• 福祉系の能力開発 7
  • 財団法人 芙蓉協会聖隷沼津病院 訪問看護推進室長  芳賀 美知子

1.はじめに

本格的な高齢化社会の到来を目前に控え,老人介護や病人看護に携わる人材の必要性は,年々増加傾向にある。

このため,静岡県においては,浜松地区において昭和61年から介護サービス科の訓練を開始したところであるが,県民からの関心が高く,受講を望む声が全県的に聴かれるようになったため,平成元年度から,ここ東部地域の沼津技術専門校を含む県立3専門校において,一斉に実施されることとなった。

しかし,訓練を実施するにあたって,県立の職業訓練施設には,これら訓練の実施可能な施設・設備はもとより,指導に携わることのできる専門的な知識・技術に精通した職員が存在しないとのことで,民間施設による委託訓練が検討された。

この結果,専門教科の指導陣の確保と,総合的な実務実習の実施可能な施設がリストアップされる中で,県東部地域にあっては,当病院がその候補として県からの依頼を受けるところとなった。そこで,当病院の受け入れの可否を検討した結果,これまで,教育訓練実施の経験を持たないわれわれにはカリキュラムの策定や指導方法等のソフト面に関するノウハウを有しないばかりか,ハード面においても,生徒の受け入れ施設確保の困難性等もあり,受諾するまでには,あまりに多くの問題が山積していた。

このような状況下ではあったが,当病院としても,今後に向けた介護技術者養成の社会的責務・必要性を常々強く感じていたところでもあったので,この機会を生かし,訓練を実施させてもらうべく,施設の総力を結集して取り組むところとなった。

2.訓練の概要

2.1 訓練目標および期間

訓練目標の設定にあたっては,“豊かな人間性と専門的な知識・技術を併せ持った人材の育成”を基本理念とし,地域の病人,高齢者,重度心身障害者,寝たきり老人等の介護に要する基本的知識・技術の習得はもとより,主体的な援助ができる人材の育成を念頭に,

① 健康の概念を理解する。

② 利用者の基本的要求を理解し,日常生活の援助ができる能力を養う。

③ 社会問題を敏感にとらえ,常に自分たちと関わりのある問題として考えていく能力を養う。

④ 利用者を総合的にとらえ,家族をも含めた介護計画を主体的に行うことができる。

⑤ 介護活動を常に研究的に進める態度を養う。

とする以上の5本を柱とする目標設定をした。

また,訓練期間の設定については,初年度の訓練では,県が当初から予定していた時間数をもとに,10~12月の3ヵ月間,400時間とし,その約1/3を専門学科および基本実技,残りの2/3を施設実習とすることとした。

しかし,初年度の実績をもとに,県を含めて反省した結果,この時間数では今後ますます高度化・多様化する介護技術に対応して,即実践として役立つまでのエキスパートの育成には不十分であるとの判断から,翌年度からは期間・時間数の倍増を提唱し,訓練内容の充実を図ることとした。

2.2 カリキュラム

カリキュラムの策定にあたっては,国の基準に沿った編成を念頭に,すでに実施している施設や,看護学校等の指導・助言をも参考に,専門校との意見調整を図りながら,地域の実情を反映したカリキュラム編成となるよう心がけた。

この結果,初年度は,介護概論や社会福祉概論,医学一般等,16項目からなる教科内容と基本実習のほか,1病院1施設(当病院と特別養護老人ホーム)による施設実習を行い,翌年からは6ヵ月800時間へと訓練期間が拡大されたことに伴い,教科内容も薬理学や微生物学等,より専門性の高い教科を加えた20項目にするとともに,実習受け入れ施設も重度障害者,心身障害者,リハビリ施設,精神障害者施設等を追加した5施設とした。

さらに,老人の食生活に関する知識習得の必要性から調理実習を取り入れたり,地域保健医療の中核的施設である保健所の業務内容と,それらが地域に果たす役割等も勉強してもらうことを付加した。

このほか,応用実習中,各施設現場で得た種々の体験や疑問と,OJTによる指導等により生じたさまざまな問題点が発生することを想定して,これらの疑問に迅速・的確に対処していくため,各施設実習の最終日を実習の総括日とし,カンファレンス(ケース会議)を取り入れることとした。

3.訓練の実施状況

3.1 専門学科および実技

専門学科においては,重度心身障害者,病人,高齢者,精神疾患等,あらゆるケースを想定した看護・介護技術論のほか,人間の精神・肉体および社会的健康の概念と社会福祉論等に関する広範な講義を実施している。

特に,医学一般や介護概論等では,専門性の高い講義を通して,これまで知り得なかった人体の知識や介護の神髄を知ってもらうとともに,カウンセリングや心理学において,ケースに対する思いやりや洞察力等を養うことをねらいとしている。

しかし,知識だけではどうしても介護の限界に突き当たるため,地域介護や老人介護等の教科については,現場を預かる寮母さんやホームヘルパーさんにも協力を仰ぎ,より実践的な指導をお願いすることにより,深い人間愛に基づいた精神と,介護者の人格形成を図り,併せて,対象者の満足度が得られる介護技術の習得ができるよう心がけている。

また,時間数の最も多い介護技術では,介護の意義,目的,注意点等,具体的な方法を教室内において生徒自身がお互い対象者となり合って実施し,環境整備をはじめ,食事の介護,緊急時の対応,終末期の介護等多岐にわたる技術的内容となるなど,極力現場の実情と遊離しない訓練内容となることを心がけている。

3.2 応用実技

基礎教育を終え,応用実技に移る段階において実習ガイダンスを行い,各施設の沿革,概要,特徴をはじめ,実習に対する心構えや研修項目,技術のチェック項目等のほか,実習中の起こり得る事故やその対応策,さらには実習日誌の書き方等々,細部にわたった指導をして送り出す。

各施設とも,2週間サイクルで訓練を行い,最初の1週間は施設におけるヘルパー業務の体験・習得をし,次の週ではケースを特定した個人対象による介護中心の実践訓練を実施している。

内容的には,重度心身障害者施設の実習では,心身の発達段階に応じた個別的・集団的な機能訓練作業をともに行うことにより,自立に向かうための基本的生活習慣,社会性,適応性を養う援助法を学ぶ。

また,精神障害を扱う病院においては,精神障害者を取り巻く生活環境の整備を,さらに老人ホーム等においては,老年期の日常生活の援助および心理的・社会的背景の理解に重点を置いた実習としている。

このほかにも,老人ホームや一般病院等,施設全般について共通して必要な,患者の療養生活への支援技術としての全身清拭,排泄,洗髪,血圧測定,運動,リハビリテーション等はもとより,場合によっては,死後の処置等まで勉強するなど,あらゆる場面を想定した技術習得を目指している。

これらの訓練を通じ,個々の人間性の理解・掌握と,介護を多面的・総合的にとらえることのできる能力を養い,ケースに応じた問題点の的確な把握と介護計画の立案等,即実績に結びつく知識・技術の習得を目指すとともに,カンファレンスにおいては,個人およびグループにおける考え方や意見の整理・発表能力と,人の話を聴き取る能力を養い,それにより,適正かつ迅速な対処方法を検討・模索できる洞察力の育成に努めている。

3.3 実習受け入れ施設

各施設とも,実習生のために充実した指導体制とすばらしい研修環境を提供していただいているが,本コース以外にも看護学校や高校,大学,婦人活動グループ等からも多数の実習・研修生の受け入れをしているため,受け入れ能力に限定があることと,実習生の相性やお互いを頼りすぎないこと等を考慮して,4人1グループによる5施設のローテーション方式を採るなど,施設の割りふりには気を配る点が多い。

本コースの実習時期が気候的に一番寒い時期であることと慣れない環境に加え,時間帯も8:00~17:00とほぼフルタイムのため,時として体調を崩す者も出るほどであり,実習生にとっても,かなり厳しい実習となっている様子である。

しかし,就労の場においては,これ以上の厳しい環境が課せられるのは当然のことであり,納得させて送り込むようにはしているが,実際その場になれば彼女たちも全力投球で対処することとなり,各施設からは高い評価を受けるとともに,さまざまなエピソードや感動した話が寄せられる等,それぞれ真剣な取り組みが伝わってくる。

特に,修了時の事例研究論文でも2~3枚の原稿用紙の中に,福祉への芽生えとケースへの深い思いやりを感ずるとき,指導者としての喜びをかみしめるとともに,訓練への継続意欲とさらなる充実を心に誓い,併せて学生に対しても,心からご苦労さまでしたと拍手を送る毎年である。

4.資格取得

昭和60年代には,ヘルパーコースの修了生に対し“社会福祉士”の資格との連動が議論されていたと聞くが,最終的に調整がつかず,本訓練科修了者への資格取得はほとんど望めない状況にあった。

しかし,平成2年度に中央職業能力開発協会において,“介護サービス技能審査”が誕生したことに伴い,現場従事者への資格としては,より関連性が強いとの判断から,その受験奨励に努めてきた。

その後,平成3年度からは,厚生省社会・援護局が制定したホームヘルパー養成研修がスタートするところとなり,本校のカリキュラムとの整合性を調査した結果,すべてにおいてその基準をクリアしているとのことで,修了時の申請により,同養成研修の修了証を頂けることとなった。

もとより,資格取得が本来の目的ではなかったが,受講者が訓練の成果を踏まえる中で,公的な評価制度への挑戦意欲をかき立てられるようになっていったことは,本訓練コースの予期せぬ効果ではなかったかと満足しているところである。

5.就職状況

訓練修了後の進路は,大きく分けて病院,施設,社会福祉協議会等の行う在宅介護の3つに分類することができる。

例年受講生の就職意欲は強く,働くことで自分が得た技能を生かして社会に貢献したいという意識が,他の訓練科に比べて遥かに強いとうかがっている。

しかし,近年の高齢化社会の進展に伴うボランティア意識の高揚は言うに及ばず,経済不況による他業界の就職難の影響等も多少はあるのか,福祉関係への求職者は確実に増加傾向にある。

このような状況の中,病院や施設等の雇用は必ずしも拡大されているとはいえず,どちらかといえば減少傾向にさえある。

幸いにも本コースの修了生は,これまで先輩の築いてきた実績もあり,修了時前後には,ほとんどの学生が福祉関係への就職を決めている。

とはいえ,今後のことを考えれば,せっかく芽生えた福祉の意識を摘み取らないためにも,学生の出口の確保については,その就職先となり得る団体・施設等への積極的なPR活動はもちろんのこと,この先民間で拡大するであろう在宅介護への対応等も視野にいれながら,官民一体となった就職支援体制の整備・確立の必要性を強く感じている。

6.効果および課題

卒業後,社会福祉協議会や各施設のヘルパーさんとして着実に成果を上げている者,就職と同時に寮母長に推され,戸惑いながらも頑張っている者,働きながら介護サービス技能士や介護福祉士の各種資格を取得した者等々,各人がそれぞれの分野で立派に活躍している情報を耳にする。

優しさと,技術の手際の良さを各施設が高く評価してくれているところからも,彼女たちの頑張りが感じとられるし,時々出席する同窓会でも苦労話ばかりでなく,工夫や努力している様子を目の当たりにするとき,この訓練の成果を実感する。

また,施設実習では,在宅介護や夜間実習等の導入希望も修了生や施設長から寄せられており,今後はこれらについても考える必要が生じるであろう。

しかし一方では,学生たちがこんなに盛りだくさんのカリキュラムで勉強し,大きな成果を上げているにもかかわらず,いまだに関連施設が十分な理解をするまでに至っていないのも現状であり,まだまだ改善すべき点は多いことを感じつつ,県との連携を密にして,本訓練コースの改善に努めていきたい。

7.おわりに

このコースは,半年間の長期に及ぶ訓練であることから,主婦業を兼務する女性にとっては,家庭の協力なしには継続できないものと思われるが,受講者自身の目的意識が明確であり,これを一生の仕事として習得したいという真剣な態度で取り組んでいるため,指導者側からすれば,適度の緊張とやりがいを感じつつ,そういう学生に指導できることを各講師とも,大変喜んでいるのが実情である。

県からの委託訓練としてスタートしたため,当病院が全責任を持って実施しているが,病院という本来業務を抱えるわれわれにとっては,訓練の実施は正直プレッシャーを感ずることも少なくない。

社会的要請も強く,受講希望者も年々増加傾向の中,より一層の訓練機会の拡大が求められていることから,今後は年2回のコース設定も検討する必要が生じてくるものと思われる。

当病院も,実習指導担当者の専任化を図るなどして,より濃密な訓練の実施を視野にいれながら,本コースの修了者の一層の資質向上と,地域社会への貢献を高めていくため,全面的にバックアップ体制を確立する必要性も強く感じている。

高齢化に向かって福祉意識の高揚を踏まえ,県民の要望を行政が委託訓練という形で実現させてくれたことは,民間活力の活用という観点からも有意義なことであり,今後とも官民一体となった取り組みを通し,一層の充実・強化を目指していきたい。

いずれにしても,老人が人生の締めくくりをしていくときに,本当にヘルパーさんの存在を感謝し,生きていたことの喜びを感じてくれるような仕事をしてくれればと願ってやまない。

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