職業能力開発大学校で福祉工学科がスタートしてから13年になる。私が職業訓練指導員になって9年,障害者職業能力開発に携わってから6年が経過している。
今回は実際に福祉工学科を卒業し,障害者職業能力開発に従事している者の一人として,自分なりの経験から福祉工学科と障害者職業能力開発校との関係を考えたい。
福祉工学科は障害者の職業生活を工学,医学リハビリテーション,職業リハビリテーション分野等の見地から,総合的に支援できる人材を養成することを目的として設立された学科である。
電気・電子工学,情報工学,機械工学を統合したメカトロニクス技術関連科目をベースに,福祉機器開発の基礎となる障害代償機器学,福祉機構学,福祉機器設計学等の学習をする。
職業リハビリテーションサービスの流れと各サービスの役割を理解し,障害者の職業に関する問題点をどのようにとらえ,解決へ導くか,例をもとに学習していく。
障害に対する医学的知識のみならず,障害者の支援を考えるうえで必要となる人間の運動,生理機能等の基礎を学習する。
基本的にはこの3分野について4年間学習することになる。
私が在籍していた頃は,職業・医学リハビリテーションの講義の割合が多かったが,現在ではカリキュラム編成がかなり変わってきているようである。また,当時はまだ,福祉工学自体が体系化されたものではなかったので,職業・医学リハビリテーション,医用工学等に従事していたスタッフがそれぞれの分野について体系立てた説明と,現在の状況や海外情報など経験を交えながら講義してくれた。
また,実習については電子工学,計測工学,プログラミング等の基礎実習の後,計測システムを設計から製作まで行ったほか,医学リハビリテーションで使用される計測装置による計測や職業リハビリテーションで使用される検査の実施とデータ解析を行った。
障害者に対して医学的側面,社会的側面,工学的側面等のさまざまな側面からのアプローチが行われており,障害者がどのような流れでリハビリテーションサービスを受けているかを体験的に学習できたと思う。ただ,4年間という期間で3分野について学習することから,他科に比べて工学分野の学習については十分だったとはいえない。
現在,私は国立吉備高原職業リハビリテーションセンター(以下「吉備職リハ」という。)で職業訓練部に属し,電気・電子系で職業訓練指導を行っている。吉備職リハでは職業安定所からの斡旋により入所した障害者に対し,職業評価,職業指導,職業訓練を行い,個々に就労に結びつけるサービスを提供している。
職業評価課程では入所者に対しさまざまな角度から職業適正を測り,進路決定に必要な情報を提示する。また,この評価期間中に職業訓練風景を見学し,作業内容などの情報も合わせて提示したうえで,総合的な判断のもと,入所者本人が進路を決定する。
職業訓練課程では職業能力開発を行っているが,一般の職業能力開発施設との違いは個別に訓練目標を設定し,訓練カリキュラムについても個々に計画・実施される。また,吉備職リハでは随時入所・随時修了ということで年6回入所・修了となっている。現在のサービスの対象者は主に聴覚障害者,肢体不自由者である。
訓練期間中随時行われる職業指導では,社会状況,障害者を取り巻く状況や職業安定所等からの情報を提示し,就職活動の援助を行う。また,面接の受け方,ビジネスマナーなど職業人としての自覚を促す指導なども行っている。
私は職業能力開発大学校(旧職業訓練大学校)を卒業後3年間は一般の高等総合職業訓練校へ在籍し養成訓練を行った後に,このセンターへ異動して現在に至っている。これから障害者職業能力開発と一般の職業能力開発との違いについても織り交ぜながら,福祉工学科で学んだことが実務でどのように役立っているか述べていくことにする。
障害者職業能力開発では,一般の職業能力開発に障害者特有の問題が加わってくる。一般の職業能力開発に従事している人の中にも普段から障害者の問題を考えている方がいるとは思うが,障害者特有の問題は彼らと接しないとわからないことも多くある。また,問題がわかったからといっても,それに対する対策をとれるとは限らない。福祉工学科では障害者問題に長い間かかわってきたスタッフから経験豊かな講義を直接受けることができる。また,障害者自身と接する機会もあるので,彼らの抱えている問題やそれをどう考え行動しているのかなどを聞くことができる。このことによって,障害者の抱えている問題の理解と対策について考えていく素養が身につけられる。
障害は,機能・形態障害(Impairment)・能力障害(Disability)・社会的不利(Handycap)の3段階に分類されている。
医学的にみた障害で,どこに,どのような障害があるのかを示したもの。
機能・形態障害によって何ができなくなるのかを示したもの。
能力障害により,どのような不利益を受けることになるのか。
障害をとらえていくとき,この3つのことをしっかり把握することが大切である。
例えば,頸椎損傷により下肢が麻痺してしまった場合,車椅子に乗ることになるが,移動に制限ができる。これによって就労が困難になる。これを分類すると,
となる。
一口に肢体不自由,聴覚障害,視覚障害,知的障害,精神障害等の障害があげられるが,障害名が同じでも障害の種類,障害の程度はさまざまであり,能力障害もこれによって異なってくる。これによって社会的不利も変化してくるはずである。
しかし,一般的には障害名によって能力が測られてしまったり,見た目の判断で「できること」を「できない」と判断されるケースも多くある。
障害を障害名で判断するのではなく,障害の状態の情報をできるだけ多く収集し,それによって「何ができないのか」「どの程度までできるのか」をみて,どのような留意をしどのような就労が考えられるかを判断していかなければならない。障害の状態や能力障害についての情報は,検査や診察の結果だけでなく障害者本人の語や自分自身の目,自分を含めた多くの人材が持つ経験ということも含んでいる。
就労ということを考えれば,職務分析だけでなく職場環境などの配慮も必要になってくる。就職活動のとき,能力の問題よりも職場環境が整備できないため就職できないケースが多く,障害を正確にとらえて工学的サポートや情報提示ができることが望まれる。
これらのことについては学生時代,講義で聞いている。障害者職業能力開発に従事してすぐには,このことは知識だけにとどまっており,なかなか生かすことができなかったが,仕事にも慣れくると,障害者に関する知識を持っていない人に比べると,個々のケースについて考え,適切な指導ができるようになった。
職業リハビリテーションでは職業評価期間を設けている。これは本人の能力だけでなく,障害による職業的影響を調べ,「就労が可能か」「就労上必要とされる条件」「どのような職種が適正か」等を把握し,障害者自身が進路決定をするためのアドバイスを行うための期間である。
評価の内容は職業適正検査のほかにマイクロタワー法やモダプツ法などの障害者独自の職業適正を調べる検査が用いられている。これは本人の能力だけでなく,残存機能(障害を受けた後に残っている機能および能力)を職業的に調べていき,就労の可能性を見いだしていくものである。これらの検査については福祉工学科在籍中に実習の中で検査を体験し,検査自体の検証を行っており,それぞれの検査を行う目的,取り扱いについての知識もあるので,入所者の評価結果について判断していくポイントがわかる。
身体障害者の場合,障害によって生活に支障をきたすものについては自助具を使い,できる限り自力で問題を解決できるようにしている。職業訓練については,必ずしも自助具が整備されていない。例えば「書く,読む」という作業は,普段の生活で必要とされているものであるから援助機器などは開発されている。しかし,「加工する」ということになると,必ずしも生活で必要となるとは限らない。そこで訓練を行ううえでも工夫が必要となる。
このとき障害代償機器学などの福祉機器に関する講座や卒業研究などで培った視点が役に立つ。障害者の作業状態を調べ,彼ら自身と相談しながら訓練環境を作っていく。ほとんどの入所者は,自分の障害についての受容ができているため,素直に相談に応じてくれ,はっきりと意見を述べてくれる。彼らを尊重し,できる限り彼らの能力を生かすことを考えていけばよい。ちょっとした工夫があればアドバイスや簡単な道具を製作するだけで,多くの解決をみている。福祉機器の場合,技術を駆使していることよりも利用者が受け入れられるものを考えることが大切である。
このように障害者個々への対応のとき,福祉工学科で学んだことが役立っていると考える。
前述のように福祉工学科で学んだことにより,実務において個々の障害者に対してどのようなサービスを提供していけばよいか考え,職業能力開発を進めていく力が身についたと思う。
現在,実務において実感している大きな問題は,障害等級等に示されている医学的にみた障害の重さと就労上の障害の重さが一致していないことである。
例えば,下肢障害で障害等級1級,2級であっても,上肢はしっかりしていて作業上問題がない場合がある。また,その反対に脳性麻痺で障害等級は3級,4級でも,上肢に問題があることで作業上困難を生じることもある。
このように就労上の問題は一般的にとらえられる障害等級とは別の要素を含んでいる。
就労上の問題を解決していくうえでも,これを体系化していくことは障害者職業能力開発を行っていくうえでも必要なことである。現在,それぞれの障害者職業能力開発校ではすべての障害種別を対象にしているわけではない。前述のように吉備職リハでは聴覚障害者,肢体不自由者を中心に職業能力開発を進めている。また,所沢にある国立職業リハビリテーションセンターではこれに視覚障害者も加わっている。これに対し,国立県営の障害者職業能力開発校の多くは知的障害者が対象に含まれており,それぞれの施設での訓練対象が異なっているので1施設での体系化は難しい。
この状況を踏まえて障害者職業能力開発施設へ人材を供給し,密接な関係のある福祉工学科でこの就労上の障害についての体系化を行い,これをもとにして障害を考慮した訓練環境,教材などの開発方法や就労を考慮した場合の障害の見方,教授方法なども障害者職業能力開発施設とともに研究していくべきではないかと考える。このことによって,職業リハビリテーション関連の施設へ進む学生に大きなプラスになるに違いない。
もちろん実務を行っているわれわれは,この体系化を進めるうえで個々に行ってきた実践データを蓄積し,まとめ,報告を行っていく必要がある。
障害者職業能力開発の場合,他の職業能力開発分野に比べてこの実践データの蓄積が少なく,経験に頼っている部分が多い。これは技法や考え方の継承や発展にマイナスになっている。われわれの中でも実践データを蓄積していく作業が重要になっている。
このように障害者職業能力開発校は実践データの蓄積や現場での問題点を整理し,福祉工学科ではそれを分析,まとめなどを行って現場にフィード・バックするような役割分担をすることにより,より効率的に障害者個々に対するサービスの向上を実現できるものと考える。