• ポリテクカレッジ岡山(岡山職業能力開発短期大学校)産業デザイン科  近藤 研二

1.はじめに

最近,「インターネット」などの“ディジタル通信網”が,メディアとしての役割が大いに注目されており,特にWWWサーバを使った情報発信は,世界各地で旗揚げされ,新聞・テレビ等でも毎日のように大きく取り上げられている。今後,地域・企業にとって,マルチメディア技術を使って,組織から外部へいかに情報を発信し,地域・企業の姿勢をアピールしていくかは,これからの大きなテーマとなるであろう。そして,これらのディジタル・メディア・コミュニケーションを自由に使いこなすことのできる新しいタイプの能力を持った人材が求められている。

そこで,95年度の能力開発セミナー(E型団体方式)として現在実施している「マルチメディア・クリエイター教育プログラム」の概要とその経過を報告し,今後の課題と目標について考える。

2.マルチメディアとは?

「マルチメディアとは,これまで個別に存在し,機能してきたさまざまなメディア,さまざまな産業が一つの大きな流れの中で「統合」していこうとする動きである」等とさまざまなところでよくいわれているが,抽象的でわかりづらい説明かもしれない。

私なりの解釈をさせてもらえば,「マルチメディア」とは,コンピュータを使ったコミュニケーションの新しいスタイルであり,しかも従来のテキストベース中心の情報から静止画,動画等のグラフィックス,サウンド等を統合的に扱うメディアということになるかと思う。確かに従来のテレビなどのマスメディアもグラフィックスやサウンドを扱うが,それらとは根本的に異なる。

その違いの一つは,マルチメディアの場合扱う情報がディジタルであることである。ディジタル化された情報は,たやすく混じり合い,何度でも再利用可能な情報として劣化なしに繰り返し使うこともできる。ディジタル化された音声,ビデオ画像,データが混ぜ合わさったものをマルチメディアと呼ぶわけである。

二つめに,本来コミュニケーションとは双方向の性格をもって成立するが,従来のテレビやラジオなどのマスメデイアは,一方向性のメデイアであるのに対し,マルチメディアのコミュニケーションは双方向性であり,電話やファクシミリと同じように受信も発信もできる。しかも,GUI(グラフィカル・ユーザ・インターフェース)といわれるコンピュータのインターフェースは,従来のコンピュータの操作とは異なり,コンピュータの専門家でない一般の人間が,テレビの番組をリモコンでコントロールするように限りなく簡単に扱える方向に進化しつつある。

3.マルチメディア・クリエイター養成の必要性

今後,ハードウェアの低価格化や,GUI,データの圧縮等の技術が進歩するに従って,ますますコンピュータの普及率は加速度的に広がり,全家庭に家電製品並みに普及することによって,コミュニケーションの手段としてのマルチメディアの応用分野も,さまざまな分野に広がりを見せていき,これまでの生産や流通の世界を根本的に変えていくであろう。

これまで産業社会では,決まった時間と空間の中で生産工程を標準化・分業化し,モノを大量に生産することにより利益を生み出してきた。その中で映画やラジオ,テレビ,新聞などのマスメディアは,画一的な消費者を生産し,巨大なマーケットを作り出すことで,産業社会に大きく貢献してきた。

情報化社会では,あらゆるものがオーダーメードに近くなり,情報は極度にパーソナル化されるであろう。ディジタル情報は特定の時間と空間にはあまりとらわれず,いつでもどこでも生産できるし,コンピュータ・ネットワークを使ったディジタル情報の流通は,モノの流通に比べてはるかに単純で効率がよく,効率的な情報の扱い方によって利益を生み出される。今後,モノを右から左へ大量に生産し,配布するだけの巨大な企業の付加価値は,どんどん下がっていくであろう。

これまでマルチメディアというと,どちらかといえばビデオ・オン・デマンドやゲームなどというエンターテインメントの分野が多く語られてきたように思えるが,今後,紙等のアナログなメディアに代わり,これらのディジタルなメディアを使った商取引やCADデータのやり取りなどの生産やサービス等のビジネスに直結した利用が,活発に行われるものと予想できる。

コンピュータ・ネットワークを利用したグループワークは,単に今までの業務フローの中にワープロやコピー機,ファクシミリを導入し,折角ディジタル化したデータをコピー機やファクシミリでアナログ化し,再びワープロでディジタル化するというきわめて非効率な今までのOA化とは全く異なり,組織のあり方から業務フローまでを根本的に変革していくものなのである。組織全体で使う情報をLANやWANを使って共有化し,さまざまな環境の変化に迅速に対応できる組織のあり方,仕事の仕方としてのグループワーク(協調作業)ができる効率的な業務フローや組織自体の再編は,革命的な企業の合理化を実現させるために不可欠なものとなるであろう。

マルチメディアは,教育にもきわめて有効である。私も3年ほど前から授業の中でスライドやOHP等のアナログなメディアはほとんど使っていない。写真や図表等の教材は,ファイルサーバに蓄積されディジタル化されたファイルを校内LANを使って大形モニタに映し出しているし,学生に提出してもらうレポートや作品もほとんど直接ファイルサーバに保存させている。学生は,コンピュータの前に座ってファイルサーバにアクセスすれば,いつでも参考資料や過去の学生の作品を見ることができるのである(授業中にコンピュータで落書きしている学生もなかにはいるが)。ただし,残念ながら事務所はLANが繋がってないので,今も相変わらず,プリンタで出力した紙でしか提出できないし,会議のたびにもらう膨大な紙にプリントアウトされた資料の洪水で,私の机の上は書類の山である。コンピュータのハードディスクの中の書類であれば,検索をかければ,一瞬のうちに探すことができるが,机の上や本棚の書類は,いつも苦労する。

今年度から,能力開発セミナーとして実施し始めた「マルチメディア・クリエイター教育プログラム」とは,単にコンピュータ・グラフィックスのクリエイターを養成するという意味ではなく,今後生まれてくるであろう新たなデザインビジネスのフィールドとしてのGUIデザインを行える人材,および企業の中のホワイトカラーがディジタル技術を理解し,あらゆるビジネスの局面において自ら企画立案を行い,マルチメディア表現に通じたコミュニケーション・エキスパートとして自由に情報の生産,発信のできる人材の育成をめざしている。

4.カリキュラムの概要

この教育プログラムでは,これからの新しいディジタル環境下で活躍できる新しい能力を持った人材をマルチメディア・クリエイターと呼んでおり,そして,その新しい能力とは,「情報生産能力」「プレゼンテーション能力」「情報管理能力」だと考えている。今回,情報管理能力コースを制御技術科,電子技術科,情報技術科に協力いただき,産業デザイン科では情報生産能力,プレゼンテーション能力のコースを担当した。

4.1 情報生産能力に関するセミナー

「マルチメディア」とは先に述べたように単にコミュニケーションの手段なのであり,どのような目的に使うかあるいは何を発信するのかといった内容,明確な視点を持っていなければ何の意味ももたない。

価値観が多様化し,市場が成熟した時代の中で,ものを作れば売れる時代,性能が良ければあるいは安ければものが売れる時代はすでに過ぎ去ってしまっている。これからの企業に求められる能力は,単に「もの」をかたちづくることではなく,めまぐるしく動く個々のニーズに的確に応じたオリジナルな製品開発力,あるいは企業それ自体のあり方も含めた総合的な企画力・コーディネート力である。

そのような観点から,さまざまな情報をネットワークを使って情報交換・分析し,ディジタルな情報として組み立て企画立案し,ディジタルな設計情報を生産できる能力をもった人材を養成するコースとして,CG基礎,デザインCAD,企画立案プロセスの3つのセミナーを計画した。

4.2 プレゼンテーション能力に関するセミナー

どれほどすばらしい企画・提案であっても,相手に伝わらなくては何の意味もない。企画・開発からクリエイティブ,販売促進,記録やレポートなどあらゆるコミュニケーション,メッセージをディジタルな映像やサウンドを使って,効果的なプレゼンテーションができる能力が必要である。

このコースでは,文字,画像,映像等をディジタル化して自由にアプリケーションを使いこなすコンピュータの操作技術だけではなく,紙やモニタ,CD-ROMなどの各種メディアに出力するための知識や技術,基本的なレイアウトや色使い,GUI等のデザインに関する技術を習得するためのセミナーを計画した。

4.3 情報管理能力に関するセミナー

変化の激しい市場のニーズを的確に把握するためには,LANやインターネット等のネットワークを使って,これらの情報の渦の中から迅速にかつ広範囲に情報収集し,整理,発信できる能力が必要であるとともに,情報を共有化し環境の変化に迅速に対応するグループウェアという新しい仕事の仕方を学ぶ必要がある。

このコースでは,電子メールの使い方,ファイル転送・遠隔端末・ファイル共有等のLANやインターネットを活用する方法,およびネットワークを構築する技術を習得するためのセミナーとして,ネットワーク活用方法,データ通信基礎,UNIX基礎,UNIX-PCネットワーク基礎の4つのセミナーを計画した。

5.広報および経過

最近,印刷業界でもディジタル化された原稿が持ち込まれるケースが多くなっており,印刷業務のディジタル化が推進されている。また,デザイン業界においても,パソコンを使ってデザインを行い,通信を使ってクライアントや印刷会社等とグラフィックス・データのやり取りを行うケースも増えてきている。そこで,今回のマルチメディア・クリエイター教育プログラムは,プログラムの内容をまとめた専用のパンフレットを作成し,E型団体である岡山印刷工業組合,岡山産業デザイン協会を中心に広報を行った。

12月20日現在,実施したセミナーは,CG基礎(25名),DTP基礎(22名),DTP実践(17名),DTPR基礎(11名),データ通信の基礎(11名),ネットワーク活用法3回(33名),データ通信基礎(11名),UNIX基礎(3名),UNIX-PCネットワーク基礎(6名),デザインCAD(12名),企画立案プロセス(8名)であり,すべてのセミナーに申し込みがあり,成立の予定である。

受講者の職種は,約60が印刷業に従事している方で,その他大学講師,税理士事務所,塾経営,広告代理店,動物病院など多岐にわたっている。

6.今後の課題と展望

今回,「マルチメディア教育プログラム」の広報を効果的に実施するため,科にまたがった関連のセミナーを体系づけ,専用のパンフを作成したことにより,受講者にとって各セミナーの主旨などが理解しやすいものになったように思われ,かなりの受講者が関連のセミナーを段階的に続けて受講されるケースが多かった。

また,セミナーを受けても実際に仕事で活用するとなると,1回のセミナーでは完全に理解することは困難な場合が多い。そこで,現実の仕事の中で発生してくるそれらのさまざまな問題に対しての疑問に答えるアフター・フォローも必要になる。産業デザイン科では,パソコン通信のホストを開局し,マルチメディア・クリエイター教育プログラムに関するセミナーを受講した方々の質問や疑問を受けとめる場として,また情報交換,交流の場,セミナー情報等のサービスも実施している。しかし,パソコン通信のクローズドなシステムには限界があり,今後事業団が幅広く地域の中小企業に対してセミナー等の事業を展開していくためには,インターネットを利用したセミナーの広報,受講申し込み,さまざまな情報提供等のサービス等も考えるべきであるし,そのための環境整備なども急ぐ必要があると考える。

7.おわりに

マルチメディアは,今後プログラミングや通信などの専門家だけでは対応できない分野になっていくであろう。コンピュータの専門家だけがコンピュータを使う時代は過ぎ去り,一般のオフィスや家庭にパソコンが深く入り込み,コンピュータの専門家でない一般の人間が,仕事・レジャー・ショッピングなどにパソコンが広く使われる時代になると,ハードよりもむしろその「インターフェース」のデザインや「ユース・ウェア」などが特に重要な問題となる。

1930年代アメリカで家電や車が家庭に入り始めた段階でプロダクトデザインがビジネスの上で重要な武器になったことと全く同じ現象が,これから成熟した情報化社会を迎えようとするディジタルメディアの中で出現しようとしている。自ら情報発信のできるメディアを,小さな組織や個人でも持てるようになり,アイデア次第で大きなビジネスを創出できる可能性をディジタルメディアは秘めている。

その際に求められるものは,オリジナルな企画立案能力,ディジタル・プレゼンテーション能力なのである。現在それらのノウハウをもつ人材は絶対的に不足しており,今後この分野でのデザインの果たすべき役割はますます大きいものになっていくであろう。

来年度は,さらにカリキュラムを充実させ,他の業界にも広く広報を行いたい。

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