昨年10月,わずか1ヵ月の間に「教育の原点」を考えさせられる二つの現場を体験した。
一つはフランス,リヨン市で開催された技能五輪国際大会である。この国の教育制度が中学校で進学校と職業校の選択をするせいか,連日たくさんの中学生,高校生が見学に訪れた。将来の自分の職業選択のため,世界一の「技」を競う旋盤,溶接をはじめ,コック,理髪,左官など同年代の若者の姿を熱心に見学していた。初日にはシラク大統領も訪れた。また,会場内の臨時テレビスタジオでは,関係者へのわかりやすい技能についてのインタビューやスタジオの選手とパリの若者とを中継で結んだ討論もあった。これに対して日本では,少ない若者の見学者で技能五輪国内大会が催されているのが現状である。仕事選びのホワイトカラー志向を見直してもらうには関係者の努力が相当必要と感じた。
さて大会期間中,ホテルや町や会場で朝など,見知らぬ人と出会うと日本人に対しても必ず「目を見つめスマイル」の挨拶をしてくれる人の多さに驚かされ,それに応えることで気持ちの良い一日が送れた。これを不思議に思い現地駐在の仲間にその意味を聞いてみた。多民族が生活する中でのこの行動は「私はあなたの敵ではありません」という意思表示も多分に入っているとのこと。そういえば期間中パリでは爆弾騒ぎがあり,地下鉄にはたくさんの警官が警戒に当たっていた。その中の一人とふと目が合いスマイルしてきたのでそれに応えた。多分彼は私をテロリストではないと判断したのだろう,降り際にウインクしてくれた。
「目をお互いに見つめ合い唇を少しおさえるスマイル」は無言で意思を伝える気持ちのいい手段であり,人間関係の刺々しさを和らげてくれる。
二つ目は「黄柳野(つげの)高校」での出会いである。そのユニークな教育がマスメディアで全国に紹介され,教育理念に賛同した市民の力で昨年4月開校した。私どもの企業内訓練校では,少人数の選抜社員ということもあり,躾,団体教育ともに徹底しやすくいわゆる「行儀のいい生徒」が多く育っている。黄柳野高校の「理念」は内申点や偏差値など数値のみでは計り知れない多様な能力と可能性を秘めながらも,高校進学を断念せざるをえない全国の若者たちに全寮制で友と学ぶ場,遊ぶ場をまず提供する。そして心を開かせ,個を生かし自立への道を歩ませるものである。
校長先生によれば,中には心の病気を持ち登校拒否の経験者もいるが,今では休み明けの月曜日には必ず登校できるようになった生徒が増え,成果が出始めたとのことであった。そんな知識を持ち見学に移ったが,私は一つの試みとして「目を見てスマイル」を会う生徒ごとに心をこめてしてみた。その結果は,毎日出会う当校の生徒より「素直で明るいスマイル」と「こんにちは」が返ってきて感激した。早速,校長先生にお話ししたら「大変いい話で先生方とも話してみる」とのことであった。「目は心を表す」,目を見つめ合いスマイルできる人はとてもきれいな心を持った人ではなかろうか。
毎朝,生徒たちとラジオ体操をするが,その折「目を見てスマイル」を心がけている。こんな小さなことが「教育の原点」であり,お互いに明るく気持ちのいい一日が送れ,私の仕事もはかどっている。
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やまわき まさお
昭和39年 金沢大学理学部物理科卒業後,日本電装株式会社入社。初任研究部,生産技術部。ディスプレイ開発部長歴任。
平成5年 日本電装工業技術研修センター所長,日本電装工業技術短期大学校長,現在に至る。