• 職業能力開発大学校研修研究センター開発研究部
  • 大川祥三・本田雅夫・田中弘幸

1.はじめに

職業能力開発大学校“研修研究センター”では,平成6年度からプロジェクト研究の一つとして安全衛生作業法に関する訓練を対象にコンピュータによる人工現実感(VR)技術を導入した新しい訓練システムの開発「安全衛生作業法の教育訓練への人工現実感の適用研究」を行い,職業能力開発の一助になるよう取り組んでいるところです。

公共職業能力開発施設での安全衛生作業法(以下「安衛作業法」という)の教育訓練は,実技訓練の中で安全な作業方法を指導する実体験型訓練を中心とし,併せてテキストやビデオ等の視聴覚教材による知識習得型訓練の2通りの方法で行われていることが判明しました。

しかし,最近の技術の進展に伴い作業環境や作業方法も多岐にわたって変化しており,実体験型の訓練を行うためには,設備面での整備・改良等が必要となり,負担も大きく,訓練できる分野も限定されてきます。その結果,安衛作業法の教育訓練の面でも図書やAV教材等を利用した知識習得型の訓練が中心となり,実体験的な訓練効果が出しにくくなってきます。こうした現状を踏まえて,導入も容易で労働環境や作業方法の変化にもフレキシブルに対応でき,かつ,単なる理屈としてではなく,現実に近い場面で実質的な作業訓練が受けられるような新しい訓練システムのニーズが高くなってきています。

今回から2回にわたり,その開発状況を述べてみます。

2.本システムの目的

本システム開発研究は,安衛作業法の教育訓練に情報技術の究極像とも期待される人工現実感(VR)技術を応用し,実際の作業に近い環境を模擬体験することにより主に聴覚・視覚・触覚等の感覚器官を通しての実体験的な訓練を行い,事故の未然防止,事故発生時の対処法などの訓練を支援し,安全教育の一層の高度化を図り,訓練効果の向上を目的とします。

3.開発の流れ

安衛作業法の訓練に関する現状調査の結果をもとに,具体的な作業要素を取り入れたモデルシステムの開発を行い,公共職業能力開発施設において試行し,職種別の教育訓練プロトタイプシステムへと発展させていくこととしました。図2は本研究の総括図を示します。

図2
図2

4.アンケート調査の概要

同研究の一環として,安全衛生作業法に関する訓練の現状を把握するとともに,上記訓練システムの適用領域の選定,訓練システムの内容および同システムを用いた適切な指導方法の構築等のために基礎データを得る目的で調査を行いました(詳細は,職業能力開発大学校研修研究センター調査資料No97/1995の資料編を参照してください)。

(1) 調査項目

調査は「安全衛生作業法の訓練の現状に関する質問」と「人工現実感技術の適用に関する質問」の二部に分けて行い,それぞれの調査項目は以下のとおりです。

① 安全衛生作業法の訓練の現状に関する質問

  1. 1) 安全衛生作業法の訓練時間 (学科,実技)
  2. 2) 指導の方法 (学科,実技)
  3. 3) 指導の形態 (学科,実技)
  4. 4) 使用している教材

② 人工現実感技術の適用に関する質問

  1. 1) 訓練を行ううえで問題となっている事項
  2. 2) 問題の解決に必要となる事項
  3. 3) 危険を伴う作業の内容
  4. 4) 訓練中におけるヒヤリ・ハット体験

(2) 調査の対象

全国の公共職業能力開発施設(373施設)の普通および高度職業訓練の訓練科を対象に,実際に安全衛生作業法の訓練を担当されている指導員の方々に記入をしていただきました。

  1. ① 都道府県立校 (短大を除く) 256施設
  2. ② 雇用促進事業団立校 (短大を除く) 71施設
  3. ③ 障害者職業能力開発校 19施設
  4. ④ 短期大学校 27施設

(3) 調査方法

郵送によるアンケート調査方式で行いました。

5.調査結果

5.1 回答状況

(1) 回答施設数

調査票の回答状況は,次のとおりでした。

  • 調査票送付数 373(校)
  • 回答数 318(校)
  • 回収率 85.3(%)

(2) 安全衛生作業法の訓練の現状に関する質間

① 安全衛生作業法に関する訓練時間

安全衛生作業法の訓練時間を図3に示します。学科として行う場合の各訓練科における平均訓練時間数は約17.8時間,実技として行う場合の平均時間は約24.3時間となっています。

図3
図3

また,これ以外に各実技訓練の中で実技の指導と併せて安全関係の指導を行っている場合が多く,その場合の安全に関する平均の訓練時間は約6.1時間(一般実技の訓練時間中に安全指導が占める割合としては約5.4%)となっています。

② 指導の方法について

1) 学  科 (回答状況は図4のグラフ)

図4
図4

最も多い指導の方法としては教科書を使用しての「A:災害発生の原因,事例等の解説」「B:安全な作業方法の解説」であり,約6割の訓練科で実施されています。続いて実際の機械・装置を見ながらの「G:災害発生原因,事例等の解説」「H:安全な作業方法の解説」が約4割の訓練科で実施されていることになります。

学科においては,教科書を中心に災害原因の解説とそれに付随した安全な作業方法の解説が中心に行われているといえます。

また,訓練期間別にみてもほぽ同様の傾向にありますが,訓練期間が6ヵ月以下の訓練科については教科書等を使用しながらの「A」「B」が約4割で,実際の機械・装置を見ながらの「G」「H」と同程度の割合となっています。このことから訓練期間が短い場合は学科と実技を一体として訓練が行われている傾向がうかがえます。

2) 実  技 (回答状況は図5のグラフ)

図5
図5

最も多い指導の方法としては「E:実際の機械・装置を使用しての安全な作業方法の提示と操作」であり,7割以上の訓練科で実施されています。続いて「G:各作業要素ごとに安全な作業方法の提示と作業」が7割弱の訓練科で実施され,「F:実際の機械・装置を使用しての不安全な作業方法の提示と危険状態の再現」「H:各作業ごとに不安全な作業方法の提示」が半数以上の訓練科で実施されていることになります。

実技においては安全な作業法の提示が指導方法の中心で,その中で付随して危険な作業方法の例示が行われているといえます。

訓練期間別にみてもほぼ同様の傾向にあります。

③ 指導の形態について (回答状況は図6のグラフ)

図6
図6
1) 学  科
一斉授業形式での形態が約8割で,ほとんどの訓練科がこの形態をとっています。また,指導員1人当たりの受け持ち訓練生数としては約19名となっています。
訓練期間別にみても同様の傾向にあります。
2) 実  技
7割の訓練科が一斉授業形式をとっており,小グループごとの個別指導で行っている訓練科は約3割となっています。
また,小グループによる個別指導は単独で行われるばかりでなく,一斉授業形式との組み合わせで行われているケースが多くみられます。
指導員1人当たりの受け持ち訓練生数は一斉授業形式で約16名,小グループ制では約7名となっています。
訓練期間別にみても同様の傾向です。

④ 使用教材について

指導に際して使用している教材についての回答状況は図7のようになります。

図7
図7

認定教科書を使用している訓練科が約5割と一番多く,続いてビデオ教材を使用している訓練科が2割強,市販教材を使用している訓練科が2割弱となっています。

なお,その他としては市販教材や雑誌,新聞等の切り抜.き,16mmフィルムといった内容になっています。

(3) 人工現実感技術の適用に関する質間

① 指導上の問題点について (回答状況は図8のグラフ)

図8
図8

問題となっている事項としては「E:工具・材料等の整理整頓がおろそか」「B:作業にあった服装や保護具の使用がおろそか」「D:安全な作業姿勢や位置がおろそか」が多く約4割の訓練科で回答しています。続いて「I:危険が目に見えない場合の予測力の向上」が約3割と多くなっています。

こうした傾向は機械系,金属系,車両系,電気系,建築・木工系,土木系,設備系,塗装・化学系の訓練科で特に多くみられます。

② 問題点の解決方法について (回答状況は図9のグラフ)

図9
図9

全体としては「A:繰り返しの訓練が重要」と回答している訓練科が圧倒的に多く約6割,続いて「C:災害事例を見せて考えさせる機全を定期的に持つ」と回答した訓練科が4割強,「F:作業手順について考えさせ,チェックできるような教材等が必要」と回答した訓練科が4割弱となり,「B:安全上の注意を掲示し,常に注意を促す」「D:危険を伴わずにシミュレーション的に体験できる教材・装置が必要」と回答している訓練科が約3割となっています。

系別にみてもほぼ同様の傾向がありますが,機械系,金属系,車両系,建築系においては「D:危険を伴わずにシミュレーション的に体験できる教材・装置が必要」と回答している訓練科が約4割と多くなっています。

③ 危険を伴う実技作業

危険を伴う実技作業については各訓練科ごとにさまざまであるので詳細は省略しますが,その中でも「ボール盤作業」(8系),「グラインダ作業」(7系)といった作業が各系で共通的に危険が伴う作業としてあげられています。

④ ヒヤリ・ハット体験事例

実技作業におけるヒヤリ・ハット体験事例については,各訓練科ごとにさまざまですが,危険を伴う実技作業と同様に,「ボール盤作業」(9系),「グラインダ作業」(5系)といった作業が共通的にあげられています。表1はボール盤作業における危険を伴う実技作業とヒヤリ・ハット体験事例の内容です。

表1
表1

以上のことからわかるように,切り屑関係,材料,服装,手袋,ウエス等がドリルに巻き込まれる内容が,危険な作業内容の90%,ヒヤリ・ハット体験事例の70%と大部分を占めています。次回は,安全教育VRシステム構成の中味に触れたいと思います。

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