ポリテクカレッジの特色は物作りにあるとの認識から卒業研究/製作のテーマ選びをしてきたが,今年もこの線に沿って選んだテーマが「コンバート電気自動車」(以下「EV」という)の製作である。ここで製作するEVの性格は,単なる実験のための車両ではなく,市販のガソリン自動車をコンバート(ガソリンエンジンの動力機構を取り外し電気モータ動力に変える)し,はじめから街中を走行できる実用車をめざした点にある。運転を除いては自動車のメカニズムに触れるのはほとんど初めてという電子技術科の6人の学生のEV作りについて述べることにする。
意外と思うがその歴史はガソリン自動車と同じ程度に古く,19世紀の終わりまで遡ることができる。最初のEVが発明されたのは1873年(明治6年)である。そしてガソリン自動車はそれより13年後の1886年(明治19年)の発明である。この時代,EVの速度はガソリン自動車より速く,速度記録はもっぱらEVによるものであった。20世紀に入ってガソリンエンジン技術が飛躍的に進歩した一方,EVの動力源である電池の性能向上が思うようにいかなかったためEVは衰退していった。わが国においては第2次世界大戦後,石油燃料の不足からEVが作られた時期があったが,ガソリンの供給が増えるにつれ再び顧みられなくなっていった。
その後,昭和40年代に入ると公害問題が発生し,自動車の排気ガスによる公害が大きな社会問題となった。このような情勢下,自動車メーカ各社はこぞってEVの開発を始めた。一方通産省もこうした動きを受け本格的な開発にのり出した。昭和46~51年までの6年間に57億円が投入されたいわゆる「大プロ」大型工業技術開発制度の適用である。この計画には国内のほとんどの自動車,電機メーカが参加し,さまざまな車が開発された。その成果は,小型乗用車では最高速80㎞,時速40kmの定速走行における一充電走行距離が455kmという記録を出した。EVの大プロが終了した時点で日本の自動車は排ガス規制を乗り越えられる見通しがたち,EVの本格的な開発は打ち切られた。その後,昭和50年代の厳しい排ガス規制により改善されるかと期待された自動車による大気汚染は,一酸化炭素については効果がみられたものの,人の健康への被害が懸念される窒素酸化物や浮遊粉塵の濃度は一向に減らず,横ばいか漸増気配をみせている。
そしていま再びEVが注目されつつあるのである。EV(電気自動車)が発明されてちょうど100年となる1998年,アメリカ・カリフォルニア州でZEV規制(Zero Emission Vehicle)がスタートする予定だが,当面排ガスのない自動車となるとEVしか見当たらない。一方わが国の自動車による大気汚染はさまざまな対策が講じられ効果は上がっているものの,自動車の台数も増加しているので,完全な解決には至っていない。
表2に示すとおり,ガソリン自動車では原動機(ガソリンエンジン)を安定に作動させるためにさまざまな補機類を必要とする。一方,EVでは原動機(モータ)系が簡単,そのうえ排ガスが「ゼロ」である。
コンバートのために用意した車両は昭和58年式トヨタカリーナSTである。2ドアのクーぺ型,ハッチバックのためバッテリの積載などにも都合がよい。一般にコンバートEVに適した車の条件として考えられる点は,
① フロントエンジン,リヤドライブのいわゆるFR車であること。
これがFF車だと主要な装置がすべてエンジンルームに集中しており,モータのレイアウトなど手作りレベルで扱うには難しくなる。
② セダンに比ベハッチバックが都合がよい。
ハッチバックでは後部座席とトランクルームが一体化しており,バッテリの搭載(重量配分を含め)に都合がよい。ことにここで用いたカリーナST1500㏄エンジンは1800㏄エンジンを搭載できるスペースをもっていたので,コンバート作業上好都合である(写真1)。
卒業研究/製作について科内ガイダンスが終わった後,EVをテーマに選んだ学生は6名であった。現代っ子は車好き,それもかっこいい車,そして皆なかなかの評論家ぞろいであるが,時代を反映してか汚れ作業の経験者は少ない。しかし取り扱うのは模型ではない自重1トンの実車である。安全に作業を進めていくために,作業場所の確保,エンジンやトランスミッション等の重量物をつり上げるリフトの手配,部品取り外しに使用する工具類,さらに作業衣,安全靴など用意しなければならない。そこで表4に示す作業計画を作成し,計画に沿って作業が始まった。
一言で言えば「ガソリンエンジンを動かすために必要とするいっさいの部分(品)を取り外し,そのあとにEVに必要な部分(品)を取り付けること」につきる。そこで実際に取り外す部分とその順序を列記する。
A ボンネットを取り外した後
1)エアクリーナ系統を取り外す
2)ラジエータ系統を取り外す
3)エアコン系統を取り外す(写真2参照)
ここまで外し終えたらエンジンルームはそのままに,
B 車両をリフトアップする
オートリフトがあると立ったまま作業ができるので好都合だが,簡便な方法としてはガレージジャッキで車体を持ち上げ,前後車軸を高さ50~60㎝のリジトラック(通称うま)で支えれば十分作業をすることができる。本校にはオートリフトの設備はないので後者の方法をとり,作業者は寝板を用い車体の下にもぐり作業を行った。
4)車幅灯,前照灯,制動灯,番号灯,方向指示灯,警報器以外のワイヤハーネスを取り外す
5)排気系統を取り外す
6)燃料タンク,配管を外す
7)プロペラシャフトを取り外す
8)トランスミッションとエンジンを切り離す
9)エンジン本体を取り外す
10)後部座席を取り外す
こうして取り外した部品の重量は以下のとおりである(写真3参照)。
キャブレータおよび付属品 12.6kg
ラジエータ,エアクリーナ 13.8kg
ガソリンタンク 15.3kg
排気管,消音器 19.2kg
エンジン本体 120.0kg
後部座席 17.5kg
計 約200kg
車両重量 1000kg
取り外し部品総重量 (-)200kg
800kg…A
EVにコンバートするために新たに取り付ける部品等
モータ 75.0kg
バッテリ16kg/個×20個 320.0kg
バッテリケーブルと端子 14.5kg
コントローラとクーリングフィン 12.0kg
DC-DCコンバータ 2.0kg
サーキットブレーカ並びにコンタクタ 2.0kg
バッテリケース(前後) 20.5kg
合計重量 446kg…B
コンバートEV重量A+B 1246kg
新たに取り付ける主な部品は,モータとバッテリである。
実用車をめざしたので,十分な出力が取り出せるコンバートEV専用モータを使うことにした。国産の市販品が見当たらなかったので,米国アドバンスドDCモータ社製を購入使用した。このモータの主要諸元は次のとおりである(写真4参照)。
入力電圧:120~150V DC
最高出力:34kW(約46PS)直流直巻型
大きさ:φ230×L400mm
重量:75kg
現在EVで一番の問題は,重いバッテリをたくさん積載しなければならない点である。これがEVの「重い」「遅い」「走らない」の原因になっていることも事実である。将来軽くてパワフルなバッテリが開発されれば,EVの性能は飛躍的に向上するに違いない。今回は入手が容易でメンテナンスも不要な密閉型鉛バッテリを用いることにした(写真5参照)。1個の容量は12V,38Ah,大きさは奥行き×横×高さがそれぞれ199×167×172mm,重量は16kgである。これを20個直並列に接続,120Vとし,コントローラを介してモータに電力を供給する。またこのようにたくさんのバッテリを積載するについて,次の4点を考慮する必要がある。
ことに③については,図1に示すように320kgをおおむね二等分して車体の最前部に8個,後部座席を取り外した跡に8個,座席の後側に4個配列することで前後車軸にかかる荷重の均等化を図った。
ガソリンエンジンをモータにコンバートするには,まずモータ軸とフライホイール,クラッチ軸とを一直線に継がなければならない。強度計算したうえで設計(図2,図3),製作したつなぎ(カップリング)を写真6,写真7に示す。次にモータをミッションケースに固定するためのハウジングを作る。製作法の1つにアルミ合金ブロックを寸法に合わせ削り出すとよい製品ができるが,図面作成,加工と専門家の手に委ねなければならない。そこで今回は鋼板と鋼管を用い,溶接で製作した(写真8)。これなら機械加工が初めての学生にも製作可能である。中心を出すまで何度か調節を行い完成した。
これをミッションケースにボルトで取り付ける(写真9)。ここでモータシャフトをカップリングに挿入し,キーで固定する。次いでハウジングにモータをボルトでしっかり取り付ける(写真10)。ハウジングに取り付けられたモータはミッションケースと一体になったわけで,ミッション側,モータ側双方で車体にマウントされる。モータクランプをエンジンマウントに取り付ける。金具を写真11に示す。ここまでくるとガソリンエンジンからモータへのコンバートは一段落する。
EVカリーナの主回路を図4に示す。
バッテリ20個は7.2で述べたとおりの位置に取り付け,ケーブルで直並列に接続される。接続用ケーブルには電気溶接ケーブルを用いる。作業の安全を図るため,作業者は必ず絶縁ゴム手袋を着用する。
コントローラ,シャント,ブレーカ,DC-DCコンバータ,アクセル(ポテンショメータ)などは,モータの上部に取り付けた木製の箱(335×810×90,写真12)の中に固定した後,配線をする。
以上,コンバートEV(電気自動車)の作り方を卒業研究/製作の立場で述べてきた。はじめになぜ電気自動車なのか考えつつ作業を進めてきたが,ようやく完成しようとしている。20世紀は石油の世紀であり石油をめぐって世界が動いてきた。ガソリン,ジーゼル自動車もその中で生まれ発展してきた。今日われわれの生活は自動車なしでは成り立たない。一方で大気汚染,騒音公害,温暖化など地球規模での環境破壊が問題になってきている。これらの原因のすべてが自動車にあるわけではないが,自動車に起因する部分も少なくはない。
こうした状況下でのいま,EVなのである。EVの静かで滑らかな加速感,1次エネルギーを原油としたときのガソリン自動車に比べたコンバートEVの効率のよさ,内燃機関を用いた自動車にない数々の新しい技術的可能性など,考えるとEVの興味はつきない。自動車メーカをはじめ多くの研究機関で優れたEVが開発されている一方,底辺の技術の広がりと人々の関心こそ今後の発展を担う力になり得るものと考えている。学生たちの卒業研究/製作のテーマに選んだ理由もそのへんにあるのである。