システムを構築するうえでの基本コンセプトは,開発後に教材として各職業能力開発施設に設置することを目的とし,ハイエンドなGWSではなく汎用のパソコン上で構築し,特殊なVRシステム専用の機器は最小限に抑えることとした。限られた計算機環境と,VR技術の表現力から,どこまで現実的な工作機械等の作業環境を表現し,また事故そのものを表現し得るかを検討するプロトタイプシステムの開発を行った。
計算機本体は90MHzのPentium,メモリ64MBとサウンドボードを搭載した汎用パソコンを使用している。出力装置は大型のディスプレイとスピーカで視覚と聴覚を伝える。液晶シャッタメガネを使用することにより,ディスプレイ表示を立体的に見ることが可能であるが,通常の2次元表示でも問題なく運用できる。
ユーザーの動作を入力する装置としては,通常のキーボードとマウスのほかに6自由度マウスを用いている。
6自由度マウスはXYZ3軸の並進成分と回転成分の入力ができる。ユーザーが仮想世界の中を移動するのに用いる。
物体をつかむ動作や,ボール盤の操作はすべてマウスで入力する。ドリルを持って移動するには,マウスでドリルをドラッグし,モータの起動スイッチを入れるには,マウスでスイッチをクリックする。
ボール盤作業における事故は,当然のことながら穴あけ作業中に発生するが,その原因は作業を準備するロッカー室での着替えの段階から,作業中までのいたるところで発生している。したがって,構築する仮想世界は,作業服に着替えるロッカールームを含む作業室全体とした。作業室の中で,ロッカールームとボール盤周辺に対して仮想世界の構築を行った。
ユーザーは準備作業,穴あけ作業を仮想世界の中で行い,その過程にミスがあれば,穴あけ作業中に事故が発生し,事故はCGと音により誇張されて表現される。
本システムの主役である卓上ボール盤はシステム内のCG表現用に簡略化している。
仮想世界の中でユーザーは,6自由度マウスを用いて自由に歩き回り,マウスのクリック,ドラッグによってドリル等を持ち運んだり,ハンドル操作等を行う。ユーザーの行動は無限の自由度を持つが,ボール盤作業手順の主なものを以下に示す。
工作物をドラッグで万力の所定の位置に移動し,ハンドルをドラッグして工作物を固定する。ハンドル操作における力覚の表現手段がないため,圧力のインジケータをポップアップすることにより,視覚で代替している。
ドリルをドラッグしてドリルチャックまで移動する。本システムでは両手による協調作業を表現できないので,チャックに挿入されれば,手で支持しなくても空中に浮くものとしている。
ドリルを固定するためにチャックハンドルをドラッグで装着し,操作する。万力と同様に固定する力加減をインジケータで表現している。
・物理属性
テーブル上に置いた万力が半分以上テーブルからはみ出して転落するといった現象を表現する場合は次の2通りが考えられる。
物理現象を正確に表現できるのは後者であるが,このような表現形式の枠組みが提供されていなければならない。
・物理現象の自立性
すべての物体に対して一般的に質量,密度,重心,慣性モーメント等をその属性として定義し,物理法則を仮想世界の中で共通規則として定義できることが必要である。
・両手の協調動作
本システムでは1つのマウスによる入力としたが,旋盤やその他の工作機械へ拡張するためには,両手の協調動作表現は避けられない。
・工作物の変形表現
ボール盤は穴あけ作業のため,工作物の外形形状の変化を表現する必要はなかったが,他の工作機械加工では工作物外形が変化するものがほとんどである。これを表現するには,工作物を面の集合体であるサーフェィス表現ではなく,中身の充填されたソリッドで表現し,CADのモデリングで用いられるブーリアン演算の機能が必要になる。
(4) 事故表現
本システムでの表現の対象とする事故とその原因および,それぞれの発生場所の一覧表を示す(表1)。
プロトタイプシステムにより,パソコンベースの限られたVR構築環境で,ボール盤作業の安全教育に必要な表現力を確認することができた。さらに教育器材として発展させていくうえで,備えていくべき機能について検討する。
仮想世界の中で定義されている動作,およびその入力方法はシステム固有のものである。仮想世界の表現対象がきわめて限定されたものであれば,I/Fも単純で理解しやすい。行動の自由度の大きな仮想世界であっても,自然とその操作方法がわかるようなI/Fを備えることが理想的であるが,現実にはどこまでモデル化が行われているか理解させることは非常に難しい。
本システムではかなり多様な動作をマウスの操作で表現しているために,操作方法のガイドライン的な情報が必要であると思われる。一方,あまり詳細に説明しすぎると,穴あけ作業の準備段階でのミスが起きなくなり,教えられた手順通りに動くだけの退屈なものとなってしまう恐れもある。また冗長な説明によって,学習意欲を損なわせる恐れもある。
VRシステムを教育訓練に用いる効果としては,ユーザーの興味をかきたて,半ば遊び感覚で自然に学習できることも,非常に大切な要素である。そのためにポイントを押さえ,かつ落とし穴に入る危険性もはらんだ,簡素なガイドの工夫が重要である。
本システムの終了状態としては穴あけ作業を無事終了して,清掃まで行う正常終了と,何らかの重大な事故が発生し,そこでストップしてしまう場合がある。どちらの場合でもユーザーが自分の動作を振り返って検討できる機能が必要である。事故を起こした場合,何が原因なのかユーザーが理解できなければ意味がない。注意しなければならないポイントごとに各ユーザーがどのような処理をしたか記録し,得点化するような機能でゲーム性をもたせることが,興味を喚起するうえでも有効であると思われる。
また,事故を起こして終了した場合,その原因となった場面にさかのぼって再度チャレンジできるような,リスタート機能も有効である。
(文責:大川祥三・本田雅夫)