神奈川県の職業能力開発は,昭和60年度から平成2年度にかけて推進した「いちょう計画(新職業訓練体系整備事業)」(3/1986本誌紹介)によって,ハード・ソフトの両面にわたり再編整備を行いました。
この計画では,生涯職業能力開発の方向性を見通し,職業に必要な基礎的訓練から高度な専門知識・技術の習得まで一貫した職業能力開発体系のもとで弾力的に推進することを基本理念に掲げ,新しい職業能力開発システムとして「職群制・単位制訓練方式」を導入しました。
このシステムの導入によって,従未型訓練の画一的,硬直的な傾向にあった職業訓練体制から脱皮し,今日の職業能力開発の発展につながっています。
しかし,導入後10年経過する間に,完全週休2日制の導入,職業能力開発促進法の改正など,訓練運営にかかわる状況の変化や能力開発に対する企業ニーズも従来以上に実践的かつ即戦力となる人材を求めるようになってきました。
このため,現行の職群制・単位制訓練方式は,基本理念の継承のもとに,より効果的に推進できるように若干見直しを行いつつ修正と改善を加えて実施しています。
以下,本県の職群制・単位制訓練方式と実践例の一部について紹介いたします。
「職群制・単位制訓練方式」は,職群制訓練方式と単位制訓練方式の2つの意味を含めた神奈川県独自の呼び名です。このため,特に職群制については一般的に十分理解されていないと思いますが,次のように定義づけをしています。
職群制とは,職務の領域が拡大する傾向を視点に,職務に共通基盤を持っている類型の職種を統合し職種系列(職系と呼称,国の基準でいう訓練系に該当)をつくり,さらに関連する職種系列を複数まとめた集合体を職群として,この職群・職系の編成をもとに各職業能力開発施設を職業別,訓練水準別,対象者別に専門校化して相互の有機的な結合を図り,職業能力開発を多様的・弾力的に展開する方式です。
職群制の専門校化は,従来型と比べ次のような特色を持っています。
このように,職群制の導入は多様化する職業能力開発ニーズに対応するための有効なシステムとして機能していますが,理論と実践の間にはまだまだ研究しなければならない課題もあります。
図1は,職群制を導入した時点の職業能力開発体系をもとに,その後の状況変化を踏まえて再構築した現在の職群制の職業能力開発体系です。
図に示す現在の体系は改正法(平成5年)と可能な限り連動させて23職系を6職群に編成しています。また,各職群と職業能力開発施設(県立11校,国立県営1校)の関係は図2のようになっています。
職群制による専門校化は施設・設備と合わせハード面の再編整備ですが,ソフト体制整備の大きな柱として導入したのが単位制訓練方式です。
この方式は,ILOが提唱したモジュール訓練の理論をベースに,さらに発展させるために本県独自の考え方を取り入れて構築したものです。
モジュール訓練体系と単位制訓練体系の関連を概略的に示すと図3のようになります。
モジュール訓練では,特定の職業に含まれる職務内容を職業分析によって明らかにし,雇用の可能となる技能(完結的な技能の単位)をMES(Modules of Employable Skill),MESを形成するために必要な知識・技能の最小単位(職能)をMU(Module Unit)と意味づけ,このMU(訓練時間は一律ではないが実技を主体として独立性を持っている)を複数構成してMESに到達させる訓練体系となっています。
本県の単位制訓練の体系も基本的にはモジュール訓練体系と同じ概念ですが,学習単位として設定した訓練単位をモジュール訓練のラーニングエレメント(Learning Element)に対応させて再構成しています。
単位制訓練による能力開発で最も基本となっているのが訓練単位です。
訓練単位は,20訓練時間を1訓練単位と定め,各訓練単位にそれぞれ「何々ができる」という具体的な目標を設定して,その目標に到達するために必要な知識・技能要素を関連した教科科目(学科,実技)の構成によって完結的に習得できるようにした最小の単位です。
また,1訓練単位を構成する教科の科目は,単位の目標に対して教科相互の関連性を内容的な側面から分析して構成したものです。
この場合,教科の科目は原則として複数の科目で構成しています。また,教科時間は20訓練時間(教科16時間,自己学習2時間,評価2時間で構成)の中で均一的に配分(輪切り的に分割)することではなく,職務分析あるいは指導員の職務経験,専門技術分野等をもとにできるかぎり客観性を持つように配分しています。
このように,本県の単位制訓練方式は「職能」の形成に着目したモジュール訓練と考え方は同じですが,訓練時間が一律でないMU(モジュールユニット)と比べ,訓練単位(1単位)をすべて20訓練時間に設定していること,さらに各単位を教科の科目で構成していることが大きな相違点になっています。
また,MUに対応している「L・P」(ラーニングパッケージまたは学習単元と呼称)は,1つの訓練単位だけでは完結的な職能の形成ができないときや,学習効果,授業の運営上等から複数の訓練単位を学習シーケンスとして設定できることを意味していますので,この場合にはラーニングパッケージ(学習単元)による訓練の展開はモジュールユニットと性格は類似しているといえます。
単位制訓練の訓練カリキュラムは,訓練目標に設定した職務能力に必要な知識・技能を1つひとつの訓練単位を段階的に積み上げながら履修することによって習得できるよう,次の考え方を基本に訓練の体系化をしています。
さらに,訓練単位を体系化するにあたっては,訓練目標を達成するために,職務能力の形成関係から大きく3段階の範囲を想定し,あらかじめ用意してある訓練単位「基捷単位・選択基礎単位・選択応用単位」,その他予備単位の中から適切な単位を抽出して訓練カリキュラムを編成しています。
職務能力の形成段階と範囲および各訓練コースの訓練カリキュラムに設定する訓練単位数の関係はおおむね表1のようにしています。
構成比は,訓練期間ごとに定めている標準の訓練単位数(6月課程32単位・1年課程64単位・2年課程128単位)に対する目安としています。
図4は,職群・職系の中に設定した1つの訓練コースを例とした訓練システムの全体構造を概括的に示したものです。
この図に示すように,単位制訓練方式は,1訓練単位をベースとして,それぞれの職務領域の中で共通的に必要な基礎知識・技能を基礎単位で習得して,その上に選択基礎単位,選択応用単位を段階的に履修することによって職務能力を形成する訓練システムです。
このシステムによる訓練の展開は,どの職系・訓練コースにおいても基本的には同じです。
各訓練コースには,主体的コースとして「標準コース」を設定し,さらに受講者の希望,適性,職業経験等に対応するため,訓練単位の選択・組み合わせによって習得できる「専攻コース」を設定しています。
単位制訓練は,このような専攻コースを訓練単位の特色を生かすことによって複数設定できることから,多様で柔軟な訓練を実現する利点を持っています。
さらに,このシステムでは在職者等を対象として受講者の必要とする知識・技能習得を容易とするため,設定してある訓練単位の中から必要とする単位のみ受講(随時受講制度)できるようにしています。
職群制による専門校化・単位制訓練方式による訓練を効果的に推進するため,職種(科)別の指導担任制を転換して教科分野別に担当する「教科担任制」の指導体制を導入しています。
職種別担任制は,その職種(科)に配置している指導員が学科・実技のすべてを担当する指導形態ですが,本県の導入した教科担任制は,訓練単位を構成するすべての教科の科目を情報処理・機械・自動車等10教科分野・19担当教科に構成し,それぞれの措導員が専門分野別に担当する指導形態です。
この形態は,指導員の専門性を十分発揮できること,技術の進展や訓練ニーズの変化に柔軟に対応できる方法と思いますが,各教科を受け持つ指導員相互の連携を密接にすることが不可欠となっています。
現在,職群制・単位制訓練方式による訓練は,産業技術短期大学校を除くすべての高等職業技術校で実施しています。当校は,情報技術群の専門校として,図5に示す能力開発体系のもとに4職系・11の訓練コース(専攻コース含む)を設定していますが,ここでは,オフィスビジネス系コースについて,実践例の一部を紹介します。
訓練コースは,標準コースとして「経営システムコース」を設定,専攻コースは「OAシステムコース」,訓練単位数は,基礎単位22・選択基礎22・選択応用21単位を設定,その他選択の幅を広げるため,予備単位として22単位を用意しています。
訓練目標に対応する訓練単位の関係は標準コースの場合,図6のように設定しています。
なお,訓練は1訓練単位ごとに完結するように実施していますが,ここではラーニングパッケージ名と構成単位数で示しています。
専攻コースへの進路は,基礎単位履修後に生徒の希望調査で行っており,訓練単位については,上記の単位履修または予備単位から選択しています。
授業は,1訓練単位ずつ完結的に行うことを基本とし,習得の認定は,単位終了時(複数の単位の場合はラーニングパッケージごと)の単位認定テスト(満点の60%以上合格)により行っています。なお,成績は,得点3区分としA・B・Cの3段階で評定しています。
平成4年度から平成6年度にかけて,当校の生徒を対象(延べ368人)に,単位制訓練に対するアンケートを実施しましたが,その結果を参考までに紹介します。
また,認定テストの実施方法は,1訓練単位ごとがよい(51.2%),複数単位をまとめてやるのがよい(42.2%)と答えています。
以上,職群制・単位制訓練方式の概要を紹介しましたが,この方式のすべてが円滑に機能しているわけではありません。特に,単位制訓練は単位の選択・組み合わせによって多様な能力開発に対応できるという特色を持っていますが,受講者の選択が多岐になればなるほど機器の利用法や指導体制から運営上の難しさもでてきます。しかし導入後10年経過した今日,職群制・単位制訓練方式は,本県独自の職業能力開発システムとして完全に定着したと思います。
今後は運営上の諸問題を解決しながら,一層の充実をめざしています。