• 海外技術協力 1
  • センタープロジェクトリーダー  川本 修司

1.海外技術協力について

わが国の開発途上国に対する技術協力は今や指導的な援助大国であり,その役割と責務も従来に増して大きなものとなっています。

技術協力の中心は開発途上国の人材養成です。労働省や雇用促進事業団が母体となって取り組んでいる職業訓練分野の人材養成技術協力は,ますますその重要性が高まっています。

最近の技術協力は協力件数の量的拡大もさることながら,技術協力内容の高度化,多様化の傾向が目につきます。技術協力の中核である「専門家派遣」「機材の供与」「日本研修の受け入れ」を一体として運営,実施される職業訓練分野のプロジェクト技術協力においても,大学レベルの職業訓練や指導員養成,指導員再教育プロジェクトといった高度な協力案件が増加しています。

技術分野においても広範囲な職種の基礎技術からオートメーションやメカトロニクスといったハイテク技術にわたっており,技術分野の高度化,多様化がみられます。

最近,プロジェクト協力の専門家派遣ではなく,個別専門家による職業訓練政策や制度に関するソフト面でのアドバイザー派遣要請も増えています。

2.メキシコ合衆国の一般事情

メキシコ合衆国は日本の約5.3倍の国土を有し,人口は約8,200万人,言語はスペイン語で国民のほとんどがカトリック教徒です。

人種構成はインディオと白人の混血が60%,インディオ25%,白人15%といわれています。

メキシコ合衆国の首都メキシコシティはメキシコ合衆国のほぼ中央にあり,海抜2,200mの高地で,周囲は山々で囲まれた盆地帯です。

メキシコシティには約1,200万人が居住しており東京都並みの過密都市です。

私たちプロジェクトの専門家はここメキシコシティに住んでいますが,盆地の地形に車両から出る排気ガスが淀み大きな環境問題となっています。

メキシコシティの気候は年間を通じて温暖ですが,日較差と晴・曇天の温度差が著しく,通年薄手のセータは手放せません。

日本のような四季の変化には乏しく,主として6~9月の雨季と10~5月の乾季に分けられ,雨季にはほとんど毎日午後からスコールに見舞われます。

日本人の日常生活は日用品,食料品すべてが入手でき,日本食レストランもあり,困ることは全くありません。

メキシコ合衆国は一昨年の為替変動,通貨の大幅な下落による経済危機を迎えるまでは,中南米で最も政情が安定した中進国の優等生といわれた国です。

しかし,昨今の物価の上昇,失業者の増加等が相まって治安が悪くなりつつあることが気になります。

3.メキシコ合衆国の職業訓練

メキシコ合衆国は86年にガット加盟,近年OECDへの加盟,NAFTA(北米自由貿易)協定締結等,経済政策の自由化を進める一方,国内の工業力強化と近代化等の積極的な工業化路線に取り組んできました。工業化路線の原動力は職業教育・訓練(以下「職業訓練」という)にあるといっても過言ではありません。

メキシコ文部省は職業訓練の現状に強い危機感を抱いており,特に高校レベルの職業訓練の向上と近代化に力点を置いた取り組みが進められています。

メキシコ合衆国における高校レベルの職業訓練は表1に示すとおり訓練校総数は677校,訓練生数は約60万人,指導員が2万3,000人です。

表1
表1

メキシコの高校レベルの職業訓練校は,工業技術教育局が所轄する大学進学可能な訓練校と専門技術教育局が所轄する就職を前提とした訓練校があり,前者は日本における文部省の職業高校に類しており,後者が労働省の養成I類訓練課程に似ています。職業訓練期間はどちらも標準3ヵ年です。

私がこれまでに視察した訓練施設の感想は,設備,機器が一般的に古く,数量も乏しく,メンテナンスが不十分で機器がすぐに使える状況になく,また訓練用教材,消耗品も少なく,全訓練生に与えられる数量が確保されていないように感じました。

メキシコの職業訓練の充実と近代化を進めるためには,訓練教科基準,設備・機器基準,技能評価基準等の再構築と,それら法的基準に基づいた職業訓練を着実に一歩一歩実践することが大切と思われます。

さらに重要なことは職業訓練の原点は「人」にあることです。現場指導員の能力向上と活性化を図ることが最優先課題です。

メキシコ政府は全国職業訓練指導員の能力向上と活性化を図るために,指導員「再教育施設」を建設するプロジェクト技術協力を日本政府に要請してきました。

これがメキシコ職業技術教育活性化センター(以下,「CNAD」という。)設立の背景です。

4.CNADプロジェクトの概要

4.1 プロジェクト技術協力目的

CNADは日本の職業能力開発大学校研修研究センターに似ています。プロジェクト技術協力の目的はメキシコの現職業訓練指導員「再教育施設」の建設とCNADで指導するハイレベルのカウンターパートを養成することです。

CNADの訓練生は全国から選ばれた優秀な現場指導員です。訓練生はメカトロニクス分野の訓練を1ヵ年受け,修了後は拠点校に配属され,メカトロニクス化に対応できる優秀な人材を育て,産業界に送り出すことになっています。さらに現場指導員の中にあって活性化の「核」として活躍が期待されています。

4.2 技術協力分野

技術協力分野は「メカトロニクス」です。具体的には機械,電気・電子,コンピュータ,制御システム,CAD/CAM,ロボット,指導技法等についてカウンターパートに技術協力を行います。

4.3 技術協力期間

1994年9月8日から1999年9月7日までの5ヵ年です。

4.4 専門家派遣

リーダー,調整員,機械系専門家2名,制御系専門家2名,指導系専門家1名の総員7名の長期専門家が派遣されており,派遣期間は一般的には2~3年です。

この他,私たち専門家だけでは補えない分野について,短期専門家派遣の枠が年間2~3名あります。

4.5 メキシコ側スタッフ

メキシコ側スタッフは校長,管理担当副校長,訓練担当副校長および機械系,制御系,指導系に各1名の課長が管理職として配置され,カウンターパートは機械系7名,制御系7名,指導系4名で構成されています。

日本側の関心はカウンターパートの早期確保と定着にあります。

4.6 供与機材

約4億5,000万円のメカトロニクス関連主要機材が日本側から供与されます。供与機材は日本購送に関わることなく,メキシコで調達可能な機材はメンテナンスや価格等を考慮したうえでメキシコで購入しています。

4.7 日本研修の受け入れ

毎年4~5名のカウンターパートが日本で研修を受ける機会が与えられています。

メキシコ人が日本で研修を受けられる機会は数少なく,彼らにとって日本での研修は大変な誇りでもあり,大きな期待を寄せています。

日本研修を終えて帰国した全カウンターパートが異口同音に研修内容のすばらしさ,企業視察や日本文化に触れた喜びに感激し,研修成果に満足したと話しています。

5.CNAD訓練概要

5.1 訓練期間および訓練生数

訓練期間は1ヵ年,訓練開始時期は年2回です。

  1. ① 機械系……各期12名
  2. ② 制御系……各期12名

5.2 訓練対象者および選考

訓練対象者は大学または大学同等の卒業資格を有し,文部省工業技術教育施設の現職指導員で,3年以上の機械または電子関連の指導員経験を持っていることが義務づけられています。

公募は全国の職業訓練施設に告知され,校長の推薦状および履歴書による第1次審査の後,面接と試験による第2次審査によって選考され,第1期訓練生24名が選ばれました。

5.3 各系の訓練目標

① 機械系

  1. a.ISO規格による図面の読み書きができ,旋盤,フライス盤で図面の加工ができる。
  2. b.プログラミングができ,NC工作機械の加工ができる。
  3. c.CAD/CAMにより加工図面を描くことができ,NCデータの作成,修正およびNCデータを有効に活用できる。
  4. d.上記各項目を集約し,目的と機能に応じた制御形態の設計と製作ができる。
  5. e.訓練指導技法,カリキュラム開発,教材作成,クラス運営,訓練評価およびコンピュータの操作ができる。

② 制御系

  1. a.電気・電子回賂の設計,組み立てができる。
  2. b.PLC,コンピュータを使用して,シーケンス制御ができる。
  3. c.コンピュータを利用し,各種制御機器,駆動系の制御ができる。
  4. d.上記各項目を集約し,目的と機能に応じた制御形態の設計と製作ができる。
  5. e.訓練指導技法,カリキュラム開発,教材作成,クラス運営,訓練評価およびコンピュータの操作ができる。

5.4 カリキュラムおよび訓練時間

ここでは制御系の訓練教科目,教科内容,時間数を表2に示します。

表2
表2

訓練生は総じて知識面に優れている反面,技能面が劣る傾向にあります。実践の訓練の展開にあたっては実技を主体においた実学一体の訓練を行っています。

6.CNADの建設

CNADの建物は,メキシコ政府によってメキシコシティの南東部に雇用促進事業団北九州職業能力開発短期大学校の先生から設計のアドバイスを受け,建設されています。

総面積約4万㎡の敷地に管理棟,機械実習棟,コンピュータ棟,制御実習棟がすでに完成し,現在教室,講堂,図書館,食堂の第2期工事も本年7月完成を目標に工事が着々と進められています。

7.技術移転の要点

メキシコ国における技術協力体験から,日本とは文化,習慣,言語,宗教等の異なる相手国の人たちといかに接するべきか? 浅薄な私見を述べます。

  1. ①「教えてやる」「これをやれ」ではなく一緒に考え学習すること。
  2. ②「物,金銭,責任感,時間的厳しさ」に対する感覚は大いに異なる。根気よくやること。
  3. ③日本的考え,手法を押しつけない。また相手の考え,要望をすべて受け入れないこと。
  4. ④専門能力を持って接するのではなく「真心」を持って接すること。
  5. ⑤プロジェクト終了後,相手国の自力により発展できる技術協力であること。

8.おわりに

短期専門家派遣,日本研修受け入れ,情報提供等について労働省,雇用促進事業団,関係機関,関係者の皆さまに誌面をお借りして日頃のお礼と感謝を申し上げます。私たち専門家一同はメカトロニクス分野の技術移転に日夜頑張っていますが,正直なところ「暗中模索」の状態です。読者,先輩諸兄のご指導,ご鞭撻をいただければ幸いです。

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