神奈川県の国際交流事業は,海外技術研修員受入実施要綱に基づいて,開発途上国および友好提携指定都市の間で10ヵ月の研修期間を定め,3ヵ月間,神奈川県国際研修センターで日本語研修を実施し,その後7ヵ月間,関係機関で専門技術研修を行っている。
1972年(昭和47年)から1994年(平成6年)までの23年間で,275人を数えている。高等職業技術校での受け入れは61人で,全体の22.2%を占め,それぞれの分野で担当された職員のご苦労や喜びがあったかと思うが,今回,私が担当した技術研修員に対する指導を振り返りながら実践報告をし,今後の海外研修員の受け入れのご参考になれば幸いと考える。
平成5年1月頃,県の国際交流課から秦野高等職業技術校へ金型技術の専門技術研修員の受け入れについて打診があった。
技術研修員は,中国遼寧省から5月頃来日され,9~3月まで専門技術研修を実施する予定になっているとのことであった。
中国は,12億の人口を抱えている中で,最近は質的に高度なものになっている。
訓練ニーズも就職前の技工学校の施設が4,500校,再訓練する施設が2,400校配置されているとのこと。
当校の機械技術系は,県下で唯一の金型技術コースが設定されていたので白羽の矢がたったと思われる。
国際協力事業は,県の方針でもあるので,早速準備に入った。
日常訓練業務の中に別枠として仕事が入ってくることを踏まえ,「校全体」で対応することを原則とした。
短期間の中でどの教科を選択するか,訓練計画をたてる段階での絞り込みに苦労した。また,関係職員との協力と理解を得るのも容易なことでない。例えば,実習場の機械の台数等,訓練定数70名のところNC機械が5台,それを1人のために数週間奪われては,訓練ができないなど受け入れ段階での問題点は枚挙にいとまなしである。
訓練内容を各分野に関連づけさせ,全指導員ができる体制で臨み,今後の海外協力事業の推進に役立つためにと理解と協力を求めた。
受け入れを承諾してから間もなく技術研修員の履歴・語学・研修希望調書が送付されてきた。
当方が準備してきた内容とまったく異なる研修希望であった。
来日した研修員は職工大学を卒業し,プラスチック金型設計の実務経験者である。
研修希望は,
①板金・溶接・金属加工
②工作機械
③プレス金型の設計
当校としては,金型の加工技術についてはNCプログラミング,CAD/CAM等で指導できるが,プラスチック関係については指導体制が整っていなかった。
研修の順番からみると当人はプラスチック金型設計を主としているようである。
受け入れ側としては,③の「プレス金型の設計」として承諾していたつもりであった。
国際交流課の職員に苦情を言っても始まらないので,急きょ神奈川県産業総合技術センターに相談し,川崎市にある京浜プラスチック協同組合を紹介していただいた。
この協同組合は17社から構成されている事業所団体で,神奈川県が育成指導し,専任アドバイザーがついている。
組合の事務局長に援助を依頼し,1ヵ月に3回程度指導していただく契約を結んだ。
日本のプラスチック金型技術は高度に技術革新されており,射出成形用金型一つとっても普通使用される樹脂はポリスチレン,塩化ビニル,ポリエチレン等であるが,これらの材料によって成形すると,成形品は必ず金型寸法より小さくなるのは周知の事実である。
この収縮率は,樹脂の種類,成型品のデザインによって異なり,成形条件によっても影響を受ける。金型の設計は,射出成形機のノズルから射出された溶融樹脂がスプルを通過して金型内に入り,ランナからゲートを経てキャビティに流入する。
樹脂は,これらの部分を通過する間に,摩擦により圧力は低下するが,温度は金型に熱を伝えて低下する。また,他方においてゲートのように絞られたところを通過すると,摩擦熱によって上昇する。
これらのランナやゲートの形状や寸法は成形に決定的役割を持っているが,樹脂の流動が高速で複雑なため,理論式で表現できない部分がある。各企業は長年の経験と積み重ねで金型製作を行っており,俗にいう「型や」は小規模の会社が多い。
研修員が勉強したいポイントは,その辺のノウハウだと考えた。
したがって当初の計画を大幅に修正し,以下のとおり授業計画を作成した。
日本のプラスチック金型技術を理解し,押し出・射出成形金型の設計方法を習得する。
(株式会社 湘南合成樹脂に委託研修)
(部品図は1品1葉作成)
以下課題ができしだい次へ…
各担当指導員から,実際訓練を行ってどんな問題があったか,実施した順にあげてもらったのでまとめてみる。
受け入れ側は,生活習慣等異文化の講習を受ける必要がある。
平成6年9月1日来校した研修員の印象は,エリート意識とプライドが高い感じを受けた。
当初の計画は大幅に狂ったが,全体的に授業に対する取り組みは真面目であった。
NCプログラミングと加工法では,中国では機械が導入されていないのでその必要がない。「私は,金型の設計を勉強」に来たと,かたくなな態度が1ヵ月間程度みられた。
平塚市にある湘南合成樹脂の会社での従業員と一緒に現場作業をしている中で,先端加工機にも触れるにつれ,その必要性を理解したようである。
CADによる図面作成についてもしかりであった。
以下,彼の感想を引用抜粋して,その成果としたい。
職場は湘南合成樹脂株式会社の金型工場です。従業員は6人います。人は少ないですから,仕事はとても忙しいです。
皆さんは仕事するとき,とても一生懸命です。休憩する時間は少しです。そのうえに,時々残業があります。
1ヵ月の工場実習期間中,一番の印象は職場の人たちの技術はみんな上手です。そのうえに,一人ひとりはいろいろな設備を操作することができます。設計から加工までは一人で完成します。私は本当に感心しました。
工場で見学を通じて,見聞を広めました。例えば日本の場合は金型の部品はすでに全部標準化になっていますから,加工するとき,部品は全部購入します。
職人の主たる任務は加工するだけ。そのうえに加工する設備は大部分はNC工作機械です。だから加工した金型はとても精密です。
もし,普通の仕方で寸法を入れたら,NC工作機械は全然わかりませんので,必ず,CADで設計して,計算します。
中国での私の仕事は,プラスチックのいろいろな機能とデータによって,部品を設計します。部品を完成してから,組立図を設計して,組立図は仕事のなかで一番難しいです。
設計しているときは形を考えること,複雑な計算をすること,確認することなどの必要がありますので面倒くさいです。
もし,違う寸法を入れたら加工した部品は全然違いますので寸法は一番大事なことです。
最後は部品リストを書きます。リストは金型の部品の数と部品の名前です。ここまでやって仕事は完成します。
家にいるときは,いつも手で設計しますので速度は遅く,計算は遅く,計算することはあまり正確ではありません。加工するときは大部分は普通の設備で加工しますのでスピードは遅く,精密の度合いは足りません。日本では,設計する仕事はCADで設計し,加工はNC工作機械で加工しますので,生産品が精密になった主たる原因だと思います。だから今はCADが大好きです。
海外技術研修員の最も記すべきことは言葉の問題である。彼は来日前にもかなり勉強していたといっていたが,専門用語についてはほとんど通じない状態であり,十分満足できる指導ができなかった。また,受け入れ段階で直接コンタクトできないシステムになっているので,真に研修員の希望にかなっていたか疑問が残る。
3ヵ月の日本語研修期間のあいまに本人と何回も接触する機会を持ち,研修内容について煮詰めることが重要であったと考える。しかし,真面目な性格であるのか,自分が興味を持ったのか,CADについては終業時間が過ぎても夢中で操作しており,その便利さを習得したようである。
日本の高度先端技術の一端を勉強したにすぎないが,そのきっかけ作りの道筋をつけたと確信している。
研修員として特別扱いするのではなく,生徒と一緒の部屋で作業させたので,孤立することなく技術校の球技大会や文化祭に参加し,生徒との交流を深めたものと確信した。
今後は,自国の発展のために,職場の技術状態を改善し得る原動力になってほしいと思っています。