前回号では,在宅学習システムを考慮に入れて,「マルチメディアCAI」実現のための「ハードウェア」について記述しましたが,今回は具体的「マルチメディアCAI」を実現するためのソフトウェアについてみてみたいと思います。
以前に当誌でも紹介したCAI教材作成ツールに「TOCS」というものがありました。これは,PC98のDOS環境におけるオーサリングソフトでしたが,これまで紹介してきたようなマルチメディア環境に対応するものではありませんでした。当時としては,PC98におけるDOS環境で実現できる機能はすべて網羅してはいたものの,その環境自体が現在のウィンドウズやMAC(マッキントッシュ)OSには到底及ばなかったために,現実的に感じる不満は無視できないものでした。それらの不満を列挙し,現在のマルチメディア環境下において実現できるオーサリングソフトと比較してみると表1のようになります。
こうしてみると,当時のパソコンのスペックでは仕方がなかったとはいえ,CAIに必要な機能がいかに不足していたのかがよくわかります。それに比較しても,最近のオーサリングソフトには感心させられます。また,このソフト自体特にCAIを意識した製品ではないという点も,これまでのCAI作成ソフトの考え方を変えさせられるものでもあります。マルチメディアオーサリングは,なにもかもが優れているようですが,知っておかなければならない重要な点があります。それは,表1の12にあるように,作成した教材のデータが非常に大きくなるということです。音声や動画を使わなければ,それほどでもないのですが,それらを入れると,すぐに数十Mバイトのオーダになってしまいます。したがってフロッピーディスクなどでは対応できないため,前回記述したように,MOディスクなどの大容量メディアが必要になってきます。参考までに,教材作成で多用すると思われる音声データの容量と時間の関係は表2のようになります。
さて,今回はこのオーサリングソフトを使って実際に簡単な教材を作成していくプロセスを記述することで,いかに,これまでのDOS環境下におけるCAIオーサリングに比べ,作成自体が容易になったかをお伝えできればと思います。
現在,MS-WINDOWSもしくはMAC-OSのもとで使えるマルチメディア作成ソフトにはいくつかのものがありますが,今回は比較的よく使われているもので,上記OSのどちらにも対応している(パッケージはWINDOWS用,MAC用は別)「DIRECTOR」というものを使って作ってみたいと思います。ソフトの値段は実際の購入価格で13万~14万円と高価ですが,これまでの市販のCAIオーサリングにあるような,「作成したCAI教材を生徒が実行するだけのための実行用ソフトを生徒の人数分購入しなくてはいけない」というようなことはなく,作成された作品はそれ単体で動作させることも可能ですし,C言語やアセンブラなどのようなコンピュータ言語などの知識もまったく必要としません。
コンピュータを使った教材というと,そのようなテーマを出す人自身が情報処理科や電子・電気科関係だったりすることが多く,それ以外の分野の指導員には「ちょっと近づきがたい」というイメージを抱かせていたことも多かったかもしれません。また,教材の内容自体も情報処理や電子・電気関連が多かったと思います。しかし,マルチメディアを使った教材がその真価を発揮するのはむしろ技能分野における作業の様子を提示するとか,カラー写真をたくさん提示しなければ理解してもらうことが困難な分野であると思われます。そのような観点から今回は比較的コンピュータとは縁遠い「のみの研ぎ方」というテーマを設定して作ってみたいと思います。このようなテーマのサンプルなら,他の多くの実習を主体とする技能訓練分野の参考にしていただけると思います。
教材作成のプロセスは図1のようにしてみました。この図を見るとやたらとめんどくさそうですが,実際にやってみると以前に自分が開発したオーサリング「TOCS」で作るよりもはるかに簡単で楽でした。
今回マルチメディア教材を作成するに当たって使用した機材・ソフトは表3のとおりです。
ここに掲げたハード・ソフトはいずれも一般的に普及しているもので,これまでCAI実現にありがちだった「**を実現するための特別な装置」のようなものは1つもありません。ただ,DOSの時代と大きく変わったなと感じることは,例えば今回取り上げたようなCAIを実現しようとした場合に,CAI作成用のアプリケーションソフトを1つ使ってすべてを作るのではなく,その中で使う画像ならば「画像処理用のアプリケーション」,音に関しては「音処理用のアプリケーション」というようにソフトの役割分担をはっきりさせて使っていったほうがよいということです。もちろん今回取り上げたDIRECTORにしてもCAIで必要とされる機能はすべて含まれるのですが,やはりいくつかの部分(画像処理,音声処理)で専用のアプリケーションにはかないません。ですから,結果的には複数のソフトを使って作るということになります。DOSの時代には,例えば画像のファイル形式が独自形式であったり,なかなか複数のソフトを使って効率的にCAI教材を作っていくというわけにはいきませんでしたから,かなり作成には苦労していました。今は,CAIアプリケーションでも特別な分野ではなくなったともいえます。
今回OSとしてはアップル社の漢字Talk7.5を使いましたが,DIRECTORやPHOTO-SHOPなどはWINDOWS用のものも販売されていますので,その環境でも同じように教材は作れます。
あらゆる教育訓練現場にメリットの多いマルチメディア教材ですが,これが「教材の常識」となるには多くの現場の指導員の方々がマルチメディア教材開発に取り組んでくれることです。誌面の紹介だけでは十分にその内容をお伝えできませんので,興味の持たれた方はぜひ実物のマルチメディア教材を見ていただきたいと思います。今回作成したサンプル教材は,その教材ファイル単体で動作します(特にDIRECTOR等のソフトは必要でない)ので,Macintoshをお持ちであれば見ることができますので,ご連絡ください。ただ,今回サンプル的に作成した教材でも,動画や声によるナレーションを入れたためにファイルのサイズは,数十Mバイトにもなっていますので,フロッピーディスクでは圧縮しても,20~30枚程度になります。MOメディアであれば特に問題はありません。
3回にわたって,在宅学習システムを実現するためのCAIについて述べてきましたが,最近の通信システムやインターネットなどネットワークの発達をみると,このようにして開発したマルチメディア教材を自宅のパソコンで体験できる日もそんなに遠くないような気がします。また,年々学習内容が変化したり高度化したりする分野が増えるなか,在職者が短時間で効率よく新しい知識を習得する手法が必要になりつつある時代だと思います。
*1 「DIRECTOR」はマクロメディア社の商品です。
*2 「STADIO-PR016」はマクロメディア社の商品です。
*3 「PHOTO-SHOP」はアドビ社の商品です。
*4 「漢字Talk7.5」はアップル社の商品です。