• 職業訓練教材コンクール[2]7
  • 大阪府表具高等職業訓練校  岡本 吉隆

1.はじめに

千年以上の歴史を持つ当表具職において,表具の技能と技術については,語り尽くされてきた感を受ける方が多々おられると思います。しかし,実際には日本の他の伝統職にみられるように,表具の技能と技術は,戦後になってすら封建的な徒弟制度の中で受け継がれ,満足すべき技法書が上梓されていないのが現状です。

このような環境の中で,当大阪府表具高等職業訓練校は昭和45年に開校したのですが,当然のごとく講師陣のコンセンサスを要求するテキストおよび参考書の作成は,親方の違うもの同士が講師を務める当校では,長い間不可能に近いものがありました。しかしながら,表具の目的というものを考えたとき,乱暴な言い方ですが,結果がよければそれでよいのです。そしてまた,個別化した工程の一作業についても同様のことがいえると考えています。

このテキストは求める結果を念頭に置き,作業の意義目的を明らかにすることによって,普遍的で合理的,しかも科学的な作業方法を提示することを第一義として編集作業を進めました。

編集方法として,私もその1人ですが,当訓練校のOBが3,4人集まり,ブレーンストーミング形式で技術の抽出を図る手段をとりました。

なお,表具には他に軸装,額装,襖・衝立の調製などがありますが,まずは最も参考資料の少ない屏風にターゲットを絞り,作成を開始しました。

2.テキスト内容について

本テキストは2部構成であり,「知識篇」と「技術篇」に分けています。

「知識篇」では設計の品質,すなわち〈仕様の決定〉の手順,およびこれに関わる材料の知識,商品知識について解説しました。

「技術篇」では製造の品質,すなわち実作業について解説しています。

2.1 知識篇

表具業界は一般的に一人親方が多く,営業から製造に至るまで1人でこなすことが必要です。そのためには幅広い商品知識はいうまでもなく,デザインおよびそのデザインの背景にある日本の文化への深い理解が必要です。

知識篇では,屏風装デザインの必然性,すなわち屏風装に必要な各部材を合目的的に組み合わせること(これを表具の世界では取り合わせと呼びます)に関わる日本の文化について詳述することに腐心しました。

さて,表具の取り合わせ(デザイン)には意図・目的があり(もちろん表具に限ったことではありませんが),まず使用部材について,Aという部材を使用するとき,色・柄・素材等においてAを使用する必然性が存在するのです。もちろんこれは本紙内容に支配され,さらに住環境を含めた展示場所(設置場所)にも支配されます。

例えば,本紙作者が僧侶である場合と浮世絵画家である場合では,使用部材が異なります。すなわち格の高低によって使用部材に相違があるということなのです。これは展示場所についても同様で,ある屏風を床の間に常設して使用する場合,この縁(木枠)は価格の高低にかかわらず黒塗を使用すべきであり,居間に常設する屏風の縁は,例えば桑に色づけしたような木地物を使用するべきなのです。これは日本人の「住」に関する民俗学的な考え方の一部で,襖の縁についても同じように使用部材を使い分けています。また,屏風に関しては縁の形状も同様の理由で制約があります。

次に,屏風画面上での本紙の構成・配置についてですが,これは複数枚の本紙相互間に一体性があるのか,あるいは独立性が高いのかに依存します。

例えば書作品の本紙で,漢詩が複葉に分けて書かれていた場合,この作品は一体性が強いと判断し,蝶番の部分で見切りなど入れずつけてしまうか,あるいは離すにしてもなるべく蝶番の部分に寄るように配置すべきなのです。このことはチャートとしてまとめ,理解しやすいようにチャート順に解説をつけました(図1参照)。

図1
図1

いずれにしても,表具師は芸術家のように無から有を生み出すものではなく,伝統工芸品のコーディネータとして,あくまで表具の本紙をいかに引き立てるか,また保存に努めるかを常に考えなければならないのです。配色がよいから,あるいはこの素材感がよいから,また本紙の配置はこのほうが格好がよいからといった,自分勝手な取り合わせは最低とされ,決められた約束事を充たした中での破調が尊ばれているのです。

以上のことを,このテキストでは〈意匠の必要条件〉としてまとめました。と同時に,例えば前述の例でいうと縁の項目では,塗り下地の解説・塗装の種類・縁の形状といった材料の説明,商品知識をそのつど解説し,初めて表具を学ぼうとする訓練生が通読しても理解しやすいように努めました。

ところで,これら諸々の必要条件によって制約され生み出された意匠は,いわゆる一つの理想型であり,ここに顧客の好み,設置場所,受注価格,納期といった制限を受けて初めて仕様が完成します。

この表具師側から提案した意匠を制限する,顧客側からなされる要求条件(限定要因)を〈意匠の限定条件〉としてまとめました。

この〈意匠の必要条件〉と〈意匠の限定条件〉を合わせ「仕様の決定」とし,知識篇をくくりました。

仕様決定のプロセスは,熟練した表具技術者であるならば,一瞬にして考えることを1つひとつ分解し,頭の働きの順を追って解説していく方針でまとめています。(図2参照)

図2
図2

2.2 技術篇

技術編においては,屏風の作業工程を一定の見解で個別化して,作業順序を把握しやすいようにし,さらにそれぞれの工程における作業の目的と機能を明らかにすることによって,訓練生に理解しやすいように編集しました。

この作業の目的については,他の技法書においていままでに解説してあるものはなく,本テキスト技術篇のいわば目玉部分であるといえます。

たとえば蓑貼ですが,蓑貼というのは,紙を蓑状に張っていく蓑掛と,これを施した後に全面ベタ貼りする蓑縛で構成される工程を指し,実際の受注製作においては製作期間,受注価格の制約を受けて最も省略されやすいところです。

蓑貼工程の目的というのは,乾燥による下地のやせ,反り,ねじれ,また何らかの力が加わることによる下地の変形など,下地に生じた物理的な変性を緩衝し,これによる上貼紙への影響を少なくすることであり,この工程を省略すれば,時間,費用というメリットを得る代わりに,作業の目的に記したことが結果として得られないことが,一目瞭然として理解できます。

また使用材料についても,厚みをもたすことが目的ではないので,蓑掛においては薄くて強く,しかも蓑縛を受ける台として引きの弱い,すなわち手漉き和紙の古紙を使用するのが最適であるということが理解できます。

ところで,表具作業はいうまでもなく,作業・乾燥の繰り返しであることから,本テキストにおいては,一応の前提として乾燥を要するまでを一工程と定義しました。

個々の工程の内容は,職業分析の手法でいえば,屏風装Blockの中で,Job,Operationに当該する部分を,それぞれ「作業順序」「作業の実際と留意点」という形で解説しています。

また,個々の工程は1ページにまとめ,「作業目的」「作業順序」「作業の実際と留意点」という順で細分化し,同じ体裁でまとめました。これは訓練生への理解の扶助だけでなく,実作業中での使用の簡便性を念頭に置いてのものです。

しかしながら,本テキストはあくまで学科授業に資するために編集したもので,例えば糊の溶き方,刷毛の持ち方など最小単位の要素作業については解説していません。

さて,前述したように仕方にはさまざまあり,結果(仕上がり)がよければそれでよいのです。

屏風装に関しては,個々人の仕方だけでなく,関西での一般的な仕方と,関東での一般的な仕方があり,それぞれに長所・短所を持っています。この点については両者の仕方を紹介し,それぞれの利点を明らかにして,解説に工夫を凝らしました。ただ符丁については,本校は関西に存するので,すべて注記したうえで関西の呼び名を用いています。なお「貼る」はベタばり,「張る」は浮かしばりの意として,表現にも気を配り,作業内容が想像しやすいように努めました。

3.訓練への適用・効果

学科授業には,テキストとして95年度より使用していますが,指導者にとってはこれまでの何もない状態とは違い,体系的でしかも遺漏のない指導が可能となりました。訓練生にとっても同様の理由で訓練効果が上がり,自宅学習を促進しました。

しかも本テキストを1つのスタンダードとみなし,この内容をもとにした質問がずいぶんと多くなりました。

また,1級技能士の訓練校OB,16名が一所に集い,このテキストに紹介した仕方をもとに,それぞれ半双の屏風を仕上げました。その際,主作業時間と段取り時間を測定し,標準時間を設定しました。この屏風装の標準時間を利用して,訓練生の技能の習熟度を測る目安ともしています。

4.今後の課題

表具作業は前述したように屏風装以外にさまざまな分野があります。そして,当たり前のことですが他の分野のものについても,訓練生よりテキストを望む声が非常に多くあります。

現在同様の視点で,軸装その他の分野のテキストを作成していますが,いまだ解決すべき問題も多々あります。経験技術の科学的な解明,糊の防腐剤に関してや発酵,民俗学的な問題などがそうですが,今後は外部ブレーンを積極的に活用し,これらの諸問題を解決したうえで,表具技術の現代的な解釈を行い訓練に役立てていきたいと考えています。

5.おわりに

表具作業は,機械を用いて進められず,工程の最初から最後まで道具を用いた手作業であり,当然のように各人の個別な技能の差によって,仕上がりは異なります。表具の技能は,各人の志向だけでなく体型や年齢によっても大きく異なり,各人の意欲や努力,創意工夫によって身につくもので,教育訓練だけではその完全な習得は不可能であると考えています。

さて,算数の式でいえば,1+2=3ですが,3という結果を求めるためには,6÷2,4-1などさまざまな式をたてることが可能です。

私は,求める解が作業の目的であるとすると,式をたてることが技術,計算能力が技能であると考えています。ですから,正しい式のたて方,すなわち技術の正しい指導こそが職業訓練の最重要課題であり,些末な技能へのこだわりは,かえって訓練生の技能向上の妨げとなるのではないかと考えています。しかし,いずれにしても熟達した指導員の技能の実演こそ,技術習得の一番の近道であることは今も昔も変わりはありません。

ところで表具というものは,いうまでもなく住環境に大きく支配されます。近年の住環境の変化に対応するために,表具師はより広く深い知識,および理論が要求されています。

このテキストでは,特異な技能の列挙を避け,高度で幅広い専門知識を得るための指針を示したつもりです。そして,このテキストを1つのたたき台として,より多くのテキストが生まれ,屏風装の技術が,ひいては表具業界がより一層発展していくことを願ってやみません。

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