職業能力開発短期大学校では実践技術者を養成するのだといいます。しかし実践技術者とは何かについては,必ずしも明確な定義があるわけではありません。そこで,この問題を考えてみたいと思います。
現在の技術の中には三つの要素が含まれています。技能・創造技術・科学技術です。ここで技能は,各人が繰り返し体で身につける能力のうち,ある専門について高度のレベルに達した能力です。創造技術は狭い意味で技術と呼ばれているもので,科学技術が現れるまでの発明はこの技術によっていました。
19世紀後半からの科学に先導された技術を科学技術と呼び,現代の技術は多くは科学技術となりましたが,しかし創造技術もなくなったわけではありません。科学技術も創造技術も,技能の力を借りなくてはその力を発揮することができません。一頃技術が発展すれば技能はいらなくなると考えられた時期もありましたが,それは全くの錯覚であって,最近は技術が発達すればするほど,技能の重要性は増すと考えられています。
科学技術にしろ創造技術にしろ,アイデアが浮かんだとしても,それを実現するためには,様々な工夫が必要です。そのために技能が必要となります。昔は創造性と技能の両方を備えた人が大発明家と呼ばれる人でした。最近はこの二つの機能が分離して分業となり,技術者と技能者になりました。この新しい技能者を実践技術者と呼ぶのだと思います。
日本人は,創造性がない国民だといわれています。確かに日本の今日の繁栄は,創造性よりも技能の結果であります。しかし世界に先駆けて最初に土器を作り新石器時代を迎えたといわれている縄文人の血をひく日本人が,先天的に創造性の少ない民族であるとは思われません。創造性は先天的なものではないと思います。したがってどのようにしたら創造性を発揮することができるかを考え,そのための環境を整えることは大変重要なことであります。しかしそれだけではだめで,技能者(実践技術者)の養成についても十分な対策をとる必要があります。おそらくどちらが欠けても日本の技術の未来はないでしょう。これらは車の両輪です。
昔の技能者の養成は,徒弟制度のような方法で長時間かけて行ってきました。その代わり一度身につければほとんど一生安泰でした。しかし現在の技能は違います。めまぐるしい世の中の変化に対応して,技術も技能も大きく変わっていきます。そのような変化に対応できる技術者・技能者でなければなりません。そのためには,固定観念にとらわれない柔軟な思考能力が必要であり生涯学習も必要になります。
問題はこのような技能者をどのように養成するかです。必要な技能者像を定め,国としての養成のため長期計画を作ることが必要です。ところが現在日本には,残念ながら技能は技術(狭義)より程度が低いという誤った観念が根強くあります。そして社会的地位も待遇もそれほど高くありません。そのため,技能の代わりに実践技術と呼んでみても,それでは何の解決にもなりません。実践技術者とは,新しい形の技能者でなければなりません。
技能というものは技術の発展にとって必要不可欠のものである以上,日本の技術の将来のために,技能者の地位向上とその養成のための長期計画を早急に確立する必要があります。
いはら もとぞう
1975年 静岡大学教授
1993年 静岡大学名誉教授
浜松職業能力開発短期大学校に勤務,現在に至る