• ポリテクカレッジ北九州(北九州職業能力開発短期大学校)
  • 機械システム系 姫野 賢治・八崎 透・木下 七生
  • 電気・電子システム系 富田正昭

1.はじめに

職業能力開発短期大学校は職業能力開発促進法により地域における生涯職業能力開発の総合センターとして位置づけられている。短大がその役割・機能を果たしていくためには,これまでの専門課程の訓練の充実に加えて在職者訓練を高度化し,中小企業における事業の進展に対応した業務の再構築を図る必要がある。

今回2ヵ月間にわたり大卒新入社員に対する能力開発セミナーを実施したので,機械系社員を中心としたセミナーの取り組みについて報告する。入校式を写真1に示す。

写真1
写真1

2.相談援助内容について

平成7年の6月頃より,H社から,当施設で大卒新入社員の能力開発教育を行ってほしいという相談があった。H社の福岡県における研修計画対象人数は,機械系が20名,電気・電子系が28名であった。H社では当短大と打ち合わせを始める前にポリテクセンター八幡にも相談しており,いずれかの施設または両施設での研修を考えていたようである。ポリテクセンター八幡との協議の結果,施設・設備等の関係で研修員全部を一施設で受け入れることはできないため,機械系,電気・電子系とも半数ずつを受け入れるということになった。

3.大卒新入社員教育受け入れの基本的な考え方

雇用促進事業団は生涯能力開発を確固たるものとするために,平成6年度から,事業主団体方式による事業を進めてきた。この方式は,平成7年度から,人材高度化支援事業として同じ理念で引き継がれ,制度化されたため,今後はさらに積極的にこれを進展させる必要がある。このことからも短大の地域における人材高度化支援の立場を強化し,在職者に対する高度な職業訓練の拡充を図るべく,具体的な対応策を進めることが求められている。

現在までに福岡県金型研究会ならびにインテリア産業協会が人材高度化支援事業の団体に認定されたため,これまでの専門課程の訓練に加えて,高度な在職者訓練を充実しなければならなくなった。今回のH社のように,長期にわたる平日の能力開発セミナーを行う機会が,今後はさらに増えるものと予想される。今回のセミナーはこのような状況をいかに打開していくかを調べる試行にもなった。当初は専門課程の学生がいるため,平日に,しかも長期に及ぶ能力開発セミナーを実施することはきわめて困難であろうと考えられたが,近時の社会情勢やその対策としての能力開発の緊急度を考えれば,議論の時期はすでに過ぎているものと判断し,まずは行動を起こすことにした。科や系の応援体制の約束も得られないままにスタートせざるを得なかった。しかし,「とにかくやろう」「乗り切ろう」という気持ちが皆を引っぱり出し,この困難を乗り切らせたといえよう。

さらに雇用促進事業団は勤労者に対して職業能力開発というサービスを提供する機関であり,その内容が問われている。短期のセミナーより,長期のほうが「品質」の評価も明確になってくるため,今回のセミナーはそのサービスの「品質」を確かめるよい機会でもあった。この「品質」の中には,第1にセミナーの内容そのものが含まれるし,第2に職員の対応(直接スタッフのみでなく間接スタッフも含まれる),第3にセミナー実施設備・環境等があり,諸々のものが「品質」として評価される。多くの「品質」に少しでも評価が低いものがあれば,全体の評価を下げることになるため,早急に対策を施さなければならない。今後はさらに企業・勤労者と接する機会が増え,また施設を利用してもらう機会も増えると予想されるため,「品質」の高品位化を目指した不断の厳しい努力が不可欠である。

4.H社の能力開発方針

H社の業務は「技術サービス業」といわれ,機械,電気,自動車,造船等の大企業の開発,設計などのプロジェクトを全国規模で請け負うという新事業である。プロジェクトのコア部分だけを請け負うこともあれば,基本設計から商品化まで新製品開発プロジェクトを全面的に請け負う場合もあり,単なる人手不足解消の「派遣企業」ではない。

会社の性格上,社員の技術力はもとより人物評価も重要な要素になるため,社員の教育には力を入れている。「責任を持って仕事をする」「責任を持って仕事をする社員を育てる」ということがH社にとって大きな命題となっている。社内における投資も器材,施設に対してではなく,その大部分を人材に対して行い,年間売り上げの約1%という大きな額を社員教育費に充てている。具体的に言えば,各種セミナーの受講や資格取得を奨励し,これらにいろいろな費用の助成をしている。

H社も自社の研修施設を持っているが,最近は採用人数が多くなり対応ができないようになった。そのためポリテクセンター関東,ポリテクセンター京都等の施設を借りて,自社によるセミナーを実施した時期もあったが,研修そのものをもセンターに依頼するようになり,その結果に満足しているようである。

H社側の工科系大卒新入社員に対する「要望」は,学生時代の基本的な学習は認めるが,「技術サービス業」という立場から再度,基本から応用までを再認識してもらいたいということである。機械系の社員に対しては以下のカリキュラムが与えられている。

「機械製図に関する専門的な知識の習得」

「汎用機を利用した機械加工」

「機械設計製図」

「2次元CAD」

「機械製図(スケッチ製図)」

「生産システムの自動化技術」

「モータの駆動技術」

まずは,製図関係の専門的知識を再認識させ,次に,設計製図を行わせ,その設計したものを汎用機で加工させて,図面の表現を確実なものにする力をつけさせることが目標である。すなわち,自分で設計したものが正確に組み立てられるかどうかを,自分で加工したものを通して,肌で感じさせることをねらっている。最近の企業ではCADは必要不可欠なものであり,この使い方,応用の考え方を理解させておく必要がある。もの作りの基本がわかれば,今度は組立図から部品図を作成する方法を学ばせるため,実機をスケッチして図面化することを学習させる。

機械技術者にとっては機械分野のことがわかれば,次には電気・電子の分野のことも知っておく必要がある。まず自動機・専用機の制御によく使われるシーケンス制御と電気空気圧技術はぜひ学習しておかなくてはならない。次には,駆動源としての各種モータの動作原理・駆動方法・制御方法を学習しておくことも大切である。

5.短大における能力開発計画

一般民間企業における大学卒新入社員教育は,独自にいろいろ工夫されており,多岐にわたっている。一般的には,まず学生時代とは違うという区切りをつけさせることから始め,その後に会社の歴史・概要等から,仕事をするうえでの必要な専門教育・実習ならびに接遇等の諸々必要なカリキュラムを与えている。

当短大はその中の専門教育・実習の部分を担当した。H社の基本的な考えに沿い,しかも4月から5月の2ヵ月にわたるセミナーを担当するに当たって,専門課程の運営その他になるべく支障のない形で実施する必要があった。いろいろな試行錯誤の結果,H社の要望を満たしたものとして,表1に示すようなセミナーを行うことができた。

表1
表1

6.実践結果

セミナーの運営に当たっては,基本的には,1人の講師が1講座を担当するように計画した。ただし,「直線運動機構の製作」では旋盤,フライス盤等を使って部品を加工することになり,安全面の問題もあるため,2名を配置した。

今回のセミナーでは図面の見方から始まり,設計,もの作り,CAD,シーケンス制御,モータの駆動を勉強させた。この流れの根底には,図1に示す「直線運動機構」を作り,使えるようになることを意図している。

図1
図1

今回は,図中のリミットスイッチ部,フレキシブルカップリングならびにモータの3点は取り付けられておらず,手でハンドル部を回転させるというところまでしか作られていない。今回の受講者も自分が作ったものが動くという喜びを味わうことができたが,さらにモータで動かすこともできるという状態までは体験させてやりたかった。次回には,要望があれば自動的に動くよう設計したいと考えている。

7.考察と結論

短大では研修の終了日に全セミナーについてアンケートを実施した。この中では,研修内容の理解度,有益度,資料,時間数ならびに研修教室の状況から控え室・食堂等の福利厚生施設についても受講者に答えてもらった(アンケート結果を図2から図8に示す)。

図2
図2
図8
図8

一方H社側では技術社員週報(日報)を,進捗状況報告という形で毎日提出させている。短大側でアンケートしたものより詳しい。「よかった」「うれしかった」とか「悪かった」等がはっきり記載されており,それぞれのセミナーの評価・施設設備・その他のことがよくわかる資料である。また,講師は1週間つきっきりで受講者に接するため,講師の性格もこの評価の中に反映され,いかにしたら快くセミナーを受講してもらえるかということも判断されるものと考えている。

アンケートの結果は次の6点にまとめられる。

  1. ① 研修の理解度・有益度は「非常によく理解できた」ならびに「非常によく役に立った」
  2. ② 教科書等の資料の難易さは「適当である」
  3. ③ 研修時間については長すぎたセミナーもあり,また短すぎたセミナーもある
  4. ④ 研修教室の環境は「適当である」
  5. ⑤ 食堂については「狭い」「食事の種類が少ない」という意見があった
  6. ⑥ その他,研修への意見としては「感謝する」という意見が大部分であったが,かなり厳しく指摘された部分もあった

2ヵ月間にわたるセミナーの総合評価としては「まあまあ」というレベルではなかったかと思われる。この研修時期は4月・5月という気候の良い時期であり,時期が違えば異なる評価が出たかもしれない。長い期間研修を行うにはすべての評価を上げるべく努力しなければならない。団体方式が軌道に乗り,かなりまとまった人数の受講者と行動を共にして,いろいろな角度からの評価をもらうことができた。この評価を真摯に受けとめて,今後のセミナーを改善していきたい。

8.おわりに

「やったー,直線運動機構が動いたぞ。一番乗りだ」という声も聞いた。「先生,自分が作ったこの直線運動機構をいただけないか?」という問いかけもあった。「配属が決まりました。パスポートを取れといわれました」という報告も受けた。こういう声を聞くと苦労が吹っ飛ぶ。いくぶんかでも彼らのために役に立ったかなとうれしさも湧いてくる。修了式後のミニパーティを写真2に示す。多くの人に雇用促進事業団の名前を知ってもらいたいし,また広めてもらいたいと思う。たぶん今頃は配属先の企業で頑張っていることであろう。セミナーを活用してくれることを期待しながら,皆の飛躍を祈りたい。

写真2
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