大空を自由に飛びたいという願いは有史以来人間の持つ願望である。飛行機というマシーンの発明により人間は3次元空間を手中に収めたが,『鳥のように自由に』という,さらなる願いはパラグライダーという「布袋」によって達成された。
大空に悠然と舞い上がったパラグライダーの群生を眺めていると,キャノピー(翼体)を透かして太陽のカクテル光線が眼に飛び込んでくる。その色鮮やかなカラーデザインに心を踊らされるが,大きく羽ばたいた翼の形体がそれぞれ実にユニークな形状をしていることに気づかされる。
パラグライダーの原型は,もともと,飛行機から脱出するための,あの円形のパラシュートであるが,着地点への正確性を期するために,いろいろな方法でパラシュートに操縦性を与える試みが軍事的になされてきた。特に「NASA」では人工衛星の回収用パラシュートとして,この布袋による「ラム圧を利用したパラシュート」の基本形を完成し特許を有している。そして,これを平和的なレジャー用としてさらに発展させたものが,現在のパラグライダーの姿である。
パラグライダーの名の由来は,「滑空性能を持つパラシュート」の意味であり,当初はスカイダイバーたちにより愛用された。一般的なスカイスポーツとしての流行の契機は,フランスの冒険好きなアルピニストたちによる「アルプスの山項からふもとまでパラシュートで一気に下山しよう」という,危険この上ない発想と行動力であった。これが今から14年前の1983年のことであるから,パラグライダーというスカイスポーツはまだまだ発展途上であり,デザイン的にも今後いろいろな提案がなされてくると思われ,大変興味深い分野である。
このパラグライダーがわが国に紹介されたのが1984年,今から13年ほど前であり,その草分け的存在である北九州市在住の小林正登氏との出合いによって,筆者もパラグライダーを始めることになった。小林氏はソアラ,ファイナル,コスミック,ドルフィンなどの国産機の設計・製作を手がけるかたわら,インストラクターとして,数多くのフライヤーを育ててきた経歴の持ち主であり,今なお,北九州の平尾台にあるイーストバレーにおいて,SSAパラグライダースクールを開き現役として活躍している。
初期におけるパラグライダーのキャノピー(翼体)のデザインはスクエアタイプ(矩形)が多かった。これはちょうど「風呂敷」を二つ折りにして,これをミシンで袋状に縫いつけ,折り返しの部分に人間の頭大の数個の穴を横一列に開けたようなものである。この穴をエアーインテイクと呼び,飛行中キャノピーの空気の進入口となる。これにライザーと呼ばれる細い紐を数十本つけて,ハーネスと呼ばれる腰掛けに固定する。これに人間が座り空中を飛行するというきわめてシンプルな乗り物である。
サイズとしては,平均体重者用(60kg)で,キャノピーの投影面積が約24㎡(2mX12m)である。左右への方向転換はキャノピーの末端にあるコントロール用のブレークコードを強く引くことで,飛行機のフラップのような状態を作り出し,このフラップによる空気抵抗を利用して,左右の旋回力を得る。
キャノピー,ライザー,ブレークコード,ハーネスというきわめて単純な4つの部品を結合させることにより,人間は大空を鳥のように自由に飛びまわることが可能となった。これがパラグライダーである。
もしかしたら,かの有名なレオナルド・ダ・ビンチもこの構造をアイデアとして持っていたかもしれない,と思わせるような単純な機構である。
空中でのパラグライダーの浮力は次のようにして得られる。まず,このキャノピーが前進することによって,エアーインテイクから空気が入り込み,逃げ場のない空気によってキャノピー内のラム圧(空気圧)が上昇し,翼形に膨らむことになる。
次に,この膨らんだキャノピーが飛行機の翼と同様の原理で揚力を発生するのである。よって,このパラグライダーが空中で止まるようなことになれば,キャノピー内のラム圧は失われ,もはや,翼の形状は保てなくなり,ただの大風呂敷と化してしまうことになる。このようになると,パラシュートの役目さえも果たさなくなり,猛スピードで降下を始める。この現象を一般的に「墜落」という。
このようなことから,パラグライダーのデザインとは,いかにしてキャノピーを速く前進させ,最大揚力を確保する翼形を作り出すか,ということに尽きるわけである。
このように,風を切ってできるだけ速く前進することが非常に大切となるが,機械的な推進力を持たないパラグライダーでは,この前進するエネルギー源は人間の体重だけである。よって,体重計が恐い人ほど理論的には有利になる。肥満体の人にとって,これほど適したスポーツは他には相撲だけではなかろうか。
いま,体重と装備重量をキャノピーの投影面積で割ると,
(60kg+20kg)÷24㎡=3.3kg/㎡
となる。この値を「翼面荷重」という。この値が大きいほど空中でのキャノピーはつぶれにくくなり,強風に対する安全性が高くなるわけである。
しかしながら,翼面荷重が大きいほど,強風時の安全性が増すことになるが,逆に,微風時の沈下率が大きくなり,飛行距離が伸びなくなり,滞空時間も短くなる。
例えば,同じ面積のパラグライダーに小錦関と舞の海関が乗っている状態を思い浮かべると,だれしもが,舞の海のほうが有利と思うに違いない。たしかに,無風状態では小錦よりも舞の海のほうが遠くまで飛ぷことになるだろう。しかしながら,強風下では舞の海は,目的地とは反対の,山の後方へ押し流され,大けがをすることになり,軍配は小錦に上がることになる。
このように,パラグライダーというスポーツは,自分の体重に合わせてキャノピーのサイズを選ぶことが基本となり,安全性の面から最も大切なことになる。
パラグライダーの前進力を妨げるものは抗力である。すなわち,進行方向に対するキャノピーの投影断面積による空気抵抗である。この抵抗力を少なくするためには,キャノピーの迎角を小さくすればよいことになるが,キャノピーの迎角を小さくすると揚力が減少し,沈下速度が大きくなるのであまり得策ではない。
さらに,飛行中のキャノピーは癖の悪い,いろいろな風に遭遇する。突き上げ風,抑え込み風,横風,…etc,まるで世にいう中間管理職のごとく,部下からは突き上げられ,上役からは抑え込まれ,あげくの果ては,女房から横槍で刺されるという,世間の冷風に翻弄されることになるわけである。
性悪風に巻き込まれたパラグライダーは,下からの突き上げに耐え,横槍風はかわせても,上からの抑え込み風にはめっぽう弱い構造である。この傾向もまた,中間管理職と同病相哀れむ,の感がする。
性悪風によって抑え込まれたら最後,キャノピーが前のめりに折れ込み,翼形が崩れ,浮力をなくして墜落の憂き目にあう。これをAストールといって,フライヤーが最も恐れる現象である。
抗力を少なくするもう1つの方法は,キャノピーの厚みを小さくすることである。しかしながら,厚みを小さくすると,骨というものが全くなく,布の袋に入った空気のラム圧によって,翼としての強度を支えているキャノピーは極端に弱くなってしまう。
この結果,力学的に左右の翼端が下がり,キャノピーの形状が,全体的に円弧に「しなり」を持ってくることになる。しかも,翼端を尖らせたテーパ翼ではこの傾向はさらに強くなる。そして,この「しなり」が大きくなればキャノピーの投影面積は減少し,揚力はさらに落ちることになる。
このようなことから,デザイン的にキャノピーの抗力を少なくするには限界があり,この構造がパラグライダーの前進スピードを抑制している。通常ではパラグライダーの対空速度は時速40㎞程度であり,対地速度は風の方向とパラグライダーの進行方向との相対関係によって決まることになる。
このように,揚力的に損失の多いテーパ翼をあえてデザイン的に採用する理由の1つは操縦性をよくするためである。テーパ翼は空中でのコーナリング性能が極度によくなり,この結果,飛行中において「サーマル」と呼ばれる上昇気流を捕らえやすくなり,滞空時間を稼げるというメリットがでてくる。また,小回りがきくので着地ポイントを正確に捕らえることが容易になる。
しかしながら,コーナリングがよいということは,自動車に例えるならば,普通免許でF-1に乗っているようなものであり,オーバーコントロールにより,「失速」や「きりもみ」状態などに陥りやすくなる。これに対処するためには,かなりハイレベルな操縦技術が必要となる。
また,たとえ大金を投じてパラグライダーのF-1である「コンペ機」を手に入れたとしても,簡単には競技会で上位には食い込めない。大会で勝つためには,己が鳥になったような自己暗示をかけ,風の流れが見える特殊な目と,風の乱れがわかるデリケートな感性と,命を惜しまない無謀な闘魂が必要な世界である。
このように,パラグライダーのデザインは機体の性能特性に密接に関連しており,ミリ単位の変更が人命を左右することになるといっても決して過言ではない。このような特殊デザインの世界では「みてくれの美」の入り込む余地などは皆無となり,大空を飛ぶ鳥たちの翼と同様に,完璧な「機能美」の世界である。
パラグライダーには練習用の「初級機」から,競技用に作られた「コンペ機」に至るまで,各種のデザインが存在する。一般的に初級機ほど翼が厚く,エアーインテイクが広く,スクエアタイプに近いデザインが採用されている。この結果,風に対する感受性が鈍くなり,スピードは遅く,滑空比も悪くなり,滞空時間は短くなるが,オーバーコントロールによるキャノピーの動揺が少なく,安全性が増すことになる。まだまだ死にたくないと思っている「サンデーフライヤー」には,うってつけのデザインといえるかもしれない。
パラグライダーというスカイスポーツが考案されて以来この14年間,いろいろな国で滑空比と安全性の追求から,さまざまなキャノピーのデザインが試みられた。デザイナーたちは滑空比を上げるために,安全性をある程度犠牲にしたデザインを行いながら,より完全なパラグライダーを目指して努力してきた。
この結果,昨今では翼端が尖っているテーパ翼で,キャノピーの断面積が薄く,小さなエアーインテイクを数多くつけるというデザインが主流となっている。一般的にこのような機種を「スポーツ機」と呼んでおり,ちょっぴり欲のあるサンデーフライヤーたちの人気を集めている。
現在では滑空比が10という,驚異的ともいえる高性能機まで登場している。
滑空比10とは無風状態で滑空したとき,1mの高度差で10mほど前進する性能を意味しているが,ちなみに,グライダーの滑空比は約50であり,ハンググライダーの滑空比は15程度である。これらに比べるとまだまだ改良の余地は残されているようにも思える。
しかしながら,パラグライダーが現代のデザインにたどり着くまでには,数多くの研究,試作,テスト飛行,そして犠牲者が存在することも忘れてはならないのである。
サーマルの上昇気流の中に入り込むことをサーマルソアリングといい,フライヤーたちが空中で血眼になって探している「宝物」である。これは神出鬼没的なところがあり,今目の前にあったものが風の影響ですぐに消えてしまうことがある。
そして,この宝物である空気の泡「バブル」は,たとえ運良く探し当てたとしても,すんなりとは手に入れることができないようになっている。サーマルの周りは気流の乱れが激しく危険地帯である。言ってみれば地雷原の中に置かれた宝箱を取りに行くようなものである。
しかしながら,コンペ(競技会)ではこの地雷原に踏み込み,運良く宝物を手に入れた者に勝利の女神が微笑むことになる。そして,数多くのフライヤーが勝利の女神から見放され,バブルのはじけによって,そのまま病院へ直行する羽目になったことも事実である。これもどこかの国の社会現象と似ているような気がしてならない。
パラグライダーがスポーツ競技である以上,だれしもが相手よりも,より速く,より高く,より遠くまで飛びたいという気持ちを持つのは当然である。
また,デザイナーがこれに応えるため,安全性を犠牲にすることも,また道理かもしれないが,失うものがあまりにも大きすぎはしないだろうか。
やはり,われわれ死にたくない「サンデーフライヤー」にとっては,パラグライダーのデザインは安全性と性能のバランスのとれたものがベストであると思われる。
しかしながら,100%安全保証された乗り物はこの世の中にはないわけで,よく,「死にたくなければ乗るな」と言われるが,何度死ぬような目にあっても,また乗りたくなるところがパラグライダーの魔性的な魅力である。何事もなくパラグライダーをきっぱりと辞めた,というフライヤーの話はいまだかつて聞いたことがない。足の2,3本も折れたとき,パラグライダーを辞め切れるかどうかが,生きるか死ぬかの分かれ道となる世界である。といえば,ちょっとばかり,言い過ぎではあるが,どんな無謀なフライヤーでも生命は惜しいらしく,むだな抵抗だと思いつつも,緊急用のレスキューパラシュートをちゃっかりと携帯しているものである。
もしも,上空でパラグライダーがつぶされ,大風呂敷と化したとき,この緊急用のレスキューパラシュートのお世話になるわけであるが,パニック状態で墜落していくとき,はたして,どれだけのフライヤーが,沈着冷静にレスキューパラシュートを開くという行動がとれるかが問題である。
たとえ冷静にレスキューパラシュートをパックから取り出し,空中に放り投げたとしても,これが完全に開花するまでには,およそ100mは落下するといわれている。すなわち,対地高度が100m以上なければ,全く用をなさないものであり,亡骸を包み込む風呂敷と化すことになる。
よって,レスキューパラシュートは多くのフライヤーにとって,あくまでも「お守り」的存在でしかないことになる。
これはちょうど,グループ保険に入っているようなものであり,お世話になるとは信じてないし,なりたいとも思っていないわけであるが,まかり間違ってお世話になるときがきたなら,これは地獄の「もがき」である。
それがわかっていても,やはり,レスキューパラシュートを持って飛ぶのが人間の心理である。