されます。したがって拡散容量は,この蓄積電荷を各接合間電圧で微分することによって得られることになります。ここで,順,逆動作のキャリア走行時間(τF,τR)は,高注入状態では少数キャリア数の増加とともに大きくなりますので,大信号モデルでは熱平衡状態の順,逆動作のキャリア走行時間(TF,TR)と規格化ベース電荷密度との積で表され,以下の式となります。
直流および大信号モデルにおいては,ベース・エミッタ間,ベース・コレクタ間のダイオードに流れる電流,容量およびコレクタ・エミッタ間の電流源はいずれも非線形特性になっていました。小信号モデルは,非線形特性を有する素子を線形化して扱いますので,電圧の関数として表されている電流はその電圧で微分されます。微分された結果であるGπ,Gμ,GOは,素子の両端の電圧の関数なのでコンダクタンスに,両端以外の電圧の関数である場合は電圧制御電流源Gm・VBEに置き換えられます。このようにして求めたガンメルプーンの小信号モデルを図9に示します。
トランジスタのガンメルプーン直流モデルパラメータは,ダイオードの直流モデルパラメータと物理的意味において,ほぼ同じです。ただし,トランジスタでは,低電流域で特性に変化を与える非理想ダイオードが2本と通常のダイオード2本の合計4本が存在し,それぞれのダイオードに,異なったパラメータが設定されていること,およびトランジスタ構造の対称性のため多くのパラメータが存在します。前節のモデル式中で,すべて大文字で記載された変数がパラメータです。そして,これらのパラメータの最後の文字がFおよびEのものは,順動作特性に関するものです。また,RおよびCで終わっているものは,逆動作特性に関連しています。
図10に順動作特性における各パラメータの役割を示します。すなわち,ISは,理想領域における対数軸でのコレクタ電流のVBE→0の接片,NFは,その直線の傾きを決定するもので,BFは,電流増幅率,つまりコレクタ電流とベース電流の比を決定するものです(対数軸なので図中での差になる)。さらにISE,NEは,低注入状態での理想特性からのズレを決定するものです。
パラメータIKFは,高注入状態でのコレクタ電流の減少の始点を決定するもので,VAFは,アーリー電圧で,前述した出力特性の有限のコンダクタンスを決定するものです(図6参照)。
逆動作特性のパラメータは,上記の説明においてエミッタとコレクタを逆にした場合に相当し,意味においては同じになります。
CJE,CJC,CJSは,バイポーラトランジスタ中に存在する各PN接合での接合容量を,CDE,CDCは,拡散容量を表すパラメータで,バイポーラトランジスタのスイッチング特性に影響するものです。VJE,VJC,VJS,MJE,MJC,MJSは,各PN接合での拡散電位差と傾斜接合係数を表し,バイポーラトランジスタを構成している半導体材料やその不純物濃度などで決められるものです。これらのパラメータは,ダイオードモデルにおけるパラメータをバイポーラトランジスタ中の各PN接合に拡張して解釈できるものです。
注意しなければいけないのは,ベース・コレクタ間容量CJCです。SPICEでは,この容量をより正確に記述するために,XCJCというパラメータを用いて内部ベースノード・コレクタ間容量XCJC×CJCと外部ベースノード・コレクタ間容量(1-XCJC)CJCに分割しています。XCJCの値は,0~1の範囲で指定されます。
以上のパラメータは,バイポーラトランジスタの動作速度に大きく効いてきますが,実際のトランジスタ回路のスイッチング特性等は,キャリアのベース走行時間を表すパラメータTFを用いて立ち上がりを決め,TRを用いて蓄積時間を調節するのが一般的です。
最近の回路設計においては,ロジックに重点を置くためか,実際のトランジスタに対する洞察力を欠く技術者も存在しているようです。いうまでもなく,トランジスタのクリティカル入力モデルをシミュレーションで使用することが,設計された回路の実験結果とよく一致するシミュレーション結果を生み出します。このため,シミュレータでのデバイスモデルを電子回路関連技術者を目指す訓練生に理解させることは,シミュレータを設計に活用するうえで非常に重要です。
Semiconductor Device Modeling with SPICE,McGRAW-HILL.