• 職業訓練教材コンクール[1]5
  • ポリテクカレッジ高知(高知職業能力開発短期大学校)亀山 寛司

1.はじめに

当短大が立地している高知県中央部は,気候温暖・大気明澄・地味肥沃,黒潮洗う自然に恵まれた地域である。古くから土佐の政治・文教,産業・技術の中心地・先進地で,自然と伝統に培われた南国特有の明るさと活気をもつ地域である。

今から200年ほど前,江戸時代の科学者細川半蔵頼直は,この地域の一角,現在の南国市上末松に生まれた。郷士の家を継いだが,数学・物理・天文暦学・機械に精通し,技術,発明に長じた万能の科学・技術者であったと言われている。木製のからくり人形を製作し,寛政8年(1796年)に精繊な人形の設計図・製作法を記した『機巧図彙』を著した(図1)。

図1
図1

細川半蔵の機巧にかける熱い思いや知恵の数々を先人のメッセージとしてとらえること,偉業を顕彰するだけでなく,教育・技術の交流・地域おこしなど,幅広い領域でその精神や技術を学び生かすことを目的にして,平成7年4月に産・学・官の連携による「からくり半蔵研究同志会」が設立された。また,同年10月に開催された「全国ニューメディア祭'95 in 高知」の分科会では,「21世紀へ羽ばたけ,平成の半蔵」の演題で基調講演があり,からくり人形の展示・実演が行われた。

2.過去と未来の理解―エンジニアのルーツを求めて

おなじみの「茶運び人形」は手の上に湯飲みを置くと,首を振り,すり足をしながら前進し,客が湯飲みを取ると停止する(写真1)。湯飲みを置くと180度旋回して元に戻る動きをするが,不思議な魅力がある。技能・技術・創意・工夫をこらして適材適所に機構を使って楽しみを生み出している。おもちゃとして見ればおもちゃだし,それ以上のものとして見ればそう見えてくる。細川半蔵は,機巧図彙を残して次の世代に技術と知識の両方を持っている人を育てたかったのではないか。

写真1
写真1

今回,卒業製作として学生たちが習得した学問など,いろんなものを使って「茶運び人形」の製作に臨んだ。世の中からいえば創造ではなくて,すでにあるものかもしれないが,学生にとっては新しい発見に違いない。南国市や中学・高校生,他の志を同じくする人たちの物を作る技術と心を伝え広めようとする活動に感銘し,具体的実践の第一歩として,200年前の知恵とエネルギーを現代のハイテク機器を利用して復元した。

3.茶運び人形の設計製作

完成度を高めるために,木製の「茶運び人形」を分解し,図面作成から製作まで行った。まず,からくり半蔵研究同志会の復刻版『機巧図彙』の口語体への翻訳から始めた。物を機構(メカニズム)で動かすには,スライドと回転しかない。この人形は,動力源(ぜんまい:江戸時代は鯨のひげ)1つですべてを動かす設計になっている。機構に工夫(からくり!)をして,複雑な動き(摩訶不思議!)をさせている。湯飲みを持たせるとぜんまいの力で進み,車輪とカム機構ですり足の動きを実現している。旋回する位置を,カムを利用して独創的な機構にして実現している。

主人と客の間合いが違えば,旋回位置が狂う。間合いは,通常の会話ができる畳1畳の距離となっている。失敗すれば笑いをさそい,人形を中心に楽しい話がはずんだかもしれない。

次に木製の人形を分解組み立てし,寸法を測りスケッチ図を描いた。当初,木の人形を借りていたため,分解手順を記録し,分解組み立てには注意を払った。スケッチ図と分解部品をもとに3次元CAD/CAM/CAE(セイコー電子工業製UG)を利用して,図面作成とNCデータを作成して,NC機にデータ転送して加工した。彼ら彼女ら(たねあかしチーム)は,アルミ合金製茶運び人形(写真2)の実現に向けてよく頑張った。

写真2
写真2

4.プロセスと教育効果

① ソリッドモデリング:パラメトリックフィーチャーべースモデリングによる半自動化の図面処理を図2に示す。恰好物は,輪郭線をスキャナからベクトル変換後,IGESによりデータ変換をしてモデリングした。重量・重心の計算,形状変更の容易性,中間ファイルの活用の方法など3次元CADシステムの利点を知る。

図2
図2

② 図面作成:コンカレントエンジニアリング・チーム設計・ボトムアップによるアセンブリモデリングと図3に示す立体分解図への展開。チームワークで問題解決に当たるため,だれが今,何をしているかなどの簡単な情報のやり取りをし,相互理解を得ながら作業しなければならないことを知る。

図3
図3

③ CNC加工:ネットワークによるNCデータ転送,加工。物作りへの興味,感動。3次元データの有効性。

④ 腕の応力解析:力とか強制変位をかけたとき,どんなストレスがかかるかを知る(図4)。

図4
図4

⑤ 組み立て調整:動くものには精度が必要なことを知る。

⑥ 伝統文化・技術の継承:200年前の高知県出身の先人の貴重な伝統文化・技術を,物作りを通して学び,技術の継承が現代社会を支えるということを認識する。

⑦ 資料提供:機械工業会,からくり同志会,半蔵研究者(田中瀧治氏88歳),広島大学教育学部に資料を提供した。本校における人形の製作過程の資料は田中瀧治氏の労作『細川半蔵頼直』(平成8年11月)の中で紹介された。

⑧講演:平成8年7月名古屋において,セイコー電子工業主催UGユーザ会にてテーマ「3次元システム活用事例」で茶運び人形の復元を紹介した。

⑨ 授業・セミナーでの活用:2次元の図面をもとに立体形状の作成に使用している。

5.メカニズムと組み立て調整―感動を求めて

このからくり人形は,茶碗をのせる手がスイッチとなり,ぜんまいの力によって動き始める。すり足で首を動かしながら前進し,180度旋回して元の位置に戻ってくる。

動力源となるぜんまいを手動で巻くことによって,図5のAの歯車が回転し,これとかみ合っている下部の歯車が回転する。ここから,足となるBの歯車へと回転運動は伝わり,人形は前進し始めることができる。人形中央部のAの歯車が駆動歯車で,その下部のかみ合った歯車が従動車となっている。モジュールは2で,原車の歯数は52枚でピッチ円直径104mm。従動車の歯数は16枚でピッチ円直径は32mmである。中心間距離は68mmで,足部も含め歯車はすべてインボリュート歯車である。

図5
図5

Fの振り子は調速機の役割をしている。Eの回転体に振り子が当たることによって速度調整され,調整されたスピードが足部の歯車に伝わるので,適度なスピードで前進することができる。

次に人形が180度旋回する動きは,カム装置を利用している。Cのカムが回転運動をし、円弧の円周距離だけDの部品に接触する。それによって前輪が右側に傾くことにより旋回する動きを得る。Cは原動節で,Dは従動節となる。カムの回転運動により,Dの従動節は前後に運動する。その運動は部品Dの前方の丸棒から前車輪を囲っている部品Jに伝わる。部品Jはカムの円周距離分だけ右へ傾く時間を得ることになる。よって人形は傾き時間分だけ旋回をすることができるのである。

茶碗をのせている間だけ,人形は動作する。よって,茶碗がのっていない場合は停止の状態となるが,その仕組みは,腕部の軸と部品Kから作られている。部品KはEの回転を停止させることができる。Eの回転が止まると人形は動くことはできない。Kは腕部の軸から糸でつってあり,茶碗がのっていないとき,ストッパーの役割をする。しかし茶碗がのることによって,Kは持ち上げられストッパーが解除された状態になるので,Eは回転し,人形は前進することができるのである。

人形は,いかにもすり足で前進しているかのように見える。この動作は,偏心カムと回転スライダを利用したものである。部品Gが偏心カムである。駆動歯車から伝わった回転運動は,Gのカムに伝わり,偏心円運動をする。偏心カムは,偏心の中心から円弧までの最大距離と最小距離の差だけ,上下運動をする。すり足はこれらの動きを,Hの部品をはめ合わせることにより,うまく合成させてできた動きであるといえる。

その他に人形は動作中,首を前後に振りながら進むが,この動きは足とうまく連動している。これは,人形の右足後方から首の下にある部品Iとを糸でつないでおり,すり足の上下運動に合わせて首は動く。よって,足が下にさがったとき,顔は上向き加減になり,足が上にあがったとき,顔は下向き加減になるのである。

以上が人形の主なからくりである。これらがうまく合成されて,茶運び人形は,見る人の目を楽しませる動きをするのである。

組み立てに際しては,部品ごとの当たり面やはめ合い寸法を調整,修正しないですむのが理想であり,簡単な機械や器具では理想どおりにいくことも多い。しかし,特に精度を必要とする機器では調整,修正を行いながら組み立てていくのが普通である。このからくり人形も調整,修正を行いながら組み立てられた。アルミ製からくり人形の重さは2481g,木製からくり人形の重さは782gであるが,速度はアルミ製のほうが優れ,スピード調整が必要である。2つのからくり人形は同じぜんまい動力を使用しているが,木製の場合はエネルギーが動力源から車輪に到達するまでに損失が多く,アルミ製の場合はインボリュート歯車を使用することにより全体の摩擦損失が減少し,車輪に伝わるエネルギーが木製より増大した。これが木製よりも重いにもかかわらず軽快に動いた原因である。

6.おわりに

コンピュータ支援の機器を利用することにより,人間ができることとできないことを体得し,人間の持つ五感+コンピュータ支援により現実をより多角的に味わえる手段が増え,ものの見方が一歩進んだといえる。どんなに情報化,自動化されても,指先を動かして手に刺激を与えてやり,物作りを通して人間性を育てることが大切になってくる。

からくり人形復元の動きは,「からくり半蔵研究同志会」を中心に活発化している。95年高知新聞支社局南国市が選ぶ5大ニュースにからくり人形復元が4位に選ばれた。本校の茶運び人形の復元は,何度か新聞報道された。また,生産技術科卒業研究発表会には,学生の就職先企業・機械工業会会長(からくり同志会会長)・からくり人形研究家などに来ていただき,民放テレビ2局,ラジオ局などで大きく報道され,お茶の間を楽しませた。

写真3は,たねあかしチームである。右下に見えるのは,高知歴史民俗資料館に現存している200年前の茶運び人形のパネル写真である。平成8年11月には,からくり200年展が歴史民俗資料館で開かれ,さまざまなからくり人形とともにアルミ合金製茶運び人形も展示された。からくり同志会では,鯨のひげを全国放送で募集したところ,数本送っていただいている。今後もからくりの輪はさらに広がりの様相を見せている。

写真3
写真3

また,同志会と富士通高知システムエンジニアリングは,インターネット上に「からくり半蔵ほうむぺえじ」を作成し,情報発信を始めている。ホームアドレス「http://www.inforyoma.or.jp/karakuri」を打ち込めば接続できる。アルミ合金製茶運び人形も,平成8年10月からインターネット上に登場した。

地域では,「産・学・官」で創造教育という大きなアドバルーンをあげて,元気文化の開花が推し進められている。やっているうちに,いろいろとアイデアが湧いてくる。自分でできなければ共同でやればよい。人間同士の友情も技術である。今後とも情報を交換し,伝統文化・伝統技術の継承を推し進めたいものだ。

からくり人形復元の過程でご指導いただいたからくり同志会,南国市立教育研究所,機械工業会,半蔵研究者の田中瀧治氏,鈴木一義氏(国立科学博物館),人形師の半屋春光氏,高知の雇用促進事業団の同僚他たくさんの方々に厚くお礼申し上げます。

〈参考文献〉

  1. 1) 細川半蔵頼直:機巧図彙,田中瀧治編集.
  2. 2) 田中瀧治:細川半蔵頼直
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