• 卒業制作(研究)を指導して4
  • 静岡県立沼津技術専門校  小島 博文

1.はじめに

本校では,昭和60年4月から高等学校卒業者を対象とした2年制の教育訓練を実施し,これまでに静岡県東部を中心とした県下全域の産業界に対し,880余名の修了生を送り出してきた。

こうしたなか,産業・就業構造をとりまく環境は,技術革新の進展に伴う情報通信の高度化をはじめ少子化・高齢化・国際化等めまぐるしく変化してきている。

このため本校では,このような変化に柔軟に対応できる高度な知識および技術・技能を併せ持った創造性豊かな実践技術者を養成するため,時代に合ったカリキュラムの見直しはもとより職員の資質向上や指導方法の見直し等,さまざまな施策を実施してきたところである。

しかし,何より重要なことは,学生のやる気と自信を持たせることが必要であるとの観点から,その一手段として2年次の後期に総合実習を設け,1年半で習得した知識および技術・技能を総合的に応用し,1人1テーマを原則とする卒業製作(研究)を実施することとした。

この総合実習を開始するにあたっては,職員間で相当議論をしたところであるが,学生の力量や地元企業との連携等を考慮し,ベンチャー企業や求人活動等で理解を示してくれている協力企業に対し,その一部を指導援助してもらうこととした。

このことにより,地元企業のより高度な専門知識や新技術を習得するとともに,学生個々の開発力および創造力の向上を図ることをねらいとしている。このほかにも,担当指導員の指導により,各自が独自に製作したり,前年度のテーマを継続して取り組む者もいるが,今回は企業協力型の卒業製作について述べる。

2.卒業製作(研究)の目的

  1. ① 本校において習得した知識および技術・技能を応用した技術開発力と柔軟な創造力を啓発する。
  2. ② 自主・自制の精神と自己啓発の喚起を体験するとともに,企業における技術レベルの高さと厳しさ等を実感し,社会人としての責任ある態度を養う。
  3. ③ 自己のこれまでの学習を振り返り,長所と短所を見つめ,今後の社会生活における課題を見いだす。

3.卒業製作の流れ

  1. ① 企業への協力依頼
  2. ② 学生と企業との打ち合わせ
  3. ③ 卒業製作の実施(進捗状況に合わせたアドバイスを受け,校内または企業現場で製作・研究)
  4. ④ 報告書および抄録の作成・提出
  5. ⑤ 発表
  6. ⑥ 評価

3.1 企業への協力依頼

地元のベンチャー企業,または,求人活動等で理解を示してくれた企業に依頼状を送付し,卒業製作の協力をお願いする。特に初めて卒業製作の協力をお願いする企業には担当指導員が直接訪問し,その趣旨を十分に説明するとともに受け入れを要請する。

3.2 学生と企業との打ち合わせ

卒業製作の段取り,時間調整等の細部をつめるとともに,卒業製作実施要領に基づき必要事項の打ち合わせを学生と企業担当者が行う。特に,テーマの設定にあたっては学生の希望,習得知識・技術レベル等を基に企業側のアドバイスを加味しながら,納得いく話合いを心がけることとしている。また,作業段取りや時間・期間調整等のほか,企業に出向いたときの卒業製作日報や報告書作成等の細部についても,すべて学生が企業担当者と打ち合わせを行う。

【主な打ち合わせ内容】

  • ・限られた予算の中で具体化できるか。
  • ・学生の能力に見合った難易度か。
  • ・期限内(10月から2月中句)に完成できる内容か。
  • ・カリキュラムに合わせた企業側の受け入れ日程が可能か(出社日は週に2日から3日とする)。
  • ・企業に出向く場合の出社および退社時間は学生が企業と協議する。
  • ・実習時間は450~500時間とする。

平成8年度のテーマの一例を示す。

【機械技術科】

  • ・ワーク移動装置の製作
  • ・撮影用発行装置の設計・試験
  • ・簡易ハウジングの金型設計・製作

【情報技術科】

  • ・導入店管理システムの作成
  • ・HP VEEによるGP-IB制御
  • ・ハンディターミナルシステムの作成

【エンジン技術科】

  • ・水平対向エンジンの分解・調整と作動解析
  • ・ソーラーカーの製作
  • ・自動車用センサの研究

【電子技術科】

  • ・デジタルセルライブラリの評価
  • ・ナット欠品検出器の設計・製作
  • ・デジタルサーボにおけるポジショニング回路の解析と実験

3.3 卒業製作実施

企業担当者と学生で作成したタイムスケジュールに基づき,校内または企業現場において卒業製作を進める。スケジュールの変更等が発生した場合は,企業担当者に相談し,その都度問題の解決を図る。そのためにも,実施内容はすべて「卒業製作日報」に記載し,作業内容や感想および次回の予定等を記して担当者に提出し,確認を受ける。また,校を離れて訓練を実施していることもあり,学生の進捗状況を的確に把握する意味からも週に一度,所属科の担任への提出を義務づけている。

その他,自己都合等により予定していた日に企業への出社ができなかった場合は,企業担当者および校に電話連絡するとともに「欠席届」を企業担当者に提出することとしている。

3.4 報告書および抄録の作成・提出

報告書は目的,概要,研究手順,結果,考察,今後の課題等について,基礎資料をもとに規定の書式により作成する。抄録についても同様である。

作成した報告書は企業担当者の承認を受けた後,報告書1部,抄録は5部を指定された期日までに提出させる。

3.5 発表

発表にあたっては,作品を実際に作動させるとともに,その成果を学生・職員および協力企業の関係者等の前で発表する。

特に,1年生を同席させるねらいは,先輩の努力,課題レベルの高さ,現在の習得水準との比較等,次年度実際に自分たちが取り組まなければならない卒業製作を早めに意識させ,啓発させることにある。

実施方法は次のとおりである。

  1. ① 課題によっては動力を必要とするものもあり,発表は各科単位で独自に会場設定をして発表会を行う。
  2. ② 作品を作動させることはもちろんのこと,プレゼンテーションソフトやOHP,チャート等を用いて誰にでもわかりやすいような発表を心がける。
  3. ③ 発表用の資料は各自で作成し,事前に発表練習をする。
  4. ④ 内容のよい作品から5作を選び,2月下旬に実施する学校祭で一般入場者を対象に再度発表を行う。

3.6 評価

企業担当者に依頼した「卒業製作個人評価表」を参考に,項目別評価(研究態度,研究成果,報告書)および総合評価を校が行う。

4.考えられる効果

  1. ① 企業担当者と協議を重ねることにより,企業のシステムや職場の雰囲気を感じとるとともに,打ち合わせの仕方等を学び,自分の意見をはっきり表現できる能力が養われる。
  2. ② 企業が自分に何を求めているかを理解し,職業人としての自覚が芽生える。
  3. ③ 自分の実力を知ることにより,努力の必要性を認識できる。
  4. ④ 製作(研究)途中で壁に突き当たり苦しむことで,授業では得難い忍耐力や製品開発力が身につく。
  5. ⑤ いろいろな文献,データ,カタログなどを調査する過程で,それらの見方,調べ方を覚え,専門知識の向上が図られる。
  6. ⑥ 校にない機器等を使用することにより,新しい技術を習得できる。
  7. ⑦ 現場体験は,入社後の対人関係や仕事への慣れをよりスムースにする効果がある。
  8. ⑧ 人前で自分の成果を発表したり,他人の発表を見ることにより,発表の仕方や話し方,発表資料の作成法など,業務遂行上必要となる発表能力や報告書作成能力の向上が図れる。
  9. ⑨ 自分の作品と他人の作品を比較することにより,自分の力量を知ることができるとともに競争心も芽生える。
  10. ⑩ 多くの学生の勉強した知識・技術を聴くことで,違った分野の専門知識の習得が図られるとともに,より強い刺激をうけることが期待できる。
  11. ⑪ 研究および実験機器等の整備が不十分な県立校にあっては,指導員の指導に基づく校内だけの製作・研究では課題が限定されてくることも懸念されるが,企業では専門が各々異なるため,バラエティーに富んだテーマを設定することができる。
  12. ⑫ 校内だけの研究となると,グループ開発型が多くなり,傍観者が出る可能性が強いが,企業にアドバイスをもらいながらの1人1テーマの取り組みで,自ら学習する姿勢が身につく。

以上,学生にとって非常に成果の多い卒業製作実習ではあるが,現状では,エンジン技術科にあってはまだ受け入れてもらえる体制が確立されるまでに至っていないなど,バランスを欠くこともある。

今後この事業をさらに発展継続させていくためには,より多くの企業に校の趣旨を理解していただき,学生全員が協力企業で卒業製作に取り組める体制を確立したいと考えている。

5.おわりに

協力企業の理解の上に成り立っている本校の卒業製作実習は,学生に対する効果が著しく,他の同期入社の者に比べ,仕事に対する適応性や対人関係などすべてにおいて好影響を与えている。

とかく,学生は就職が内定することで進路の決まった安心感を得る一方で,入社後の職務や職場環境に対する不安も抱くものである。しかし,このような形で企業現場に出向くことにより,就業規則や職場の雰囲気等にも慣れることができるとともに,先輩技術者との技術交流を通し,そうした不安感をかなり取り除くことができている。

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