前3回にわたって木彫の歴史と理論,用具と材料,そして実際の彫刻刀の使い方について述べてきた。
今回からは木彫のデザイン手法を筆者なりに紹介して,自分で彫るものは自らデザインを起こしてこそ創作活動の主眼であることを提案したい。
趣味で木彫に入った人の多くは絵は苦手であるようだ。彼らは彫りたいデザインをほとんどコピーや既成の図案集からとり入れている。入門時は許容されるかもしれないが,いつまでもそれに頼っていたら進歩は望めない。自分にはデザイン力がないのだと決めこんでいる人も,少し努力をすれば描けるのである。うまい下手とは別に,その人その人に個性があることを知って自信を持つべきである。子どもの絵をみて思わず感動した人も多いであろう。子どもは無心である。技術を超えて感動が伝わるのだ。
アイデアはこのように観察,スケッチ,資料,写真,それに記憶といったものから湧きでてくるものである。木彫を志したら彫る技術ばかりでなく,デザインの勉強をぜひ並行したいものである。
絵を描くには,まず対象をよく見ることが大切。美しいと思ったらじっと観察する。すると感動が湧く。これを描いてみる。前述の順序も気にしないほうがよい。好きなものから始めることが長続き,上達のコツである。
借りもののデザインでなく,自分のデザインで作品をつくる行為こそ芸術活動をする本来の姿であり,感動もひとしおであろう。
木彫の技術とデザインは車の両輪である。
そこで私たちに一番身近な鉛筆を使っての練習法を述べる。鉛筆はすばらしい道具(画材)である。芯の先に加える力や硬さを変えるだけでさまざまな濃淡を持つ線やトーン(調子)が出せる。表現したいと思ったタッチやトーンをストレートに紙に伝えることができる便利なもので,紙さえあればちょっとした時間で描くことができる。鉛筆によるデッサンをマスターし,表現力に富んだ鉛筆画の魅力を知ることで木彫がさらに楽しく感じられるであろう。
デッサンという言葉はフランス語であり,素描と訳されている。スケッチ,写生,下絵などの意味と同意で「実物,実景を自分なりの力でありのままに写しとる」ことがデッサンでは大切なのである。
鉛筆は硬さによって何段階かに分かれている。HBを中心に硬い方は8H,軟らかい方は8Bまである。硬いものはグレーがかった色で,軟らかくなるほど黒味がでる。4H~4Bまでのものを1本ずつ持てば十分である。
鉛筆削り器で削った芯先はデッサンには向かない。ナイフやカッターで削ったものを使いたい。 図1 のように鉛筆を持っている親指で刀を固定し,鉛筆を手前に引くようにして削る。先をとがらせるときは鉛筆を回して芯のところだけナイフを動かして削る。芯を長め(7~8㎜)に出すと一定の太さの線が長く使える。また,鉛筆を傾かせてタッチをつけるときもうまくいく。
文字を書くときとは持ち方が違うので, 図2 を参考にして練習するとよい。
鉛筆を長めに持つと大きなタッチから小さなタッチまで自由につけることができる。細かい部分をしっかり描くときは短く持つ。
鉛筆は,こすると両面が汚れ,線がボケてしまうので,意図的にこするとき以外は必要以上にこすらないよう小指を紙面にそえる( 図3 )。
鉛筆の動かし方と筆圧をいい,いろいろ違った表情がだせる( 図4 )。
市販されている画用紙やスケッチブックで十分である。鉛筆はどんな紙にも描けるが,破れやすかったり毛羽立ちやすい紙,鉛筆がのりにくいツルツルした紙は避けたほうがよい( 図5 )。
鉛筆には練りゴムという名で市販されているものが最適である。練りゴムを使うと紙を傷めず消えるしカスもあまり出ない。使いやすいようにちぎってもよいし,先をとがらせて細部を消したり,平らに押しつけ,調子(トーン)をつけることもできる。
消しゴムは種類がいろいろあり,いずれもきれいに消せる。しかし,中間トーンが出しにくく,紙も傷めやすい。ゴムの先端を斜めに切って使い,汚れたら柔布などで拭いておく( 図6 )。
花は全体的に繊細な表情を持ったモチーフである。しかしよく観察するとそれぞれの部分で異なった質と形を持っている。花びらは細かく表情豊かな形,茎はしっかりと花や葉を支える形,葉は平面的な広がりを持った形をしている。このようにじっくりと見て,イメージを整理すると花の美しさを具体的に表現することができる。
花弁の多いもの,葉がいっぱい重なっているものは彫りにくいので木彫には適していない。初心者はすぐに植物全体を描くのでなく,花,葉,茎を分けて二,三方から描いてみると構造や形が理解できるので,その後全体を組み合わせて一枚の絵にするとよい。
たくさんの茎,葉が出て描きにくいものは1~2本切って剣山に差して描くとよい。このようにして花のある植物が数種描けたら,構造の違いを観察しておく。 図7 のように,身近なものから観察してはスケッチする,という作業を繰り返す。美しさを再確認したり,新たな発見があるに違いない。
(以降,動物,風景,人物,幾何形体,抽象のデザイン手法は続編とする)