• 福祉系の能力開発 6
  • ポリテクセンター埼玉訓練課長(埼玉職業能力開発促進センター) 中村 哲寿

1.はじめに

わが国は,戦後50年を迎え経済的には繁栄の栄華を極めたが,急速な発展のひずみとして,バブル崩壊後の経済停滞が長く続き,先進国の中でも経済成長率は最低の状態である。しかし,21世紀に向けて到来する少子・高齢社会の対応は国民的な課題であり,このような状況の中で,国民が安心して幸福な生活を過ごせるような環境づくりは緊急の課題となっている。国としてはゴールドプランを策定し,来るべき高齢社会に備えた保健と福祉に関する整備を推進している状況である。

このような情勢の中で,労働省の指導のもとで,福祉事業を雇用促進事業団(以下,「事業団」という。)も取り組むこととなった。平成6年4月,ポリテクセンター関東に最初の介護サービス科が設置され,ポリテクセンター埼玉(以下,「当センター」という。)では事業団としては2番目の介護サービス科の訓練を平成7年1月10日から開始した。ここでは当センターにおいて実施している訓練内容と問題点等を説明することにより,今後開設されることが予想される訓練施設の一助になればと思っている。

2.開設までの準備

当センターにおける介護サービス科の開設については,平成4年秋から事業団本部センター指導課の指導により準備段階に入ったが,当センターでは,それ以前から向上訓練を全国に先がけて実施した実績から,事業団本部としては能力開発専門部会において,センターが急激に変化する経済社会の動向に的確に対応すべく,地域の企業や労働者のニーズに応じて職業能力開発業務を行うことを勘案して,施設の規模の見直しを行った。そこで,拡大施設としての位置づけに伴い,当センターとしても拡大施設検討会を設置し,指導員定員の見直し,狭い土地・施設の有効利用および訓練コースの拡大等,21世紀に向けての施設作りについて検討した結果,新館(3号館)建設の中で介護サービス科の配置も決定し,その報告を平成5年2月,事業団本部に提出した。

建物の建設は塗装実習場と金属加工実習場の跡地に平成5年10月から着工し,平成6年8月に4階建ての3号館が竣工した。1階には施設開放用の会議室・研修室および多目的実習室。2階には介護サービス科の実習室としての介護実習室,入浴実習室,洗濯実習室および介護概論等の講義室。3階の一部には介護サービス科の調理実習室。その他は情報・通信系の能力開発セミナー用の実習室。4階は管理サービス系のセミナー室であったが,平成8年4月から新設される情報システムサービス科の実習室および講義室として利用することとなる。

設置に際しては,総務課長および訓練課長をリーダーとして,すでに実施していた東京都立板橋高等職業技術専門校,大宮市にある埼玉県立女性職業能力開発センターおよびポリテクセンター関東の介護サービス科の状況を把握するために施設見学を行いながら,担当者から施設・設備および教科に関するアドバイスを受け,介護実習室の規模(ベッドの台数等),入浴室の規模(レイアウト,機器等)および調理室の設備等を調査した。新設の建物の場合の各実習室の広さ等については,機器等の設備の規模に応じて実際に実施する訓練生の人数を念頭においた発想を必要とした。

また,実際に運営している特別養護老人ホームの施設等を参考にして,介護科として必要な施設の規模等を委員会で協議・決定した。しかし,実際に担当する指導員を採用していない時点での論議であり,福祉・介護に関する教科内容を理解した者がいない状態で施設等を決めたことは,開講した後に多少の弊害が生じる。

埼玉県の介護サービス科は,平成5年4月からすでに大宮市の女性職業能力開発センターにおいて,ホームヘルパー養成研修1級課程が,募集定員20名,6ヵ月訓練のコースとして,年間2回が実施されていた。このことから,当センターとしては,県の職業能力開発課・安定課と協議し,入所・選考時期等は競合しないことを考え,入所時期は1月と7月となった。

指導員(講師)の採用において,教科の内容を考えた場合,ポリテクセンター関東と同様に介護関係の実務ができる看護帰有資格者と福祉関連の内容を理解できる介護福祉士の有資格者が必要であった。

新しい科の人事については事業団本部に依頼していたが,この分野においては新規参入者であるため,期待することは無理であり,当センターで探さなければならなかった。依頼は東京都の介護科の先生,埼玉県庁の能力開発課,高齢者福祉課,女性職業能力開発センター,労災病院,県立・市立の病院,社会福祉士会,社会福祉協議会およびハローワーク等に対して行い,所長自らが説明に回った。看護婦や介護福祉士の有資格者は多数いることは予想できたが,いざ介護サービス系を教える立場から,指導員としての適任者を見つけることは困難であった。このことは事業団の勤務条件は,病院・老人ホーム関係と比べて非常に良い環境であるにもかかわらず,説明不足のため理解してもらえなかった点と採用年齢に制約があったことなどから,転職希望者が見つからない状況にあった。

3.職員の採用および訓練計画の作成

介護サービス科の専任講師として,平成6年4月1日付けで2名を新規採用した。採用計画どおり,看護婦免許取得者と社会福祉学部を卒業し,卒業後は特別養護老人ホームの経験がある社会福祉士および介護福祉士の有資格者であった。

採用後は,平成7年1月の開講に向けて,設備・機器等の整備計画を作成するために福祉機器展示場等を見学しながら,必要な機器等の選定について検討した。このような準備を行っていたので,平成6年度の機器等整備計両書の提出時期に間に合わせることができ,既配予算の中で必要機器を申請した。その内容は入浴実習用のリフトバス,調理実習用の冷凍・冷蔵庫,介護実習用のベッド,車椅子,乾燥機付き洗濯機等であった。

機器等の申請が終わると,介護福祉関係の訓練を担当するのに必要な知識と実技の内容を把握するために,中央総合福祉専門学校において,研修を受講した。内容は6ヵ月の訓練を進めるにあたっての基本的なカリキュラムの構成と作成方法等を学び,実習を実施するのに必要な指導法等の指導を受けた。

また,ポリテクセンター関東での実務実習を7月から1ヵ月体験することにより,訓練業務の運営方法を修得することができた。このことにより,介護サービス科の業務の全体像を理解することができた。

8月からポリテクセンター関東でも指定されていたホームヘルパー養成研修1級課程の指定申請を埼玉県庁の生活福祉部に対して行ったが,事務手続きに関しては非常に協力的であった。1級課程の養成研修として必要な時間数は360時間であり,アビリティコースの場合は648時間であるので,内容が基準に合致さえすれば承認されるものである。

1級課程の講義として,社会福祉関係35時間,家政・調理関係20時間,医学基礎知識関係45時間,介護関係55時間,人間の理解25時間。実技として100時間。実習として施設介護実習72時間および見学実習8時間である。

養成研修の中で考えなければならない実習として,施設介護実習がある。これは老人福祉法による施設である特別養護老人ホームにおいて行う10日間の実習と,老人医療法によるリハビリテーション等を行っている老人保健施設で行う5日間の実習である。

これらの施設介護実習の受け入れ施設の開拓については,県内の全施設を参考にして,当センターから通所可能な1時間30分以内の施設に対して,施設訪問等をして承諾を得ることとした。しかし,ホームヘルパーの指定施設は,介護福祉士の資格を取得している養成学校および保母資格を取得している専門学校があり,各市町村が設置している准看護婦学校,県立の女子高校の衛生看護科等がある状態で,各施設が資格を得るために同様の実習を実施している状況であった。当然,県立の女性職業能力開発センターでも同様の実習を実施しており,各施設が競って施設確保を行っている状況において,その中にポリテクセンターが限られた施設で,限られた期間に割り込んで実習を委託し,実施することは非常に困難なことであったが,幸いなことに特別養護老人ホームとして5施設,老人保健施設として4施設から承諾を得ることができた。

また,これらの実習を依頼する場合には,1人1日1000円の委託料を支払うことで了承を得た。この金額についてはポリテクセンター関東を参考とした。そして,所外実習を行うに必要な条件として,訓練生が介護中に老人に傷害を与える恐れがある場合,老人ホームの施設に損害を与えた場合および訓練生自身の事故等を考えて,社会福祉協議会が行っている「ボランティア保険」に加入していることを承諾書に明記する必要があった。これらの保険料は1人年間500円である。

次に,専任講師だけではどうしても訓練を実施できない講義・実技の分野があるため,非常勤講師を委嘱することとした。医学概論,精神保健論は医師,リハビリテーション論は病院に勤務している理学療法士,老人心理は教育心理学者,調理関係は調理学校経営者にそれぞれ講師として依頼した。

講師謝金については,ポリテクセンター関東の基準を参考として,事業団本部で調整した金額を提示した。当然,医師等についてはとてもこのような金額では引き受けてくれないと思われるものであったが,納得していただいた経緯がある。

4.選考作業および訓練の実施

平成7年1月から訓練を開講するために,訓練生の募集活動は,既存の科とは別に介護サービス科だけの入校案内を9月に作成して,関係ハローワークに送付した。募集期間は11月7日-12月6日,選考試験は12月13日,募集定員は15名で行った。

新設の訓練科の募集については,不安がつきものである。ハローワークを通じた募集活動が短いため徹底した広報ができているか,募集定員に達しない場合には追加募集を準備しなければならないのではないかと,いろいろ考えた。幸いに表1に示すとおり,定員に対して77名の応募があり,安心したが,今度は逆にどのような選考をして,合格・不合格を決めようかと思案した。選考試験は適性検査と面接を行い,面接を重視した。合格基準の年齢については,介護科の特性として,介護作業は人生経験の豊富な者の方が適性があると思い,50歳くらいまでを合格ラインとした。そこで,合格者は機器等の使用状況を考えて16名とした。

表1
表1

訓練生の年齢構成は,20歳代3名,30歳代5名,40歳代7名,50歳代1名でほぼ訓練を実施するうえでバランスの良い構成となった。

所外実習も終わり,いよいよ就職活動の時期が近づいてくるといろいろな問題が発生してきた。社会全般には,ホームヘルパーを必要としていることになっているけれども,いざ就職先になると思ったほど採用していないことがわかった。特に,採用される年齢の限度が当初考えていた老人に理解のある50歳代では,採用基準からはずれている実状があり,7月生の選考試験の基準を見直さなければならない結果となった。また,介護サービス科の就職に関しては,ハローワークに依存してもあまり期待できない状況が理解でき,県の高齢者福祉課にホームヘルパーとして,修了後登録しておくこととした。

5.平成8年度からの養成研修の取り組み

平成7年7月31日付けの厚生省社会・援護局長,老人保健福祉局長および児童家庭局長の通達により,身体介護を中心とする介護ニーズの増加やホームヘルプサービスチーム運営方式,24時間対応ヘルパー事業等の新しい業務形態の導入等に的確に対応するために,ホームヘルパー養成研修カリキュラムの見直しがなされた。この要綱はホームヘルパー養成研修を1級から4級課程とし,1級課程は基幹的なホームヘルプ事業を2級課程修了者を対象に実施し,ホームヘルプサービスチーム運営方式推進事業の主任ヘルパー業務に関する知識・技術を修得することである。

研修は230時間である。2級課程は基本的な研修課程とし,130時間を履修しなければならない。そこで,1級養成課程の場合は,1級,2級の合計360時間を実施すればよく,これは旧養成研修と同一時間であるが,相違点は実習において,デイサービスセンター実習と在宅介護支援センター職員との同行訪問が追加され,実習時間はそれぞれ規程があり,合計84時間を実施しなければならない。そこで,1月生の場合の施設介護実習の経験から,8年度の7月生から新規に実習を対応させると,他の養成施設も同様に始めるので,そのときには受け入れ施設がなくなることを想定して,早期に依頼先を決め,先行で一部実施することとした。

また,研修事業の変更に伴い,新規に指定申請を平成8年3月末日までに県知事あて提出しなければならない。

6.おわりに

介護サービスに関する事業は,今後ますます拡大することとなるが,訓練施設で養成するエキスパートを必要とする環境はまだ未熟であり,福祉先進国並みに行政を通じて法整備を行い,実施していくにはまだ国民のコンセンサスを得ていかなければならない状況である。各個人が介護に関するポリシーを確立して,その準備を周到に行い,それには,まず他人に依存するのではなく,近親者で介護技術を修得する環境作りが必要ではないかと感じている。

平成7年1月から介護サービス科を開講して1年が経過したが,センター内の協力と専任講師2名・非常勤講師で順調に進んでいるものと思われる。

選考作業は表1に示すとおり約3.5倍以上の応募があるが,就職については全員が修了時に内定をもらっている状況にありたいと願っている。そこで今後は所外実習を通して,就職先までを結びつけるように講師および訓練生が一致して取り組む姿勢が必要ではないかと思う。

表1
表1

最後にこの誌面を借りて,当センターの介護サービス科が準備期間から開講後も懇切,親切に指導賜りましたポリテクセンター関東,東京都立板橋高等職業技術専門校,埼玉県立女性職業能力開発センターおよび特別養護老人ホーム等の介護の講師の方々および関係職員一同に謝意を表します。

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