• ポリテクカレッジ宮城 電子技術科(宮城職業能力開発短期大学校)奈須野  裕

1.はじめに

近年のコンピュータ技術の発展とともにこれを利用する技術革新も進んでいる。電子CADシステムもこの1つで,コンピュータの進歩に伴いますます発展してきている。さらに,この電子CADシステムの進歩がコンピュータの高速化・小型化の発展に寄与しているともいえる。例えば,コンピュータの高性能化,超小型化のためのVLSIを設計するためには,電子CADの技術が絶対欠かせないものであり,VLSI設計の技術向上によりコンピュータの性能があがれば,電子CADシステムの機能もより優れたものが可能となる。今後電子CADシステムのためのコンピュータ環境が整備されるにつれ,より高度で充実したシステムが出現してくると思われる。

また,これまでエンジニアワークステーション(以下EWSという)で使用された優れた電子CADシステムが,パソコン(以下PCという)の分野においても開発されてきている。これらの一般化された電子CADシステムは,誰もが簡単で手軽に利用することが可能であり,電子回路の設計に不可欠になっている。当短大においても学生の専門養成訓練の教育訓練の一環として,さらに能力開発セミナーや海外援助業務にこれら電子CADシステムの利用を行っている。

本報告では,当短大における電子CADシステムの導入から電子CADシステムの使用目的と概要,さらにこれまで行ってきた教育訓練内容と教材,運用方法について述べる。

2.電子CADシステムの構築

電子技術科における電子CADシステムの利用としては,「目的」としてよりも電子回路を設計するうえでの「手段」としての利用が主であると考えられ,多くの時間を電子CADの授業に費やすことはできない。このため学生の「仕上がり像」から,電子CADシステムの仕様を考え,活用できるカリキュラムを考えておく必要がある。

さらに,電子CADシステムはコンピュータとの対話形式をとるため,関連した科目として「コンピュータ工学,コンピュータ実習」などを前もって習得していることが望ましい。さらに,一般の企業における電子CADシステムと同等の基本的な操作法,および電子回路の全般的な設計手順が理解できることが望ましい。このため多く企業で利用されている電子CADとも連結でき,能開セミナーや海外援助業務でも使用可能なことが必要である。


以上のことより当短大における電子回路の設計用電子CADシステムの仕様を以下のように決定した。

  • ・回路図入力方法がディジタル回路,アナログ回路ともに同じであること。
  • ・ディジタル回路,アナログ回路の回路シミュレーションができること。
  • ・回路設計からPCB基板設計までの操作が一連の操作法で可能なこと。
  • ・PC/EWSとも同じ操作方法により回路設計からシミュレーションまで行えること。
  • ・ネットワークが使用できること。

これらの考えをもとに電子CADシステムを提案し構築した。図1に当短大の電子CADシステムの構成図を示す。この図からもわかるように当短大の電子CADシステム構成のもう1つの特徴として,半導体回路設計CADを導入している。これは,今日の電子技術産業の基盤でありかつ短大の標準カリキュラムにおいて「電子デバイス」の科目が必須とされていることより,この学科目の後に続く実習内容が必要となっている。しかし,多くの短大ではこの半導体製作実習装置の導入は,予算面からきわめて困難とされている。このため当短大では「電子デバイス」の実習課題の演習を行うために,電子CADシステムの構成に半導体回路設計において使用する半導体設計のためのCADとシミュレーション機能を取り入れたシステム構成としている。なお,この半導体CADシステムについては別の機会に紹介する。

図1
図1

次に電子CADシステムを使用している電子技術科のカリキュラムの単位数を表1に示す。専門養成訓練の教育訓練の進め方としては,1年前期で「コンピュータ実習」を行い,続いて「電子製図」で電子CADシステムの基本的な操作法と簡単な回路シミュレーションについて学ぶ。後期からは各教科目の実験,実習で役立てている。また,2年からは「電子回路実験」や「卒業研究」などの各種実験・実習などにおいて,それぞれの目的に応じた電子回路が設計製作できるように進めている。これらの電子CADシステムは,すでに多くの企業が導入し活用していることより考え,学生にとっても必要不可欠の知識であると思われる。

表1
表1

3.電子CADシステムを使用した教育訓練

電子回路の設計は,大きくアナログ回路,ディジタル回路に分類されている。アナログ回路ではトランジスタ,OPアンプなどを使用した低周波,高周波回路の設計。ディジタル回路の設計にはPLD,LCAを含むASIC回路の設計やティジタルICによる論理回路設計などがある。これらの電子回路を設計から動作確認まで行い,回路のプリント基板を製作するため,電子CADシステムは重要な役割を果たしている。特に電子回路が大規模になれば,電子CADシステムの助けなしには,設計した回路をプリント基板に仕上げることが難しくなっている。また,電子CADシステムを使用することにより設計された電子回路のデータをもとに回路のシミュレーションを行い,回路動作の検証を容易に行うことができる。

以下にこれら電子CADシステムを利用した具体的な教育訓練について述べる。

3.1 回路図設計のための電子CADシステムの利用について

先の基本的仕様で示したように教育訓練の電子CADシステムにおいては,その操作の容易性が重要である。当短大の電子CADシステムは,PC/EWSとも共通のオペレーションで可能である。また,同じプラットフォームに回路図入力システムから各アプリケーション(シミュレーション,PCB製作)が用意されており,学生は容易に電子CADシステムの起動と実行が行える。これにより,学生に一貫した体系で電子CADシステムのよりよい教育を教授することができる。さらに,この電子CADシステムは,マルチプラットフォームでのシステム構築が可能でUNIXマシンとMS-DOSマシンとの混在環境(マルチハードウェア・プラットフォーム)をマルチユーザ/マルチタスクネットワークで行える。

回路図入力システムは,ディジタル/アナログ回路とも共通の操作法であり,電子回路の違いにとらわれない回路図作成の一元化ができる。また,ネットワーク環境によって,それぞれのデータベースの共通化が自分の席に居ながらにしてでき,各システムで作成されたライブラリ・ドキュメントなどが,電子CADシステムの共通データベースとして使用できる。当然EWSとPCで作成された電子回路図や各種ファイルには互換性がある。

これに加えて,回路図入力システムとPCBレイアウト作製システム間のデータリングが完全にとれており,双方向追跡コマンドによりマルチタスクで作業効率が向上できる。これは決められた少ない授業時間の中で行う教育訓練において,電子CADシステムのコマンドの2形態を取得しなければならない手間が省け非常に有効である。

3.2 具体的な授業への展開について

当短大の電子CADシステムを使用した具体的な授業展開を以下に示す。写真1は当短大の電子CADシステムを使用して行っている電子製図の授業風景である。

写真1
写真1

ディジタル回路のシミュレーションには,Multi Sim対話型論理シミュレータを使用している。このシミュレータは,論理回路のタイミング検証,故障シミュレーション,ワーストケース・シミュレーションなどが総合的にサポートされている。学生は電子CADシステムを使用し設計したディジタル回路において,単純なゲートレベルから複雑なレベルを持つシステム全体までのディジタル回路の動作をシミュレーションできる。

図2は,ディジタル回路実験で行っている交差点信号機をディジタル回路で構成した回路である。16進カウンタ(74LS161または74LS163)を使用して,0から15までの数を赤から黄色,緑に割り付けして回路を設計している。図3は,このディジタル回路のシミュレーション結果をロジックアナライザウィンドウにタイムチャートで表示したものである。ディジタル回路のシミュレーションのウィンドウには,このほかに必要な信号を選択したり,表示するためのコントロールフォームがある。この機能にはリコンパイルしないでワイヤをカットしたり,ワイヤをジャンバーすることが可能であり,この場所からシミュレーションを行うことができる。さらにシミュレーションでは,ICのディレイモードをMINからMAXで指定し,ハザードに関する情報を検出することもできる。

図2
図2
図3
図3

アナログ回路のシミュレータには,PSpiceを採用しトランジェント解析,DC解析,AC解析を基本に行っている。このシミュレータはマルチツールウインドシステムにより,CAEデザインシステムに統合化されており,回路図入力からシミュレーション実行まで一貫性のある使いやすいユーザ・インターフェイスのもとで利用できる。しかし,ディジタル回路のタイミング表示機能やPCB製作が一部欠けており,当電子CADシステムではシミュレーション機能のみを使用している。

学生はアナログ回路の動作を電子CADシステムを使用することにより,実験に入る以前にシミュレーションによって確認できる。写真2は,電子CADにより電子回路設計を行い,シミュレーションを行った結果をもとにブレットボード上に自分で電子回路の製作を行い測定を行っている様子である。このように学生は,自分が製作する電子回路の基本動作をあらかじめシミュレーションにより予測できる。またシミュレーションでは,入力データを任意に変化させながら,周波数特性や過度状態特性等の解析を容易にすることができ便利である。

写真2
写真2

図4は,アナログ回路の実験に使用した電圧制御発振回路であり,発振周波数を外部からの電圧でコントロールできる発振回路のことで,VCO(Voltage Controlld Oscllator)ともいわれている。ここでは,積分器とコンパレータを組み合わせた回路を取り上げてみた。発振波形の観測は,トランジェント解析で行っている。入力電圧Vinの大きさにより,コンデンサを充放電するスピードが異なるため,Vinを変えることにより発振周波数が変化する。また,A1は積分器になっており,コンデンサは一定電流で充放電が繰り返されその出力には三角波が得られる。A2はコンパレータになっており出力には方形波が得られる。図5は入力電圧が5V時の発振回路のシミュレーションによる三角波と方形波の出力波形である。

図4
図4
図5
図5

3.3 電子CADシステム教材と学生の感想

これらの電子CADシステムを授業で使用している教材の一例を紹介する。図6は「電子工学基礎実験」で行っている実験課題の一例である。学科で勉強した整流回路の原理からリップル電圧を計算し,実験で行っている電源回路実験と電子CADでのシミュレーション結果を比較検討し,整流回路の動作確認を行っている。このほかにも卒業研究の一環として電子CADシステム活用のための教育テキストを作成している。

図6
図6

以上専門養成訓練の学生に対する授業展開を示した。電子CADシステムを利用した教育訓練では,このほかにも短期実践研修や能開セミナーで行っている。短期実践研修では,他施設からも何回か参加していただいた。しかし,能開セミナーは地域に電子CADを使用する関連した企業が少なく実績は少ない。今後のPR活動を重視したいと考えている。

次に電子CADシステムを教育訓練に使用した場合の学生の感想からいくつか取り上げる。

  • ・非常に興味が持てた。将来このような電子CADを行う仕事に就きたい。
  • ・高校時代に勉強した電子CADとは違い,回路のシミュレーションができるのに驚いた。
  • ・手で行う製図とは違い楽しくできた。
  • ・パソコンに慣れていないので心配したが,マウス操作で意外と簡単にできた。
  • ・ 電子回路実験を行う前に電子CADシステムを使用してシミュレーションできるので,測定結果と比較検討でき楽であった。

また電子CADの不便なところとしては,エラー表示が英語で理解しにくい。マウスが一定しておらず誤動作をする。ネットワークでUNIXを使用しているため間違えると復帰に時間がかかる。などの意見があった。しかし,全体として電子CADシステムは,各種電子回路設計実習および教育訓練に十分有効であると思われる。

4.まとめ

当短大の電子CADシステムは,新しいカリキュラム構成に従い,より多くの教科目において活用できるように考えた。また,導入から授業活用に至るまでの期間ができるだけ短期間で習得でき,教官の負担が少ないように考慮した。このため電子回路図作成のため入力手段としては,PCを使用し,向上訓練・卒業研究さらには海外援助業務などにおいては,高度な教育訓練が必要とされることからEWSも導入している。これら電子CADシステムはネットワークで接続されており,PC/EWSで作成された両方の資産が活用できる。

今日の電子産業の発達の中で,短大の専門養成訓練においては,電子CADシステムは必要不可欠な時代になっている。しかし,多機能を持つコンピュータにより,システムの能力が大きくなり取り扱いが難しくなったのでは,学生の基礎教育に問題が生じかねない。本電子CADシステムは実務的な教育訓練に十分耐えうる機能を持ち,各教科目において役立つものと考えている。

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