• ポリテクカレッジ北九州(北九州職業能力開発短期大学校)副校長  花田  登

1.はじめに

国の経済・社会が安定して発展していくためには,人の教育・人材開発が最も重要であることは,多くの人の認めるところである。

私は,この機会に,まず日本の職業能力開発施設の最新の現状を私の勤務する北九州職業能力開発短期大学校(以下,「北九州短大」という)を通して紹介する。次に国の人材教育・国際協力との関連において,日本(JICA)とブラジル(SENAI)との人づくり協力に基づき実施したSENAI/SP製造オートメーションセンタープロジェクトにおけるプロジェクトリーダーとして携わった私の経験を報告する。

このプロジェクトは文化の違いにかかわらず,両国民の愛と真心によって,当初の目標をはるかに超えて多くの成果を収めた。今日両者は情報交換システム等,将来に向けて一層の協力と交流を深めようとしている。これらの報告をもとに,私は,発展途上国における人づくりおよび日本の職業能力開発分野における人づくり国際協力のあり方について1つの提言を試みたい。

2.日本の職業能力開発の最新の現状

日本は,工業の発展,産業構造の変革に伴って,職業訓練の訓練職種,内容,対象等の法律を整備し,改変してきた。日本の職業訓練施設には,国費施設,県立等の公立のものと民間企業が設置している私立のものがある。以下国費施設について述べる。国費施設の指導員を養成する高等教育機関は1961年に設立された。また高度な技能を付与する,いわゆる実践技術者養成等のための職業訓練短期大学校(以下,「短大」という)は1975年に開設された。現在同短大は26校あり,北九州短大は1987年に開設された。

さて1995年,新経済対策のもとに第8次雇用対策基本計画,そして第6次職業能力開発基本計画が策定された。これにより私たちの職業能力開発のあり方が大きく変わっていくことになった。

雇用対策の要は人材の育成にあるとした第6次職業能力開発基本計画には,経済大国といわれた日本の今日のバブル経済の崩壊,為替相場の急激な変動による経済の低迷,産業構造の転換,技術革新の進展,少子化,高齢化の急速な進展等,日本の経済環境の激変に対し,迅速かつ的確に対応でき,高度で専門的な職業能力を有する人材育成が重要であると述べられている。また事業の高付加価値化・新分野展開のための人材育成が求められている。さらに今後は企業や行政の役割だけにとどまらず,労働者が個人自らの能力開発を主体的に取り組んでいくことを推進することが重要であると述べている。本基本計画の主要な課題として,

① 産業構造の変化等に対応して雇用の安定・拡大を目指す職業能力開発の推進

② 個人主導による取り組みの推進等,労働者の個性を生かす職業能力開発の展開

③ 経済社会の変化に対応した職業能力評価の推進と技能の振興

④ 企業内外における効果的な職業能力開発の推進体制の整備

⑤ 人材育成のための協力等を掲げており,人づくりを通じた「国際社会への貢献」が強調されている。

3.北九州短大の最新の現状

今日,短大は職業能力開発促進法に沿って,上述の基本計画にもうたわれている業務を遂行しているわけだが,一般的に次のような業務を行っている。

  1. ① 専門課程の高度職業訓練
  2. ② 専門短期課程の高度職業訓練
  3. ③ 職業能力の開発および向上の促進に関する相談その他の援助
  4. ④ 情報および資料の提供
  5. ⑤ 職業訓練指導員の派遣
  6. ⑥ 施設開放
  7. ⑦ その他職業能力の開発および向上に関し必要な業務

つまり短大レベルの実践技術者の養成と在職労働者に対する短期訓練課程の高度職業訓練の実施,企業の事業主に対する情報提供,相談その他必要な援助を行っている。

特に職業能力開発促進法の基本理念等から職業能力開発事業を展開する目的で,雇用促進事業団は業種別に事業主団体と共同で段階的・体系的な生涯職業能力開発体系を作成し,事業主団体が自ら実施する環境づくりを支援している。

さて具体的には,どのような業務が展開されているのか,その最も最新の内容を,私の勤務している北九州短大の活動を通して具体的に紹介する。

まず第一に従来の分野別,指導員中心のレディーメイド型の能力開発セミナー体系を廃止しながら,中小企業主団体からのニーズにより作成された業種別オーダーメイド型の能力開発セミナー体系を構築し,その各オーダーメイドのセミナーをその中小企業主団体に所属する企業の労働者が受講できる体制をつくり,人材高度化を図っている。

また企業主団体が有する研究開発を短大が協力し,支援している。

前者では現在,金型関連中小企業主団体およびインテリア関連中小企業主団体に対して能力開発セミナーを展開している。また後者では同金型関係で1件,機械設計工業関係で2件の研究開発事業を支援している。

また単独企業の要請により,オーダーメイド能力開発セミナー体系を共同で作成し,セミナーを実施している。

また県内の他能力開発施設と共同で企業を対象に講演会,特別セミナー中心の交流会を月1回の割で開催したり,また同機関誌を配付し,有効な情報提供等を行っている。

また大学工学部卒の新入社員教育の昼間時間帯における実施,他施設の指導員の研修や文部省系高校の先生の研修の実施,55歳以上の退職者に対し6ヵ月の高度な職業能力開発の実施,通信訓練の実施,技能検定の実施等がある。

専門家の派遣,研修員等の受け入れなどの国際協力にも積極的に取り組んでいる。

一部教官は文部系大学の授業や実験実習や企業内のセミナーを担当している。

企業の上層部との人材育成,研究開発,技術相談および行事等に関する交流が増してきた。

したがって短大の教官の立場を時間的にみると,昼間は2年課程の短大生,一部在職労働者を,そしてウイークデーの夜間,土曜・日曜の昼夜間は在職労働者を教育していることになり,休暇は授業のない日,時間帯を選んで取っている。

また業務,教育研究活動の立場でみるとき,短大生の学科,実験実習,卒業研究,学生の就職,学生の募集,在職労働者の能力開発セミナー等々の担当指導とともに,自らの新分野研修受講そして個人研究と発表をしなければならない。さらに国際技術協力に北九州短大は積極的に取り組んでいる。

そして現在は企業側に立った職業能力開発セミナーおよび研究の開発を自らの課題として進めていかねばならない状況にある。

このように短大そのものが企業の高度な研究研修センターとしての位置づけを求められているともいえよう。

ここに至り,今日日本の職業能力開発分野の高等教育機関のあり方が,かつてない大きさで問われている。

4.SENAI/SP 製造オートメーションセンタープロジェクト

ブラジル国政府は工業分野における生産性向上などの近代化を目指し,SENAI(全国工業関係職業訓練機関)において中堅技術者の養成を行ってきた。近年,生産技術の高度化に伴い,SENAIに対して工業界からこれらの技術に対応できる中堅技術者養成の期待が高まり,SENAIはサンパウロ州局内で製造オートメーションシステムにかかる職業訓練を行うことを計画し,1986年,同国政府はこの件に関し,日本国政府に技術協力を要請してきた。本プロジェクトは,同要請に基づき,FMS,CAD/CAM,CNCなどの先端技術をカウンターパートに技術移転することによって,上記技術者の養成のための訓練コースの運営に協力することを目的とした。

以上が協力要請の背景である。

5.プロジェクトの結果とSENAI

本プロジェクトはFMS等の先端技術の国際協力であったが,1990年6月から1995年6月まで所定の5年間に当初の目標をはるかに超えて大きな成果を上げることができた。

プロジェクト進行中に,①メカトロニクス分野の全国の中核センターとなり,また②科学技術省のオートメーション分野の全国情報センターに選定され特別予算がついた。そして③当先端技術について,JICAの第三国研修が実施できる力をカウンターパートが得て,日本政府に要請した。④第1回卒業生からカリキュラムが完全に遂行され,先端技術に強い,企業の評価の高い短大レベルの中堅技術者が輩出していった。⑤カウンターパートの一部は文部系大学等に招かれて,講演,特別講義をした。

その他企業に対する向上訓練,講演会,対外的会議も施設内で日常的に開催されるようになり,施設開放が大いに進んだ。外国,伯内の施設見学者は跡を断たず,対外的によい関係づくりが進んだ。

プロジェクトの成功は関係あるすべての人と環境からそれが生かされている,育てられているということに尽きるが,ここに至り本プロジェクトは日伯の政府関係者,国際協力事業団(JICA)およびサンパウロ工業連盟,SENAI/SP,日本側研修員受け入れ先の雇用促進事業団および北九州短大,そして日伯関係民間企業,伯国関係団体,地域社会等々すべての理解と協力があってこそと感謝した。

プロジェクト進行中に日伯特にSENAI/SPとそのプロジェクトサイトの側から実に大小多くの要望,提案そして問題提起がなされ,日常的に日伯の話し合いが持たれた。

向上訓練等の実施,他のSENAI学校や文部技術系学校の診断,民間企業人材育成についての協力要請,JICA,海外職業訓練協会(OVTA)関連新規事業の立案,生産性向上や安全分野とSENAI,SENAIにおける指導者養成機関等々の大きな項目から日本人専門家の勤務時間,日伯生活交流や各種行事に至るまで十分に話し合い,協力してできることはすべて実現するようにした。

われわれは基本姿勢として実施協議録(Record of Discussion)は遵守履行しながらも,それに拘泥することなく,目標もよい方向に発展していくわけであり,刻々と変化していく周辺情勢とニーズを大切にして,伯国の1つの職業能力開発の高等教育機関として可能なかぎり諸課題に取り組んできた。

これは直接的にはSENAI/SPおよびプロジェクトサイトSENAI校のスタッフの組織力と柔軟で真摯な対応と努力,そして責任ある行動力に負うところが大きい。

例えば先生の教授法に対する学生側からの厳しい評価。例えばスパナ1つまで大切にするSENAIの施設機器,教材管理。また例えば連休が明けて学校の私の部屋に入ると掃除をされる女性が花の鉢植えを洗面所の日陰に集めて水をたっぷり与えていたことなど。物の豊かさにどっぷりつかっている日本人が忘れがちなことを考えさせられ,反省させられることも多かった。

6.発展途上国の人材開発における日本の国際協力について

私の経験と学習を通して,具体的には次のことを職業能力開発分野おける国際協力を将来に向けて提言したい。

  1. ① すでに各国で展開されたJICA事業の職業訓練センターの診断を行い,産業界や地域に実質的に貢献する開かれた教育訓練センターとして再生を総合的に図る国際協力
  2. ② 各国の重点分野の短大レベルの実践技術者養成の職業訓練センター開設にかかる国際協力
  3. ③ 指導員養成の高等教育機関の開設にかかる国際協力
  4. ④ インターネット等によるリアルタイムの情報交換,各国の特色ある発信基地化のための世界的ネットワークを確立する国際協力
  5. ⑤ いろいろな面での実質的な多国間交流と共同事業をいろいろな国で実現する国際協力
  6. ⑥ 多くの国の人材開発関係行政,公共・民間教育訓練機関指導者等の代表が多くの国に展開する1つのプロジェクトを中心に常駐し,長期研修と異文化交流の促進を図る人的ネットワークを確立する国際協力
  7. ⑦ 異分野プロジェクト間の交流の国際協力

これからの国際協力は援助,自助努力等という範疇ではなく真の「協力」が命題である。

いろいろな刻々と発展していく要請や提言を受け入れ,実現していくことは,事業として実に複雑にして「やりにくい」。しかしわれわれは分化と統合を限りなく繰り返しながら「やりやすさ」へ向かうのではなく,この「やりにくさ」へ果敢に挑戦することを21世紀へ向けて提言したい。

この「やりにくさ」を克服して真の国際協力を実現していく原動力は,互いの国の文化と国民を尊重し,限りない情熱と愛を持ち続ける以外にはないことを21世紀へ向けて私は再確認し,結論として提言したい。

〈参考文献〉

  1. 1) 花田登「ブラジルにおける職業訓練と技術協力」(「職業能力開発ジャーナル」1994年8月)
  2. 2) 花田登「リーダーからの報告」(第1回)(SENAI/SPアルマンドアルーダペレイラ校,1994年5月)
  3. 3) 花田登「リーダーからの報告」(第2回)(SENAI/SPアルマンドアルーダペレイラ校,1994年9月)
  4. 4) 花田登「リーダーからの報告」(第3回)(SENAI/SPアルマンドアルーダペレイラ校,1994年12月)
  5. 5) 花田登「リーダーからの報告」(第4回)(SENAI/SPアルマンドアルーダペレイラ校,1995年5月)

なお,この原稿は第25回人材開発国際大会(於:エジプトカイロ)で発表されたものです。 (編集部)

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