英語の授業で用いる会話例を生きたものにするために,実際に英語圏で会話が,日常どのようにされるか知りたかった。そこで過去,ニュージーランド1),シアトル(アメリカ)2),ロサンゼルス(同)3),イギリス4),カナダ5),サンフランシスコ(アメリカ)と約4週間ずつホームステイしてきた。1995年にもオーストラリアに2週間ホームステイする機会が得られたので,その概要を報告する。
私は,クィーンズ・ランド州のブリスベン市にホームステイした。州の広さは,オーストラリアで2番目(173万㎞)で,日本の4.5倍。人口は312万人。人口密度は1.8人/㎞(日本は320人/㎞)。州庁所在地はブリスベン市。
面積は,1220k㎡,人口は142万人。
冬に相当する7月下旬の気温は3~21℃。滞在中は毎日,晴れ。雪がほとんどない青空(日本で言う日本晴れ)。午後からは暑くなり半袖で過ごす。夜は寒く,毛布を重ねパジャマの下にズボン下をはいて寝た。昼夜の温度差が大きいので,外出時に半袖Tシャツの上にブルゾンを重ね着しておくと,気温の変化に対応しやすい。夏は非常に暑く,昨年は日中の平均気温が37℃,最高気温42~43℃になったとのこと。あるオーストラリア人は,家にプールがないと夏は過ごせない,と言った。
年間降水量119㎝(日本は146㎝)。しかし,日本に比べ,はるかに緑が多い。木の成長が早いのか,各庭先に多くの高い木が繁っている。
ブリスベンの8月の日の出は午前6時,日没は午後6時である。
私はボアハム家に2週間お世話になった。マーブ(38歳)*1とマリア(28歳)*2の2人住まい。マーブの両親がニュージーランドからオーストラリアに移住し家具店を開き,統いてマーブとマリアも同様に6年前に渡ってきて,彼の両親の店を手伝うようになった。今では計4つの店を持っているとのこと。4番目の店は,490万円で購入したとのこと。オーストラリアの方が物価が安いので,もしニュージーランドで購入すると,その3倍はするとのこと。それが彼らが移民してきた理由だ。マーブは非常によく働く。毎朝7時半に家を出,帰宅は,平均して夜9時。休むのは日曜日のみ。
2人ともよくタバコを吸い,酒を飲む。マーブは大のフットボール(ラクビー)狂い。家でもほとんどTVのフットボールの試合中継か,その録画を見ている。私も,日曜日の午後フットボール場へ,ニュージーランド対オーストラリアの試合を見に連れていってもらった。
夫妻はほとんど朝食を取らなかった。マーブはコーヒーだけ。私には,スクランブルエッグとトーストや,煮豆とトーストを作ってくれた。夕食は,牛肉,野菜煮,じゃがいも,マカロニサラダが出た。
食料品は安い。マリアは週1回,食料品を買いにスーパーマーケットに行く。1週間分の食料品の価格は,1万220円。3人家族だと1ヵ月の食費は約5万円だとのこと。
物価が安い。ガソリン45円/リットル,映画500円,喫茶店でコーヒー1杯120円。
車は日本と同様右ハンドル。日本のような3年ごとに車検を受ける制度はない。自分の車を売る場合のみ,車検を受ければよい。交差点で自分が右折しようとして,反対車線の車も自分と同一方向に左折しようとするとき,日本と違って右方優先なので,自分の方が先に右折できる。走っている車も比較的新しく,アメリカで見たようなボロボロの車は,オーストラリアではあまり見なかった。
ボアハム家は木造2階建て。寝室4,台所,食堂,ダイニングルーム,応接間,広い居間,トイレ,シャワーが各々2つある。さらに外には,ひさし付きでバーベキューセット,プールまである。1年半前に購入。家屋165㎡(土地990㎡付き)が800万から1000万円。オーストラリア人の平均の年収が300万円(35歳)だから,年収の2~3倍でこんな大きな家が購入できる。
団地で家が密集していても,個々の敷地が日本に比べ広いから,隣家の物音が聞こえてこない。静かだ。一歩郊外へ出ると,牧場,農地が広がる。高い山がなく丘陵が多い。したがって坂が多い。人がほとんど見当たらないので,閑散としている。空気は本当にきれいだ。
離婚率(42%,1993年)が,非常に高いために,若者の99%が正式に結婚せずに,同居している(ディ・ファクト)。現にマーブとマリアも同居して6年,来年には結婚式を挙げる予定だ。ディ・ファクトする理由の一つには,お互いによく知り合ってから結婚する。また,離婚の際に法的煩わしさから逃れる。また,挙式には莫大な費用がかかるために,最初に家を購入するなど,生活基盤を整えることを優先するためだ。しかし,ディ・ファクトの状態でも1年以上同居すれば,法律上の権利は正式に結婚したカップルと同様に保障される。
ボアハム家は長い間子どもに恵まれないので,来年試験管受精を試み,それでもだめなら,外国へ養子を見つけに行くとのこと。
ブリスベンの空港に着いてタクシーに乗って10分後,空港の出口のベンチの上に,パスポートとカメラが入っているショルダーバックを置き忘れたことに気づいた。即,タクシーにユーターンしてもらったものの,ベンチの上には何もなかった。2ヵ所,担当部署を訪れたが,届け出がないとのこと。係官から「パスポートを再発行してもらうために,領事館へ行ったほうがよい」と言われ,事の重大さにがく然とした。3ヵ所目に訪れた部署で私のショルダーバックを見つけたときの喜びは,筆舌に尽くし難い。誰かが,届けてくれたとのこと。アメリカで,もしこのように忘れものをしたら,絶対と言ってよいほど,戻ってこないだろう。
また,知り合いの日本人の中学生の男子が帰宅途中,行き先の違った電車に乗ってしまい,途中でそれに気づき,見知らぬ駅で飛び降りた。近くにいた老婦人に聞いたところ親切に駅員のところまで連れていってくれ,次には車掌が乗り換えの電車まで連れていってくれたとのこと。繁華街でもホームレスが少なく,町もきれいだった。
未成年者の妊娠や,夫に逃げられ女手一つで子どもを養わなければならない未成年者が増加している。オーストラリアは,鉱物,石炭,小麦,羊毛など総額の25%を日本に輸出している。また,機械,車,化学製品など総額の18%を日本から輸入している。このように,オーストラリアには電気,機械という基幹産業がないため,慢性的に失業率も10.5%と高い。
海外からの移民も多い。特にニュージーランド,ベトナム,ホンコンからの移民が主だ。ブリスベン市中心部の北部には,華橋資本で,多くの高層ビルディングが近年建てられ,中国人街が形成されている。
通常の観光ツアーでは不可能な,オーストラリアの日常生活をうかがうことができ,幸いだった。例年帰国後,学生にその話をしているが,学生は刺激を受けるようで,2~3人外国へ行く者もでてきた。
今後も機会があれば,諸国にホームステイして,英語の自己研鑽に努めたい。
*1:Merb Boreham
*2:Maria Boreham
*英文中の__箇所:オーストラリアでよく使われる表現