清水 空洞化の枠組みを最初にお話したいと思います。ご存じのように,産業の成熟化,あるいは経営のグローバル化の流れのなかで,現在急激な円高が進んでおります。それを契機として,われわれが耳にしている産業の空洞化が進んでいるわけです。それが日本経済とそのなかの企業経営に及ぼすインパクトはいろいろ考えられますが,大きく分けて二つの点でインパクトが現れて,このことを空洞化の現象と称していると,最初に枠組みをつくっておきたいと思います。
まず第1点に,生産拠点の海外移転に伴う国内生産拠点の縮小,その結果としての雇用調整,あるいはそれに伴う職種転換といったようなことが必要になってきていることです。
しかし,一方で世界的規模での分業体制がいま進んでいると考えると,この現象は世界経済の調和的発展に寄与していくんだという別の面も見逃せません。ですから,先のことがマイナス的にとらえられているとすれば,これはプラスの面にとらえた見方であろうと思います。これも見逃せない点だと思います。この面では技術,技能,その他の能力の移転がたぶん問題になってくるであろう。これが第1点です。
第2点はこの裏になる部分だろうと思いますが,産業構造の転換を前向きに進めるための生産性向上による既存製品の競争力を高めると同時に,高技術・高付加価値製品事業分野への事業シフトを進める必要があります。そのなかから次の世代の大型商品開発も早急に進めないといけないというニーズが出てきていることです。産業構造の転換を前向きに進めるという第2の点からいきましても,やはり新しい人材をどうするかということが重大な問題になってきていると考えています。
これが背景,あるいは枠組みですが,われわれはこのシンポジウムでどのようなことをすべきかと考えました。本日のパネラーには,この問題を異なった領域のそれぞれの見地から取り上げて,総合的にとらえていただきたいと思います。
取り上げ方としましては,まずそれぞれの立場から今の枠組みと関係づけながら,空洞化というものを具体的にどのようにとらえて,それが職業能力開発のニーズにどのようにつながっていっているのであろうか。このあたりを明らかにしてもらいたいと感じております。
2番目は,出てきたニーズを満足させるためのいろいろな施策を現在すでにやっていると思います。その実態と,しかしいろいろな隘路なり問題点があると思います。そういう問題点をどのように解決しようとしているのか。そういう実態を把握しておく必要があるのではないでしょうか。
その上にたって,では今後どういう問題,あるいは課題が残されているのだろうか。それに対して,われわれはこれからどういうことをやっていかなければいけないのだろうか。国とかいろいろな方面への提言という形にもなると思いますが,そういう今後の展開方向を取り上げる必要があるだろう。この三つのことをできるだけ取り上げていただくのがよいのかなと感じております。
少し付け加えますけれども,実は能開大,あるいは雇用促進事業団や都道府県の職業能力開発をやっておられる関係者の方々も,中小企業に対して何をするかということを一つの問題意識として強くお持ちだと思います。ですから,このシンポジウムもそういうところにできるだけ焦点を当てていきたいと思っています。
最近私は中小企業の空洞化に関係する調査資料を二,三見てみました。そのなかで今後どういうことを行っていきたいかという調査を行っているのですが,共通に出ていますのは,人材の確保,育成,質的な向上をあげている中小企業が過半数いるということです。ですから,人の問題について非常に関心をもっているのだということは明らかです。その裏に技術力強化を図ってこの状況を乗り切らなければいけない。技術力強化というのは必ず出ていますね。これはやはり人の問題と密接に関係しているのだろうと思います。
そのことだけご紹介しまして,人の問題を取り上げて,総合的にできるだけ深く考えておくということは,われわれの仕事のうえでも非常に重要なことではないだろうかと考えています。これが私のオリエンテーションということになります。
進め方につきましては,最初に,先ほど申し上げた三つの点を頭に置きながら,それぞれのお立場で話をしていただきたいと思います。これは提示ということになりますけれども,短時間ですからそのあと補足したいこともあるだろうと思います。ほかのパネラーの方の話を聞いて,思いついてぜひということもあるでしょうから,そういう補足的な説明を若干やっていただきまして,それと引き続いて,場合によってはパネラーのあいだで提起した問題についてディスカッションをすることもあり得るなと思っております。これはパネラーのなかからこういう問題をということで出る可能性もありますし,私が何か思いついて言うかもしれません。
それでは,最初に新井さんからお願いいたします。
新井 始めに私がいま所属しています団体のことをお話させていただいて,本論に入りたいと思います。
ご存じのようにわが国の経済は中小企業が80%近い雇用量を占めています。また,製造業の出荷額等においても約55%というウエートのなかで,わが国の大企業を中心とする一つの大きな生産構造のサポーティング・インダストリー,新産業分野という形で活躍しているのが中小企業です。
この中小企業をかつてわが国のエコノミストの多くは戦後の三重苦と称して,過多性・零細性・低生産性というなかで,日本経済のお荷物である中小企業がもう少し規模をアップし,あるいは生産性を上げ,過多性が整理されないことにはわが国経済の発展はあり得ない。こういうことを盛んに論じたものですが,実態はむしろ中小企業が80%の雇用のマジョリティーを維持しながら,今日までずっとわが国経済に寄与してきました。そういう中小企業をいかにサポートし,支援するかという政策を展開してきたわけです。
私どもの協会は,中小企業を育成するための中小企業診断士制度を昭和28年からスタートさせました。これは最初は官吏だけでしたが,33年から民間資格に開放しました。さらに38年に至りまして試験制度により運用するということになり,いま全国で有資格者が1万8000名くらいに達していると思います。
率直に申し上げれば,こういう資格者が増えてきている背景のなかに,実は受験産業というものもあり,定年後の仕事としてこれくらい最適の稼ぎのいい仕事はないんだという話になっています。では,現実にはどの程度の年収を本当のコンサルテーションで稼げるのかというと,これはなかなか至難の業でして,決してそんな甘いものではありません。
そこで,そういう協会を私どもがつくってまして,円高問題,あるいはその前をさかのぼると貿易の自由化,資本の自由化,いま金融の自由化,サービス業の自由化ということで,日本経済は第2の黒船が来たとか,第3の黒船が来たと大騒ぎをしたわけです。
ある意味では国内で解決できないところを外圧によって解決しながら,そのなかで中小企業は滅びるどころかますますそのウエートを上げつつある。ことに最近ご存じのニッチマーケットと呼ばれるような非常に狭い分野に特化した産業分野を担う中小企業がどんどん進出してくるということです。
そういう意味でいうと,いま景気がよくないとかいろいろなことが言われていますけれども,私どもは中小企業者をいかにしてそういう悲観論から楽観論へ移せるか。こういうアドバイスをしなければならないという役割を果たしています。きょう,皆さま方にお話するにあたりましても,中小企業を中心にして,私の置かれている立場から二,三指摘をしてみたいと思います。
いま清水先生がおっしゃいました空洞化の定義につきましても,私もそれが適切ではないかと思いますので,それ以上のことを触れる気持ちはありません。けれども,この空洞化そのものをどういうふうに受け止めるかということについては,楽観論と悲観論がそれぞれあるわけです。少なくともいま中小企業をわが国経済のサポーティング・インダストリーとして継続し,持続させていくためには,当然それに対する励ましとしての楽観論をとらざるを得ないという立場もありまして,そういう観点から申し上げてみたいと思います。
実はこういう形になると,企業はもっぱらリストラとかリエンジニアリングといわれる形でいろいろな対応を図っています。その中身は新聞報道等でみると,大手一流企業の中高年人材早期排出,あるいは管理職定年制,専門職制移行による,いわゆる仕事を与えないような職制において自発退職を求める。このように人を外に出すことがあたかもリストラであるかのような印象を与える報道が散見されます。
しかしながら,中小企業が行っておりますリストラはそういう分野ではないのです。まさに再構築,日本語では経営の再構築と訳しているのは皆さんご存じのとおりでます。いかにして今までの既存のマーケットから次のマーケットへ移っていくか。
これには二つの動機があり,一つは経営状態のなかで競争環境が厳しい。自社の経営資源ではそれに対応できないと判断した場合,競争の激しくない業界を求めてシフトしていくというのは当然のことです。これは相対的な問題ですが,絶対的な問題があります。それはマーケットがなくなってしまう,あるいは今はなくなっていませんけれども,将来先細りでどんどん減っていく。
こういうふうになったときに,人間は酸素のないところでは生存できないのと同じように,企業というのはマーケットがなければ生存できません。したがって,マーケットがない状態になれば,大企業であれ中小企業であれ,完全に新たな転換をしなければいけないわけです。そういう転換をしなければならないことをもって,非常に困難であると理解するならば,もはや企業としては廃業,あるいはフェードアウトしか道がないということになるわけです。
その典型的なものとしては,例えばわが国の基幹産業であった石炭産業などはまさにそれです。こういう形をとって,次から次へとマーケットのある分野に向けて企業は進出していかざるを得ません。
私どもの周りで起きているいくつかの事例をみると,例えば北海道にある企業のなかでメッキを行うと非常にたくさんの廃熱が出てくる。これを使って暖房はもちろんのこと,屋根の溶雪に役立てる。あるいは駐車場の下にパイプを張りめぐらして除雪作業をなくしていく。そういう省人・省エネの方向をとって,エネルギー費を節減することよって競争条件を確保していこうという道を取った企業。あるいは単なるステンレスの建築材料だったものに,ステンドグラスなどで模様をつけて,美術建材,しかもそれはステンレス製であるということで売りに出している企業。
こういうことで今までには考えられなかったようなことを次から次へ実行していく。このバイタリティーがまさに中小企業の中心課題であるし,またそれが私たちが中小企業に期待しているところです。ただし,全員がそういう形で成功しているかというと,率直に申し上げて問題もありますが,少なくとも私どもはそういう形で中小企業をみていかなければいけないだろうと思います。
そこで,その一番根幹になるのは,やはり何といっても人材です。このような人材を企業内で育てるか,外からもってくるかという一つの対応を中小企業は非常に巧妙にうまくやっています。ある意味ではそのリーダーシップを握っている社長が,中小企業の場合には技術者であり技能者でありというケースが非常に多いものですから,絞り込みということについては非常に特異な性格をもっているといいますか,そういう人たちが中小企業を構成しています。
私どもは少なくとも明るい部分だけを見たいという趣旨で行っておりますので,サクセスストーリーをつくりました中小企業者を毎年フォローして,それを年報的にまとめたうえで,そういう方向をとった動機,一つの経営資源の揃え方を国に対して報告し,そういうことをこれからの新しい中小企業支援政策として展開しないと,今後わが国の経済の根幹に非常に大きなインパクトが加えられる可能性がありますよということで,通産省あたりに提言していっているわけです。
こういうなかで最近二つほど特別の法律をつくりました。一つは新分野進出といいまして,海外進出,あるいは国内でも既存の産業分類には含められない別の業種に出る,こういう事業活動を起こしたところに対しては,金融税制面でのいろいろなサポートをしよう。もう一つは創造活動促進法。もっと細かくいうと,中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法という法律をつくり,研究開発費を3%以上投下している中小企業,あるいは開業後5年以内という企業に対していろいろな政策面の金融支援,財政支援合わせて,公的試験研究機関の有効活用を図らせることで新しくやっていこうという形を展開しています。
そこで問題は,私どもがこういう前提条件に立ってみたときに,実は人の問題ではものすごく大きく発想転換をしなければいけないという部分があります。これは私がよく言っていることですが,日本は農耕民族か狩猟民族か。私は歴史学者ではありませんから正確な分析はできませんが,そうではなくて日本は会社民族なのです。
例えば,私が「新井でございます」と電話をしましたときに,「どちらの新井さんですか」という反応が必ず返ってきます。そのときに聞いているのは,私が住んでいる場所を聞いているのではなく,あなたはどこの団体に所属していますか,あるいはどこの会社に所属していますか。たまたま大企業であれば,中小企業は大会社から電話をいただいたというので即刻社長に取り次ぐ。しかしながら,名もない中小企業とか,大したことを行っていませんが田舎の出身者でございますみたいなことになると,結局門前払いを食わされる。これはまさに会社民族の典型的な例です。
名刺を交換するときに,名刺に肩書がなくて住所だけしか書いていない人はよほどの大物か,きわめて社会的に評価されない小者か,どちらかでしかないという社会はまさに会社民族です。会社民族になるためには実は就職したのではなくて就社をしてきた。これはよく使われている言葉ですが,会社に就くのであって,職業に就いているのではない。これからは企業サイドもそういうものの見方をしなければいけない。終身雇用も保障できない時代になれば,当然就社発想から就職発想へ切り替えさせなければいけない。
そこで働いている人たちもまた会社のバックによって,自分の能力がないのを会社のご意向のもとにいろいろなことを展開できるのだという人生観というか生活姿勢を改めていく必要があるだろう。ここで一つの大きな職業観,もしくは雇用者としての感覚を,今後は非常に問題にしなければならない要素が出てくるのではないでしょうか。
それからもう一つは,冒頭私は80%の雇用を担っている中小企業という格づけをしました。しかし,それが雇用者であっていいのか。あるいは雇用者でなければならないのかという点が一つ大きな問題です。私どもは起業家,つまり企業創造者をいかにしてつくるか。私どもの周りで行われております一つの事業活動の展開は,今後マーケットはますます細分化されていく。つまりセグメンテーションされていく。セグメンテーションされれば,セグメンテーションされたマーケットに対応した企業が必要になってきます。
とんでもない大サイズのマーケットを見いだすような天才的発明や発見はそんなにたくさんあるわけではないのでして,そういうセグメントされたマーケットにどういうふうに対応していくかというと,中小企業にならざるを得ません。大企業といえども,ある意味では中小企業の集合体という形にならざるを得ません。
こういう形も新しい考え方をすると,まさに雇用者を増やすことよりも,起業者,つまり業を起こす人,それをいかにして増加させていくかということが今後非常に重要な課題であるし,それはまさに人材育成という点から,また職業能力開発という点から考えると,そういう方向を意図した一人ひとりの国民として,経済人としてのアクションが必要になってくると理解するべきでしょう。
こういうふうに考えると,いま失業問題がどうだとか何だとか論じる前に,私どもは今までの会社民族としてのものの見方とか,会社民族といかないまでも,中小企業といえども業界のなかでそれなりの名の通った会社となると,いいところに勤めているなという評価になるわけです。そうではなくて,新しい産業分野を見いだして,まさに自分が雇用者であると同時に起業家であるという仕組みのなかに,いかにして多くの人たちを導いていけるか。これが今からの大きな能力開発の課題ではないでしょうか。
そういう観点からみると,生産拠点が海外にシフトしていくことを否定的にばかりとらえないほうがいいだろう。なぜならば,サービス産業の大きさというものが先進国度を計る大きな要素になっているわけです。産業構造から見ても60%近い人がサービス産業に従事しているわけです。このサービス産業の従事者は,アフリカからお手伝いさんを雇ってきたロンドンの家庭というものを想定すればあれかもしれませんが,日本は韓国やベトナムや中国からお手伝いさんを雇ってきて,皆さんの家庭に住まわせるような家の構造ではない。また,そういう生活を仮に行うとすれば,ギャンブルで相当儲けた人たちだろうとか目されるわけであります。
わが国の平均的市民生活像は,家にお手伝いさんがいますということを公然と言える社会環境ではないと理解すれば,少なくもそういう状態のなかでサービス業をどう充実させていくか。極端な言い方をすれば,寝たきり老人の看護は昔は若い看護婦さんがやるものだとなっていたのが,今は看護夫であって婦人ではありません。しかも,場合によると,中高年者が自分が介護を受ける立場になるであろう10年くらい前に自らが介護に当たる。そういうサービス分野が出てくるであろう。
今から有望な分野はそういう意味でいうと,一つは個人サービス業です。それから,もう一つはダーティ・ワークです。ことにいまわれわれはブラジル環境サミットで,地球の環境保全にいかに貢献すべきかということを国際的課題として求められるに至りまして,例えばISO14000というような形でどんどん環境監査ということが義務づけられるようになってきています。
そうなると,まさにそういう分野を担う新しい産業分野が生まれてきます。どちらかというと,それは今まで公害防止というようなことで,ダーティ・ワークというきわめて汚い産業で,3Kという言葉に象徴されるように,ある意味では回避し,忌避された部分でした。それが堂々と産業分野として脚光を浴びてきます。環境ビジネス,あるいはエコビジネスといわれるようなものが今後わが国の新しい産業分野として登場してきます。そうなると,それを処理する新しい職業体制が組まれなければなりません。
従来,どちらかいうと効率よくものをつくることに中心をおいてきた日本経済の仕組みが,こういう形で環境ビジネス,ダーティ・ビジネス,あるいは個人サービスといわれる分野にどんどん産業が転換していくとすれば,まさにそこに住んでいるわれわれが受け皿になり得るような能力開発をして,そういう産業分野に参入していかなければなりません。こういうことが一つの前提条件になるのではないでしょうか。
そのためにはどんなことがあるのかなということを一つか二つ事例として申し上げておきたいと思います。実は昔,「人生二度結婚説」というのがありましたが,これは明るい考え方ではなかったのです。いま人生二度大学説とか三度大学説というものがあってもいいのではないでしょうか。自分たちがオギャーと生まれたときから英才教育を受けて,ひたすら記憶力を磨いて,ライバルに打ち勝って,試験に打ち勝って,いい大学に入って,卒業したら,今度はいい会社に入る。こういう会社民族の習性をここでぜひとも打破するためには,記憶力だけの教育から創造性を生み出せる教育をする体系が社会的に求められてきているのでしょう。
一般論としてそういうことになるのでしょうが,いうなれば本当にそこに参入していこうという人たちがいるとしたら,そのときに必要なものは実は今までそういう形で自分が選んだ学問は周りから勧められて,記憶力がよかったがゆえに,その内容を記憶してきた。しかし,その産業が衰亡してしまい,マーケットがなくなってきているときに,それを相変わらず重視していたのでは自分の生活が成り立たないわけです。
当然,そこに新しい産業分野として何があるのかということを考え,そのために何を勉強すべきか,何を自分のスキル・テクニックとして身につけるべきかということを自らの力で判断したら,いま自分が所属している職種が今後発展性がない,場合によるとあと4,5年したらマーケットがなくなるということであれば,そこから新しく必要とされる,社会的にもニーズの高い職種の分野に向かって自分を磨き上げる一つのチャンスだと思います。
日本は大学卒業者が特に多いわけですから,極論すれば学士入学すれば学部で2年間,そのうえでマスターコースに行こうとすれば2年間,合計4年間奥さんにアルバイトでもして働いてもらって,その次はおれがご恩返しするからくらいの気持ちで人生設計をし直して,そういう形でいくのが人生二度大学。場合によりますと,それでもなおだめだったという運の悪い人がいれば三度大学くらいやる。そして,わが国の産業構造が転換していくのに合わせて,自分たちの職種を変えていくという能動的な役割,社会人教育のなかで大学を再活性化させる。こういう仕組みをつくる必要があるのではないかと痛感しています。
私もあまり存じませんでしたが,皆さんの学校がそういう分野にいま非常に大きく出ていらっしゃるということですから,さらにこれが充実されて,そういう方向を選択されるようになることを希望したいと思います。
清水 いま客観的な面を中心に取り上げられまして,新分野進出とか創造的な発想をする企業をこれからどんどん起こしていかなければいけない。その場合にマーケットがどんどん細分化されているのだから,それぞれのところに起業家として企業を起こしていくような人を育成していかなければいけない。それには今までの会社人間ではだめで,新しいタイプの人間が必要なのではないか。
特にこれからはサービス産業が増えてくる。これは当然ですが,製造業からサービス産業への人口がどんどん増えていく。これからも製造業は残ると思いますけれども,サービス産業が増えていくことは間違いないわけです。その領域のいろいろなマーケットが開けるわけですから,そちらに行く人のための能力開発はこれからぜひやっていかなければいけないのではないか。
その場合に個人のキャリアの問題としてとらえると,先見性をもって将来伸びる産業を見極めて,早いうちからそれに対応していかなければいけない時代になってくる。その前にわれわれの大学とかいろいろな職業能力開発施設がキャリア形成のために寄与するようになるのではないか。あるいはなるべきではないかというお話だったかと思います。
次に落合さん,大企業という立場からお願いいたします。
落合 私どもが所属してますのは大きくいうと電子機械工業という分野です。全体の産業分野を必ずしも把握しているわけではありませんけれども,一企業としてこの空洞化等に対してどういう取り組みをしているかということを皆さんにご紹介して,私の所感を述べたいと思います。
まず,現在の状況認識を簡単に申し上げますと,この円高は非常にすさまじいものであり,私どもにも非常に大きな影響があります。従来のような輸出型企業はこの円高ではなかなか成り立ちにくい。その対応策としてわれわれの企業も含めて,日本の企業は部品の海外調達,海外生産を行いまして,生産構造の変革に積極的に取り組んでいます。
しかし,このような生産の国際化が現在のところ必ずしも成功しているとはいえない。その理由として現在の事業を海外にシフトするといった単純な海外進出ではうまくいかないばかりでなくて,一方ではきょうの議論である国内産業の空洞化という問題を引き起こす。われわれも含めて日本の企業はいま現在たいへん重大な局面に立たされています。
そういうなかで真の国際化とはいったい何だろうか。日本企業の進むべき道は何だろうか。企業・大学・研究機関はそのために何をなすべきか。こういう問題がいま起こっていると思います。これはどれ一つとっても一企業とか大学,研究機関だけで解決できる問題ではありません。
製造業のリストラと国際化というのはやはり企業活動の大転換でして,ひいては日本の産業構造の大転換です。これは高校,あるいは大学教育,基礎研究にまでさかのぼって考えなければならない大きなテーマでもあるので,本日このような形でシンポジウムが産官学のメンバーで行われるのはたいへん意義があると思います。
本日,私は次の二つの視点でこの状況を分析してみたいと思います。まず第1ですが,米国を中心とした製造業の復活とアジアの台頭,それと絡む日本製造業の関係,これをどういうふうに考えればよいのか。これが第1点目です。第2点目が,こういうボーダーレスの時代を迎えて,日本の製造業の戦略はいかにあるべきかということを述べたいと思います。
まず第1点の米国製造業の復活,アジアの台頭,日本製造業との関係ということで,私どもは最近ある比較をしてみましたのでちょっとご紹介したいと思います。
私どもで最近米国製品と当社製品はどの程度違いがあるのかということを調べてみました。ノートブックパソコン,移動無線,カラーテレビのなかを分解して部品がどうなっているかということを調べてみました。結論から申しますと,両者間の差はほとんどないというのが実態です。
原因はいろいろ考えられるわけですが,二つに絞られるのではないか。その一つは,製造業はここ数年間,部品調達あるいは製造拠点のボーダーレス化が急激に進み,構成部品や製造設備の面でほとんど差がなくなってきているということだと思います。
2番目は,米国あるいはアジアの企業の日本企業研究が非常に進んでいますし,日本企業も海外進出を進める。また,日・米・アジア企業間の技術提携,合弁などが進み,日本独特の製造システムなり製造ノウハウが広く共有化されていること。この二つが大きな差がなくなってきている原因ではないかと思います。
もう少し詳しく述べてみますと,例えばノートブックパソコンとか移動無線,カラーテレビはどういう構成部品でできているかというと,CPUであり,メモリであり,電子チップ部品であり,プリント基盤,ハードディスク,液晶,電池,筐体,キーボード,ブラウン管等でこれらの製品はできています。これらの部品はセットメーカー,いわゆるファイル・アッセンブリーをやっている会社が長期間独占している部品かというと,そんなことはないわけでして,セットメーカーというのはこれらの部品をほぼ自由に入手することができます。
その理由というのは,部品メーカーは標準化をどんどん進めます。コストダウンを図ります。大量生産へと移行する。そうしますと,開発当初は差別化したものであっても,やがて標準品となって,マーケットが拡大するにつれて,セットメーカー側は差別化を低下させるということになり,どこでも同じようなものがつくれる。新製品が生み出されるたびにこのサイクルを繰り返すわけですが,すぐに差別化しない製品になってしまう。これがボーダーレス化が進んだときに,どこがつくっても同じようなものをつくっているという一つです。
二つ目ですが,例えば先ほどのパソコン,移動無線,カラーテレビはどういう製造工程でつくるかというと,基本的にプリント基盤に電子部品がたくさん載っていますが,そのプリント基盤をつくる製造工程と,もう一つはプリント基盤を中心にその他の部品を組み付けて,検査して,調整する。非常に簡単にものができてしまいます。世界中で同じような機械を使って同じようなつくり方をするものですから,できてきたもの自身はどこでつくってもほとんど差がない。それが日・米・アジアを含めて非常に均一化された状態が起きているということです。
このボーダーレス時代のなかで,日本製造業は生き延びていかなければなりませんから,戦略はどうあるべきかということを次に述べたいと思います。これは短期的には二つのポイントがあると思っております。一つは,こういう分野でも日本はビジネスでやっていかなければいけませんので,製品の早期商品化と製造の合理化を進めて,製品の優位性を保つ。こういう非常に厳しい闘いです。マーケットが求める価値ある製品,これは製品のハードからサービスまで含めますけれども,ほかの国よりも一歩早くマーケットに出す。こういう闘いをやるわけです。
そのためにはマーケットニーズを先取りするということと,研究・開発から製造に至るリードタイムをいかに短くするか。それから,営業と研究・開発・設計・製造の異部門の情報を共有化して,ネットワーキングによるコンカレント・エンジニアリングをどんどん進める。要するに,他社よりも一歩早い製品を出す。タイミングのよい設備投資と,世界の優秀なパートナーとの提携も重要な戦略になってきます。
国内工場はどうするのかといいますと,生産ラインの合理化はもとより,国内外スルーしたトータルなものづくりと部品供給の仕組みづくり,グローバル・ロジスティックスをつくりあげる。こういうことで世界規模の生産体制を構築する。こういうことが重要で,日本にある親工場は生産ラインの合理化はもとより,海外まで含めた部品調達と生産・物流・販売まで含めた全体最適な仕組みをつくることが,こういう分野で優位に立つ一つの条件です。
2番目ですが,ハード単体製品からシステム事業に構造転換をしていく。製品事業の付加価値を高めていくことが次にわれわれがとるべき戦略ではないか。先ほど申しましたようにハード単体だけで,構成部品も非常に少なくなってますので,継続した差別化はきわめて難しくなってきています。部品製造技術が標準化されるに従いまして,どこでも製造が可能になる。そこで,差別化の少ない製品,付加価値の低い製品は日本でいつまでも続けるわけにはいかない。マーケットに近いところか,製造インフラの優れた場所に積極的に移管する。これが国際水平分業の考え方だと思います。
日本ではどうするかというと,やはり新製品,付加価値の高い製品へシフトして,開発・設計・製造を移していく。
日本国内の役割はR&Dを含めてどういう問題があるかというと,ポイントは三つあるのではないかと思います。一つは新しいコンセプトの製品をつくる。具現化していくこと。そのために基礎技術の研究・開発から製品の研究・開発・試作まで含めて,これが日本でやる大きな仕事になる。量産の場合は最適地生産ですから,海外に行くことは当然考えてやる。
2番目に新しいコンセプトの製品を創造して,短期間で具現化する。そういう技術を開発する。技能も日本でもつ。これが2番目に重要なこと。
3番目は海外で生産する生産システム,生産設備等を考案して,試作機能をもつということ。海外に対しては日本はマザーライン,ないしはマザーショップ,マザーファクトリーという親工場機能をもつ。こういうことがボーダレス化時代では当面の問題として重要ではないか。そういうなかで,私どもの会社がどういう変化を起こしてきたかというのを次に話したいと思います。当社の事業構造の転換ということで,空洞化に対してわれわれは日夜いろいろ大変なことをやっているわけですけれども,ここ20年くらいどういうことをやってきたのかを簡単に紹介したいと思います。
当社の動きをご理解いただくために,どんな会社かというのをちょっとご紹介いたします。1875年(明治8年)に東芝という会社はできました。今からちょうど120年前になります。電球や重電機の製造からスタートして,現在はエレクトロニクスを製造する電機メーカーです。現在の規模は売上高が3兆3000億円,社員数が7万人強というところです。事業所は研究所・工場を合わせまして国内に二十数ヵ所,海外には事務所や現地法人合わせて100ヵ所というところです。
当社の事業分野を大きく分けますと三つほどあります。一つ目は情報通信システムおよび電子デバイスが一つの分野です。二つ目が重電部門,三つ目が家庭電器部門,当社の事業構造は大きくこの三つに分けています。現在はどういう構成になっているかというと,情報通信システムおよび電子デバイス部門の売上高比率が会社売上の50%を超えています。重電部門の売上高比率が30%,家電部門の売上比率は約15%というのが当社の現在の構成です。
20年前はどうだったか。1975年をみてみると,売上高は1兆円弱です。現在の約3分の1です。先ほどのニッチドビジネスの売上高比率をみると,情報通信システム,電子デバイス部門は全体の約25%,これは一番少なかったのですね。重電部門の売上高比率は三十数パーセントで,家庭電器部門の売上高が四十数パーセントというのが20年前の事業構造です。
この20年間の変化を簡単に結論を申し上げると,1970年代は家電部門と重電部門が事業の主流を占めていた。今から10年前の85年を境に,情報通信システムおよび電子デバイス部門が急速に拡大した。現在の比率は逆転している姿になっています。このことは比較的技術が安定している事業分野から,技術革新のテンポの非常に早い事業分野へと当社が構造転換してきたということを物語っているわけです。
人の面で見てみますと,この間,人員はどうだったのかというと,1970年代は総員は7万4000人です。多少凹凸はありましたけれども,現在も7万数千人ですから規模はほとんど変わりません。しかし,その間の構成人員比率をみてみますと,間接人員が非常に増えています。1970年代には間接人員は約39%ですから4割ぐらですね。現在はどうかというと,70%くらいに増えております。どういうことかといいますと,技術者比率が圧倒的に増大している。直接員の比率がその分下がっています。
これを結論で申し上げると,20年前の民生用機器中心の,しかも労働集約型の組み立て産業から発展して,事業規模を拡大し,やがてエレクトロニクスを中心とした技術分野へと事業構造を展開した。技術集約型産業へと変貌を遂げてきたということで,今までのところ空洞化という問題に対処してきた。企業のなかでこのような厳しいリストラを繰り広げているということです。
このあとどうするのかということになりますが,時間の関係でいったんここで話を置きまして,今後はどういう分野にリソースを投入し,人材育成その他についてどう考えるのかという今後の課題につきましては別の時間があるかと思いますので,そのときにお話したいと思います。
清水 いまお話を聞いていますと,特にハード面ではアメリカとほとんど差がなくなった。なぜかというと,いろいろな面で均一化が進んできた。だから,どこでつくっても同じようになって,競争にならない状況になっているということで,新しい戦略としてこれから何をやるか。一つは製品のスピードアップをやらなければいけない。そのためには親会社が中心になってネットワークを組んで,全体最適化を図って,とにかく早くものができるように,早く市場に行くようにしなければいけない。全体最適化のためにいろいろなことをやっている。例えば,コンカレント・エンジニアリングといったものをどんどん取り入れてやっているということだったと思います。
それから,もう一つは付加価値の高い製品にどんどんシフトしていかなければいけない。そのために新しいコンセプトの製品を具体化するためにスピードアップ。それから,マザーファクタリーとしてはちゃんと残っていなければいけないという話があって,そのためにいろいろ技能面も自分でもっていなければいけない。
もう一つ,例えばコンカレント・エンジニアリングをやるにしても,かなり人の面の能力の変化が求められているはずだと思います。だから,そのあたりについて能力開発の面でどういうことが起こって,どういうことをやっておられるのかということはあとで出てくると期待しております。
それでは,安藤さんに,職業能力開発短期大学校の見地からこの問題を取り上げていただきたいと思います。
安藤 富山短大に赴任しまして半年たちますが,その半年間でやってきたことを中心に,きょうは話を進めていきたいと思います。
話を進める前に,富山県の状況についてお話します。富山県は全国的にみると,工業生産とか事業所数などにおいては全国で25番目くらいに位置しています。国内からみると平均的な県ではないかと思いますので,その状況をお話したいと思います。
富山県の企業が生産拠点を海外にシフトしている。そういう状況については富山技術開発財団というところがあり,その財団から報告されている資料によると,現在海外に進出している企業が34%くらいあるということになっています。また,その調査報告のなかでは,富山県で300人以上の大企業といわれる企業の40%以上が生産拠点を海外に設置して,海外の安い労働力によって量産品の生産を目的とした企業活動を行っているということになっています。
この報告のなかで,業種的にみますと富山県自体の基幹産業が中心です。アルミ,軽金属を中心とする金属製品の部門,電気機械器具の部門,医薬品の部門,プラスチックの部門のこういう業種が非常に多く海外に出ているということです。
また,私どもの住んでいる市町村をみると,特につきあいの深いのが商工団体,商工会議所などがありますが,魚津市ばかりでなく,近くの商工団体などは最近頻繁に,中国やベトナム等に調査団を送り出しております。移転を模索しているということだと思います。
私も富山短大に赴任して半年なんですが,その半年間で500枚程度の名刺を使いました。使った中身としましては企業主とか団体の方とのつきあいですが,そのなかでよく聞かれることは,元請け企業の海外進出で受注が減ってしまった。また,円高や内外価格格差で,下請けに受注がある製品の価格が半値以下に暴落しているという現状が非常に多いということです。このことにより,工場が閉鎖に追い込まれたり,雇用調整を余儀なくされており,地方経済は大変深刻な状況が起きています。
中小企業などでも,汎用製品をつくっている下請け的企業などは,空洞化はとまらないという状況があります。一方,小型化とか軽量化などの影響で,独自の技術開発を行っている企業もあります。そういう企業は非常に躍進を続けているという実態もあります。
工業団地などの取得にしても,非常に土地も高いし,雇用の面では非常に高コストだ。このような状況では今までの日本的経営ができない。海外へシフトして利益を確保しなければ企業全体がつぶれてしまうというように,製造業が国内生産だけで雇用を支える時代はもはや過ぎ去ったという言われ方もしています。地方の現状として,このように空洞化が非常に進んでいるといえるわけです。
このような実態から,海外進出に伴う国内の余剰労働力の受け皿として,私どもも新規事業の育成策が不可欠ではないかと考えております。この事業を支えるためには規制緩和とか財政支援が必要であるということはいうまでもありません。私どももやらなければならない仕事があるのではないか。より高度な人材開発とか人材育成の対策も当然必要になってくるわけです。
事業団のなかでは,現在企業の内外における在職者の訓練をはじめとする体制の整備と,労働者各自の生涯にわたる計画的な能力開発など組織のなかで業務を洗い直し,質および量の見直しを行って,中身を充実しようとしています。われわれ現場におきましても,これに応えるために地域の企業・労働者に真に必要なものを提供しなければならないと感じております。
そのためには私どもの施設が能力開発のニーズを的確に把握して,またその分析をして,地域の要求に合ったものを構築しなければならないと考えています。私どもの施設が本当に地域に必要な施設として機能するために,非常に高いレベルの能力を私どもは保有していると思います。こういう能力を最大限に発揮して,企業が転換を前向きに進めている実態,生産性の向上とか競争力の強化,高度な技術の取得,高付加価値製品の開発,新規事業へのシフトなどを企業は考えていますが,こういういろいろな面で私どもも貢献できるよう積極的に事業展開していかなければならない,こういうことが重要な課題ではないかと考えています。
特に企業では個性的な技術開発や商品開発が求められていますが,物的な生産から知的な生産へシフトしているのではないか。ということは,その領域の人材育成が必要であろうと私どもは考えています。そのへんの能力開発を進めることが,企業が一番真剣に取り組んでいるところではないか。つまり,企業の死活問題につながる領域の部分だと考えています。私どもが能力開発の面で協力できるかどうかということを,非常に厳しい判断基準で評価されているのではないかということです。
本当に企業が私どもに期待するおつきあいをするためには,企業や団体と私どものこれから能力開発を担当しようする先生たちが,日ごろから企業のなかに入っていかなければならない。おつきあいしている会話のなかから,相手の要望する能力開発をどうやればいいかという企画も出てくると思いますし,実施するにしてもこういう方向でやるという話が出てくるのではないかと考えています。
こうした下地をつくるために最近,短大で実施している一例です。それはアルミ建材の加工会社でつくっている団体と共同研究することです。その下請け団体で構成しています非常に微小な弱小団体でございます。それが57社で構成されております。
このなかから相談し,現場を見,いろいろ検索した結果,2社をモデル工場として選びました。私どもの先生と工場のスタッフが連携を深めながら,工場の生産体制の改善や技術の向上をテーマに研究・開発を行っています。私どもの指導員をモデル工場に4名ほど張りつけまして,月に2回ほどその工場に行って,改善しなければならない状況の指摘とか,生産性の向上のための方策を探って検討しております。先日もビデオを録ってきて,これはどうだこうだという議論をやっていたようです。
また,その内容のなかから団体を構成している各社へ情報を提供したり,モデル工場で得た内容をひょっとすればセミナーに展開できるのではないか。こういうなかから周辺部への普及にも望みが出るのではないかということで実施しています。
内部的にみますと,先日まで学生のみを相手に授業を行った先生が,いま必死になって共同研究に励んでおります。私どももこれから職員と地域のスタッフとの連携がとれるよう,またこれからも施設の業務の実績が拡大するように望んでいますし,この方法で企業と接触していくのが非常に効果的であると感じています。
当然ながら,高度化とハイテク化の動向はますます盛んであり,技術の進歩はとどまるところを知らないと思います。各施設が,またはそれを構成している各自が業務を拡大し,また専門としている分野を高めるためには,先生自体が十分な基盤となる技術の上に立って,高度化する複合技術への挑戦心とクリエーティブな感覚を身につけなければならないと感じています。そのためにも私どもの職員全体の意識改革が必要であると思いますし,そうした土壌をつくりあげていかなければならないと感じています。
こんなことから企業のなかに入って,私どもが何をやればいいかということを考えております。こういうことを実施していますが,入口を見つけるのに相手側が乗ってこないという状況もありまして,私どもが企業のほうにお願いしたいのは,お互いに相談していいものをつくっていこうという私どもの姿勢をわかっていただきたい。各中小企業等の会社だけの人材育成だけでは,なかなかお金のかかる話になると思います。私どももお互いの利点を生かして,これからの時代に生きる方向を相談していきたいと思いますし,企業からもそういう相談を受けたいと思います。こういうことによって地域がますます発展することを確信しておりますし,こういう方法で仕事をしていければと思います。
はっきり申しまして,この空洞化における人材育成,能力開発は先が見えないと思います。そういう現場の状況を把握することによって,そういうことを少しでも見つけていきたいと考えております。
清水 富山県という一つの地域の問題ですけれども,共通点はあると思います。地域の問題からスタートして,この地域でも,たぶんほかの地域でもそうでしょうが,とにかく国内生産ではやっていられないという状況がある。そのために,それはそれなりにコストダウンその他でやるにしても,新規事業の育成はどうしてもやらなければいけない。
そのためには人材育成も必要になるだろうということはわかるのですけれども,真に必要なことは何か。抽象的にいえば個性的な技術開発とか知的生産へのシフトが起こることはわかっているわけですけれども,具体的に個々の企業がどういうことを求めているのかということはよくわからない。とにかくそれをつかむために共同研究という形で先生を派遣して,それをつかもうとしているという事例です。先の見えない状況のなかでは,こういうやり方は効果的であるというお話でした。
先ほど短大というのは能力は保有しているのだとおっしゃっていました。その能力をどう使うかという事業展開が必要なんだ。そのためにはいま言ったようなやり方が非常に効果的ではないかという感触をお話になられたと思います。かなり具体的な能力開発の話になったと思います。
それでは,最後に当大学校の中野先生に,当大学校としてどういうふうに考えるかというお話をしていただきたいと思います。
中野私は一般論を含めて能開大が教育の場としてどうあるべきか。そして,能開大がこれからセンターへ指導員として送る場合,あるいは短大の教官として送る場合に,どういった考え方で教育していったらいいのかという面を考えながら提言をしていきたいと思います。
まず,能開大スタッフとしての空洞化の認識ですが,なぜ空洞化が起こったかということです。産業の空洞化と人材の空洞化があるといわれていますけれども,その発生原因としては当然いろいろな書物にも書いてありますし,またテレビ等でも説明されています。
まず第一にあげることができるのが電子技術の発達。それに関連する事業の発達,こういったものが非常に急激な発達をみた。一方,鉄鋼あるいは自動車産業が急激な輸出をした。これを国民の勤勉性が支えた。これは労働・研究・開発・創造といったものを含めた,国民の勤勉性である。さらに輸出産業の製品等が海外から高い評価を受けている。こういったようなものがまず一つ考えられる。
次には生産拠点の労働力の確保の問題として,人材費の高騰化が進んでくる。例えば,現在中国と日本で比較した場合,日本は数十倍人件費が高くなっている。アメリカと比較した場合も2倍程度の人件費がかかっている。これは世界一の人件費になっている。
こういった面を考えれば,生産拠点を海外に移さなければいけないということになって産業の空洞化が起こることが考えられるわけです。海外への生産拠点の移行も,労働力の確保,低賃金,生産コストの低減,受け入れ国に技術力がある,あるいは受け入れ国の行政的な支援があるといった条件がそろっているために可能になったのではないかと思います。すでに韓国,台湾,あるいはタイ,マレーシア,インドネシア,最近では中国,ベトナム,カンボジアなど賃金が低いほうへ低いほうへと生産拠点を変えていくという現状を,われわれは認識しておかなければいけないと思うわけです。
その次に能開大からみた能力開発のニーズの分析として,第1点として考えられることは,産業構造の転換ということが一つ。先ほども落合さんから説明がありましたように,ハードを中心にした生産技術から,ソフト化がどんどん進んできている。そして,さらにサービス産業化へ変化しつつあるということと,そのほかに技術の高度化,あるいは専門の技術の先鋭化といったものがますます進んできている。そのようなことから産業構造のボーダーレス化が進んでいる。
アメリカや日本,あるいはアジアでつくられたものは品質的にも差異がなくなってきている。という説明がありましたけれども,私の考え方としては1次,2次,3次産業の境目がなくなってきて,ボーダーレス化が起きてきている。
具体的にいいますと,生産工程においても人力で行ってきた機械を電子化でコントロールする。機械をつくって制御して,ものを自動化してつくっていく。あるいは,事務系でもコンピュータを駆使して全部処理していく。このようなことからソフト技術が非常に進んできて,ボーダーレス化が進んできているということがいえるのではないかと思います。
2番目として,産業構造の変化に応じた人材育成と能力開発は当然考えられなければならない。例えば,大量の既成の技術者の産業構造の転換に伴う職場の転換に必要な再教育などを,これからますます考えていかなければならないということになろうかと思います。具体的には産業構造がボーダーレス化してきたわけで,高齢者等に対しては職業転換をしていかなければならない。そのためにはいかに能力開発を行っていかなければいけないかというようなことも,当然検討していかなければいけない。
さらに技術の高度化・先鋭化により,幅広い技術の見直しが必要になってきた。例えば,自動車メーカーの能力開発を担当している方にお話を聞きましたところ,最近は1機種で自動車が大量に売れる時代ではなくなった。現場にある一定の人をつけていれば,今までは十分対応できたけれども,最近では多機種少量生産という方向に変わってきた。そうしますと,技術者は常に新しい機種,新しい機種に対応しなければならない。そのために能力開発をどうしたらいいのか。これが現在非常に困っているという話を聞きました。現実的にわれわれの社会のなかでもそういう現象が起きているのではないかと思うわけです。
そこで,取るべき対策と現状の課題ということで,社会全体の意識改革が必要ではないかということを一つ問題提起したい。どういうことかといいますと,いま「安楽金」という言葉が定着しているようです。安定した仕事に就きたい。そして,比較的楽で簡単な仕事に就きたい。経済的にも恵まれた企業に進みたいという「安楽金」という言葉が学生のなかで定着している。実際の社会的風潮からみれば,大量にフリーターというものが出てきた。これもまさに「安楽金」の一つの状態ではないかと思われるわけです。
こういった社会的風潮を教育の場でいかになくしていくか。こういうことが大事ではないかと思います。自分の職業に対して誇りと情熱をもってやっていくという意識改革を,教育の場でやっていかなければいけないということが言えるのではないかと思います。
産業界からの技術者の要求としてどんなものがあるか。各大学では最近特徴をもたせるカリキュラムの検討が進んでいるということが新聞の社説に載っておりました。要は,いま一般的な技術教育では会社に通用しなくなってきたということで,どのような特殊技術をもたせれば企業に就職させることができるかということで,カリキュラムの再編を検討したのが百数十校にも及んでいるというのが現状でございます。
その次に技術の複合化が進む時代。自分の専門だけではなくて,周辺の技術まで理解し得る柔軟性をもつこと。これは,先鋭化した一つの技術にとどまらず,幅広くどんな分野でもすぐに応用できる技術が必要であるといっているのだと思います。これからどんどん先鋭化していったら企業の発達は望めなくなるという現象が起こるのではないか。そのためには今まで先鋭化したものを応用して,新しい技術へつなげていく。そういうものが重要になってくるのではないかと思います。
3番目として技術者の養成と能力開発ということで,技術者の処遇改善という面があります。これも新聞のアンケート調査によると,中学生時代に理化学に興味をもった生徒がどれくらいいるかというと,だいたい8割以上が非常に興味をもっているといわれています。ところが,高校・大学になってきますと,理工学離れが進んできて,先ほどいいました社会的風潮の「安楽金」のほうへ考え方が変わってきてしまう。そういうことからいいますと,やはり技術者に対して3Kという言葉のなくなるような処遇の改善も必要になってくるのではないかと思います。
その次に女性技術者の確保・育成。こういうこともこれから考えていかなければならない。例えば,特に非常に難しいといわれた電気工事関係,あるいは電力会社関係でも実際に現場で女性が活躍する場になってきた。こういう現状をみて,やはり女性の技術者の育成もわれわれ能力開発として考えていかなければならない。
それから,高齢技術者の確保と活用。日本は急激な高齢者時代に入ってきますから,当然高齢技術者に対してリフレッシュ教育をしなければならない。
その次に能力再開発ということで,公共と企業の技術協力,官民一体となって,企業がいま何を要求しているのか。そして,われわれ公共として何を支援できるのか。そういった状態を常に把握して,能力の再開発を進めていかなければならないのではないか。
その次に海外への技術協力。生産拠点が海外へどんどん移っているなかで,そのままにしておくわけにはいかないわけで,メンテナンスを含めた技術者の養成という面を考えれば,海外への技術協力をますます強くしていかなければならないと思うわけです。
6番目として高度化技術に対する能力開発。最近では非常にインテリジェントシステムが進んできて,要はメンテナンス技術要員が非常に少なくなってきている。そのような面での能力開発は非常に重要である。特に,最近のビルの高層化に伴いまして,電気設備は非常に高機能・高度化されている。高機能・高度化して,従来では事後保全的な考え方であったのが,最近では予防保全的な考え方に変わってきているということです。
予防保全という考え方になりますと,常に機器の監視をして,ある状態になった場合には,事故が起こる前に改修をしなければならない。あるいは,ビルの管理システム等も部屋の管理,照明の管理といったすべてを管理するようなメンテナンス技術要員が現在かなり不足しているということで,そういった面の能力開発もこれから考えていかなければならないのではないか。
ハードとソフトを結び中間技術者が非常に不足しているということで,そういった面の技術者の養成が必要になってくる。
それでは,能開大として技術者をセンター,あるいは短大に送る場合に,どういった技術者を養成すればいいのかということでございます。今まで言ったようなことを考えながら,能開大の進むべき道としまして,センターに送る指導者としては,ソフトを考えながらハードを中心として技術者を送りだすことが非常に重要な役割をもつのではないか。そして,短大の指導者として送る場合には,逆にハードよりもむしろソフトを中心として技術者を送りだすという使命をもっているのではないかということです。
清水 いろいろ広範囲に問題を指摘されたのですが,ちょっと拾ってみますと,これからは技術を幅広くもっていなければいけない。つまり,フレキシブルな能力をもっていなければ,頻繁な技術変化に対応できなくなる。そういう技術者を養成しなければいけないということだと思います。企業からの要求では特殊技術をもっていなければいけない。富士山型の裾野の広い技術をもっていなければいけない。これも技術の中身に関することだと思います。
あとは女性の活用とか高齢技術者という話がありました。そのほか海外に行く人たち,ビル建設保守などで出ているメンテナンス,ハード・ソフトの中間技術者といった領域でニーズがある。それがニーズに関するものです。
もう一つは,もう少し基礎的なことで,職業意識が教育のなかで取り上げられなければいけない。企業のニーズというのが先ほどもありましたけれども,企業と公共との連携を考えると,企業のニーズをいかに的確に把握するかということが前提になるでしょうという問題が指摘されました。これはもう少し具体的につながるかもしれませんけれども,基本的な方向としてはポリテクセンターの場合はソフトをもったハード中心の技術,短大はハードをもったソフト中心の技術,そういう技術領域をもった人たちを養成すべきではないか。このへんはあとでももう少し具体的に掘り下げていただけるかと思います。
いま4人の方にそれぞれの立場で指摘していただきました。やはりそれぞれフェーズが若干違うところがあるのは当然のことで,それぞれの方の問題意識,焦点がありますから,それでやっていただいたわけです。
では,次に進むことにしまして,補足説明といわないで,いまお話になったところで,もう少し述べておきたいというところがある方はやっていただきたいと思います。さっき落合さんが途中でやめておられますので,対策面をお願いできますか。
落合 先ほどこの20年間の事業構造の転換というお話をしまして,人の問題と今後どうするかということはあとにお話すると言いました。特に20年間の労働集約型から技術集約型へ変えていったときに,なぜそれができたのかということを振り返ってみたいと思います。
労働集約型から技術集約型に転換できた要因が三つほどあるのではないか。第1は,機械化とか自動化という製造技術の革新と生産技術の革新が非常に大きかったと思います。第2は技能の質的な向上が非常に大きな進歩を遂げた。第3は付加価値の高い新商品への研究開発資源の重点配分を行った結果だ。こういうことがあって,労働集約型から技術集約型へ変えることができた。
まず,生産技術的な面から一部みてみますと,1970年代に私どもは生産技術研究所をつくりました。ちょうど25年前になります。これからの時代を予測しながら,生産技術の重要性を考えて生産技術研究所ができたわけですが,これは当社だけではなくて,他のメーカーもだいたいこの時期に生産技術研究所ができています。
他社の状況も踏まえて,どういうことをこの生産技術研究所で行っているかといいますと,だいたい精密部品の加工技術とか機械要素,電子部品の実装,半導体液品の薄膜プロセス,レーザ,画像処理技術,制御,自動化,生産システムといったものづくりの要素技術から総合技術までを研究開発している。ここの技術者が事業部や関係会社と連携をとりながら,新製品の早期立ち上げとか,歩留りの向上とか生産性の向上に取り組んできた。こういう生産技術がたいへん役に立って,労働集約型から技術集約型への事業構造の転換にたいへん役に立った。同時に,付加価値の高い事業へ転換を行った。
2番目に技能者の能力開発もこの間,非常に盛んに行われた。この点をもう少し詳しく申し上げたいと思います。これは私どものケースであります。技能者の能力開発を目的にしまして,会社には10ヵ所あまりの技能訓練センターが設けてあります。ここでは当社にとってたいへん重要な基幹技能の習得を目指すということで1年間の集中訓練を実施しています。訓練の科目は職業能力開発促進法にのっとりまして,機械加工,精密加工,メカトロニクスなど13学科ございますが,ここで学科と実技の勉強をやる。年間で220日弱でしょうが,1736時間を割いている。
また,指導者が参加するテクニカルコンテストを大々的に展開した。常に構造の転換に対応しながら新しい競技種目を増やしていった。現在は旋盤,フライス盤,NC工作機械,ハンダ,電子機器組立,半導体など全部合わせますと15種目がございまして,これには東芝グループ全体で年間400名以上が参加している。当社が新規採用する技能者がだいたい500名前後ですので,だいたい60~70%がこのコンテストに参加していくことになる。入社して5年くらいたちますと,ほとんどの技能者がこのコンテストの経験をするという仕組みをつくってきたわけです。
私どもはこれからどういう分野に力を入れていこうかという一例を述べたいと思います。次世代の大型産業,ないしは大型商品開発を成功させるためには何をしていくかということですが,先ほど前半部分で少し申し上げましたが,日本企業は社会インフラストラクチャーとかシステム機器,ハード端末まで含めたトータルシステムへと移行していく。大規模なシステム事業に構造転換する。大型化,システム化という分野へ日本としては転換していかないと,どこでもつくれるものをつくってもコスト的にかなわないですし,水平分業という立場からもそこにいつまでも固執するというのは得策ではない。
日本の製造業が世界的に競争力を保っていくためには,従来のハード単体から事業形態を見直して大きな構造変革をやっていく。そのために産官学が協力し合うことが重要なのですが,私見ですけれどもそういう分野として五つくらいの分野があるだろうと思っております。どういう分野かと申しますと,まず1番目が大型設備投資を必要とする,なおかつ高度な製品技術,生産技術を必要とする産業の育成・強化。例えば,半導体や電子産業分野はわれわれがどうしても取り組んでいきたいという分野です。
東芝は半導体分野がかなり全社を引っ張っている産業に現在なっています。よく東芝は半導体分野の前工程をなぜ国内で行うのか,海外進出しないのかという質問がよくあります。半導体という分野は前工程が非常に重要な分野です。例えば,1000億の設備投資しますと,だいたい8割くらいが前工程のために金を使う。後工程というのは組み立て工程ですね。チップまでをつくるのを前工程といいます。そのあとダイシングをして,ボンディングして,パッケージングしてというのが後工程になりますが,ほとんどが前工程です。
半導体の分野をもう少しご説明しますと,なぜこういうのを国内でやろうとするかといいますと,半導体という分野は中央研究所,事業部附属の研究所(ワークスラボラトリー),工場の技術部という部門が共同して製品開発に当たる。プロセス技術の研究開発も進めていくわけですけれども,実際の運営に当たりましては装置技術やクリーンルームの開発とか,きわめて高度で複雑な技術活動によって生み出される製品です。量産に入りましてもたえず歩留り向上とかコスト低減という改善活動を継続しなければならない。
例えば,LSIという製品をみてみますと,これは100万個以上の要素回路組織から成り立っているわけです。技術革新が非常に早いです。例えば,1メガから4メガ,16メガと変わるのにだいたい3年で,その集積度が4倍になるという状態であります。さらに1メガDRAMであっても,このなかに第1世代,第2世代,第3世代とありまして,量産時にスタートしたときのチップの面積を例えば1としますと,1年後にはその8割の大きさにする。さらに,1年後には8割を縮めて,0.64ミリにする。集積度をどんどんあげていくことをやるわけです。と同時に,製造工程につきましても世代ごとに1年間に10%以上の工程を削減していく。これを同時並行に進めていく。先ほど申しましたコンカレント・エンジニアリングのまさに代表的な製品でございます。激しい競争に耐え抜いていくためには,これをやらなければこの競争では勝てない。
製造現場におきましても,大変優秀な作業者が前工程だけでもだいたい200~300の工程がございますが,この工程を高度に管理し,設備稼働率を上げるということをしながら,コンピュータを使ってこういう製造をするわけです。そのなかでも小集団活動を行うとか,TPMを行うとか,QC活動を行う。それで高い稼働率を上げる。歩留りを維持する。こういうビジネスなのですね。
こういうことを考えますと,簡単に海外でやるというふうにはなかなかいきません。われわれとしてはこの工程はぜひとも国内でやっていきたい。半導体ほどのハイテク製品でなくても,ライフサイクルが非常に短くて,研究開発,生産技術,製造現場のコンカレントな活動が製品生命を左右する製品はたくさんございます。例えば,パソコンですとライフサイクルはだいたい半年から1年です。新製品を出しても7ヵ月間に売り切らなければ,それはもう売れなくなる。そういう製品でありますので,これを海外に持っていって開発まで海外でやると時間的にも間に合わない。このように非常にライフサイクルが短くて,ハイテクな部品はやはり日本自らが担当領域として大事に守って育てていきたい事業分野だと考えているわけです。これがわれわれがやっていきたい第一のものなのです。
もう少し加えますと,これから国内でやっていきたいビジネスとしましては大型設備投資をする。そして,高度な製品技術,生産技術を要する,さらに高度な技能を要する,こういう分野の産業を育成していきたい。例えば,具体的にどういう分野かといいますと,エネルギー産業,火力・水力などの電力産業はぜひ国内でやりたい。3番目ですけれども,高度なインフラのうえに成立する産業,例えば通信・サービス産業,公共産業,交通機器。4番目に高度な複合技術のうえに成り立つ産業。例えばどういう技術かといいますと,映像・通信・制御・デジタル技術・画像処理・音声処理,こういうもののうえに成り立つ技術はマルチメディアなどの情報家電事業,医療診断,宇宙衛星産業,こういうものはぜひ国内でやりたい。
それから,5番目に1~4までをやろうとしますと,そこに共通して高度なインテリジェンスな技術が必要になるわけです。そのために膨大なソフトウェア技術が必要になってまいります。ソフトウェア技術といいますのは,今まで何度か申し上げてきたのですが,これは単独で存在するというわけではない。このようなシステムの中核としてソフトウェアが存在する。ここに大きな知価産業が成り立つ。知価というのはインテリジェント・バリュー・インダストリーです。そういうものがこれからの産業構造としては非常に重要になるのではないかということでございます。
清水 一つだけ付け加えていただきたいのです。先ほどの新しい付加価値の高い製品へのシフトというのは,いまお話いただいたようなことだろうと思いますが,半導体の話もありましたけれども,生産工程,設備稼働率を上げるためにたいへん高度の技術・技能がいる。それから,パソコンは早くつくらなければいけない。これはコンカレントという技術分野だけではないと思うのですね。技能の面についてはどうなのでしょうか。どういう技能の教育の変化があるのでしょうか。
落合 技能につきましては大きく二つに分化されると思っております。一つは,高度に機械化が進みますと,今まで人間に頼った部分がかなり機械に置き換えられる。したがって,高度な技術を使いこなす技能が一つあると思います。例えば,半導体産業となりますと,作業者自身が手を加えてものをつくるということはほとんどありません。これは全部装置がやる。
しかし,半導体装置というのは非常に高度な機械でして,メンテナンスが非常に重要であって,稼働率が落ちますと,設備償却費が高いですからそれだけロスを出す。そこで求められる技能者は非常に高度な機械装置の内容を理解して,それをうまく使いこなす。そういう技能者です。特別なトレーニングと訓練を施された技能者が一方では必要である。
それから,重電部門は相変わらずオールドな加工技術を使う技術です。例えば電力産業,タービン発電機をつくるというような技能になりますと,やはり切削とか研削などは相変わらず個人の腕に頼る。そういう分野は技能者が直接ものにタッチしてつくっています。半導体・液晶の事業とは全然違います。そういう分野では若いときから鍛えて,高度な設備といっても全部設備でできるわけではない。技能の腕を磨く。そういう分野がいま重要な分野として,技能者としてはそこを中心にトレーニングしていくということだと思います。
清水 それが今の基幹技術としてある。
落合 そうですね。
清水 わかりました。
最初に新井さんにお話をいただきましたが,新井さんの視点は中小企業,特に今回はサービス業にウエートを置いてお話になったのですけれども,サービス業について能力開発のニーズがあるというお話があったわけです。そこで今までどういう方法でやってきて,これから新しい領域にいくのに,どういう方法を使っていけばいいのか。先ほど大学の話が出ましたけれども,それはそれとしてあると思いますが。
新井 では,少し補足させていただきます。私は楽しくないのは仕事ではないと思っています。これだけ職業選択の幅が広くなってきて,自分がその産業に生きているということ,あるいは職種に生きていることに,ものすごい喜びを感じられる。それが仕事となるべきである。
従来のようにどちらかというと,これは欧米流の考え方というと国際議論が起きるかもしれませんけれども,労働というのは嫌なものである。なるべく少なくしたほうがいいんだという労働忌避的な考え方から,むしろそこに没入していることによってものすごい喜びを感じるものに変わらなければならない。
例えば,最近私の周りで起きていますある東大出身の学生が三味線屋さんに門弟入りしました。これはハイテクでもなければ何でもない。しかし,あれはインドまで行きまして硬木を棹に仕入れてくるんですけれども,その木の見定めはものすごく難しいらしいのです。たまたま農学部で材木を研究していたから,その技術を使ってそういう企業に貢献していく。それが非常にうれしくて,本人が欣喜雀躍として目を輝かせてやっている。
事業家に私はよく申し上げているのですが,これだけ不景気だ,こんなのでは面白くないやというときには,早めにそこから逃げだす。その代わりただ逃げだすだけではだめだ。次の新しい,社会にニーズがあり,自分が最も満足できる分野は何かということを探索して出ていくべきである。これは従業員であろうが経営者であろうが,すべての人について今から必要な一つの職業観ではないかという気がしています。
例えば,いま具体的にサービス分野でというお話がありましたので,こんな例が私どもの調査のなかであるのです。いま老人ホームがいっぱいありますが,寝たきり老人を食事もベッドの上でさせて,排泄もベッドの上でさせる。これは人間的におかしいのじゃないか。食事もみんな一定量しか与えませんし,水も流動食も一定量しか与えない。そうしますと,その人たちがどういう体温のときに何時間目に排泄するかというのをコンピュータに登録して,その時間になると排泄ルームに連れていくというようなことをやって,非常に人間的にハイタッチな治療をしているというので評価を受けた老人ホームがあります。そういうことはハイテクでも何でもないんですね。人間としてそこに来ている人たちにどう対応すべきかという職業観があって,そういうことができたのではないか。
そういうことを考えて,この人たちにどういう喜びを与えるか。これがまさにいまアメリカから日本にまいりましたCS(Customer Satisfaction)というものです。日本も昔からこんなことはあったと私はよく言うのです。お客さまは神さまですといっているわけですから,アメリカから逆輸入しなければならないというほどのことではないのですけれども,そういう当たり前のことが当たり前でなくなってきつつある。ハイテクや効率という言葉のなかで忘れられていく人間性も,もう少し回復できるような能力開発,あるいは精神的な対応力開発があってしかるべきではないか。
人材の材は材料の材を書いておりますけれども,実際は財産の財ではないか。例えば,経営の3Mといいまして,金と材料もしくは機械,それにマテリアルな材料,これが人間を含めたトータルな3Mの資源であるといわれたりします。ここに最近一つのI(Information)が加わって,四つが一つの経営資源だといいますけれども,MにしてもIにしてもすべて人間がつくる。
財産としての人間がそういう形でつくるのだということになりますときに,何といいましても今のこういう現状のなかで,確実に技術を体得することはもちろん重要ですけれども,それを自分が喜んで体得できるというか,そういう雰囲気をいかにしてつくりだすか。また早めにそういうものを見いだせるか。そのマーケットがなくなれば,次に新しいマーケットを見つけていくという一つの職業観が今から大きくなってくるのではないか。実はそういう技術プラス心ということを,今からの重要なファクターとして評価していくべきではないだろうかということを,具体性のあることとして最後に提言しておきたいと思います。
清水 中野さんが先ほどおっしゃって,今の話と関係があるのですが,意識変革ですね。労働はいやだ,楽にしたいということと,楽しくないと仕事ではない。これはよくわかりますが,これを教育の場でどの程度やれるものなのか。例えば,今のサービス業の話にも,経営をやっておられる経営者みたいな方がおられるのではないか。そこではどういうやり方をやっているのだろうか。もしそういう事例があったら紹介していただきたいし,中野さんについては教育でどういうことをやればいいのかということですね。
中野 非常に難しいことですが,要は小さいころから教育が必要になってくる。大学で急激にそういう情熱をもたせた技術教育にもっていこうとしてもなかなか難しいかと思います。ですから,高校あるいは大学でステップを追って教育していかなければならないということです。やはり,大学側としてはこういう技術教育が非常に魅力ある職場であるという考えを常にもたせて教育していくということが必要ではないかと思います。ちょっと抽象的ですが。
清水 例えば,当大学校でどうなっているか,ほかの一般の工業大学でどうなっているかもわからないのですが,ある総合高校では実験とか課題学習をみんな喜んで生き生きとしているという話があったわけです。やはりものづくりというのは経験してみないとわからない面があるのではないですか。そういうことをやるほうが教育的効果として大きいのではないかと思うのですが,当大学校ではいかがですか。
中野 話がちょっと変わりますけれども,一昨日フランスのリヨンから技能五輪の関係で帰ってきたばかりなのですけれども,あそこでは,有料で30フランを取って技能五輪の国際大会を見学させた。これは大会始まって以来のことですが,非常に大きな会場が,満杯の盛況であったということです。
そのなかでどういうことがあったかというと,中学くらいから高校あるいは大学の学生をバスで大量に連れてきて見学させて,その場でいろいろな職種に行って質問して,これはどういう職業なのか,どういう技術を学べばいいのか,実際にノートに書かせて質問している状況を多く見たわけです。ああいうことは非常に大事な教育につながっていくのではないかという直感を受けたのです。
うちの場合にはいろいろ実験・実習を実際にやっていますので,そういう面では他の文科系と比較した場合に,かなり進んでいるのかなと思いますけれども。
清水 そういう面で能開大とほかの工業大学を差別化をしないといけないということはあるのではないですか。放っておくと,だんだんそういうのは縮小されるのでしょう。どうでしょうか。
中野 そのあたりは皆さんに考えていただくということで,よろしくお願いしたいと思います。
清水 皆さんで考えましょう。どうでしょうか。新井さん,何かいい例はありますか。
新井 いまお話した三味線の例などというのは,われわれが外で見ているときには,棹が何百万もするというようなことには全然気がつかないのですけれども,プラスチックでつくっているものと,インドあたりに求めていっている硬木をみますと,小企業の経営者になる人は情緒不安定・積極型でないとなれないと私はよく言っているのです。こういう人はあるとき,あることに情熱を燃やすのですね。そして,燃え尽きてしまうと,それが面白くなくなる。場合によっては一生それを楽しむという時代ではない。
いま中小企業経営者の自分が楽しくなければやめるという考え方は,大企業のリストラでの首切りよりも,ある意味ではもっと冷徹かもしれません。例えば,資産ができたから,マンション経営に転換して,製造業なんかやめるという事業転換というけれども,事実上は不動産屋に成り下がるといっては失礼かもしれませんが,そういう人は結構いるのです。
私は東京の大田区に住んでいますが,大田区の工業地帯などというのは,全部そういう形の1次整理が終わって,いま2次目の整理にきているといっても過言ではないと思うのですね。そのときに非常に重要なことは,それを永遠に続けろという考え方をしないで,好きな瞬間だけそこで一生懸命やってくれ。それが終われば,次に何をやるかというときに,必ずしも立ち上がれない人もいるかもしれないし,同じようにまた新しい分野を見つけていく人もいるかもしれません。
普遍的に誰でもが同じようにできるのだという期待感をもつとしたら,これは中小企業者にとっても苦痛だし,そこの従業員にとっても苦痛ではないか。地球上あちこちで噴火しているし,異常気象なのかどうかわかりませんが,そういうことを考えますと,こっちでも火が出る,あそこでも火が出る。しかし,このときにはこっちが消えているというようなことがあっていいのではないか。
そのあたりを見てあげないで,何かやれば大成功して,新聞にも書き立てられて,一部上場企業にまでもっていくようなことまでやらなければだめだといったときに,いま中小企業のニッチマーケットで成功しているのは全部100億以下です。株式を公開しておかしくなるという会社はいっぱいあります。そういう意味でいうと,われわれが今までもってきた企業観が,ある種のマーケットがあるのに,そのマーケットのサイズを超えてまで企業を大きくしていこうとすれば必ず瓦解するわけですから,そういう期待感をもたない,そういう社会性のある企業という理解をしてやるということが非常に重要ではないか。
清水 要するに,そうすると若い人を引きつけますか。
新井 そういう人のところにくっついてくる若い人がいるかいないかというのは「運鈍根」といっているんです。運がないと経営者は絶対にだめですね。自分の職業を好きだとなって,そこに傾注できるのは運がいいということだと思うんですね。どれを見てもだめだというのは,これはやはり運のない人ですね。タイミングが悪いのでしょう。
それからもう一つ鈍というのは,いま情報過多時代ですから,横文字の26文字のアルファベットを並べればいろいろなことが出てくるわけです。CD一つ取り上げても,銀行屋がいえばキャッシュ・ディスペンサーだといい,変動預金という形になる。逆に今度は音楽家にいわせればCDというのはコンパクトディスクである。われわれ人事労務団体からいわせるとキャリア・ディベロップメント。CDという言葉はいろいろなことに使われるわけです。そうしますと,その知識をもっていること自体が誇らしげになってしまう時代は非常に空漠たるものではないか。
そこに一つ基本的にこれだということを突き詰めていけるのは,究極的には社会が事業家に大きな期待をするのではなくて,その人がやれる範囲内のことをやっていく。したがって,いま私どもが見ていますと,中堅企業でいい成績をあげている,この不況下にもかかわらず売上が伸びた,利益が伸びたところは総じて売上は100億以下です。だから,そういうマーケットがニッチマーケットなのです。
ところが事業はでかくすればいいのだという考え方があまりにも日本の産業界のなかにはびこりすぎているのではないか。教育なさる皆さんの学生に対してもそういう考え方をなさると,極端な言い方をすれば,自分の工場を去年は100坪だったけれども,今年は200坪,再来年は500坪と考えるのではなくて,自分の所属している業界のマーケットはどれだけか。それに自分がどこまで競争条件をつくって対応できるのか。これを考えていただくというのが一番重要なことではないかという気がしますね。
清水 非常にいいお話でした。先ほどそれぞれのところで起業家になったほうがいいということでしたが,これからそういう時代になるという人もたくさんおりますから,若い人に対して本当にそういう時代になるんだよ,自分で好きなことをやってみたらどうだと,自信をもって言ったらいいと思うんですね。
フロアのなかでご質問やご意見があったら言っていただけますか。
見城(能開大研究課程部長) 落合先生におうかがいします。たいへん面白いお話をうかがったのですが,先ほどの五つのなかで非常に大きな半導体ということがあったのですが,この半導体の産業を中小企業の人たちが,例えばある地域で中小企業の人たちもたくさんいて,まとまって半導体の産業に打って出ようということを考えたらうまくいきそうなのですか。これは全然別の問題なのでしょうか。ちょっと変な質問なのですが,そういうことを考えている人たちもいるのではないかと思うのですが。
落合 半導体産業を中小企業の方が集まってやったらうまくいくだろうかということですね。半導体産業というのは非常に幅が広いのです。半導体そのものをつくる産業を考えますと,私どもも含めてたいへんに苦しいビジネスになります。といいますのは,毎年毎年設備投資を続けないと,この産業は成り立ちません。したがって,毎日のように新聞紙上をにぎわしています。例えば,500億円の設備投資とか800億の設備投資とか,追加投資300億とか,2桁ぐらい違うような数字が新聞紙上にバンバン出てきますね。ある程度メモリをやろうとすると体力勝負。したがって,体力が続くならば,これはできると思います。
しかし,半導体というのは最近非常に裾野の広い産業になってまいりました。設備投資はどこへいくかというと,クリーンルームと設備にいくわけです。あとはガスとか純水とか,非常に裾野の広いビジネスですから,どこかにターゲットを絞ってやれば,半導体産業は非常に大きなビジネスになりつつありますので,いくらでもチャンスはあると思っております。
清水 例えばステッパーなんかは日本のシェアが高いのでしょうけれど,ニコンは大企業ですが,ああいう一つの装置を光学技術だけでばっとやれるとか。
落合 では,いくつかの例を申します。ちょうどいまステッパーの話が出ましたけれども,ステッパーというのは技術的に非常に高いです。そして,難しいです。やれるのはニコンとキヤノンがいま圧倒的に強くて,これを負かそうと思うとちょっと大変です。
それから,半導体業界で日本で世界のシェアのほとんどを取っているのは,例えばディスコという会社ですね。固有名詞を出してたいへん恐縮ですけれども,ご存じの方がいらっしゃると思います。ICのウエハーを研削切断,砥石で切る。これは20年くらい前はダイヤモンドのカッターで押しつけて,ガラスを切るのと同じような原理で削っていましたが,ディスコという会社はもともとは砥石屋さんです。それが砥石を極薄にして,20ミクロンを切るような薄い刃でウエハーを切る。こういうのは世界の独壇場になっていまして,おそらく世界のシェアの8割くらいは取っているのではないかと思います。非常に強い。ですから,半導体産業は非常に裾野が広いですから,ターゲットを絞ってやるべき分野はものすごくあると思います。
清水 砥石という技術があって,それを金属切削加工に転換したということですね。その企業固有のコアコンピタンスが大事だということですね。
では,もうお一人。
村瀬(ポリテクセンター中部所長) 先ほど新井先生がおっしゃったサクセスストーリー,お互いに今まで生き延びてきたのだから,うまくやってきたのじゃないですか。それをお互いに話し合いましょう。こういう場をつくろうじゃないかということを行っていますが,皆さんサクセスストーリーを話したがらない。失敗談も話したがらない。どうすればそういった気持ちを開くことができるか。そういったことがございましたら教えていただきたい。
新井 中小企業者というのは私は先ほど情緒不安定・積極型といいましたけれども,ある意味では情緒が安定して,完全に事業の見込みがたつまで計画をたてたら,おそらく事業家たりえないだろうという人が圧倒的に多いのですね。つまり,半分くらい可能性があるときに飛び出していく。それがほとんど成功しているのですね。
それがいまおっしゃいますようなハイテクではなくて,例えば岐阜の中津川というところにサナダコスモという会社がありますが,真っ白いもやしというのは猛烈な有機系のさらし粉で,まさに化学物質の汚染の見本みたいなものらしいのです。その添加物を一切なくして,ただ自然にそのままやろう。しかもその種も日本では汚染があるからだめだ。アメリカのアリゾナの砂漠のど真ん中に行きまして,そこで太陽熱だけで育てて,その種を持ってきて日本で使おう。そうしたら,これが生協で爆発的に受けて,汚染されないものを供給していくということで,一つのサクセスストーリーをつくるのですね。
われわれもそういうことを収集して,事業の見方はこうだよということで事業家に希望を与えてやらないと,円高で大変だ,海外に行って,日本では仕事がなくなるよ,あなたのところをマンションに変えても,今度はマンションの借り手がありませんよ。東京都が臨海地帯で安くつくって貸すかもしれない。そういうことになってくると,結局は成功するポイントはものすごくハイテクではないし,ハイテクでは中小企業はおっしゃるようなものはなかなか難しいだろう。
さっき申し上げたように情緒不安で積極型で,進出していって,実際は成功しない人のほうが圧倒的に多いわけです。われわれは成功するものだけをとらえて,中小企業者を叱咤激励するという役割がありますからやっていますが,そのときに中小企業者が乗ってくる一つのポイントは,税制と金融と日本の場合は補助金の三つなのですね。税制で支援する。金融で安い金を長期に貸す。いま一番長いのは5年間の据置期間で20年返済などというのがあるわけです。最初にいろいろとっかかりをつくったときに補助金を出す。これによって中小企業を勇気づける。
そうしますと,この三つを必要とするときは中小企業者は猛烈な勢いで自分のサクセスストーリーを公開するわけです。つまり,サクセスストーリーを出さなければ,そのギャランティーが得られませんから。それで,われわれはそういう情報を収集できているのです。ですから,いま中小企業に,どうだ,おまえのところで技術的に成功したのを出せと言っても,おそらく出さないでしょうね。中小企業者はドライですから,そういう税制・補助金がつくことによって初めてついてくるということがいえるという気がいたします。回答になるかどうかわかりませんけれども,それが実態でございます。
村瀬 事業団もいま各種補助金などを行っていますので,先生のおっしゃるとおり,それをサポートしてやりたいと思っています。
新井 ぜひやっていただきたいと思います。使える技術は結構あるのに,そういうことを知らない中小企業者もいっぱいいるのです。それから,どちらかといいますと,私どもが考えている一つの国の施策のなかには棲み分けも一つの大きなファクターですね。落合さんのおっしゃるようなものすごい大型投資と中小企業を結ぶもの。例えば,いま切削のお話が出ましたけれども,軟削材の切削だけで,研究開発のときにも呼ばれるという中小企業の社長がいるのです。これは横浜の人です。軟削材はご存じのように削れば崩れるとか,削るのに非常に硬いものとか,これはセラミックから始まって合金とかいろいろなものがあるらしいのですが,そういうところへ行って,あなた,研究開発チームに入りなさい。そこに入っていると,月にいくらかの顧問料をくれるらしいのです。結構な顧問料だと言っていました。そういう形で大企業とタイアップして,うまくアイデアを生かしていらっしゃるという人もいました。
清水 ありがとうございました。失敗例は言えなくても,成功例は言ってくれてもよさそうなものですが,言えない理由はさっきのようなインセンティブがないということもあると思いますし,企業秘密ということもありますが,もしそういうのがなければ話す能力がないというか,そういうことだと思いますよ。だから,質問能力があれば聞ける面もある(笑)。いろいろあると思いますから,先ほどの安藤さんではないですけれども,共同作業をやって,やっているうちにつかんでしまう。そういう裏の手も使わないといけないのかな。これはどこの世界でもそうじゃないかという気がします。私の意見になってしまいましたが。
トピック的なところだけあげてまとめにさせていただきたいと思います。今回はいろいろな領域から来ていただいて,いろいろなフェーズでお話がありました。それぞれ特色があって私自身は非常に面白くて,皆さんも面白いところがかなりあったのではないかと思います。
新井さんは特にサービス業についてお話になりました。非常に面白かったのは,面白くなくては仕事じゃないという考え方。これは起業家の場合もそうだし,個人もそうなのではないかという話。これから市場がどんどん新しくなって,しかも小さな市場がどんどん出てくるときに,それをものにするような起業家がいるのだという話ですね。だから,そういう市場に出ていけばやれるんだ。ただ,あまり大きくなることを期待するということではなくて,面白いあいだだけやればいいのではないかという考え方は非常に面白いなと思いました。
もう一つ,サービス産業,第3次産業へ製造業がどんどん行かざるを得ない。これは産業構造の転換ですが,そういう面で職業能力開発に期待するところがあるのだというお話でした。落合さんは,東芝という大企業でリストラをずっとやってきて,その間にリストラが成功した原因はどういうところにあるかというお話が非常に興味があったわけです。そのなかでも能力開発に関していうと,技術者の能力開発も当然あったと思うのですけれども,技能者の能力開発をかなりきめ細かくやってきて,それが一つ成功の要因になっている。今後の新しい産業分野を五つか六つあげられましたけれども,そういうなかで半導体の例とか重電の例があって,高度な熟練技能はどうしても残していかなければいけないし,残らないと成り立たないというお話が一つあったと思います。
安藤さんのお話も非常に興味がありました。地域の産業のニーズにマッチした事業を展開しなければいけない。これは短大のミッションですけれども,地域のニーズの分析は非常に難しい。そのために今やっているのは,先が見えない状況は実感としてあると思うのですよ。そういう状況のなかからニーズをつかんで,何かをつくりあげていくということで,いまとりあえずトライ・アンド・エラーで共同研究方式をおやりになっている。私はこれをお聞きしたときに,いい方法だなと直感したのです。それなりに苦労されていると思うのですが,これはぜひ続けていっていただいて,事例研究として将来発表していただくと非常にいいかなと思いました。
最後の中野先生の場合,能開大の立場でおっしゃいましたから,能開大のアイデンティティーといいますか,能開大の立場で状況を分析されて,そのなかから出てくる能力開発ニーズを能開大としてどういうふうにやるべきかというので,このへんは時間があればお聞きしたかったのですが,ハードとソフトの組み合わせをどうするか。センターの場合はハード中心で,ソフトをそれに加える。短大の場合はソフト中心で,ハードをそれに加えるというやり方がいいのではないかという方向づけはされたのですけれども,実はどれをどういうふうに組み合わせるかが大問題なのです。これは言うは易しなのですけれども,実際は難しいのだろうと私は想像します。だから,そのへんは今後の課題かなという感じがしております。これは私の主観です。
そんなことでいろいろ多面的に,ある程度興味のある領域を掘り下げていただいたかなと思っております。時間がまいりましたので,これで終わりにさせていただきたいと思います。ありがとうございました。(拍手)
本稿は第3回職業能力開発研究発表講演会のシンポジウムの録音を編集部でまとめたものです。