去年と今年の応用物理学会誌の3月号に若者の物理離れについての記事があった。要約すると,文部省の学習指導要領によって,理科の時間数が1960年代と比べ現在は小学校で2/3,中学校では3/4と減少しており,週5日制となるとさらに減ることになる。また,高校入試,大学入試などの選抜試験がペーパーテストにより行われるために,どうしても知識偏重になりがちで,「覚える」ことに集中するようになっている。そのため知識を○×で問われるとよい結果を出せるが,記述問題は不得意となっている。さらに大学入試センター試験での物理,化学,生物の選択をみると,物理が最も少なく,化学,生物の順に多くなっている。これは最小の努力で最大の効率(得点)を得ようとすれば,物理を選択するよりも他の学科を選択することになる。
このような事実の積み重ねで「物理離れ」現象が起こってきたのであるが,わが国からは湯川秀樹,朝永振一郎,江崎玲於奈の三氏がノーベル物理学賞を受賞されておられ,日本は物理大国であるといっても過言ではない。将来の科学・技術を背負うべき若者がこのようなことでは,いったいどうなるであろうか。不安でたまらない。
このような「物理離れ」の風潮を改めるにはどうすればよいかを,私見ではあるが述べることにする。まず初等中等教育での理科の授業時間数をこれ以上減らさないことが必要であるが,若者に○×思考をさせずに物事を深く考えさせる方策がないものであろうか。それには大学入試センター試験を止めることが必要ではなかろうかと思っている。
ある限られた時間内にできるだけ多くの問題に答えるためには,知識を十分に持っている必要がある。考慮を要する問題に時間を割いている余裕はない。かくして○×式人間が養成され,知識偏重を生ぜしめ,考える能力が欠如してきたものと思われる。
本来入学試験制度には理想的なものはあり得ないのであって,共通1次試験に始まり現在の入試センター試験まで,統一的な試験制度がかくも長い期間存続しているのは不思議でならない。この試験方式が最善のものであると考えておられるのなら別であるが,それならなぜ各大学で2次試験を行う必要があるのであろうか。センター試験の不完全さを補うために各大学が独自に試験を行っているのが現状である。
今年のセンター試験の数学で浪人生が非常に不利益を被ったようである。このような事態の発生することは本来予測されることであって,2種類の問題の平均点を同一にすることは至難の技であり,起こるべくして起こった結果といえよう。
大学入試センター試験を止めたときの波及効果は大きいものと思われる。いくつかあるなかで,受験のために必要であった知識の蓄積を目指すための教育体制に変化が生じると思う。高等学校ひいては中学校・小学校における教育にゆとりが生じ,若者に物事をじっくり考える習慣がつくようになり,長期間にわたって培われてきた○×思考法から脱却していくのではなかろうか。例えばあるテーマを与えたときに,若者は○か×であると返答する。しかしこれからは×の場合になぜ×になったのかを熟慮し,何らかの方策を考え出していく能力が生じてくると思われる。そうなれば結果として「物理」の好きな若者の数も増えていくのではなかろうか。
かわべ ひであき
昭31 大阪大学大学院工学研究科
応用物理学専攻修士課程修了
昭47 大阪大学工学部教授
平7 大阪大学名誉教授
平7 現職