• 日本電気工業技術短期大学校長
  • 安藤 正樹

題名が堅苦しい言葉で恐縮ですが,この『智目行足』という言葉こそが,私たちの実践技術教育そのものを表していると,従来から考えています。これは御存じのように仏教から出た言葉で,「“知慧を目とし,実行を足とする”,すなわち両者が兼ね備わることによってのみ,初めて“悟りに至る”,つまり完全に理解した状態に到達できる」というような意味です。

このような考えは陽明学の“知行合一”にも現れており,この“智慧と実行”の両面を重視するということが,西欧の「はじめにロゴス(理性)ありき」の考えと本質的に異なる,東洋の考え方の源流の一つであると言えます。

言うまでもなく私たちにとっては,“智目”は「講義により知識を得ること」を,“行足”は「実習により実践力を得ること」を示し,両者が兼ね備わってこそ,“完全に理解した状態に至る”,すなわち,実践技術力を修得したと言えることになります。そして,その力こそが,わが国の生産力の基盤の一つであり続けてきたといっても,過言ではありません。

ところで,最近の米国製造業の躍進には,著しいものがあります。製造業が成功するためには,実践技術力が不可欠なはずです。彼らは『智目行足』,すなわち“実践技術教育”を,どのように実行しているのでしょうか。

米国企業が成功している理由の一つとして,デシジョンや資材調達,製造等を“agile”に,すなわち「俊敏」に行うということが,よく指摘されています。実は,この考え方が,企業における実践技術教育にも,色濃く反映されています。これは,ラーニング・スピードといわれており,文字どおり“修得の速さ”,すなわち実践技術や技能を「いかに俊敏に修得させるか」の方法論になります。教育の指導を行う者は,単に修得させることのみを目的とするのではなく,それに加えて“俊敏に修得させる”ために,懸命な工夫とさまざまな理論武装を行っているわけです。

冒頭に述べましたように,“目的とする内容を確実に修得させる”ための実践技術教育に関しては,わが国のほうが,本来は適しているはずです。つまり,『智目行足』の伝統です。しかし,米国の教育訓練指導者たちが懸命に追い求めている“俊敏に修得させる”方法に関しては,明らかに彼らのほうに一日の長があります。これは農耕民族であるわれわれは,価値判断が1年間というような,長期でかつ固定した期間で考えることに慣れてしまっているせいかもしれません。

しかし,御存じのように,これからはグローバルな基準に基づいた社会になります。つまり,米国はもとより各国と,共通の条件で,同じ土俵の上で,かつ時間軸に基づいた,厳しい競争(メガコンペティション)をしていかねばなりません。

その意味では,実践技術教育としての『智目行足』の定義も,もはや従来の,

「知識」×「実践力」

ではなく,今後は,

「知識」×「実践力」×「修得の速さ」

で表されるべきであると思われます。

考えてみますと実践技術教育とは本未,“必要なときに”直ぐに提供すべき教育なはずです。「時間を少しでも短く」,そして確実に修得できるように徹底して工夫してこそが,真の実践技術教育としての『智目行足』と言えるのではないかと考えています。

あんどう まさき

あんどう まさき
あんどう まさき

略歴

昭43 日本電気㈱入社、中央研究所勤務
昭50 マイクロ波衛星通信事業部勤務
昭60 日本電気工業技術短期大学校勤務、現在に至る

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