• 宮城県立塩釜高等技術専門校 情報処理科  新妻 幹也

1.はじめに

前回までにも,3回にわたり「マルチメディア時代の在宅学習システム」というテーマで実践的な話をしてきましたが,本号ではマルチメディアの特集号ということで,さらに多くの人が現実的にマルチメディア教材を作成したり,作成した教材をネットワークで使っていくにはどのようにすればよいのかといった点について考えてみたいと思います。

2.分厚いマニュアルは嫌われた!

パソコンを使う人,そうでない人にかかわらず,コンピュータのマニュアルやアプリケーションソフト(ワープロや表計算,図形処理などのソフト)のマニュアルを手にして,「こんな厚いマニュアルを読まなきゃ,使えないの?」と,使う前にいやになった経験のある人は少なくないと思います。そう思っていたところ,ソフトの使い方ビデオなるものが出回るようになりました。これは,なかなかいいアイディアだと思いました。マニュアルを読むより,ビデオを見るほうがわかりやすいかどうかは別として,とにかく「とっつきやすい」ことは確かだと思います。

さらに,最近ではビデオではなく,使い方の説明のための音声や実際のソフトの操作画面が表示されるCD-ROMまで発売されるようになりました。私も,ある画像処理用のソフトを説明しているCD-ROMを見てみたのですが,「これは,いい」と思いました。もともと,私はコンピュータを使った教材作成というものに長い間携わってきたのですが,それでもそう思いました。では,何がそんなに「いい」のかを,ビデオ教材との比較表でみてみましょう(表1)。

表1
表1

ここで注目したいのは,内容の進行がビデオの場合,学習者の理解度にかかわらず勝手に進行していくのに対して,CD-ROM教材では,進行の主導権が学習者側にあるということです。極端な話ですが,ビデオの場合は,学習者が眠っていても内容は進行していくわけで,通常の授業形態とあまり変わらないといえます。それに対して,後者の方は,学習者が積極的に操作をしていかないといけないようなシステムになっていて,能動的な学習ができるようになっているわけです。しかも,「同じ部分を繰り返し見る」というような操作がCD-ROM教材の方が簡単にできます。

新たに何かを学ぼうとするときは,年齢に関係なく「効果的な方法で」「短時間に」できればそれに越したことはないと思います。これからは,私たちでも敬遠するいわゆる「分厚いマニュアル」は,生徒に対してもなるべくなくしていきたいところです。

3.マルチメディアを使った教育訓練は普及するか

前々号までに3回にわたって,マルチメディアCAIを実現する具体的な内容について記述してきましたが,はっきりといえることはCAIも研究レベルではなく,実践で使える段階に入ってきたといえます。

パソコンの登場から長く続いたDOS(コマンドタイプのOS)の時代では,写真を提示するとか,音声・音楽を出力する,動画を表示するといったことが標準のシステムでは不可能でした。しかし,CAIを効果的レベルで実現しようとすると,それらの活用は不可欠であり,結局特別な付加装置によってそれらを実現するしかありませんでした。「研究レベルであった」というのはこの点です。つまり,仮にそのような特別なシステムで動く教材を作っても普及させることは困難ですし,実現しようとすると投資も必要となります。標準的なパソコンですら1セット50万円以上もしていた時代に,さらに特別な装置を付加するだけの余裕がある施設はまれです。また,情報や事務,電子関連の系や科ではパソコンを設置できても,それ以外の系や科でCAIのためだけにパソコンを設置できるところは少なかったことも事実です。

ところが,ここにきて,「WINDOWS95」や「MAC-OS」といったマルチメディアに対応したOSが爆発的に普及してきました。これらのOSはOSそのものの使いやすさはもちろんですが,OSが,マルチメディアの3要素といわれる,「音」「文字」「映像」を標準的にサポートしています。

OSがそれらをサポートしていることが,DOSの時代と比較して何がよいかというと,これまで音や映像に関して統一した規格がなかったものに一定の「標準」ができ,異なるアプリケーションソフト間でそれらデータの共通性が生まれるということです。そして,異なるソフト間で共通に扱える音や映像データはそれぞれ,音ならば音を専門に加工できるソフトで,映像ならば映像を専門に加工できるソフトで,写真は……というようにして,あとは例えばCAIであれば,それを実現するソフトに加工した音や映像を持っていって読み込ませるといった方法で使うことができるわけです。DOSの時代のソフトでは,文字以外の映像や音のデータに関しては,ソフト間の共通フォーマットというものはほとんどなく,それぞれのソフトで「独自形式」をとってきました。そのことは,ユーザにとってはあまり歓迎されるものではなかったのですが,そうなっていたのが現実でした。

そして,そのことがCAIソフトにもあてはまり,その中で扱うデータは「独自形式」でやらざるを得ず,「花子」で作った図形を「TOCS」で扱えなかったということにもなっていたのです。

新しいOSが持つ「音」や「映像」が与えてくれるメリットは,CAIでは改めていうまでもなく絶大なものです。これまで,特別な付加装置によって実現してきた機能が,1セット20万円以下の機種でも実現できてしまうのですから。しかも,OSが共通であれば,機種のメーカはほとんど関係ありません。これまでのように,「98でしか動かない教材ソフト」というようなこともなくなっていくのです。これらのことが,これまでのように「理想論」的に扱われてきたCAIを「現実論」に移行させる大きな鍵になるような気がします。

4.虎穴に入らずんば虎児を得ず

タイトルは少しおおげさかもしれませんが,これが,今「CAI教材普及」ということについて私が思っていることです。これまで,パソコンを使ったCAIというものをいろいろ考えてきた中で,今のパソコンの環境は「CAIのため」と思えるほどすばらしいものだと思います。8ビットの時代やDOSの時代では,「写真は出せないんですか?」とか,「音声は出せないんですか?」というような問いに,必死にそれら機能実現のために苦心しましたが,それらがみな特殊なシステムになってしまい普及しなかったからです。そういう中では,指導員が「このシステムで授業を展開してみよう」とは思わなかったと思います。そして,徐々に「CAIなんて現実的ではないよ」ということが広がったのかもしれません。しかし,

今のパソコン環境はこれまでにないぐらい一変しました。

ということを,声高に言いたいのです。ぜひ,「マルチメディアCAI」の現実を体験していただきたいと思います。そうすれば,これまでにはないくらい「簡単に」「質の高い」「わくわくする」教材が作れることを実感してもらえると確信しています。これらについての具体的なことは,1995年の「技能と技術」の3・4・5号をご参照ください。

5.マルチメディア教材作成で必要とされること

ここでは,一変したパソコン環境でマルチメディア教材を作るときに必要とされる「手腕」のようなことを述べたいと思います。

というと,「やはりむずかしいのか……」と思われるかもしれませんが,いわゆる「機器の操作」や,「ソフトの使い方」に優れるというようなことではありません。マルチメディア教材を作るということを実際にやってみると,今までのように「コンピュータを操作する能力に秀でている」ということではなく,まったく別の能力を必要とされることを痛感します。簡単に言うと,機器やソフトの操作は驚くほど簡単で,ちょっとそのやり方を教われば,写真だろうが,音声だろうが,ビデオ映像だろうが簡単に使えます。私が,能開大で担当している研修でも,先生方に使ってもらいましたが,過去の研修以上に関心を持ってもらえました。

では,何が「手腕」なのか。それは,マルチメディアで簡単に扱えるようになったそれら,「写真」「音」「映像」を収集し,いかに目的の教材の中で効果的に反映させ授業プログラムの設計をするか,ということです。

話題の映画があった場合まず注目されるのは,「監督はだれか」ということがあります。それと同じようにこれからは,その授業プログラムの作成を「だれが手がけたか」ということになるような気がします。つまり,「写真」「音」「映像」に何を使うかも重要ですが,それらをいかに効果的に使って授業プログラムを構成していくかという「手腕」が問われるような気がします。これから指導員も授業プログラムを作る「監督」ということになるわけです。

6.マルチメディア教材をネットワークに載せるには

マルチメディア教材の「わかりやすさ」以外のメリットとしては,作った教材を電話回線などを使ったネットワークによって全国(全世界でも)どこにでも送ることができるという点です。これは,前々号のテーマにもしていた「在宅学習システム」という考え方に大きく影響するところです。詳しくは,バックナンバーを参照してほしいのですが,そこで問題となってくると思われる点について記述してみたいと思います。

6.1 データ転送速度と転送時間

通信回線を使ってデータを転送するときに考えなくてはいけないことに,データ転送速度とデータ量の関係があります。特に,マルチメディア教材についていえば,これまでの文字だけのデータ量とは比較にならないくらいのデータ量になります。表2の例で比較してみてください(非圧縮)。

表2
表2

このデータはまったく圧縮していないときの値をおおざっぱに記述したものですが,音声や写真をたくさん使って構成するマルチメディア教材がいかに大きなものになるかがおわかりいただけると思います。実際にはこれら膨大なデータを何らかの方法で圧縮して転送することになるとは思いますが,それにしても,これまで扱ってきたような文字を扱うのとは,けた違いであることは事実です。

さて,これらのデータを現実実際に行われている通信回線を使った場合に,どれくらいの時間で転送できるかを計算してみましょう(表3)。この計算はあくまでも理論値ですから実際にはこれよりも多少の時間はかかるのが普通です。

表3
表3

表3からわかることは,いかにデータを圧縮してないとはいえ,マルチメディアで使われるデータは,文字だけの情報と比較してかなりの転送時間を要するということです。それは,高速デジタル回線のISDNを使っても「もっと速くならないかなー」という感想をもってしまいます。

表3
表3

単純に1教材のデータが30Mバイトだとすると,その教材データを転送するために,ISDN回線を使っても30分以上もかかる計算になります。この時間が実用的でないとは言い切れないのですが,どのようなものでしょうか。

7.マルチメディアの将来像

昨今の話題は「マルチメディア」に「インターネット」と情報処理関連の職員でなくても,関わらずにはいられなくなるほどのにぎわいです。現段階ではまだまだ問題点はあるにせよ,今後確実に発展し,その利用方法などの議論が活発になっていくことはまちがいないと思います。それに伴い,授業形態が一変するという話が「理想論」といえなくなるような時代にやっとなってきたのかもしれません。

ページのトップに戻る