国際協力事業団(JICA)からの要請により,1994年7月から9月までの期間,南米のパラグアイ共和国に対する電気技術および無線通信に関する技術移転のために短期派遣されましたので,当時を振返りながら,特に無線通信分野についてその概要を報告します。
南米大陸の中央部にあり,ブラジル,アルゼンチン,ボリビアに囲まれた海のない国ですが,首都アスンシオンの西側を経由しながら,国の中央にパラグアイ川が流れて大西洋まで達しており,古くから物流は盛んであったようです。
人口は約400万人,面積は日本より少し大きく,西部はチャコと呼ばれる大草原が広がり,東部は森林丘陵地帯になっており,首都アスンシオンは国土の中央より南部,アルゼンチン側に位置しています。気候は亜熱帯性,年間平均気温は20-24℃くらいですが,冬は14℃,夏は40℃を超すこともあります。
グァラニ族が先住民として住んでいましたが,16世紀にスペインによる統治の後,1844年に独立し以後民主化政策が進められています。言語はスペイン語,農林畜産が主産業となっています。
日本政府からパラグアイ国・司法労働省職業訓練局(S.N.P.P.)に対する技術協力は,1989年に作成された計画に基づいて実施されています。
この計画は,無償資金協力による機材の供与,および電気技術2名,電子技術1名,無線通信技術1名からなる専門家の派遣を伴う技術について作成されたもので,1991年までの3年間は,計画に沿った技術協力が実施されました。
1992年以降は電気・電子技術分野ともそれぞれ1名の専門家派遣となり,無線通信技術については後継者の要請がなされたものの実現しませんでした。今回の短期派遣要請は,現地に滞在している長期専門家の移転業務を補うために電気技術および無線通信技術の分野でなされたもので,電気技術では岐阜短大の小林繁美先生が担当され,筆者は無線通信技術を担当しました。
パラグアイ国からの要請書(A1フォーム)による項目と指定された期間を考慮しながら,技術移転する内容を検討しました。
出発前に,現地の機材やスタッフに関する大まかな状況を調査しましたが,正確に把握することは難しかったため以下のように幅のある分野を設定し,具体的な移転内容は現地の実情を見ながら実施することとしました。
持参する携行機材および単独供与機材としてのテキストや回路部品は,上記の内容に基づいて事前に準備し,供与ずみ機材の活用状況を見ながら一通りの技術移転は可能な状況で出発に備えました。
現地のサンロレンソ校では,最初に無線通信分野のコーディネータおよび全インストラクタとの打ち合わせ全議を開催し,現状と問題点を把握するとともに技術移転の主旨を明確に説明することにより,移転をする側と受ける側とも誤解が生じないように確認しました。
また,協議した中でサンロレンソ校側から無線機に使用されている内部回路の動作原理および回路構成について不明な点があるということで,移転内容に組み入れることとし,主として実技に重点を置きながら予定した項目に従って技術移転業務を実施することにしました。
業務計画の段階では全般的に,項目数および内容は多めに見積もって準備しましたので,基礎項目を含めすべてを消化するには時間数が不足すると考え,実技実習を主体とした技術移転を行いました。
また,移転内容を3名のC/Pに振分けることにより移転作業の効率を高められたため,当初の目標は一通り達成できたと考えます。
無線通信機器の原理,操作・保全についてはすでに訓練コースとして実績をあげており,サンロレンソ校側でも自信を持って指導に当たっています。すべての供与機材は担当責任者が厳重な管理を行っていました。半面,担当者が不在になると使用が難しくなるという弊害も一部にあるようです。
今回の技術移転にあたっては以下の5.2項目との関連で頻繁に活用しました。
周波数解析のための測定器が不足しているので,携行機材としてスペクトラムアナライザーおよび共振型周波数計を導入し,その動作原理・操作方法,応用測定について技術移転を行いました。
スペアナについては,対象周波数帯域が,1MHzから1800MHzであり,無線通信機(1.8~450MHz)・TV(90~600MHz)・CATV(100~1200MHz)・BS放送(1000~1400MHz)と広範囲の周波数解析が可能となりました。
スペアナの使用説明会では,C/Pのみならず無線通信コースの全インストラクタが最も関心を示し人気があった技術移転項目でした。
アンテナに関する理論と実験のカリキュラムも,すでに実施されており大きな問題はないようです。今回は伝送路のマッチング回路として高周波トランスの活用方法および伝送特性の評価方法について技術移転を行いました。
また,送信回路の調整時に不用な電波の発射を防止するために不可欠な,疑似負荷回路を作成しました。送信電力が数100Wともなるとかなりの発熱が伴うため現地で部品の調達が難しいとのことで大変喜んでもらえ,数日後のカリリュラムのなかで早速活用されていました。このような場面を見ると技術移転担当者として大変うれしく思いました。
音声通信に加えてデータ通信を理解するために,データ伝送の仕組みがわかりやすいDTMFのジェネレータとレシーバを製作することにしました。そのため供与機材である無線通信機の送信側の回路解析と付加回路を,また受信側でも,リレー回路により各種の遠隔制御が可能となるよう付加回路を製作しました。
この移転項目は,下記5.5のデータ通信を理解するための事前教材として活用されることを期待しました。
コンピュータ間のデータ伝送に関する知識と,その実現に必要な回路について,ITU-T勧告V.21モデムの回路を製作することにより,ハードウェアの動作原理,接続方法,調整方法等について技術移転を行い,無線通信によるデータ通信の前段階としました。
ソフトウェアについては,基本的な相互通信方式の機能にとどめましたが,プログラム言語については,各C/Pともすでに知識を有しているので,一通りの説明で理解できたものと判断しました。
実施にあたっては,施設内のPBX網を利用しましたが,多機能電話用交換機であったため交換機の機能を調査するのに多くの時間を要してしまいました。
上記5.5により,有線モデムの知識を理解したうえで,無線通信に応用する方法について技術移転を行いました。
V.21モデムは全二重通信方式であるため,クロストーク方式で通信路を確保すれば可能となりますが,施設で許可されている無線周波数は1波(7.7195MHz:教育訓練用周波数で他地域の同等施設間で利用されている)のため,事前に単独供与機材として簡易送信機を数台持参して利用しました。受信用には供与ずみ機材であるマルチバンド受信機を使用しました。
PLL方式についての質問があり,動作原理について解説を行いました。当地においては,スペイン語の参考書や専門書は在庫が少なくまた高価のため入手が難しい状況のようです。質問したC/Pは,本人なりに解説書等で調べたようですが,疑問を解消できずにいたとのこと。回路図をもとに原理と機能を解説したところ,完全に理解できたといって感激していました。後日,スペイン語のテキストとして完成させました。
疑問に思っていたことが,ほんの少しのアドバイスで解決したとのことで,技術移転の一つの成果かなとうれしく思いました。
また,上記5.6の補足として,無線モデムを使用したパケット通信の技術について実習を行いました。予定の期日が迫っていたのと,解説書が日本語仕様のため操作の紹介にとどめましたが,コマンドはすべて英数字のため,理屈を理解すれば操作の点では問題がないと判断しましたので,産業電子分野の長期専門家に継続して技術移転を進めてもらうことにしました。
技術移転を遂行するにあたって,C/Pは経験豊富なインストラクタ(58歳)と若いインストラクタ(33歳および26歳)が選任されましたが,3名とも今回の技術移転の内容については新しい分野のため大変興味を示し,熱心に受講してくれました。当初の確認事項(ア)に従い,相互に理解したうえで移転業務を遂行することができたと思います。
部品等の機材は事前に準備しておいたので,業務遂行にあたって特に問題はありませんでした。
携行機材については,現行の無線通信技術の授業に即応できると判断します。周波数解析に必要なスペアナについては,一連の技術移転を受けたC/P以外のインストラクタも大変興味を示して講習に参加したため,それぞれの受け持ちカリキュラムにおいて活用され,従来にも増して充実した授業内容が期待できます。
単独供与機材では,作成した疑似負荷はすでにカリキュラムの中で活用されており,その他の機材についても新たなカリキュラムの編成に寄与されるものと確信します。
無線通信の技術は,日本においても移動通信の分野でますます需要が高まる分野であり,従来の方式を踏襲しながらも高い周波数の開発が進められていますが,今回の技術移転にあたっては周波数解析技法およびデータ通信関連に焦点を絞って供与機材や携行機材を準備しました。
パラグアイ国においてもコンピュータは広く活用されており,早晩データ通信の技術は必要性が大きくなるため,移転の内容として妥当であったと思います。
受け入れ側の司法労働省の対応は,きわめて友好的であり,特に職業訓練局長をはじめとし,訓練部長,技術部長,経理部長等の幹部職員には,歓待を受けました。また,技術移転施設であるサンロレンソ校における体制も十分に整っており,好感を持ちました。
C/Pに英語を話せる指導員がいたので,時には冗談を言い合う場面もあり,大変和やかな雰囲気で業務を進めることができました。
なお,司法労働省サンロレンソ校のみならず,バラグアイ国の文部省系の職業訓練校(C.E.V)や工業高校(C.T.N)および電気通信省(ANTELCO)の電気通信学園(I.P.T)などの教育機関を見学する機会がありましたが,いずれも日本の技術援助がなされており活発に活動がなされていました。
パラグアイ国の電気通信手段と電話機等の通信機器の普及を考えた場合,無線通信は地方における重要な連絡手段であり,この分野の技術習得の必要性は非常に高いものと思われます。
今後の技術援助にあたっては,きめ細かいアフターケアが必要であると思います。供与機材の中には,故障したり初期段階から不備のものが見受けられましたが,回路図が公開(添付)されていないため修理することができないものがあったり,カリキュラムを継続するために必要な交換部品や消耗品の確保が不十分のものがあります。
また,サンロレンソ校は“個別援助”の形態のため,技術移転の内容が断片的になりがちのようです。今後とも技術援助が継続されるとすれば,総合的な見直しを図ったうえで,職業訓練の体系化を進めながら人材および機材の提供を行えば一層充実した技術協力となると思いました。
最後に,海外技術協力は国家間の行為であるため非常に多くの関係者の綿密な計画のもとに遂行されるものだと痛感しました。短期間とはいえ,大禍なく業務を遂行できたことを,当時の長期専門家である境田益知氏,中井修氏および関係各所の皆様に感謝します。