• 高知職業能力開発短期大学校長  吉川 義一

私が勤務している高知職業能力開発短期大学校はこの3月に初めての卒業生を実社会に送り出した。開校以来,専門技術に関する基礎的能力・応用力・創造力を備え,地域産業界から歓迎され,高い評価を受ける人材,いわゆる実践技術者の育成をめざして努力してきたが,その2年間で強く感じたのは,学生に対する挨拶などの日常のマナーの教育訓練の必要性である。

廊下ですれちがっても知らぬ顔で通り抜ける。仲のよい友達の間では「おはよう」と挨拶を交わしているのに,職員と顔を合わせても挨拶をしない。来客を案内していても,ガヤガヤ友達どうしで話しながら,そばを通り抜ける。こういう学生が,実際に少なくないのである。

入学式の日,目を輝かし,緊張して私の式辞を聞いていた学生である。目的意識をもって入学し,専門の授業に熱心に取り組んでいる学生である。どうしてなのか。私は入学式で受けた印象や授業で受ける印象との違いに困惑した。そして学生に対して,技術の教育訓練だけでなく,日常のマナーについても,教育訓練をする必要があることを強く感じたのである。

学生の多くは仲間・友達社会,いわば限られた横社会のルールの中だけで生きているようである。実社会の職場は組織体,つまり同僚もいるが上司もいる,縦も横もある社会である。その中で連携し,それぞれの役割と責任を果たしていかなければならない。そのためには,言うまでもないが,職場でのマナーが縦と横を結ぶ基本的なものとして重要となる。

家庭の教育や小・中・高の学校教育が悪いといっても始まらない。本人の心がけの問題であるといっても始まらない。訓練して身につけさせることが必要である。私は方法を教え人格の一部とする努力を,いわば「術」から「能」への教育訓練の必要性を強く感じたのである。

朝の挨拶をしない学生には,こちらから「おはようございます」と挨拶してくださいと,職員にお願いしている。友達感覚の「おはよう」でなく,「おはようございます」と挨拶すれば,学生も「おはようございます」と言わなければならなくなるであろう。研修室や実習室におけるマナーや整理整頓についても,先生がたに,学生に単に注意するだけでなく,率先して範を垂れていただきたいとお願いしている。機会あるごとに私は,学生を集めて,日常のマナーについて注意する。就職に関係すると言って注意すれば,学生の受けとめ方も違う。

マナーについての「術」から「能」への教育訓練は,時に空しく感じることもあったが,全体としては少しずつ成果をあげてきたように思う。当校では3月初め,卒業直前の学生を対象に,最後の仕上げとして,職業人として心得ておくべきマナーについてのセミナーを開いた。そして,実践技術者のたまごを実社会に送り出したのである。

私は,卒業生が当校で身につけた専門技術やマナーを基礎に,さらに研鑽を重ねて成長し,それぞれの職場でなくてはならない人材として活躍することを衷心より願っている。

よしかわ ぎいち

よしかわ ぎいち
よしかわ ぎいち

略歴

1952年 京都大学農学部農林化学科卒業
1966年 高知大学教授
1991年 高知大学名誉教授
1994年 現職

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