• ポリテクセンター関東電気・電子系(関東職業能力開発促進センター)  木村栄治・花房 明

1.はじめに

横須賀船舶検査工業組合(以下「船検組合」という。)は,傘下事業所数が31社という地方都市の典型的な同業種事業主団体である。業種は造船に付随した検査,開発および研究が主な業務である。船検組合は平成7年4月から「従来の社風にとらわれない自由な発想と思い切った提案ができる社員教育」を目指して,ポリテクセンター関東(以下「センター」という。)のレベル4以上の能力開発セミナー(以下「セミナー」という。)にのみ10名の受講者を年間456時間申し込んできた。その内訳は,以下のとおりである。

  1. ① ファジィによる機能性材料の物性評価(イオン伝導制御編)(以下「材料コース」という) …360時間
  2. ② ビジュアルシーケンス(以下「シーケンスコース」という) ……96時間

今回は,船検組合が特定の高度なセミナーのみを受講するに至った経緯を述べることにより,雇用促進事業団が事業主団体にどのような働きかけをすべきか。また,雇用促進事業団が実施している能力開発セミナーはどうあるべきかを考察する。

また,雇用促進事業団職員の中には,セミナーに傘下事業所の社員を多く派遣している事業主団体の意見を直接聞く機会がない者もいると思われる。そこで今回のテーマとなった船検組合のセミナーに対する考え方を後半に掲載する。これは平成8年度のセミナーカリキュラムを作成する際に,船検組合事務長である石田隆氏と筆者らが意見交換をした内容である。なお,氏は船検組合傘下事業所の品質管理室分析課課長である。

2.船検組合がセミナーに申し込むまでの経緯

現在,船検組合の事務局はA社にある。7年前,そのA社品質保証部の課長がアンテナ受講的に材料コースのセミナーを受講し,その後,課長自身の部下を含めA社内部に受講を勧めてくれたことが原点といえる。

具体的には,以下の項目が船検組合のセミナー申し込みに大きく貢献した。

  1. ① A社がその後センターのセミナーを受講し続けており,セミナーの内容には非常に理解を示していること。
  2. ② 平成5年4月に船検組合の事務局がB社からA社に移動し,理事長および事務長にセンターのセミナーを受講したA社の部長および課長が就任し,セミナーの特徴をよく知っていたこと。
  3. ③ 理事長および事務長が船検組合の運営理事会などでセミナーの内容宣伝を行ってくれたこと。
  4. ④ 企業内部および事業主団体に影響がある部・課長クラスに,過去の材料コースのセミナー受講者がいたこと。
  5. ⑤ セミナー内容を決定づけるために,センターにおいてフォーラムを開催したこと。

このフォーラムはA社以外の船検組合傘下の企業に認知を得るために開いたものである。内容は製造業が最も関心を示す環境問題に焦点を当て,テーマは,「環境問題に対応したこれからの工業技術の動向」とした。出席者は船検組合の傘下の企業を含めて6企業10名,東京大学,東京都立大学などセンターの近隣5つの大学から6名,船検組合からは技術担当の運営理事および事務局の出席を仰いだ。

フォーラムは,「インテリジェント材料とガスセンサ」など9テーマの発表を行い,討論を行った。その結果,現時点で不足している人材を育成するためのセミナーの内容は,原子・分子レベルの実習を中心にした高度で基礎的な先端学際領域を積極的に行う必要があるとの結論に至った。

そして,この結論を船検組合の運営理事会に持ち返ってもらい検討をお願いした。その結果,出てきたテーマが「ファジィによる機能性材料の物性評価(イオン伝導制御編)」である。内容的にはフォーラムの結論を踏まえ,イオンの動きを正確にとらえて制御しようとするものである。従来の制御法で測定が不可能な部分はファジィを用いることにした。また,後日,ビジュアルシーケンスも既製品のシーケンサを使わず「考える社員を育てる教育」という観点から,将来的に発展性があるということで受講が決定された。

3.セミナーの特徴

船検組合が申し込んでいるセミナーには「考える社員を育てる教育」を目指しているために,以下のような特徴がある。

① 将来的に発展性があること。

材料コースであれば,1種類のイオンを探求することにより,同族であれば別なイオンにも応用が効く。例えば,Li+について実験を行えばNa+等のアルカリイオン全体の挙動をつかむことができる。

シーケンスコースであれば電子回路のみでなく油圧および空気圧への展開を考慮していること。回路設計だけでなく開発設計,故障解析等にも応用が可能となることがあげられる。

② 理論的な裏づけを明確にしていること。

材料コースであれば原子配列から結合の状態までを機械的,電気化学的および結晶学的な見地から示している。

シーケンスコースであれば電子回路を組み立て,動作回路の確認を行うために電流の流れおよび電圧を正確に示すことができる。

③ 受講者からの質問を積極的に導き出すこと。

④ 手作り教材を使用し,既製教材にありがちなブラックボックス部分を積極的に排除したこと。

これらのセミナー実施方法は,船検組合がセミナーを申し込む際の1つの基準となっている。

4.事業主団体にどのような働きかけをすべきか

今日,雇用促進事業団が積極的に推し進めようとしている事業主団体方式は,明確にポリテクセンターおよびポリテクカレッジが歩まなければならない方向を示唆するものといえよう。すなわち,以下の項目を正確にとらえ実践する必要があると考えるのである。

① 事業主団体が,傘下企業の社員教育に何を望むのか?を正確に知る必要がある具体的には,「誰を対象に,どの分野の,何を,どの程度まで,教育する必要があるのか」を明らかにする必要がある。

② どの事業主団体の事務局に働きかければ雇用促進事業団の進める方針を理解してもらえるかを知る

事業主団体の事務局の多くは企業から独立した事務所を構え事務のみの処理を行うことが多く,事務局関係者が企業に出入りすることもほとんどない。そのために事務局自身がどのような社員教育を行うべきか知りうる立場にない。まして,多業種の集まりである工業団地などの事務局に対しては,業種が多すぎるためにポリテクセンター自身がどのような働きかけをしてよいのかがわからない。この場合,その団体の中から特定の企業を選びだし,1社だけのセミナー受講となってしまう場合が多い。

これを打開するためには目的を持った同業種の事業主団体に焦点を当てる必要がある。特に,企業内に事務局を置き,企業の責任ある人が事務長を担っている事業主団体を目標に据えれば,社員教育に関する話は非常に進捗の度合いが早い。今回の報告はまさにこれに相当する。

③ 事業主団体がセミナーの最大公約数的な入門的および資格取得のセミナーを望む理由を明確にする

事業主団体のセミナーを行うために簡単に実施できるセミナーが,入門的および資格取得セミナーである。ほとんどの企業は人材育成に多くの時間と資金を費やしている。その内容は新入社員教育および資格取得だけではない。大学および学会の主催するセミナーへの参加はむろんのこと,企業の主催するセミナーに参加するため欧米へも出張することがある。国内外の大学に2~3年間留学することも稀ではない。そのような場合の肩代わりを雇用促進事業団がどの程度まで行えるのかを明確にすれば,新入社員教育および資格取得といったセミナーが多数を占めることはなくなる。

④ 事業主団体の要望に対してポリテクセンターおよびポリテクカレッジはどのようなセミナーができるかを明確にする

雇用促進事業団自身はセミナーのモデル集を作り体系化を整えようとしているが,これは雇用促進事業団自身が実施できるセミナーの一部分とそれを拡大したものに限られている。同時に機器の操作・取り扱いを中心とした非常に低いレベルのものを基本としている。早急に視点を全く変えた「高度なレベルのセミナーのみの観点」から,受講者側の要望を集め体系化を図る必要がある。現在,D団体を指定してセミナーの体系化を図ろうとしているが,新しく団体を指定してから取り組むのでは効率が悪い。そこで地場産業の中から高度なセミナーを受講している有力な企業のみを選び出し,その要望を正確に聞き出すことから始めれば,効果・効率的な面から有効ではないかと考えられる。

以上の項目を確実に実践すれば,自ずと目標が明確になるばかりでなく,事業主団体および傘下の企業との協力関係も生まれてくる。しかし,このまま事業主団体方式を推し進めていくと,単なる数字合わせに陥る危険性をもはらんでいると思うのである。

以下の文は平成8年度のセミナーカリキュラム作成のために,筆者らが船検組合事務長石田隆氏と意見交換を行った際のメモをもとにして文章にし,氏にはご多忙中であるにもかかわらず修正をお願いしたものである。それゆえ,筆者らの力量不足により氏の意見が正確に伝わらない場合もあり得る。それはすべて筆者らの責である。

工業組合がポリテクセンターに望むセミナーとは

横須賀船舶検査工業組合 事務長  石田 隆

石田 隆
石田 隆

「材料を制するものは技術を制する」というある電気機器メーカー会長の言葉があります。電機関係業種に限らず,私たちのような造船分野に関係する技術者は,常に材料と向き合いながらユーザーの要求に見合う設計,製造,管理を手がけています。そのため,材料分野の知識の必要度は高く,平成7年度はポリテクセンターへ延べ3600(人・時間)の機能材料のセミナーをはじめとして合計4560(人・時間)の受講をお願いしました。その結果,受講者のセミナーに対する評価は非常に高く,本工業組合傘下の事業所からは受講者数とセミナーの時間数の増加を望む声が大きいことがわかりました。その理由は職場で取り組んでいる方針とセミナー内容が合致するからだということでした。

近年,私たちは直接部門において自動化できる工程はすべて自動化し,人手を極端に減らすことを考えてきました。例えば10年前に30人で行っていた塗装工程が,現在は検査も含めてわずか2名の配置になりました。もちろん,このような現象は造船関係の職場に限ったことではありません。このような状況が今後は国内においてますます増える傾向にあります。社員教育からみた限り,将来的にNC機の操作ボタンを押すだけの社員は必要がなくなると考えています。今日,最も重要な教育は,人間が人間であるがための「考える社員を育てる教育」です。すなわち,製造業であるならば,出発原料から製品に至る工程を把握し常に基礎理論と現状を比較しながらより良いものを考える社員,従来の社風にとらわれない自由な発想と思い切った提案ができるような社員を育てる教育を重要視する考え方が強まってきています。これには現在のポリテクセンターの実習を基本にした基礎理論分野と学際領域の融合教育によるセミナーが最も適していると考えられます。残念ながら本工業組合は専門教育は内部でできても,学際領域にまで立ち入る教育を行うだけの力量はありません。

私たちは社員教育というものを徒弟制度そのものであると考えていました。後輩は先輩を見習い,先輩は後輩の面倒を見ながら自分自身を高めていくという体系です。20歳代前半までの社員教育は,社風に合わせた機器の操作と基礎知識の習熟であるため非常に簡単です。若い頭脳は飲み込みも慣れも早く,CAD,シーケンサ,NC機などは半日もあれば使いこなします。溶接,玉掛けなどは安全衛生規則よりも厳しく定めた工場内規により,徹底した教育を行っています。しかし,生産という大きな目標の中で,30歳すぎから50歳くらいといった中堅以上の社員教育が希薄になるという状態を作り出してしまいました。

希薄になった原因は,考える社員教育の欠如でした。ユーザーと製品について協議をするうえで重要なことは「いかにユーザー側の真意を汲み取るか。また,こちらの真意を理論だてて説明するか」にかかっています。これには高度な基礎的な分野から先端的な学際領域に立ち入る知識を持つ必要があります。いくらデータを持っていても,それを応用する力がなければデータは生かせません。「3次元測定機のあるキーを押してからプリントアウトしたら,このようなデータが出ました」という操作の説明をしても,ユーザーを納得させることはできません。納得させるには「温度は○℃,気圧は×hPa,湿度は△%の条件においてこのような3次元測定結果を得ました。このデータから製品は○○から××の条件下で使用できます」と,データを示しながら理論に裏づけされた予測をたてることが必要です。私たちは実験により得られたデータをそのまま信じてしまいがちです。しかし,理論と実測データとはほとんどの場合異なります。それがどこから生じたものかを知ることにより知識レベルは飛躍的に向上します。また,それを説明することにより,さらに力量が上がります。そして,自分の考えを持つことができます。

ポリテクセンターのセミナーには企業,学会・協会などが開いているセミナーに比べてさまざまな特徴があります。その筆頭にあげられるのが,理論的な裏づけのある実習と解説がセミナー内容だということです。ポリテクセンター以外,特にメーカーが開いているセミナーではパソコンの取り扱いにみられるように,機器とソフトの取り扱い説明に終始して現象を知るにとどまる内容が多く見受けられます。ところがポリテクセンターのセミナーは,実習を行った後,必ず学・協会の論文資料を多用して基礎から理論的な解説を行います。実学一体の実習と理論的な解説こそが私たちの求めているセミナー内容です。他にもポリテクセンター独自の長所はたくさんあります。受講者の質問に対するていねいで理論的な回答があります。先生に専門外の質問をすると企業の専門家・大学の研究者の紹介があります。個別ディスカッションを申し出れば夜の9時すぎまで対応してくれます。このようにポリテクセンターで受講する利点をあげればきりがありません。

確かに私たちはセミナーを受講したとき,その内容を知識として学び取らなければなりません。しかし,セミナーで学ぶものはそれだけではありません。指導している先生の勉強に対する真摯な態度は,問題点の提起,その解説方法の導出をどのように行うべきかを雄弁に語っています。実習後の解説は学際領域に踏み込んでいて,困難な問題に立ち至ったときどのような方法で解決していくかを明確に示しています。

ポリテクセンターのセミナーには,このような長所があるため,本工業組合の運営理事会においてセミナー受講決定は大変スムーズに進みました。これも本工業組合の理事長をはじめ事務長である私までもがポリテクセンターのセミナーの「教え子」であったことが非常に大きな要因でした。各企業の代表者である運営理事から出る質問,特にセミナーを受講したときのメリット,デメリットについて正確に,しかも将来にわたる展望についても自信を持って説明をすることができました。また,ポリテクセンターから「1つのセミナーは複数の工業組合で受講を」と指示されたときも,懇意にしている別な工業組合へ自信を持ってセミナー受講を勧めることができました。

平成8年度も平成7年度と同様に35歳から45歳くらいの中間管理技術者を,ポリテクセンターのイオン・電子を内容とした機能材料セミナーを中心に延べ7500(人・時間)派遣しようと考えています。本来ならば直接・間接部門の技術・技能系全社員をポリテクセンターへ派遣し社員教育を受けたいところですが,セミナー1コース当たり10名の定員なので船検組合傘下事業所の全社員が受講することなどは到底不可能です。ですから各事業所の直接部門に強い影響を持っている35歳から45歳くらいの年齢層の技術者を受講させることにしました。この年齢層の技術者は,直接部門で少なくとも10人以上の指導を行います。言ってみれば,ねずみ算式に社員教育の効果を拡大することになります。

今後も効果・効率を念頭に指導をしている先生と受講者である私たちで十分に協議のうえ,21世紀後半をも見据えた「従未の社風にとらわれない自由な発想と思い切った提案ができる社員教育」を念頭に,受講するセミナーの業種拡大を模索していきたいと思います。

ページのトップに戻る