• ポリテクカレッジ福山(福山職業能力開発短期大学校)情報システム系 平島隆洋・白川 浩・山下明博

1.無線通信とは

通信ネットワークシステム入門〈その1〉および〈その2〉では,主に有線形態のネットワークシステムについて解説してきました。今回は,ネットワークの適用範囲をさらに発展させることとなった無線形態のネットワークシステムについて解説します。

ご承知のとおり,無線通信は,有線通信のように伝送線(ケーブル)を必要とせず,伝えたいデータを空間中に電波として放射し,それを受信することで,あらゆる場所からどこへでも通信することができ,また,移動しながらでも通信できるという利点をもっています。そのような理由から,無線通信システムは,開発当初から主に軍事目的で利用され発展することとなりましたが,国内においても電波法の成立以来,電波資源を国民に対して広く開放するという基本理念により,現在では,業務用無線やアマチュア無線だけでなく,ポケットベルや携帯電話・自動車電話,そしてPHS(Personal Handy-Phone System)に代表されるように,一般家庭においても広く普及することとなりました。

最近では,多くのパソコン環境においても,各種の無線データ転送装置や赤外線通信ポートなどの無線通信機能が装備され,ケーブルによる場所の束縛がなくなり(図1),快適に利用できるようになってきました。また,構内LAN(Local Area Network)も着実に無線化されてきており,これまでわれわれを悩まし続けてきたケーブルのレイアウトも,近い将来考える必要がなくなるかもしれません。

図1
図1

このように,無線通信は,ケーブルレスという特徴から数多くの利点をもつこととなりますが,欠点が全くないわけではありません。次節以降に,その欠点とそれを補うために現在実施されている対策について述べます。

2.無線通信最大の敵『盗聴』

無線通信が抱える最大の問題が盗聴です。有線通信においても同種の問題が発生していますが,無線通信の場合は,それがいとも簡単に行われてしまうという欠点があります。

有線通信の場合,データが伝送されるのは基本的にケーブルの中だけですが,無線通信の場合は,先にも述べたように,空間中に無造作にデータを放射するわけですから,嫌でもその電波を受信してしまうこともあるわけです。以前は,家庭用のコードレス電話に強固な盗聴防止機能が装備されていなかったため,ごく簡単な無線機でも盗聴できてしまうという問題が多発しました。

さらに問題なのが,法的に盗聴を裁くための手段が確立されていないということです。有線通信システムの場合,データの持ち出しは明らかに故意であり,もし不正なアクセスがあれば,それをある程度限定することもできます。しかし,無線通信の場合は,盗聴かそれとも知らないうちに聞こえてしまったのかの区別が厳密に行えず,また,誰が聞いていたのかを限定するのは事実上不可能です。一般家庭の会話や,個人が趣味で作ったプログラム,趣味で集めたデータなどが盗聴・持ち出しされても,さほど問題にはならないでしょうが,政府の情報や会社の情報が漏れるのは重大な問題です。

現在市販されている各種の無線通信機器には,上記のような問題を回避するために,データの暗号化による盗聴防止機能が装備されています。アナログ無線機器の場合は,データを暗号化するための方法が複雑で,強固な盗聴防止機能を付加するには多くのコストがかかりますが,PHSなどのディジタル無線機器は,通常のディジタル機器と同様,“1”と“0”の信号の組み合わせだけなので,簡単に暗号化できるという利点があります。ただし,ここでの暗号化技術も,他のシステムと同様,開発者側と盗聴者(解読者)側のいたちごっこであることはいうまでもありません。

3.限りある周波数資源

有線通信システムでは,データ伝送にケーブルを用いていることから,若干の電磁波の漏洩はあるものの,閉じた領域だけでシステムを考えることができ,その結果,データの転送レートを任意に決定することが可能となります。一般に,ディジタル通信でデータとして認識されるのはパルス波であり,これは単一の周波数成分で構成される正弦波とは違い,複数の周波数成分が混ざり合って形成されています。このように,任意かつ複数の周波数成分が混在していても,それがケーブルの中だけならば,他へ影響を及ぼすことはありません。しかしながら,無線通信では,空間全体をシステムの対象として扱わなければならず,結果として,有線通信のように任意の周波数を用いることは不可能となります。もし,勝手な周波数で電波を放射したならば,他の無線機器と干渉し他人に迷惑をかけるばかりでなく,電波法に違反することにもなります。

図2に,無線通信の利用周波数領域区分を簡単に示します。現在,無線通信で用いられている周波数領域は,おおむね数十kHzから数十GHz程度までであり,前出の携帯電話・自動車電話は800MHz帯および1.5GHz帯,PHSは1.9GHz帯にそれぞれ割り当てられており,よく利用されている最も高いところでは,WOWOW(ワウワウ)で一躍有名になった衛星放送の12GHz帯があります。

図2
図2

当然のことながら,他の周波数領域も何らかの通信サービスで埋め尽くされており,今後,新しい通信システムを考案する際は,さらに高い周波数領域を開拓する必要が生じます。しかしながら,このような高い周波数領域を利用する通信機器の開発は,技術的に困難なところが多く,また,開発できたとしても膨大なコストがかかり,一般家庭にサービスを展開することは事実上不可能となります。

そこで,無線通信では,セルの極小化や利用周波数帯域の狭帯域化などが行われ,限られた周波数資源の有効活用が推し進められています。PHSは,その成果の第一号というべきものであり,サービスエリアを小さなセルで区分することにより(図3),アンテナ基地局およびユーザが使用する端末のコストを極限まで切りつめることに成功しました。セルの極小化によりアンテナ基地局の規模が小さくなり,また,同様の理由から端末自体の機能も簡単となり,さらに,遠方まで通信する必要がないので小電力となり,結果として,すべてにわたってコストがかからない理想的な通信システムが構築されたわけです。

図3
図3

4.無線通信と有線通信の融合

さて,次に考えられるのが,PHSなどの無線携帯端末と既存のコンピュータネットワークを接続することです。先に述べたように,PHSはディジタル通信機器なので,何ら複雑な処理をせずに,パソコンなどのコンピュータと接続することが可能です。PHS端末単体では,単なる電話機の役目しか果たしませんが,それにノートパソコンなどを接続することにより,今までになかった高機能かつ携帯性を兼ね備えた通信ネットワークシステムを構築することができます。

例えば,図4に示すように,たった数台のコンピュータネットワークでさえも,その利用価値は十分あるといえます。離れた場所でケーブルを用いずに通信できるという利点はもちろんのこと,移動することも可能です(ただし,PHSではコスト削減のため,自動車電話などに搭載されているハンドオーバ機能が省略されており,高速で移動している場合は通信不能となります)。これは,ビジネスマンにとって非常に強大な武器となり,近い将来,PHSとノートパソコンを鞄に入れて持ち歩く人も多くなることでしょう。ひょっとすると,PHS内蔵型のノートパソコンが出現し,それを片手に出社する人を見かけるかもしれません。

図4
図4

5.携帯電話とPHSの違い

説明が遅くなりましたが,ここで携帯電話とPHSの違いを簡単に述べておきます。外見上はほとんど区別のつかない両者ですが,機能的には大きな違いが多々あります。最も大きな違いとしては,従来の携帯電話がアナログ方式であったのに対して,PHSはディジタル方式であるということです。ディジタル方式は盗聴に強く,また,雑音が少ないという特徴があります。当然,ディジタル機器であるコンピュータに接続することを考えれば,PHSが選択されることとなります。また,実際に使用する場合に問題となる基本料金や通話料金も,PHSの方がかなり安価となります。現時点でのPHSの基本料金はポケットベル並みで,通話料も公衆電話と同程度です。

本短大でも多くの学生がポケットベルを持っていますが,1年もしないうちにPHSに置き換わるかもしれません。

フリーダイヤルやコレクトコールができないなどの欠点もありますが,やはり,後発のサービスであるPHSの方が,多くの面で優れているようです。

6.おわりに

通信ネットワークシステム入門ということで,通信ネットワークの概略,有線通信および無線通信のネットワークシステム,そしてインターネットについて,計3回にわたり筆者らの思いつくまま述べさせていただきました。今後近いうちに,衛星を用いた新しい大規模通信サービスが展開されるらしいので,機会があれば報告したいと思います。

〈参考文献〉

  1. 1) 秦正治:セル構成技術,電子情報通信学会誌,Vol. 78,No. 2,pp.133-137,1995年2月.
  2. 2) 赤岩芳彦:移動体通信におけるチャネルすみ分け技術,電子情報通信学会誌,Vol. 79,No. 1,pp.54-56,1996年1月.
  3. 3) 周波数帳1996,三才ブックス,1995年11月.
  4. 4) 息吹友也:携帯電子ツールは仕事にこう活かせ,こう書房,1996年3月.
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