• 第18回職業能力開発論文コンクール労働大臣賞(入選)
  • 静岡県立清水高等技能専門校 機械科担当  猿田 吉克

概要

当校は,新規中学校卒業者を対象に教育訓練を実施しており,私の担当する機械科では,1年次は学科,基礎実技を中心に,に機械技能者としての専門知識と基礎技能の訓練を,2年次はNC旋盤,マシニングセンタなど数値制御機械の操作やプログラミング,機械部品製作等の総合加工訓練を実施している。毎年1月末には,日頃の訓練成果を作品にして企業の関係者や父兄,地域の皆様方に見て,評価して項く技能祭と呼ばれる展示発表会を開催しており,毎年大勢の見学者で賑わっている。出展品や実施方法については,年々見直しを行い内容の充実を図っているところであるが,近年,訓練生の技能習得レベルの低下や,やる気などの問題から作品製作に活気が無くなってきている。

本来ならば,これまでに身に付けた技能を基に本人が作品を製作し,その製作過程の中から更にその上の技能を習得していくことが理想であるが,このような状況から,製作の約半分は揖導員が手助けしなければ完成出来ない状態になっている。一つの物を一貫して作れないということは問題であり,企業に就職後も,仕事に対する考え方,自信,適応といった面で大変心配される。そこで今回,この問題点を改善するために,もっと訓練生が積極的に取り組める方策がないだろうかと考えた。この論文では,平成6年度の機械科2年を例に,技能祭,出展作品の製作実習の進め方とその効果を検証することにより,更に充実発展させるための方策を考えることとした。

はじめに

今年の就職戦線も長期の景気低迷により,企業の人減らし,合理化の余波を受けて,非常に厳しい状況となっている。

本校に寄せられる求人件数を見てみても,昨年来その落ち込みは著しく,年々減少傾向にある。その求人条件の欄に目を向けてみると,昔のように人ならば誰でも良いというものではなく,ほとんどの企業が高レベルの技術者を求めている。今や就職するには,より高い知識・技能の習得が不可欠となっているのである。

企業が求める実践技術者の育成を推進するため,本校でも最新の数値制御機械を導入し訓練に力を入れている訳であるが,自分で思うように数値制御機械を操るには,プログラム・機械操作・加工原理など多くの事を学び習得しなければならず,本当に習いたいという気持ちがないと最後までやり遂げられない。毎年途中で挫折し,わからないまま修了する訓練生も多い。先日,修了生の就職企業先へのアンケートでは「数値制御の知識・技能が身に付いていない様なので,専門校の方で特にこの点に重点を置いた訓練を望みたい」という御意見を項き,改めて訓練の必要性を強く感じた。

本校では,例年1月末に,訓練の集大成として開催する技能祭に向けて,出展作品の製作実習を行っている。前年度までは,出展品目・加工法など,こちらで予め決めた内容で実施していたが,訓練生からしてみると,やらされているという意識が強く,どうも訓練に身が入らない様である。

そこで今回の技能祭作品製作では,要所要所のポイント以外は,出展品目の選定から製作までを訓練生に任せ,より積極的に楽しみながら作品製作が行えないかを考えた。そして,技能祭を通して,より高度な専門知識・技能の習得を図るとともに,訓練生各々の創造力の向上を目指し,次のような内容により実施した。

〈製作実習の主な流れ〉

第一段階

1)出展品目の調査

2)出展品目の決定

3)製作日程・班分け

第二段階

4)設計・製図・プログラム作成

5)部品加工

6)組み立て・仕上げ

7)修正・調整

第三段階

8)作品の展示・実演

9)反省会及び評価

第一段階

1-1 出展品の提案

作品製作実習を成功させるためには,出展品目を何にするかが,成否を決める大きな鍵となる。このため,予めクラス全員に,自分が製作してみたい出展品を一人一点考えておくように伝えた。出展品については約半数の訓練生が比較的スムースに提案したが,中にはどんな物にしたら良いのか,案の出てこない者もいたため,そのような訓練生に対しては,家の中にある日用品に目を向けたり,ホームセンターに行って参考になるような物を見てくるようにアドバイスし,必ず一人一点は提案するように勧めた。

1-2 出展品を決定する

出展品の候補案が全部出そろった所で,クラス全員の話し合いにより,品目を決定した。

なお,決定に当たっては次の点に留意するように指導した。

  1. 1)機械科としてふさわしい作品であり「設計・加工・組み立て」の三要素を含むものであること。
  2. 2)これまでに学んだ知識・技能・技術が生かせるものであること。
  3. 3)実習場内の設備で製作が可能であること。
  4. 4)限られた製作費の中で製作が可能であること。
  5. 5)自分の能力に見合った内容で,期限内に完成できるものであること。

その結果,意見が色々と分かれたが,最終的には図1にあるように,次の4品目に決定した。

図1
図1
  1. A) 文鎮
  2. B) ヤンキーバイス
  3. C) 鉄アレイ
  4. D) ダンベル

製作実習に関しては,効率良く工作機械が使用出来るように,クラスを4班に分け,1人4品目を無理なく製作出来るように,日程を組んだ(表1)。

表1
表1

なお,本来ならば,もっと多品種の出展が望ましいが,設備や監督の面で調整がうまくつかず,4つに絞り込まなければならなかったことは,案が採用された訓練生には良かったが,採用されなかった者に対しては気の毒な思いをさせてしまった。

第二段階(製作)

2-1 設計・製図・プログラム作成

この過程では,班のメンバー同士で協力して,作品の形状・寸法・加工法を決めるとともに,これを基に基本設計を行い,図面及び数値制御用のプログラムを作成する。

なお,実施に際しては次の点に留意するよう予め指導した。

  1. 1)部品を組み付けた時に製品として成り立つこと。
  2. 2)鉄アレイ・ダンベルに関しては強度も考え,設計の段階で,極端に細い部分や弱い部分が出ないように十分留意すること。
  3. 3)製図は製図法に則り,正確に書くこと。
  4. 4)NC旋盤・マシニングセンタなどの数値制御の操作については,訓練が浅く,不慣れな点もあるので,一人で作業せず指導員の指示に従って作業すること。

なお,文鎮は形状がシンプルなため,技能の面から見て物足りないので,表面に平成7年の干支であるイノシシの絵文字を彫刻させることにした。

絵文字はプログラミング装置を使用して自由に作成させた(図2)。

図2
図2

自分の思うような絵文字を作成するには,数値制御の基礎プログラムについて十分な知識がないと出来ないのであるが,訓練生がプログラムした絵文字を1つ1つ見てみると,予想を遥かに越えた創造性豊かなユニークな物が多く,その才能に驚いた(図3)。

図3
図3

中にはプログラムに対する知識が不十分で,思うように作成出未ない者もいたが,皆,自分で考えた絵文字を何とかして完成させたいという思いが強く,休み時間・放課後等を利用して,熱心にプログラムの知識習得に努め,最後には全員完成させた。

しかし,この設計段階では,かなりの時間を要してしまった。作品の良否は設計によって左右されるので,慎重になるのは仕方が無いことであるが,予定時間をオーバーする者が多く出てしまったことは大きな問題点である。

2-2部品加工

この過程では,校内の各種工作機械を用いて部品の加工を行うが,実施に際しては次の点に留意するよう予め指導した。

  1. 1)加工に際しては,数値制御工作機械を積極的に使用し,技術の向上を図ること。
  2. 2)安全作業に留意すること。
  3. 3)加工に入る時は,その加工内容を十分に把握してから作業に取りかかること。

部品加工は以下の流れにそって行った。

A) 文鎮

素材の真楡を,立・横マシニングセンタを使用し,直径58mm,厚み13mmに仕上げる。次に,各自作成したイノシシの絵文字プログラムをマシニングセンタに入力し,直径1mmのボールエンドミルを使用して,文鎮の表面に絵文字を彫刻する。彫刻した部分(削った所)に各自自由に着色し,仕上げは汎用旋盤で表面を約0.1mm削る。

B) ヤンキーバイス

汎用フライス盤・旋盤・マシニングセンタを使用し,平面切削・溝切り・ネジ切り・穴明け作業により部品を作製。実用性を考え,はさみ口の部分は傷が付かないように,銅板を加工してネジ止めした。

C) 鉄アレイ

NC旋盤を使用し,握り部とウエート(球の部分)の3点を加工作製。ネジ加工を施し,それぞれの部品がつながって一体となる様な構造とした。

D) ダンベル

汎用旋盤を使用し,握り部・ウエート・ウエート止めの7点を加工。左右のウエイトが均等になるよう,重量合わせを行った。

この結果,汎用機械を使用した加工は,何も問題なかったが,数値制御工作機械は慣れていないこともあって,怖がりながら作業している訓練生が多かった。補正値の設定ミス・ワーク原点の不良・プログラムミス,といった理由から,当初は設計どおりの動きが得られず戸惑う者も多かったが,うまく行くまで何回もプログラムを修正したり,加工回数を重ねて行くうちに徐々に慣れて,最後には殆どの者が自分の思いどおりに機械を操ることが出来るようになった。このことは彼らにとって大きな自信となった様である。

2-3 組み立て・仕上げ・調整

この過程では,加工の終わった部品を組み付け,手仕上げによる面取り・磨き・色塗り等を実施した。加工が早く終わり有項天になっている者の部品は,組み付けてみると加工精度や直角度の不良からハンドルの重いヤンキーバイスや,置くと斜めになるダンベルもあった。

そのような製品を作った訓練生に対しては,改めて加工の基本を教えるとともに,スピードよりも正確な物を作ることに努めるよう指導した。

最後に製品として正しく機能するか,指導員が製作品を一つ一つ見て回り,修正が必要な物はその都度指示を出し調整を加えて完成した(写真1)。

写真1
写真1

第三段階

〈作品の展示・実演〉

技能祭にて,協力企業の関係者・父兄・一般入場者を一堂に集めて,製作品の成果を見て項くとともに,訓練生一人一人に見学者の前で,数値制御機械の実演と説明をさせた。

実施方法は次の通りである。

  1. 1)訓練生の作品を一堂に並べ,見学者に見て項くとともに,アンケート用紙を配り,一番良いと思われる作品に投票してもらう。
  2. 2) 交代で訓練生一人一人に,数値制御機械による文鎮と鉄アレイの加工手順を見学者に説明させる。
  3. 3)後日,訓練生と担任による反省会を開き,良かった点,悪かった点を話し合い,見学者のアンケートや他の指導員の方々の感想を基に,一人一人の作品について評価を行う。

この結果,見学者による作品の評価は非常に高く,加工実演している訓練生も質問責めにあっていた様子だった。また,開催中どうしても展示作品が欲しいという見学者の声も多く寄せられ,結局,最終的には希望者に配布することにした。高倍率の抽選により,一つ一つ作品が見学者に手渡されて行く度に,製作した訓練生は自分が作ったんだという満足感とともに嬉しさを隠せない様子だった。特に,訓練生一人一人の個性が絵文字に表れている文鎮は高人気で,展示品が全てなくなってからも,どうしてもこの絵文字の文鎮が欲しいといった要望が多く寄せられた。そのため,要望を受けた訓練生は,余った材料を用い,マシニングセンタ・汎用旋盤を使用して追加製作していたが,皆,表情は喜びにあふれていた。

反省会では,他人の作品と比較して「ここはこう加工するべきだった」「もっと椅麗に作れば良かった」などの反省の声とともに,やり遂げた充実感と満足感で一杯の様子だった。なお,中には自分が苦労して製作した作品に愛着心が湧き,「ずっと大切に使ってくれたらいいな!」と感想を述べた者もいた。

おわりに

今回,この技能祭の過程を振り返ってみると,いくつかの問題は残ったが,最初に掲げた目標に対して効果を出すことが出来たと思う。特に,数値制御の訓練に対する効果は著しく,その後の授業内容が本格的な分野に入っても何の抵抗もなく,身を入れて訓練に励むことが出来た。企業の技術力はハイテク化によって非常に高レベルにあるが,今回の技能祭や日頃の訓練の成果は,就職企業での技能・技術の習得や,仕事に対する適応性などの面に,好影響を与えることが出来ると思う。

訓練生に対する効果を各段階別に検証した結果は次の通りである。

〈第一段階における効果〉

  1. 1)日常,何気なく見過ごしている製品に関心が行くようになり,その製品がどのような材質・加工・組み立て法により出来ているかを調べることが,専門知識の向上に広く役立つ。
  2. 2)期限・材料コスト・使用機械・能力等,物を作り上げる上で必要な要素を総合的に考えることによって,製作可か否かの判断力を養うことが出来る。
  3. 3)製作品目を自分達が決めることにより,実習に対し,興味と意欲を持って取り組むことが出来る。
  4. 4)期限を明確に決めることにより,時間の有効性を強く意識させることが出未る。

〈第二段階における効果〉

  1. 1)設計の段階で,加工法・仕上げ法・作品の良否がほぼ決まるため,設計にはかなりの能力が要求される。何度も壁に突き当たり考えることで,問題解決力・忍耐力が身につく。
  2. 2)最新の数値制御機械を,思いどおりに制御することの難しさを体験するとともに,自分で何度も手直ししながら作成したプログラムで部品加工することにより,自信を持って操作出来るようになる。
  3. 3)日頃の訓練成果を生かしながら,より高い技能の習得が図れる。
  4. 4)製作作業を通して,物作りや仕事への認識を深めることが出来る。
  5. 5)自分の実力の程度を知ることにより,一層の努力の必要性を自覚させることが出来る。

〈第三段階における効果〉

  1. 1)人前で加工実演や説明することにより,対人能力の向上が図れる。
  2. 2)自分の作品と他人の作品を比較することにより,自分の力量を知ることができるとともに競争心も牙生える。
  3. 3)見学者の反応を肌で感じとることが,今後の技能向上につながる。

以上述べたように訓練生にとって非常に成果の多い作品製作実習であるが,私自身も大変勉強になった。実は,私は指導員としてこの仕事に就いて今年が二年目で,昨年初めて訓練生を受け持った訳であるが,当初,前任者の話や訓練生の作業振りから,「この様子では正直言って,教えても身に付かないのではないか?」と思っていた。しかし,この技能祭を通して,彼らが徐々に力をつけて行くのを見て「訓練生が出未ないのは,自分が教えなかったからだ」という,教え方の基本を,私自身再認識させられた。当たりまえのことだが,彼らが理解出来ないのであれば,分かるように,やり方を工夫して,やる気にさせていくのが指導員の責任であることを今回,強く痛感した。

なお,本年度にも予定されている技能祭・各種実習については,これらの点に十分留意するとともに,これまでに民間企業で得た知識・技能を取り入れながら,今後更に職業能力開発事業の推進に努めていく所存である。

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