• ポリテクカレッジ福山(福山職業能力開発短期大学校)  森永智年・京牟禮実・鳥谷部太

1.はじめに

現在の日本の建設分野では,建設市場の国際化,食品・衣料から始まった価格破壊現象の建設分野への到来による建設コスト低減の強い要請など,建設産業のあり方が大きく変化している。その背景として,日本の建設産業は,他産業と比較するときわめて生産性が低いことが問題としてあげられ,従来の建設分野の生産システムのあり方が問題となっている。また,現在の日本の建設分野では,国際化や価格破壊に加えて慢性的な熟練技能者不足が予想され,この種の問題に対応しながら生産性の向上をめざさなければならず,建設分野は,21世紀に向けて本格的な構造変革が急速に進行している。

この建設分野の大きな構造変革に対応した能開施設の人材養成の必要性があると考え,将来の建設分野の構造変化に伴う能力開発施設の今後のめざすべき方向の提案をしたい。

2.建設業界の現状と今後

前述のとおり日本の建設分野では,海外の圧力による規制緩和に代表される国際化や輸入住宅に代表される価格破壊や今後予想される慢性的な熟練技能者不足により,21世紀に向けて本格的な構造変革が進行している。それに対応するために,建築の生産の向上をめざして機械化,工場生産化が進むことが予想される。その結果,建設業の元請け・下請けの関係も変化し,その中でも建設技能労働者間に大きな変化が起こると考えられる。例えば,さまざまな新工法に対応しながら効率的に工事を進めるために,生産メカニズムや機械の構造を理解し,非熟練技能者への指導や不測の事態への臨機応変な対応ができる新しい技能者が必要になる。つまり,「技能」の内容が従来の単能の熟練者から技術の変化に対応して現場工事を進める能力のある多能技能者へと変わることである。この多能技能者とは,「技能」と「技術」の中間的な従来の技能者とも技術者とも呼べない,「技能」と「技術」をインターフェースできる技能者である。

3.雇用のミスマッチ現象

製造業の分野では,自動車,家電製品に代表されるように,円高により生産拠点の海外移転が進行し,製造業労働者の国内の雇用機会が減少している。逆に,今後ますます発展するマルチメディア産業のような情報化サービス分野では,労働需要の不足が深刻になると予想される。その理由は,今後も高齢化現象が続き,65歳以上の人口に占める割合が現在の15%程度から2025年には25%に達し,情報化サービス分野に対応しやすい若年労働者が減少するためである。そこで,空洞化現象であぶれた製造業労働者が情報化サービス分野に対応できれば問題が容易に解決すると考えられる。しかし,実際は,モノ作りに励んでいた人たちが情報化サービス分野へ転職することは抵抗が大きく容易ではない。

つまり,今後景気が回復し,労働需要が求職数と求人数が一致しても,その求職内容と求職者の職種が一致しない産業間のミスマッチ現象が生じ,構造的失業が膨らむと予想される。過去を振り返ってみると,エネルギー政策の転換により生じた炭坑離職者を建設業界が熟練技能者として吸収し,造船不況時は,その失業者を自動車産業が組立工として吸収してきた。しかし,今後においては同様なことが見込めないと考えられる。

今後予想される構造的失業を解決するために2つの方法がある。一つめは,不足する情報化サービス分野に対応する人材を養成することである。二つめは,あぶれた製造業労働者を他の製造分野で求められる人材に養成することである。前者の問題解決方法としては人材高度化支援事業として注目され実施されているが,後者の抜本的な問題解決策は論じられていないように感じられる。

後者の問題解決方法として,あぶれた製造業労働者を,前節で述べた建設産業の今後求められる「技能」と「技術」をインターフェースできる技能者や,要求される体力や技能の習熟期間の短い単能技術者へとシフトできないだろうかと考える。表1は,産業別就業者の推移と見通しを示した表である。建設産業は,今後も住宅・社会資本整備のニーズの高まり等により産業としての拡大が見込まれている。そして,就業者構成比も建設産業は,全体の10%前後の大量の労働者が今後も求められると考えられている。

表1
表1

4.建設産業の今後求められる技能者

図1は,1人1時間当たりの実質労働生産性の推移を示した図である。建設産業は,昭和50年代は生産性が横ばいで推移し,60年代からわずかに上昇しているが,それに比較して製造業は,国際競争にさらされている輸出産業を中心に大きな伸びを示している。現在の建設産業は,国際化の波や価格破壊により低い生産性を是正しなければ生き残れない状況にある。

図1
図1

今後生産性を追求しなければならない建設分野における人材養成は,メカトロニクス分野のような高度化でなく,さまざまな単純な単能(ローテク)の複合化した技能の習得が必要となる。多様化・複合化した技能の習得は,他産業の人材養成と大きく異なるが,これも人材高度化支援事業と位置づけられないだろうか。

現在,建設業界は,現場一品生産で生産性も低く,若者に技能者として魅力のない環境にあり,今後,技能者の高齢化も進み慢性的な技能者不足が予想される。その解決策として,単純で要求される体力や技能の習熟期間の短い単能(ローテク)技能者で建設できる構法の普及が進んでいる。この技能者は,単純で要求される体力や技能の習熟期間の短い単能(ローテク)技能のため,高齢者や女性の活用も考えられる。

このような状況を踏まえると建設産業で求められる技能者は,その多様化・複合化する単能技能を1つに結びつける新しい技能者が必要となる。言い換えると「技能」と「技術」をインターフェースできる新しい技能者といえよう。その技能者の養成を実施することにより,新たな建設労働者の構造変化がよりいっそう進むと考える。

具体的には,鉄筋コンクリートの構築構法は,従来の現場で鉄筋・型枠を加工しコンクリート打設する構法から,部分的に工場製作した部材を工事現場で組み立て,構造的に一体化するために部分的にコンクリート打設するハーフプレキャスト構法が普及しつつある。

この構法に求められる技能者は,従来の型枠工や鉄筋工のような熟練技能者でなく,現場納入時の部材の寸法や規格を検査できたり,部材間のわずかの鉄筋・型枠工事やコンクリート打設工事の検査や指示や作業が可能な技能者が必要となる。

写真1~3は,ハーフプレキャスト構法の一種であるRM構法の工事状況を示す。この工事には,耐力壁や写真1のまぐさ用のプレキャスト部材や写真2の床スラブ用の部材を組み立てる検査や指示,全体の管理能力を持つ新しい技能者が必要となる。写真3は,組み立てられた部材に,構造的に一体化するためにコンクリート打設している状況である。この工事の特徴は,躯体棟梁ともいえるような新しい技能者1人がいれば,他に素人に近い単能技能者4人程度で一貫して躯体工事を進めることが可能な点である。

写真1
写真1
写真2
写真2
写真3
写真3

また,木造の構築構法では,生産性の高い木造枠構法(ツーバイフォー)が急激に普及しつつある。この構法に求められる技能者は,自ら壁パネルを組み立てたり設備器具を取り付ける作業や検査や指示が可能な技術者が必要となる。

このように建設分野における人材養成は,単純な単能(ローテク)の複合化した技能の習得と管理能力を合わせ持つ人材が必要となり,他産業の人材養成と,その様相を大きく異にしている。建設分野の今後の方向性を示した建設省の建設産業政策大綱にも,「技能」と「技術」をインターフェースできる技能者の必要性とその養成が急務であるとされている。

5.建設分野における能開施設の将来めざすべき方向

前述のように,能開施設における将来の人材養成は,二つの方向がある。一つめは,「技能」と「技術」の中間的な従来の技能者とも技術者とも呼べない,「技能」と「技術」をインターフェースできる技能者を排出することである。将来においては,工事管理の職域,技能労働者の職域の明確な分業化は,困難になると考えられる。実質的に技能・技術的な範囲まで守備できる人材養成が求められることになると考えられる。図2は「技能」と「技術」をインターフェースできる人材の方向を表現した図である。

図2
図2

また,二つめには,主に高齢者や女性を対象とした技能の習熟期間の短い単能技能者を排出することである。熟練技能の養成は,建設構法技術の急速な革新に伴いその用をなさなくなると考えられる。例えば,ドイツのマイスター制度のような高度な専門技能者(熟練工)養成は,マイスターの保守性が,大きな変化の時代にはかえって障害になるとさえいわれてきている注1)。

将来における能力開発施設の人材育成は,工事全体を本当の意味で把握・指導ができる人材育成と,高齢者・女性向けの能力開発の対極的な展開が求められるようになると考えられる。

6.おわりに

今後,建設分野に求められる技能者の養成を実施することにより,空洞化現象であぶれた製造業労働者を,過去においてエネルギー政策の転換により生じた炭坑離職者を建設業界が吸収したように,今後急速に進む建設業界の構造変革の波に対応できる技能者として吸収されよう。

その結果,求職内容と求職者の職種が一致しない産業間のミスマッチ現象が少しでも緩和され,構造的失業の解消策の一つになると考えられる。また,今後予想される高齢者社会や女性の社会進出の受け皿として,建設業界がその役割を担うことも可能になると考えられる。

そして将来における職業能力開発施設のあり方もそれに沿うような施設運営を期待したい。

注1):ドイツのマイスター制度が障害になっている例をあげると,マイスターは,それぞれの工程に責任を持ち管理職といえども指示できないほどの重みがあり,報酬も一般の労働者と比較して高額である。自動車産業において生産ラインの自動化が急速に進む中で,そのマイスターの処遇が難しくなっており,大きな変化の時代にはマイスターの保守性は,かえって障害になることがある。

〈参考文献〉

  1. 1) 「労働力需給の長期的展望」,労働省職業安定局編,労務行政研究所.
  2. 2) 「1995年建設産業政策大綱」,建設産業政策大綱研究会編,大成出版社.
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