北は岩手から南は長崎まで,日本各地から集まった17名は,産能短期大学・稲垣行一郎教授の指導のもと,9月19日から22日までの4日間,職業能力開発大学校で開催された短期実践技術研修「パンフレットの企画作成」に取り組みました。
17名の年代はバラエティーに富み,20歳代から50歳代までを網羅する豪華さ?で,しかも華の女性が2名もいるという恵まれた環境の中で,稲垣先生の細やかな配慮と温和な人柄もあって,緊張しつつも,なごやかな雰囲気に包まれながら,研修は無事終了となりました。後の課題につながる伏線が随所にみられる変化に富んだ研修でした。
この研修を終えるにあたって,これが記念すべき第1回でもあり,ユニークで有益な研修の内容や体験をぜひ,広く伝えたいという研修生の総意により,この体験記を発表いたします。日記風に,なるべく時系列になるようにまとめました。
「アメリカのCI現場」のビデオから研修が始まる。ビデオを通して,デザイン現場の雰囲気がよく伝わる。ほとんどの研修生は,デザインとは無縁で,見ること,聞くことが初めてのことばかり。
次は,東大式エゴグラム(TEG第2版)の検査。これは,検査時点での自分のライフスタイル(自分の性格や行動パターン)を知ることができるもので,本来は医学用。自分がデザイナーに向いているか,そうでないかがわかってしまうという意表を突かれた検査。個人,1人ひとりの結果はイロイロと差し障りがあるとの配慮から講評はなし。それだけに,皆,大いに関心を持つ。
午前中,最後の課題はインタビュー。A4の用紙に16のマス目(4行・4列)と,その下に簡単な3項目の質問を記入する。その3つの質問を2人ずつのペアで交互に行い,順次,人を替え,16人分のインタビューをする。結果は,最初に作ったマス目に1人ずつ記入していく。全員にインタビューするとは,またもや意表を突かれた感じ。皆,熱心に行う。熱が入りすぎて,大方の人は全員とはできなかった。しかし,初対面の研修生同士が一気に打ち解けて,親しくなったようだ。これはコミュニケーションの原理を体験する訓練。インタビューをする,されるの練習は,相手の気持ち,心の中をどのように聞き出すかが課題となる。続いて,この結果をもとに,情報の分析を短時間で行う練習。人によって分析の仕方はさまざま。教訓…(デザインの)仕事を依頼するときは,人を選べ。
二次元のCGビデオを見る。ハイな気分になれるというトリップ・アート・ビデオ。今,アメリカで最も注目されているCGビデオで,これまでにない色使いが特徴。
次に,午前中に行ったインタビュー結果から,内容をより具体的に分析する訓練を行う。17人を4班に分けて,各班ごとに作業をする。得られた情報を1項目ごとにラベルに書き出す。その項目は,なるべく多い方がよい。それをグルーピングして整理し,最も適当な見出しを考えて,大きな模造紙に記入し,該当するラベルを貼り付ける。漫然とした情報が,何となく整理され,それなりにまとまる。雑誌社で企画を考える際に,よく使われる手法とか。皆,初体験で,これにも感心。後でわかったことだが,これは「創造性開発」の一手法(KJ法)。まとめの終わった模造紙を壁に貼り付け,各班ごとに代表が説明する。さすが,百戦練磨!の指導員ぞろい? 情報整理の上手,下手にかかわらずソツなく説明して終了。各班それぞれの個性が出て,おもしろい。稲垣先生の批評は,悪いところは言わずに,ほめる一方。少し,気が引ける。これも,後日わかったことだが,どんなささいな長所でも見つけてほめるコメント法の第一段階とのこと。
1日目の最後は,創造力テスト(投影法)。あらかじめ描いた“○”や“×”などの図形に,いろいろ描き加えて1つの絵を完成させる。全部で6種類。次に,その絵に適当な形容詞(…のような)をつける。その絵や形容詞にそれぞれ意味があって,平均的に70%くらい自分のことをいっているとかで,納得したり,疑問に思ったり。経験したことのない形容詞は使えないとか,言葉はウソをいえるが,絵はウソをつけないことが,このテストの基本。このテストで,肯定的なものが多い場合は,新しい発見やアイデアが浮かぶ可能性があり,否定的なものが多いときは,新しい発見は何もないことが多い。このテストからの教訓…経験は企画を立てる最高のエネルギー。人の知恵を借りること,見ること,調べることは,非常に重要であり,TVの情報も興味を持つうえでいい刺激になる。ヤジ馬になれ。
朝,さわやかに起床する。あらかじめ指示された「不要雑誌(カラーグラビアの部分があるもの)2~3冊」は,何に使われるか。今日,明らかになる。前日に,校内の生協売店などで調達した人も多いようだ。研修2日目,稲垣先生さっそうと登場し,研修開始。デザイン表現の一手法として,3Dビデオを全員で見る。判別不明の動く画面を“平行法”や“交差法”で見ると,立体映像が見えるらしい。「見える」の声も上がるがどうしても見えない。見えない仲間が多いようだ。一安心。才能の問題だろうか?…。
次に,アメリカのディッケンズ・デザイン・スタジオのビデオを見る。徹底したデザイン・リサーチに基づいてパッケージ・デザインを行っている。例えば,牛乳のパッケージ・デザインをする場合,現在売られているすべての製品を集めて分析する,という徹底ぶり。実験用のスーパーマーケットもあり,その規模の大きさにビックリ。
稲垣先生曰く,「デザインは誰でもできるが,速く美しく仕上げるためには,ある程度のテクニックが必要」とのこと。そして,最新流行の情報には,常に目を向けておくこと。NYタイムスの日曜版付録は必見! 新しく見せるデザインの参考になる。
いよいよ,実習の始まり。課題はコラージュ(写真や絵を使ってイメージを合成する)を作成すること。
各人,用意した雑誌のカラーグラビアや絵の中から気に入ったものを切り抜いて,B4ケント紙の上でレイアウトを始める。海や青空の自然,スポーツ,旅立ち,グルメ,アルコール,その他,いろいろなテーマで取り組み始める。イメージを膨らませ,現実にあり得ない表現を自由に作り上げる。
テーマを設定せず,無課題で作成させたほうがよい。
手元にある材料で,最高のものを作る。
同じ素材でも,人により表現が異なってくる。
心理療法にも利用される(私の深層心理は○○だったのか…)。
あれやこれや悩みながらレイアウトをした後,スプレー糊でケント紙に貼り付け,作品が完成。皆,素晴らしいできばえだが,午後は題名とコメントを発表することになる。こまった,こまった…。
午後は,いよいよコラージュ実習で作成した作品の発表会。まず,1人ずつ制作意図などを発表し,続いて,その作品に対して研修生全員が順番に感想を述べていく。ここでの指示は,とにかく良いところを見つけてほめること。ほめる順番が後になってくると,なかなか適当なほめ言葉が見つからない。その作品を見ての感想は大体同じようで,他の人と違う感想を述べようとは思うが,難しい。
ここで,課題についての評価の仕方として,ショットガン方式という手法について学ぶ。これは,受講者にコメントを出す場合のステップとして,
①始めは,何でもいいからほめる…
例えば,作品にほめるところがない場合でも説明のときの声の大きさや,作品の持ち方の良さなどをほめる。これは,最初の1,2ヵ月。
②次に,何が良いかということにふれる
③さらに,どうしたら,もっと良くなるか…
授業期間の3分の2以上進んだところで,こういうふうに改善したら,もっと良くなるという点をコメントする。
④最後に,ロイヤル・コメント…
「この作品は素晴らしいが,さらにこのようにすると,将来こうなるでしょう」というような未来のことをほめるコメントを出す。の4段階があり,良くない作品では引け目を感じ,二度と作らないようにする効果がある。コメントするときは机を使わず,円陣を作ってイスだけで行う。これは,わざとストレスを感じさせるため。
今回のコラージュ制作は,ほとんどの人が初めて体験する課題であったので,このような評価法は,
①まず,予備知識なしに作らせる
②次に,なるべく多くの作品を見せる
③目標がわかった時点で,再度,課題を出す
というように段階を踏むことで,より効果的な評価につながるということが,よく理解できた。
ちなみに,ショットガン・コメントは,大まかに狙っても当たるところから名づけられ,これとは反対に,1つのものに焦点を合わせてほめるライフル・コメントもあるとか。
今日の教訓…次郎さん(自老さん),太郎さん(他老さん)になるな!→年齢を考えるのは良くない,年齢には関係ない→自分は年をとっている,あいつは年寄りくさいと考える時点で,いいものができない。
次は,メモの取り方の体験。コミュニケーションに関する短い文章を聞きながらメモを取る。細部まで正確にメモを取ることは難しいが,かなりのところまではできる。実験によると,誤りの75%がメモに書いていない部分から発生し,メモの書き誤りから起こっているものは,残りの25%にすぎないとのこと。録音してテープから文章に起こすには10倍の時間がかかるので,その場でメモを取ることが重要。
今日最後の課題は,マインドマッピング法によるインタビュー。自分の仕事や趣味,特技などの中から,得意とすることを6項目あげて,用紙に記入する。次に,2人ずつペアになり,相手のあげた6項目についての質問を行う。このとき,マインドマッピング法を利用してどこまで正確に,かつ,相手の本心を聞き出すことができるか,が重要なテーマ。どういう切り口で質問するかは自由だが,質問する側に予備知識がないものが多く,戸惑う。
インタビューとは,単に質問するだけでなく,本心をいかに聞き出すかであり,また,相手の情報が空っぽになるまで吸収することが大切であること,そして,その場合5W1H法…(WHAT)それは何ですか? (WHEN)いつですか? (WHERE)どこですか? (WHO)誰ですか? (WHY)なぜですか? (HOW)どのようですか? を効果的に利用することによって,具体的な回答が聞き出せることが,よく理解できた。
研修は,折り返し点を過ぎる。もう一息
昨日,インタビューしたパートナーから依頼を受けたと仮定して,パートナーの自己紹介用チラシを作るのが今日一日の課題。これは,パートナーが選挙に出馬するとの前提で,その人柄をアピールするチラシを作るのが目的。まず,チラシのダミーを作る。手順は次のようになる。
昨日のインタビューは何のためにしたのか,ようやく理解できる。何でも聞いておいたつもりだったが,いざ作業をすると不足していることが多くあって困惑する。“ダミー”が単なるイメージだとはわからず,活字をどうして選ぶのかと真剣に悩んだり…,回りを眺めて初めて“ダミー”とは,全体がこのようなできあがりで,活字はこの大きさ,また,ここには写真やカットが入るというイメージが伝わればよいのだとわかり,ようやく作業が進む。
今回の課題では,自分のイメージに合う雑誌を見つけるのが大変。図書館をはじめ,各自,思いおもいのところから探してくる。これで,格調高いものができるか,成否が決まる。
実習の途中に「ペースト・アップ」のビデオを見る。版下台紙に写植された文字,写真,図版などを集めて貼り込む作業や,製版指定の様子が紹介されている。アメリカでの版下作成の様子がわかる。
稲垣先生のマジックに時が経つのも忘れて,いつのまにか最終日。昨日のダミー作りの続きをしながら,「30cmであったスパゲティの長さが,家庭にあるナベの実状にそぐわず,20cmに短くなったこと。稲垣先生が新入社員であった頃,バー回りをしながら自社の商品を注文し,間接的に売上を伸ばしたこと。ある会社では講習会の受講者の反応がコンピュータですぐに出るシステムがあり,基準に満たないと次の講師依頼がこなくなること等々…」の話を聞く。どれも豊かな経験に裏打ちされた,または確かな情報から得られた話題で,感心しきり。デザインに携わる人は,常に情報を集める姿勢を持ち続けることが大切なんだと思う。
このダミーを作るため,コピー機を使いに階段を何回上り降りしたことか。でも,活字の大きさ・種類,レイアウトまで自分のイメージどおりにできたときは,このうえない感激! できあがったものは自分なりにうまくいったつもりであったが,他の作品を見ると,なるほど!と思うものがいくつもある。今まで“学校案内”を製作するとき,ワープロで打って,適当に貼ったものを印刷会社に出していたのが現状だけれども,ここで学んだ方法を使えば自分のイメージしたものに近く印刷される。すぐにでも試してみたい。また,この方法はパンフレットだけでなく,資料作りにも生かせそうだ。
最終日も午後になってくると,いよいよ終わりに近づいたという感が深い。それぞれ個々の思いは異なるとしても,やはり開放的な気分になるのは皆同じであろう。
最後に見たビデオは,チャールス・イムスの「パワー・オブ・テン」というCGの古典的ビデオで,まだこれに勝るCGは作られていないという。ある空間を10の14乗まで10秒ごとに10倍単位で連続的に遠ざかっていく視覚,そして反対に,10のマイナス14乗まで10倍単位で連統的に近づいて,オングストローム以下の世界へ入っていく内容のビデオ。原子の世界へ入っていく分野は,若干興味のあるところで目を凝らして見ていたが,並行して,こんなことを印象深く感じた。
何が印象的だったかというと,パンフレットを作成すること1つを取り上げても,私がパンフレットの作成というテーマから想定した内容からは,はるかにかけ離れた,非常に幅広い分野における知識あるいは処理能力が必要とされることである。1つの道のエキスパートになるためには,それに関連した分野の幅広いベースが必要であることは承知していたが,日々の忙しさの中でついつい目を背けていた現実を,改めて突きつけられた思いであった。
もちろん,この感覚はこのビデオのみからきたのではなく,初日から感じていたことではあるが…。この気持ちがはっきりした理由の1つとして,このセミナーを1人の,それも一流の先生が4日間を通して指導してくださったことがあげられる。このセミナーの内容に関連した職種に就いている研修生は,非常に満足し,成果を上げていたようであった。あたかも,それは楽しみながら研修を受けているようであり,「楽しみながら成果を上げる」ことは,まさに研修の究極の姿なのだろうと思う。パンフレットを作成したことのない私にとっては,先が見えず四苦八苦したことも多かったが,いい意味のインパクトを受けたことは大きな収穫だった,と自己評価している。
研修についての感想の発表においても参加者全員が,これを裏打ちする発言をしていた。それぞれに,感謝,納得そして満足といった内容の感想であった。研修当初に先生がいわれた「このセミナーが終わるまでに,友達をつくりなさい」というテーマも,全員クリアーできたようだ。
研修のすべてを紹介できたわけではありませんが,その雰囲気を少しでも感じていただければと思います。
この体験記は6人で分担して書きましたので,いくぶん多重人格症的なところがありますが,ご容赦ください。最後に,研修でのご指導と,この体験記の写真をご提供いただいた稲垣先生に感謝いたします。