• ポリテクカレッジ福山(福山職業能力開発短期大学校) 山下 明博

1.はじめに

私は,1995年11月2日より30日まで,パソコンLAN(Local Area Network)に関する技術移転を主な業務として,メキシコへ短期専門家として派遣される機会を得ました。その技術移転の報告をさせていただきます。

パソコンLANとは,複数台のパソコンに通信用カードを装着し,それらを相互にケーブルで接続して,データのやりとりを行うものです。パソコンLANの普及は,インターネットの爆発的な普及が追い風となり,さらに加速しているといえるでしょう。

2.任国事情

メキシコは,アメリカ合衆国の南に位置する国で,国土は日本の約5.5倍もあります。その広大な土地に,約9000万人の人たちが住んでいます。

そして,メキシコには数多くの古代遺跡が残されています。紀元350年から650年の間に最盛期を迎え,太陽と月の2つの巨大ピラミッドを残したティオティワカン文明,スペインによる征服前に繁栄をきわめたアステカ文明など,多くの古代文明がメキシコで開花しました。

メキシコの国民性はいたって陽性です。タコスやテキーラに代表される食事も酒もおいしく,物も豊かな国です。

メキシコがNAFTA(北米自由貿易協定)に加盟したときは,ついに先進国の仲間入りを果たしたといわれました。しかし,1994年12月にペソが大暴落し,それ以降,景気は低迷を続けたままです。

3.配属先

メキシコでは,メキシコ教育省工業技術教育局(DGETI)というところに配属になりました。

DGETIは,メキシコの職業教育をさまざまな面から担っている組織です。全国にCETISと呼ばれる職業高校を設置して職業教育を行ったり,テレビの教育チャンネルを持ち,メキシコ全土に向けて放送を行ったりしています。教育用に,教育省ブランドのパソコンを開発したりもしています。

そして現在では,全国のCETISのコンピュータを接続する大規模ネットワークシステムの構築も進めています。

4.業務の概要

今回のメキシコへの派遣において,主要な業務は次の2つでした。

第1は,パソコンLANに関する短期セミナーです。今回の派遣の最大の目的は,CETISの情報科教員に対して,パソコンLANの教育現場への適用法,指導法を技術移転することでした。そこで,メキシコ最東北部の町レイノサにあるCETIS 71校と,メキシコの首都メキシコシティーにあるCETIS 8校という2ヵ所の学校で,パソコンLANに関する5日間の短期セミナーを実施しました。図1に,2ヵ所の位置を示します。

図1
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第2は,DGETI局長に対する提言です。

DGETI局長に対して,DGETIの各施設におけるパソコンLAN教育法,およびDGETIの全図ネットワークシステムに関する提言を行いました。

5.パソコンLANセミナー

最初に,メキシコで実施したパソコンLANセミナーの概要と苦労した点について報告します。

5.1 パソコンLANソフトウェアの選択

CETISで使用されている教育用パソコンは,80386というCPUに,4メガバイトのメモリ,ハードディスクはなし,といった構成のものがほとんどでした。これは,進歩の早いパソコンの世界では,すでに旧式に属する構成です。

そこに,NetWareというパソコンLANソフトウェアを導入し,システムが構築されていました。NetWareは,ハードディスクのないパソコンでも十分LANを構築できるため,メキシコで最も普及しているソフトウェアです。これは,現有の機材を最大限に活用する大変優れた構成であると思われます。

そこで,当初,メキシコでのLANセミナーは,NetWareを使用する予定でした。

しかし,そんなときに,あの有名なWindows95が発売されました。Windows95はご存じのとおり,初心者にも優しい使い勝手が一番のセールスポイントである製品ですが,実はごく簡単にパソコンLANを実現できるという特長も持っています。そして,きわめて高い市場占有率が予想され,将来性のある製品でした。そこで,WindowsNT3.51というもう1つの製品と組み合わせて,パソコンLANセミナーを実施することにしました。

NetWareでパソコンLANを構築するより,Windowsの製品群でパソコンLANを構築したほうが優れていると思われる理由は,次の6点です。

  1. ① ソフト費用が1/2から1/3に減少する。また,今後新しくパソコンを購入したときには,無料のWindows95がついてくるため,費用がかからない。
  2. ② NetWareで必要とされた,製品インストールのためのきわめて専門的な知識と技術が不要になり,誰でも簡単にインストールできる。
  3. ③ 世界規模のネットワークであるインターネットに必要なTCP/IPというプロトコルが,別売りでなく,標準で含まれているなど,機能が豊富である。
  4. ④ インターネットへの接続が,きわめて簡単である。
  5. ⑤ 現在すでにあるNetWareサーバへも,簡単に接続できるため,これまでのNetWareへの投資がむだにならない。また,NetWareを使用していたときに比べ,性能が向上する。
  6. ⑥ MSDOSべースの教育から,Windowsべースの教育へという,コンピュータ教育の趨勢に合致している。

このような理由から,メキシコでも,今後構築されるパソコンLANは,NetWareではなく,WindowsNTとWindows95を使う方式が主流になると予想したわけです。

そこで,急遽予定を変更し,Windows95とWindowsNT3.51というソフトを柱に据えたセミナーを実施することにしました。

技術移転は,受け入れ側の技術水準に合致したレベルで行うことが非常に重要です。メキシコは,コンピュータに関しては非常にレベルが高いという情報をあらかじめ得ていたため,このような予定変更を行うことにしましたが,これが後で大正解だったことがわかりました。

5.2 セミナーの内容

セミナーが始まって驚きました。参加者の技術水準が非常に高いのです。

それも当然,セミナー参加者は,今回のセミナーのためにDGETIがメキシコ全土の職業高校の情報科教員から選抜した精鋭だったからです。彼らは,日頃からLANのシステム管理者を担当しているような,非常に高い水準のメンバーでした。特に,彼らは普段からNetWareでパソコンLANを構築しており,その使い方等について,何も技術移転する必要がないほどでした。

そこで,急遽変更した内容が役立つことになりました。Windows95は,世界中を合わせると,1995年内だけで約2000万本も販売した怪物ソフトですが,私がメキシコに赴いた時点では,アメリカでの発売後わずか2ヵ月,日本ではまだ発売もされていない状態でした。また,WindowsNT3.51もほとんど同じ状態でした。日本でもまだ発売前の最新かつ将来性のあるソフトを題材に,セミナーを実施することになったわけです。

ただし,新製品を追いかけるだけでは単なる趣味の世界になってしまいます。そこで,もう1つ,セミナーの目玉を作ることにしました。それは,パソコンのハードウェアを,セミナー受講生自らの手で変更する技術を移転するというものです。

一般に,日本でもメキシコでも,パソコンLANに関するセミナーでは,すでに完成したパソコンの上で,LANのためのソフトウェアの使用法を教えていました。その場合,セミナー受講者は,パソコンLANのソフトウェアの使用法については学ぶことができても,実際にLANを構築するためのハードウェアの組立法を体験できず,セミナー終了後,自らの手でパソコンLANを構築することが困難であるという問題がありました。

教員である彼らは,自分自身でパソコンのカバーを開け,部品の交換を行うということはめったにありません。そこで,今回のセミナーでは,セミナー受講者の手で,実際にパソコンの内部のハードウェアの分解,組立を実施してもらいました。すなわち,ハードディスクの接続,I/Oカードの交換,LANカードの交換などといった作業を受講者自身に体験してもらったのです。

この方法により,LANのためのソフトウェアの理解だけでなく,ハードウェアの理解も深めることができます。

実は,今回のセミナーをメキシコで実施するに当たり,パソコン用のハードディスクが全く不足していました。もしセミナーができるだけの性能をもつ新品のパソコンを1台購入すると,約10万円の費用がかかります。これに対して,現在メキシコにあるパソコンにハードディスクを追加すると,約2万円の費用で,新品のパソコンと同じ性能に向上します。

教員である彼らが,自分自身でパソコンのカバーを開け,ハードディスクを追加する技術を身につけるということは,少ない費用で多くの教育効果を上げることができることを意味しているのです。

5.3 セミナー成功の条件

5.2節で説明したような,セミナー受講者の手で,パソコンの内部のハードウェアの分解,組立を行うセミナーを成功させるには,以下の2つの条件を満足させる必要があります。

① 業務環境条件

セミナー実施場所のパソコンを,セミナー参加者が分解し,組み立てることに対して,パソコンの管理者の理解を得ること。

② 技術環境条件

パソコンの分解前に,パソコンの構成部品に対する知識と,人体の発する静電気による半導体部品の破壊に関する知識を受講者に伝達すること。

これによって,セミナー参加者の手で,実際にパソコンの内部のハードウェアの分解,組立を実施するという方法を,円滑に実施することができます。

5.4 セミナーの到達目標

そこで,パソコンLANセミナーにおける受講者の到達目標は,次の3点におくことにしました。

① Windows95/NTのソフトを自由にインストールし,動作させることができる。

② パソコンに新しくハードディスクなどを取り付け,性能を向上させることができる。

③ Windows95/NTによるネットワークを構築することができる。

5.5 セミナーの成果の評価

セミナーの成果については,セミナー開始直後と,セミナー終了直前に2回実施したアンケートの回答結果から評価しました。

アンケートは無記名で行い,アンケート実施時点でのソフトウェア,ハードウェア,その他の3分野に分けた項目に対する理解度を4~5段階で自己評価してもらいました。回答総数は,セミナー参加者全員に当たる28名です。表1に,アンケートに設定した項目ごとの理解度の,セミナー開始直後と終了直前での変化を示します。

表1
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その結果から,以下のようなことがわかりました。

第1に,すべての項目において,理解度が増加しているということです。

第2に,分野別には,以下の項目の理解度が特に増加しているということです。

① ソフトウェア

WindowsNT3.51

Windows95

② ハードウエア

I/Oカード

2台目のハードディスク

③ その他

10BASE2および10BASET

TCP/IP

アンケート結果を検討してみると,これらの項目は,今回のセミナーで特に力点をおいて技術移転を行った項目であることがわかりました。

第3に,ハードウェアについては,講義だけでなく,実際に分解・組立を行ったほうが理解が深まるということです。今回実施したパソコンの内部のハードウェアの分解,組立部分の理解度は,セミナー終了直前の時点で98~100%ときわめて高くなっており,ほぼ全員が,この技術を体得したという結果が読みとれます。他方,講義だけで,実際には分解や組立を行わなかったハードウェアの部分の理解度は,セミナー終了直前の時点で40~77%となっています。これは,セミナー開始直後の19~61%に比べれば,着実に理解度は上昇しているものの,実際に分解や組立を行ったハードウェアの部分の理解度には及ばないという結果が読みとれます。

以上のようなデータから,今回のセミナーは,5.4で設定した,受講者の3つの到達目標を達成しているものと判断しました。

5.6 セミナー実施場所・期間

セミナーの実施場所については,従来は首都であるメキシコシティーのみでセミナーが行われることがほとんどだったそうです。しかし,今回はあえて,メキシコの最東北部に位置する地方都市レイノサでもセミナーを実施しました。これは,地方に居住し,普段から研修の機会の少ない教員にとってはきわめて有意義であったという評価を,参加者からもDGETIからも得ることができました。

セミナーの期間については,2日間のセミナー準備期間および5日間のセミナー実施期間という組み合わせとしました。準備期間の2日は,コンピュータを相互に接続し,LAN用のソフトをインストールして動作確認を行うことに費やしました。しかし,場所によってはLAN用のケーブルが断線していたり,また,フロッピーディスクドライブにゴミが紛れ込んで,ソフトを入れたオリジナルディスケットに傷をつけてくれたり,さまざまな問題が噴出しました。

今回の場合は,日本語・スペイン語通訳の方もパソコンに詳しく,さらに,優秀な助手の方に恵まれ,彼らの協力を得て,2日という準備期間内に動作確認を終わらせることができました。もし,彼らがいなかったら,確認作業を2日で終わらせるのは難しかったかもしれません。

5.7 セミナーの今後の展開

私がセミナーで行ったような技術移転内容は,セミナー受講者のみが独占していては,あまり意味がありません。受講者が自らの職場に戻り,それらの内容を,他の教育に伝えてこそ,技術がより広範囲に伝わります。

今回の場合,セミナー受講者のうち3名は,同じ内容のセミナーを独自に実施できる水準に達したものと判断しました。

そこで,技術伝達をより確実にするために,DGETIに,今後DGETIで実施されるであろうパソコンLAN構築のセミナーの指導者として,これらの3名を推薦しました。彼らは,自らの職場の教員だけでなく,今後彼ら自身が実施するセミナーを通じて,より多くの教員に技術を伝えることになります。

6.DGETI局長への提言

DGETIの局長は,きわめて多忙にもかかわらず,3回も面会することができました。

今回,セミナーで行ったパソコンLANの内容は,1995年11月時点で最新の技術であると同時に,その時点のコンピュータ業界の趨勢に沿った内容でした。そのため,局長自身も非常にこのセミナーに興味を持たれ,メキシコシティーでのセミナーには,DGETIの全国ネットワークシステム構築の責任者にも参加するよう直接指示されました。

そのような経緯から,すべてのセミナーが終了後,局長に対して,DGETIの各CETISにおけるパソコンLAN教育法,および,DGETIが全国レベルで進めている,無線LANや衛星通信を使ったネットワークシステム構築に関する提言を,文書および口頭で行いました。

7.おわリに

今回のメキシコへの短期専門家としての派遣期間中実施したセミナーについては,1995年11月当時の最新内容を盛り込んだセミナーであったにもかかわらず,セミナー受講者が全員脱落せずに修了することができました。また,すべての項目に対して理解度が上昇しました。

その要因を,3つあげることができます。

第1は,すでに述べたように,セミナー受講者のレベルがきわめて高かったということです。受講者全員が,すでにNetWareを中心としたパソコンLANに精通しており,Windows95とWindowsNT,そしてNetWareの相互接続という新しいトピックを受け入れる土壌ができていたということがいえます。

第2は,セミナーを支えたメンバが非常に優秀であったということです。

例えば,セミナーの助手を務めたカウンターパートは,きわめて優秀な技術者であり,かつ教育者でした。CETIS48校の教員であり,サルティージョにある大学で教鞭もとっている彼は,GMといった民間企業に勤めた経験もあり,ドイツへの留学経験もあります。英語も話せるため,スペイン語のわからない私と直接意思疎通ができ,非常に助かりました。また,DGETIの中で,NetWareによるパソコンLANセミナーを各地で実施しており,今後,Windowsを利用したセミナーも十分実施できる技量を持っていました。

日本語・スペイン語通訳の方は,きわめて優秀な技術者でもありました。大学の工学部を卒業した彼は,自らパソコンショップを持つほどコンピュータに詳しく,通常は困難を伴うコンピュータ技術用語も,難なく通訳することができました。

第3に,セミナーを実施した学校の協力体制が万全であったということです。特に,メキシコシティーから遠く離れたレイノサのCETIS71校のスタッフの体制は,完璧であったということができます。


このように,今回私が無事に任務を全うすることができましたのは,本当に数多くの方々のご協力の賜です。

メキシコにおいても,JICAメキシコ事務所の皆様はもちろんのこと,CNADプロジェクトの長期専門家の皆様,個別長期専門家の皆様,DGETIのスタッフの皆様など,数え上げればきりがないほど多くの方々にお世話になりました。この誌面をお借りして,心より感謝申し上げます。

そして,日本から技術移転したパソコンLANに関する技術が,DGETIで実施されるであろうパソコンLAN構築のセミナーの指導者として私が推薦した3人の手によって,今後メキシコに広まることを期待して,報告を終わらせていただきます。

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