辻 茂 東京工業大学名誉教授
越丸 肇 日産自動車株式会社人材開発部主幹
日産テクニカルカレッジ校長
森 一夫 日本経済新聞社編集委員兼論説委員
吉川 弘二 株式会社大崎金属代表取締役社長
戸田不二緒 東京職業能力開発短期大学校長
佐田 通明 労働省職業能力開発局能力開発課長
矢田貝寛文 雇用促進事業団理事
辻 わが国は戦後50年の節目を迎えまして,産業経済の面で一途なものづくりによる加工貿易立国的な競争貿易体質から脱却を意識して,1996年の経済白書は,「改革が展望を切り開く」と題して,産業を重層構造という切り口で,その改革を敢行し,是か非かの二元論を避けて,システムの多様性を追求し,足腰の強い体質に改めることの重要性が強調されております。
私は,本来革新的あるいは創造的な学問,技術の発展というものは,その民族の文化,特に科学技術教育尊重に起因するものと思っております。この問題は実は明治維新以来の教育システムづくりの努力と同時に,戦後新しい教育基本法が昭和22年に制定されまして,いわゆる民主国家として再出発したいわゆるアメリカ的教育システムの構築とその結果が今日にあると思っております。しかしながら,グローバルな今日の国際情勢の変化のなか,わが民族の過去における欧米文化のエミュレーションや,産業経済面の努力など,多方面にわたる試行錯誤の結果,経済,政治,そして社会面などにおいて多くの成功を物語ると同時に,幾多の困難な問題が提起されていることと思います。最近の急激な産業構造の変化のなかで,われわれは英知を出し合って,高度化,多様化しているものづくりに焦点を絞って,高付加価値化や新分野展開等を担う創造性豊かな人材の育成に精進すべきものと存じています。
職業能力開発行政におきましては,企業内の教育,訓練を推進すると同時に,企業内での訓練が困難な中堅,中小企業等の需要に応じ,公共職業訓練を実施してきておりますが,事業活動の高度化に対応し得る人材,つまり,この技術革新等の変化に対応した高度な専門的知識,技能,技術,企画,開発能力,そして応用能力,生産管理能力等々,また,情報通信の高度化に対応した職業能力を育成するために,公共職業訓練のより一層の高度化を図ることが必要であると求められている今日でございます。
本日は産業界,教育界,そして官界から各界を代表される方々6名のパネラーをお願いいたしました。まず,教育訓練に対して,ものづくり現場からの現状分析に基づく問題提起をいただくとともに,実践的教育訓練に対するご希望,ご提案等をいただくことといたします。その後,教育訓練現場の現況とともに,そのご提言等に対するご意見などを先生方からおうかがいいたしたいと存じております。
なお,会場の皆様方はこの分野に誠にご関係の深い方々ばかりでございますので,ご意見,お気づきの点がございましたら,随時ご発言いただきたいと存じます。それでは,中堅企業としてのお立場から,現場で社長としていろいろものづくりを指揮されておられます吉川先生からお話をいただきたいと存じます。どうぞよろしく。
企業における高付加価値化・新分野の取り組み
吉川 私は中堅企業というよりは,中小企業,町工場のおやじであります。工場は東京都大田区の東糀谷,呑川という川が羽田飛行場の向かい側の運河に注ぐところにあり,業種はめっき業であります。
大田区はご存じのとおり中小製造業,いわゆる町工場が非常に多いところでございます。サポーティングインダストリーと呼ばれております,製缶,溶接,プレス,板金,切削,研磨,研削,塗装,めっき,プラスチック加工,組立,といった工場がたくさん集積しております。一番集積度の高かったのが昭和58年でして,約9200工場がありましたが,これがさまざまな要因でだんだん縮小してまいり,平成5年には7160工場,平成7年度12月の短観では,とうとう7000を割り,6986工場にまで縮小してまいりました。サポーティングインダストリーというのは,聞こえはいいんですが,いわば大企業の下請けであります。しかしながら,このサポーティングインダストリーがなくなることは,日本の製造業にとっては大変なことになりますので,私たちは,日夜懸命に努力している次第であります。
工場数減少の原因には,いろいろありますが,その中の1,2をあげますと,まず,小さな工場におきましては,後継者がいないということです。後継者がいないということは子どもさんがいないということではなく,親父の背中を見ていると親父の事業を継承するのがいやになって,学校を卒業すると大手商社などへ走ってしまうからであります。自分の子どもに嫌われるのですから,他人の若者から好まれるはずはありません。そのためすでに高齢化した技能労働者の後継者がいないということも,また転廃業の一つの要因になっております。
しかし,先ほど辻先生がおっしゃったように,このグローバル化した経済の中では,特殊な技術を持って新分野を開発しない限り,中小企業に明日はありません。が,それには「企業は人なり」で,人材の有無が最大の決め手になるわけでございます。
大田区におきましても,私が見ているところによりますと,現在,中小製造業においては,元気よく新しい分野を開発してどんどんと伸びていくところと,「俺ももう年をとったし倅は跡を継いでくれないし,熟練労働者もそろそろ定年だし,あまり借金がかさまないうちに工場を閉めよう」という廃業志向のところに二極分化しております。やはりナショナルテクノポリスといわれてきた大田区の工場集積を守るためには,前向きの工場に対しもっと弾力的な支援をすべきと考えています。
今日のテーマではありませんが,何と言いましても,高付加価値化,あるいは新分野開発をしない限り,とてもアジア諸国と対抗していくことはできないわけでありますが,そのためにはどうするかということを大田区を中心として,私が所属しております東京商工会議所大田支部も懸命に考えております。そのなかでいつも「若者のものづくり離れを阻止しなければ」ということが中心的課題になっております。
これは一例ですが,めっきの技能検定の中の実技試験については,私の所属しております東京都鍍金工業組合が代行しておりますが,その受検者の数は大企業の人のほうが中小企業の人よりも多いそうであります。大企業にあっては資格を取得すると資格手当が支給されるが,中小企業にあってはかかる制度のないことが多いことからではないかということがあげられております。
若者に嫌われる中小企業こそ大企業以上に技能尊重の気運を醸成すべきだと考えております。
辻 どうもありがとうございました。
それでは今度は大企業という立場で越丸先生から一つ実状をお話しいただきたいと存じます。
越丸 私どもの技能の高付加価値化という状況についてお話しさせていただく前に,技能の高付加価値化というのはどんな背景で出てきているかということについて,ちょっと雑談させていただきたいと思います。
皆さん,日頃から自動車をご利用いただいているわけですけれども,車を見てみますと,その昔は走る,曲がる,止まるという基本機能,これを欧米にキャッチアップするべく,ひたすらこれを充実させていた時代が自動車会社にありました。一応これが欧米に互して,とりあえずそこそこのところまできたかなという時代になりますと,今度はエンジンの性能ですね。主に出力性能ですよね。私どものスカイライン2000GTRという車が出たとき,2000cc,160馬力というのがものすごくセールスポイントになりました。こういう車はなかなかコントロールする運転技能が追いつかないというものがありまして,多少これは消費者の皆さんを馬鹿にした話で申し訳ないんですけれども,実際にはなかなか制御できないものが世の中に出ていた時代がございました。それが出力と走りの性能を競った時代ではないかと思います。
実はそんな時代は長く続きませんで,ご承知のように,昭和48年に起こったオイルショックを契機にして,燃費が非常にうるさく言われました。燃費と同時に排気ガスの清浄化というのがうたわれまして,10モード燃費がいくつとか,あるいは窒素酸化物の濃度がいくつだとか,こういう数値が売り物になる時代がございました。そういう時代には,例えばエンジンの電子制御装置,先日,皆さんご覧になったかどうか,NHKスペシャル「新電子立国」というシリーズがございましたけれども,その中で私どもの研究所で,エンジンの電子制御の話が出ておりましたけれども,悪戦苦闘しながら電子制御化が進みました。これで1つ技術のイノベーションがあったわけですけれども,この後に出てきたのは,快適性の向上,アメニティとかいう言葉でよく言われているもので,空調機の充実なんていうのは,やはり副次的なものですけれどもありました。その他エンジンやミッションの低騒音化というのがありますね。また,ユニットのパワーアシスト化,例えば,パワーステアリングは今はもう当たり前なんですが,10年前はパワーアシストの割合は非常に低かったわけです。その他,自動変速機の普及というのがあって,快適性を追求する時代がきました。そして今はやはり安全性ではなかろうかと思っております。シートベルトの性能向上,ABS,エアバッグ,こういったものが,商売の種になる時代になってまいりました。
このように,自動車の高付加価値化というのは,どんどん進んでいるんですが,そのかたわら,製造工程ではどういうイノベーションが起こってきているかというと,まず,機械加工でも鍛造でも鋳造でも,みんな単能機を人の力で運転していた時代が長く続きました。それが大型のトランスファーマシンと呼ばれているような加工機,あるいは塑形材の機械等の高価な電子制御機器をつけてもペイするような大型の設備から電子制御が起こってきております。電子制御に合わないものはメカ制御で動かしているわけですけれども,制御機器の導入によって,生産設備のイノベーションが起こってきたわけです。
その後,皆さんご承知のように,金型加工に代表される設備,NC機械というのがどんどん導入されてきて,ほとんど同時にPLCというロジックコントローラと称するシステム制御機器というのが入ってきて,NC加工機との組み合わせで,生産工程が大幅にレベルアップしたんじゃないかと思います。そういう時代を経て,最近ではパソコンを使った制御機器,パソコンとプログラマブルコントローラとの間の通信によってコントロールするような無線LANなんていうものも導入されてきて,相当製造工程が変わってまいりました。
それに伴って,技能のあり方としては,昔は要求品質を維持する固有技能というものを人に求めていたんですが,次第に標準作業を維持,改善する機能,特に設備,治工具,潤滑といったような製造の諸条件を把握できる技能というようなものが求められるようになってきましたが,製造現場でもやはりまだ製造と保全というのは,完全に分かれてた時代が長く続きました。保全としては,電気保全機能というのがだんだん電子化され,電子基板を使った設備の保全なんていうものは相当レベルがアップして,1つ階段を登るような時代がありましたけれども,今はそれが次第に製造技能者のほうに役割がシフトしてきています。これはTPMというような活動を通じて,保全が製造の技能者に落ち込んできているという段階になってきております。当初は簡単な構造物が作れるようなメカの知識,技能が求められていたのが,次第に低圧電気ですとか,油空圧の知識を使って,モータやシリンダなどを使った設備を作れとか,あるいは最近ではシーケンサの知識を使ってシステムで仕事をさせようとか,いろんなことが技能者に求められております。
一方,これを製品の品質という観点でみてみますと,その昔,検査規格内に入っているか否かということを検査した時代が長く続きました。でもこういう時代ですと,品質の作り込みというのはできませんので,次第に規格に入るように条件を管理する時代が始まり,それから規格に入るように条件を維持改善する時代になり,最近では規格自体が非常にピンポイントになってまいりまして,規格に入れるための製品設計をするという,そういう時代になっております。そうなりますと,技術屋さんと現場の技能員との境目というようなものが存在するような仕事ですと,設計者と実際作る者との間の技術のトランスファーができなくてうまくいきません。技能者にとっては,非常にやりがいはあるんですけれども,求められる要素は非常に多岐にわたってくる,そういう時代になってきたのかなと思います。
例えば,製造の作業者がコントロールすべき製造条件というのはどんなものがあるかというと,機械加工の場合で一例を申しあげますと,基本的には品質を作り込んでいくすべての条件,われわれ4Mと言っております。マン,マシーン,マテリアル,メソッド,なんですけれども,例えば機械加工ですと,主軸の回転数とか,あるいは送りとか,こういった基本条件があります。そのほかに製造の作業者がコントロールすべきものとして,工具の摩耗状況,切削油のかかり方,切削油の劣化度,あるいはギアなどのパワートレン系の摩耗度,スライド部の潤滑,あるいは潤滑油の粘度,温度,圧縮空気内の湿度,あるいは電気機械システム的な条件変動等があります。例えば大きなフライスの隣で精密なリーマ加工なんてやるのはちょっとできないわけなんですね。これは極端な例なんですけれども,システムとして品質が維持できるかどうかというようなところ,技術的なポイント,こういったところが作業者に求められてきている。さらに,同じ製品を数多く加工するときも,同じ加工機がたくさん並んでいるんですけれども,1台として同じ製造条件,レベルを維持しているものはないわけですね。これが例えば10台なら10台の機械のレベルを常に一定の範囲内に収めておくというようなことが求められていると思っております。
このように非常に多岐にわたる要求が作業者に寄せられてきているときに,このような高付加価値化時代といいましょうか,そのときの人材育成というのはどうあるべきかというふうに考えてみますと,今,まさに現場で働いている人間も含めて,新時代に要求されるものとしては,まず自分の職場,あるいは自分の仕事の仕組みを知って仕事の水準を維持,改善する。それから問題を発見し,それを解決する。さらに継統的に自己研鑽ができるようなことが要求されるのかなと思っています。
しからば,そうような要件を付与していかなければいけない作業者,保全マン,あるいは設計者,技術者という人たちに対して,どのようにすれば要件を付与することができるのか。例えば,機械加工の実例で申しあげますと,現場でやることは,やはり標準作業を正しく実行できること,その標準作業を守る重要性をしっかり理解させることが,現場の基本だと思っております。さらに担当工程で製品ができてくる理論と条件を理解させる。ものづくりは,最初にものがあって,興味がわいてこないと理論は覚えない,というのが私どもの会社の実例では鉄則なんです。まずものを作ったらその理論を理解させる。さらにその条件を維持,復元することを実例で覚えさせる。私どもの会社では,改善というのは非常に大事なことなんですけれども,条件というのは必ず劣化してきますから,劣化したものを元へ戻す,こういう復元という概念を非常に大事にしておりまして,まず作業者,保全マン,技術屋全員に復元することを覚えさせるというのが,現場のOJTかと思っております。
その他,Off-JTとして,さらに知識的な要素として,油空圧の理論,その実践技術,技能,シーケンスの理論と利用技術,技能,さらにマイコンなどの電子技術の理論と実践技術の習得,それから最近ではパソコンでコントロールするNCですとか,無線LANとかこういったものがたくさん入ってますから,そのパソコン利用技術というものを教えていくのが,新時代のOff-JTかなと考えております。具体的事例については,後ほど紹介します。
辻 どうもありがとうございました。私,今日を迎えるにあたりまして,ちょっと文献などを見ておりましたときに,「21世紀への社会教育」という昨年の6月10日に中島さんという方が書かれた本がございまして,次のようなことが書いてありました。アメリカのMITの研究グループが,国際競争力の著しい低下要因の究明というテーマでグループ活動をしました。その結果,アメリカの再生のためには,これからどのように産業的にリードしなければならないか。そういうことを研究した結果として,報告が出ているんです。そのグループは,「アメリカの経営者は従業員の教育,訓練が基本的に従業員個人の責任であるとみなし,組織として従業員の教育訓練にはほとんど配慮していないこと。他方,日本やド イツの企業は,従業員の能力の継続的な再開発に関心が深く,職場における教育訓練システムを通じて,柔軟な労働力を生み出すことに成功している。そういうことを前提にして,日本の企業内教育を高く評価している」というようなくだりがございます。
私は,やはり今までの伝統的なものについて以上の評価をMITの人たちがしてくれていたということはあったとしながらも,今のお話のように非常にマルチプルと言いますか,コンプレックスドテクニクス,複合技術というものを学習する人材を作らなければならないということになりますと,さて今までの教育システム,あるいは教育方法でいいのかというプリミティブな疑問が生ずるわけであります。そのへんでどなたかご意見ございませんでしょうか。
城所武男氏(会場発言者・小松製作所製造部長)
今,越丸先生の話を聞いておりまして思ったわけですが,私は2年ほど前までドイツにおりまして,ドイツで当社の製品を作っていたわけですけれども,そのときの経験をちょっと紹介させていただきます。結論から申しあげますと,エンジニアは現場に近づけと,現場の技能者はエンジニアのことをよく理解しろという先ほどの先生の話と一緒です。私の経験ですと,最初ドイツに行きまして,現場の課長,あるいは生産技術のスタッフに教育をいたしました。日本へ連れてきたり,あるいは彼らと一緒に仕事をしていたわけですけれども,なかなか現場の生産性が上がらないんです。1年ほどして反省してみるに,どうも生産技術のエンジニア,あるいは現場の課長スタッフが,現場に教えていないんです。極端に言いますと,書類を投げて,「おい,こうやっておけ」と,これですまされているということに気がつきまして,2年目から現場に行きまして,マイスターと一緒になって,油にまみれながら改善あるいは新しい治具を導入しました。1~2年して生産性がぐっと上がりまして,当時私としては誇れるぐらい,3倍ぐらいの生産性を上げたわけです。今,現場をもっておりまして,職場で同じことを言っているわけですけれども,結局ものづくりというのは,企画する,機械をそろえる,治具をそろえる等,現場の身になって同じ立場になって理解できるようでなければいいものはできない。先ほど,作業指導書のような標準仕様書について言いましたけれども,それも結局現場の人の身になって,現場の人と一緒になって作らなければいかんのかなということを,今,先生の話を聞きながら思い出した次第です。まさに私自身教訓として日本でやっている次第です。
辻 今度はジャーナリストの立場で少し辛口でも結構でございますから,森先生からお話しいただきたいと存じます。
森 私は文化系の人間なので,あまり詳しいことはわかりませんが,やや大まかなお話を申しあげたいと思います。今,MITのお話が紹介されましたけれども,あのレポートが出た頃に,某自動車メーカーのかなり偉い方に,「どうでしょうか,アメリカの自動車メーカーに学ぶことはありませんか」と聞きましたら,その方は技術系の方でしたけれども,「いや,もうないですな」とおっしゃったんですね。「私も昔,フォードとかいろんなところへ行って勉強したけど,もうないな」とおっしゃったんですね。しかし,それからだいぶ流れは変わってきて,私は自動車産業は基本的にまだ強いと思いますけれども,全体的にいいますと,ご案内のようにだいぶアメリカの製造業も復権してきて,場合によっては向こうのほうが元気がいいじゃないかと言われてきているわけです。それで思うのですが,新聞もよくアメリカを中心にしてアングロサクソン型かあるいは日本型か,どっちがいいのかとかいろんなことを特に経営問題で言うわけです。しかしどうもこういう議論はおもしろいんですけれどもいかがなものかと,おそらく両方誤解のある面もあるのではないかという感じがするんです。アメリカのいい企業は大変社内教育に力を入れてますね。インテルとか,いろんな企業がかなりの研修費を使っています。
それから昔の話をしますが,日立製作所の前の社長の三田さんに昔の話をうかがったときに,昭和30年代にGEに技術導入のために研修に行かれたと,若かかりし頃ですね。それで,研修期間が終わったんですが,そのまま残って1年ぐらい延長したというんです。どうしてですかと聞いたら,「非常にGEの教育システムがよくて,社内にたくさんメニューが完備していて,いろいろな講座に出られる」ということでした。三田さんは,当時コンピュータの関係のコースを受講するために帰ってくるのを1年延長したということです。向こうの会社は,大変うらやましいぐらい社内教育システムが完備しているという話をされていました。
一方,日本には弱点というんでしょうか,非常に強い集団という意味の裏返しの弱点があるのではないかと思うんですね。向こうは確かにお話ししたように非常にいい教育制度でやってますけど,個人主義であるということです。発展途上国でもそうなんでしょうが,いろんな技術を教えてあげても,特にホワイトカラーといいますか,大卒の技術者はみんな自分の机に入れちゃって,現場に伝えないとか,あるいは技術を持って転職しちゃうとか,そういう面で苦労をされている企業が結構あるわけです。しかし,日本の場合は先ほど城所さんや越丸さんがご紹介されたように,現場と非常に融合されて,みんなで出し合って非常にチームワークがいいということがあるわけですね。これはある種の日本の企業の文化というんでしょうか,教育の文化というのがあったと思うのですが,これからは強い集団を作るということだけではなくて,やっぱり強い個というものが求められてきているのではないかと思います。非常に欲張っていえばこういうことだと思います。
例えば,去年の年末にコンピュータメーカーの技術担当の役員の方がおもしろい話をしていました。今日は,専門の方がいらっしゃいますのでもう体験された方もいるかもしれませんが,秋葉原にパソコンを作る教室があるらしいんですね。それは,1万5000円ぐらい払いますと,部品がおいてあって,先生の言うとおりに一緒に作ると,1時間半か2時間ぐらいで1台のパソコンが作れると,帰りに部品を買って帰ると自分で割安のパソコンが作れるというものらしいです。その方がしみじみ言っているんですね,やっぱり1時間半や2時間で作れちゃうんですねと。その方は専門ですから,そんな教室へ通わなくたって作れるわけなんですが,実際にやってみて,まわりに普通の人が来ているのを見ると,パソコンというのはやっぱりこのハードウェアの部分じゃ食えないというわけですね。やっぱり台湾とかそっちのほうで作るしかないなと。その中にはやっぱりソフト,知恵に関わるようなものをこれからわれわれはやらなければならないのではないかという話をされてました。このパネルディスカッションの1つのテーマになっているんでしょうけども,高付加価値化,そういうものに沿うことだと思います。
これはコンピュータメーカーの汎用コンピュータ等を作っている技術者の方もよくおっしゃるんですね。そういう方々の製造技術についての観念からいうと,パソコンもいいものをきちんと作りたいと言うんですね。ところが,そうすると,どうも違うと言うんですね。極端にいうと,海外からいろんな部品をかき集めて輸入して,あるいは向こうに作らせて,バラッとまいて,クレームがきたら取り替えてあげましょうという程度の作り方のほうがいいのかもしれないと。完璧な汎用機みたいなパソコンを作ったらえらいコスト高になり,まず競争できない。そこを非常に悩まれているわけです。
そういう意味で海外に流出するようなものづくりという部分もやはりあるでしょうし,そうすると分業しなければならないということになり,どこへ分業するかというと,頭の部分というか知恵の部分じゃないかということです。そうなった場合,これは音楽と同じで,個人個人の能力とか知識だとか,あるいはセンスだとかが非常に問われてくるのではないかと思います。それをどう開発するかということが,いまや1つのポイントであり,そちらのほうへ産業の流れが向かっているのではないかと思います。もちろん重厚長大というんでしょうか,基本的な産業も残り得ると思います。事実,造船産業でも今は元気よくなっています。造船産業が元気がいいというのは,単に船体を作るだけじゃなくて,エンジンだとか,かなり技術集約度の高いもので競争力があるから残れていると思うんですね。韓国と競争できるというのはそういうことです。このへんの強化をするためには,集団偏重をもう少し越え,振り子を振る必要があるのかなということじゃないかと思います。
そのためには部分的な教育システムをいじったり,能力開発制度を作ったりしただけでそのようになるかという疑問もあります。まさにいろいろな社会的な価値観だとか,大げさにいえば国民性とかが関わる問題ではないかと思っています。極端にいえば小学校,中学校あたりから,ディベートを教育しているアメリカのやり方,ああいうものがあれば,もう少し日本人も積極的に自分の意見などを出すだろうということです。最近は会議などをやってもお互いに見合って,どっちに流れがいくかというのを推し量って,一番推し量るのは,その会議に出席している一番偉い人の意向がどっちに向いているのか,というのを察知してから意見を出すというようなこともよく企業の方からうかがうんですが,そうじゃなくて,自分だけでどんどん意見を出して,議論して,戦わせて,新しいものを作るという,そういう風土みたいなものを作るためには,これは会社に入ってからすぐというわけではなくて,もっと子どもの頃からの教育も含めて変える必要があるのではないかと思っています。これはあまり広げると際限がなくなるわけなんですけれども。
そこでこの間も新聞に報道されていましたけれども,クリントンアメリカ大統領が,議会の一般教書の中で,教育改革を優先テーマということで強調していましたね。あれはまさに今よく言われている国際的なメガコンペティションというんでしょうか,大競争のなかで国として生き残る手段,あるいは国としてやっぱり打つべき手というのが教育であろうと。アメリカもおそらくあまりにもできるやつとできないやつが勝手にやれというところから,今そこを是正しかかってきていると思います。ほったらかしから,もう少し手を差し伸べてやろうという方向にです。日本も今までの協調的な考え方,発想をもう少し修正して,個を出すという方向に歩み寄り始めているのではないかと思います。ですからアングロサクソン型か日本型かということじゃなくて,おそらく両方とも真理は似たようなところに落ち着きどころはあるのではないかと思います。もちろん文化性の違いはありますけれども,アメリカもそういう具合に動き出しています。
では,日本もある意味で企業の中の意識改革から,学校教育から,非常に大げさなことをいえば,これからのこういう分野の能力開発というのは,総力戦の時代ではないかと思っているわけです。大きく今,時代が移っていくなかで,そのへんの問題のとらえ方をしないと間違うのではないかと,局部最適をずっと追求しますと,結局全体最適じゃなくて,どこかわけのわからない方向へ行ってしまうと思います。ですから全体最適みたいなデザインも必要じゃないかという発想をして,やはり大きく変える必要があるのかなと思います。結局のところは大きな流れとして知的財産権,あるいは知的財産権ではなくても,例えばコンピュータのチップの中に込められたようないろんなノウハウみたいなもの,そういうところが儲けにつながるところにきているわけです。もちろんバイオ産業とかさまざまなものがありますから,電子産業に限らず,先ほどお話がありました自動車の安全性の問題等もそうです。これらは,新しい総合的な技術,研究成果を盛り込まなければできないわけですから,そういった方向に行くために,ある種の考え方,方向を変えていく必要があるということだと思うんですね。
高付加価値化等を支える教育訓練について
辻 どうもありがとうございました。今のお話は全般的なお話でございます。
私,1つの考え方として,やはりこの職業能力開発関係の教育というものを中心に,短期大学校が運営されてもう20年以上になるわけでございますが,やはり他の理工系大学とか専門学校というものとの比較のなかで,そのポジションなりを明確にしていくべきでないかと。これらの中でわれわれの分野というのはどういうふうに位置づけるべきであるか,ということをつくづく考えるわけでございます。
先ほど例に引きました「21世紀の社会教育」の中で,こういう文があるんです。「日本の企業は,学校教育の職業教育機能にはほとんど期待していない。企業が高校や大学の新規学卒者を採用する際,重視しているのは職務に関する知識や職務に関する技能ではなく,就職意欲,職務遂行に必要な知的能力,学業成績や身体条件といったような一般的なものである。企業は日本の学校に卒業後すぐに役立つような人材の養成能力があるとは考えていない。したがって,日本の企業は社員を対象に入社直後から定年までさまざまな企業内訓練体系を整備し,自前の社員労働者を養成することとなる」こういうふうに明確に書いてあるんですね。一般に売っている本に。私はこれを見まして,そうじゃないと。われわれはそうではないと。そんな悠長なことをいっていられるのは大企業だけで,越丸さんのように緻密に,あるいは城所さんのようにがっちりと企業内教育をやれる立場の企業はよろしゅうございますが,中小企業,吉川さんのさっきのお話のように,非常に現場で苦労なさって経営している中小企業,しかもこれが日本の産業の基盤になっております。大企業は中小企業があってやっていけると,よく言われるわけでございます。その中小企業が高度化に遅れて,あるいは高度化にある程度ついていけない従業員を採用したり,あるいはそういう人たちを抱えていかなければいけないと,こうなりましたら,日本滅亡論というのはもう目の前に迫ってくると,そういう危機感さえ覚えるわけでございます。そういう意味も含めて今日の企業内短大はどういう教育をして,どういう成果を上げ,どういう問題を意識しているかをお聞かせいただきたいと思います。
越丸 これは(OHPを提示して),私どもLCIテクニカル改善事例報告書となっておりますけれども,実はこれはローコストインプルーブメントと称しまして,現場の作業者に改善力をつけるという講座の計画書になっております。これは,乗用車のシートの組立工程に関する改善事例であり,改善前は,納入されたシートをコンベアに乗せ,乗せたらかなり離れたところにいる作業者が,ある時期,ある一定のタイミングで来て,この椅子を倒すんですね。倒して台車に乗せて,台車を引きずっていって,次のステーションに持ってくるという今時信じられないような工程があったんです。実はこういう工程をなんとか改善したいというニーズを持った作業者が私どもの学校に来まして,先ほどちょっと申しましたシーケンスを使った改善ということで,3週間の座学を実施します。3週間の座学で何をするかというと,油空圧を学び,電気,PLCを学びます。
そういう教育を3週間やります。3週間教育した後,1ヵ月ぐらいの時間をかけまして,改善を実施します。これは先生のフォローがあるんですけれども,改善した結果,背もたれがある一定のところへきたら,シリンダが働いてポンとついて倒し,その台車の上に乗って自動的に進んでいくと,作業者がある歩行距離をもって歩行していたものが,待っていれば来ると。これで非常にラインのスピードを上げることができたという改善なんですね。自動車会社の場合に,実はこういう時間を詰める活動を積み上げていって,生産の効率を上げていくいうことをやっているんですけれども,だいたいその単位が1/100分(min)ですね。1/100分(min)を詰めるのに,いくら投資するというようなある基準があります。そういうような形で詰めるんです。
実は今企業の中で求められている教育というのは,職場で今持っている課題を解決する,そういう実践教育が求められています。シーケンスを教えるという講座は,知識教育としてずいぶん前からやっていたんです。やっていたんですが,教育してもすぐ忘れてしまう。使わないと覚えないわけですね。これを実際に改善をやらせて身につけさせるという教育が非常に求められています。これは日産自動車,私どもの学校は日産自動車とその関連企業の学校ですので,今私どもの関連企業を含めまして,だいたい50社ぐらいがこういう改善事例を職場で月に何件もやっているんですね。こういうのを積み上げていって少しずつ原価を下げていくという活動です。
これが3年間ぐらい続きまして,私どもの海外工場に移植する段取りになりました。アメリカのテネシー州のスマーナというところに私どもの工場があります。この工場が日産自動車の中で2番目に大きい工場で,一番が九州にございます。そこで改善を徹底的にやろうというんでやったんですが,これは先ほど小松の城所さんのお話にもありましたけれども,これを外人に対して生涯教育をどうやっていくかというのが非常に大きな課題です。森先生のお話にもございましたけれども,アメリカでこれを実際やりましたら,この改善できる力を身につけた者が,どんどん辞めちゃうんですね,辞めちゃいまして,半年ぐらいしたら他社の工場で働いていたとか,そんなことがございまして,何のことはない一生懸命競争力をつけて,外に逃げられて割に合わないことがありました。日本人の場合はそういうことはなくて,自分で学んだものを職場に水平展開して,職場への力にしていくんですけれども,それがアメリカの場合なかなかうまくいきません。スペインもイギリスもやりたいと言っているんですが,そのへんが一番つらいところですね。日本ではうまく定着しております。
実はこれが現場の改善,教育で一番私どもがメインにしているんですけれども,その他にやはり現場の改善でとても効果があるといいますか,求められているのは,電子機器設計製作講座というのがございます。これはどういうことをやっているかと言いますと,やはり現場の人間に簡単な電子の知識を与えて,マイコンを使った基板を作って,職場の仕事を改善するという内容です。ここに示す装置は,高温槽付加振機電動装置という実験設備です。実験をやっている間,作業者がついていなければいけないという非常に生産性の悪い機械がございました。それを自分で基板を作って,マイコンですから,アッセンブラでプログラムを書いて,実施できる段階までもってきたという改善なんですね。これはかなり時間がかかります。だいたい1つの案件が終わるのに,6ヵ月ぐらい必要とします。これは6ヵ月かけて教育するものですから,手離れが非常に悪い教育なんですけれども,効果が非常に大きいものですから,現在,力を注いでいます。
特に,私どもでは,新車の開発期間というのは,昔は48ヵ月かけて開発できたんですけれども,実は最近,14ヵ月ぐらいで開発するように進められています。14ヵ月で開発すると,実験期間をうんと短縮しなければいけないんですね。そのためには実験を,車を走らせる実験からシミュレーションする実験というものにどんどんシフトしていくんですね。
例えばご承知のABSなんですけれども,ABSというのは皆さん雨が降ってスリップしやすいような道路でブレーキをかけたときにポンピングするわけですね。トントントントンと。スリップしないで止める,そういう装置なんです。あの機器を路上で試験しますと,例えば一部だけ凍っている道路,あるいは一部だけ砂利道になっている道路,あるいは砂地,泥ねい地,いろんな条件があるわけですが,これらをすべて確認していきませんと,実験は終わらないわけです。ただそんなのいちいち走ってられないわけですね。その場合にはいろんな条件を設定して,そういう信号をABSに送ってやって,それでもABSが機能する。四輪全然違う条件をABSに送ってやってABSが機能することを確認するというシミュレータが必要なんですね。こういったものを現場の人間が開発して,3週間かかる実験期間を3日に短縮したという事例がございます。
その他,最近,これは非常に大きなヒットになったものに,相模原部品センターの改善例がございます。部品センターですから非常に大きな部品倉庫があって,その中に自走台車が縦横無尽に走っているんですね。これがもう25年ぐらい経ちますと,40台ある自走台車が1台使えなくなり2台使えなくなりして,だんだん少なくなってきまして,40台が30台を切った時点でうまく仕事が回らなくなったんです。何が原因で台車が動かなくなったかというと,昔,インテル社が作った電子基板なんですね。電子基板がだめになると動かないわけですね。これを何とかしなければいけない。この倉庫を担当しているのが倉庫を建て替えたいというんですね。倉庫を建て替えるという見積もりが100億を超えるわけです。こんな投資はとても今私どもの会社ではできません。それでどうしたかといいますと,実は,基板を内製したんです。大きな基板を,ロジックを解析して内製したんです。これはいろんな苦労をしましたが,うまく既存の製品との互換性があって,非常にうまく機能するようになりました。この改善があって,大きな投資をしなくてすみました。ですからこれはうっかりすると100億の儲けになっているんです。実はこういう改善が非常に現場から求められているんですね。こういう改善ができる力をつけさせてやるということが,今一番大きなわれわれとしての眼目になっております。
それで,実はこの教育は全員にはやらないんですね。現場の人間には,改善の力を発揮できる人間とできない人間とがいますので,教育は重点的に行います。専門性を評価するということが今私ども人事考課の中でも大事になってまいりました。専門性を評価するとは,一体どういうことなんだろうと。専門性を評価するということは,やっぱりペイをよくするか,あるいは処遇をよくするかだと思うんですね。こういう2つの大きな重い課題を抱えながら,専門性をどんどん鍛えていく。ですから伸びる人はどんどん伸ばしていく。そうでないと人というのは実はたくさんいるわけで,こういう教育を受けて伸びていく人間はほんの一部分ですけれども,そういう人間を少しずつ増やしていくというのが,今自動車業界においては非常に大きな流れになっておりますし,大事なポイントであろうかと思いましてご紹介申しあげました。
辻 どうもありがとうございました。それでは引き続き,戸田校長からお話をいただいて,その後にまたいろいろな角度からこの問題を解明していきたいと思います。どうぞよろしく。
戸田 私がここで話さなければいけないのは,たぶん短大の現状というのをお話しして,それからどう いう人材がこれから今必要とされるかという話をしなければいけないということだと思います。
私どもの短大のそもそもの創立目的というのは,学問と実技の融合という,これは初代の中村校長が書いた文書が今でも残っておりますが,それで目標としては実践技術者というのを作るということを目標としているわけです。実践技術者というのはそれじゃあどうやって作れるかということになるわけです。
皆さんゴルフを習いにいくときに,100人集めてジャック・ニクラウスのテレビを見せて,はい,ゴルフの研修が終わりましたというのと,1人ひとり先生が手をとって教えてくれて,こういうところに癖があって,こういうところをちょっと直さなければだめなんだよというふうにやってくれるのと,どっちがいいかということは,聞くまでもないわけです。はっきり言いまして,私どもがやっているのは,技能,技術というのを身につけるわけですから,やはり先生が学生さんに手に手をとって教えなければ技は身につきません。極端なことをいえば,昔流の職人さんで,親方がいて,そこにじっと黙って親方の技能を盗むというようなことが,本当の意味では一番本人にとって身についた技になるのかもしれませんが,そこはやはりあまりにも古くさいような感じがしますが,そういう意味で少数精鋭の訓練は,短大として特徴のあるところだと思います。
それと同時に,私どもの卒業生は,一生短大がギャランティーしています。はっきりいって10年経った学生さんたちが,私は技術的に行き詰まった問題があるんだけれどもとやってくれば,そこでまた皆さん先生方がこうだというふうなことを相談に十分のってくれるような同窓会みたいな形でギャランティーをしているわけです。これは専門学校ははっきりいってそういうギャランティーはしないわけですね。一生かかってギャランティーをする。ある意味ではそもそもの短大なり大学の本質というのは,そこを出ていった人たちに対して,これは在職者訓練も含むんですが,相当長い期間ギャランティーするということが,本来の大学の姿です。
大学というのはいろんな形で出てきたものですけれども,ヨーロッパの中世というか,ルネッサンスのちょっと前に出てきた大学というのは,職業訓練のギルドとして出てきているものであって,ちょうど私どもが今やっているような形が,大学のそもそものオリジナルな形であるというふうに考えていただければよろしいわけです。そういう意味で,われわれとして技能を身につけさせることが非常に必要なわけですけれども,技能だけ身につけるだけでなく理論が一緒についてこなければいけない。しかし,ある意味では,理論というのは,一度,企業なり社会に出て,実際のいろんなことを経験して,もう一度帰ってきたとき,もう一度理論というのはどうなっているかというふうに勉強したほうが,より身につくことは事実です。
それで,私どものやっている教育は,さっき言った実践教育ということで実施しているのですが,このままでいいんだろうかという反省は常に行っています。ここで過去10年間の間に,2度ぐらい企業の方とか,それから卒業生とか,それから高校の先生とかにアンケートを行って,実際うちの短大は(4年制工学部等の比較)どういうところに優れていて,どういうところが劣っているんだろうかということを聞いたことがあります。一般的に,実践的な基礎技術・技能については優れていると。ただし,企画開発能力とか研究開発能力という点では,現状では劣っているというご意見が多いようです。確かに私どもの企画開発能力に関するもの,研究開発というものに対しては,現状の短大の2年の中では,それほど多く教えてはいないかもしれません。わずかに卒業研究の場で教えられるという感じがします。その期間が学生さんたちにものを考えさせる時間を与えていて,そこでもう一度,習ってきた授業の復習をやって,何が大切かというのをもう1回フィードバックして覚えさせて,それで世間に出していくということになると思います。
それで,今後必要とされる研究能力というのはどんなものか,アンケートの回答では,それはまず幅広い業務に対応できる複合的な能力,要するに機械なら機械だけ,情報なら情報だけというのではなくて,複眼的な技術者というか,技能者がほしいということのようです。
私どもは,実は中小企業がベンチャービジネス化できるような卒業生,それから在職者の方々に対する教育をどのようにしようかと思っています。
ベンチャービジネスというのは,実は何種類かあるんです。全く新しい発明,発見ということから起こるベンチャービジネス。これはアメリカでバイオテクノロジーによって開発された多くの薬は,みんなそうでした。日本でもフェライトというものが発明されたためにできた企業もあります。一方,それ以外に既存の最新技術を,5種類とか3種類とか複合させて出てくるというような技術もあります。皆さん知っているかどうかわかりませんが,このごろ薬でよくDDS,ドラッグデリバリーシステムというのがありますが,これなどは,まさに最先端の技術ではありません。いかに既成の技術を,現在の新しい技術を寄せ集めて作ったかというベンチャービジネスです。それともう1つ,全く新しい社会の変化にいち早く対応していくというようなベンチャービジネスの仕方があります。
どうあれ,そのベンチャービジネスをやるためには,人と同じことをやったんではダメなわけです。 そこには独創性が求められるんですけども,独創性がある人だけではベンチャービジネスは成り立たないんですね。何が必要かというと,もう1つ冒険心がどうしても必要です。現在の大学の卒業生を見ていると,冒険心というのは昔に比べてどんどん少なくなっているので,これからベンチャービジネスづくりなんて言ったって,そう簡単には出てこないと私は思うんです。それでやはり,私どものところは,ものづくりを考える力と冒険心という,この2つを併せ持たせるような新しいインパクトを与える教育体系,訓練体系を作っていく必要があるのではないかと,私は思っているわけです。
これからの職業能力開発の方向について
辻 どうもありがとうございました。私,この職業能力開発短期大学校の特性とはいかんというようなことで,まとめようと思って用意してきたんですが,今,いろいろ縷々とお話がありましたので,時間の関係で少し先へ進ませていただきます。
労働省のほうでも前々から職業能力開発促進法の改正について,中央職業能力開発審議会でいろいろ議を重ねられました。この結果についてお話をいただくのは,パネラーとして佐田課長がおみえでございますので,後ほどお願いしたいと思っておりますが,その審議過程でいろいろ話があったのではなかろうかというふうに,推測をしておりますが,そういう意味で今日,中央職業能力開発審議会の柿崎委員がみえておりますので,何か少しでもそのへんの感じについて,お話しいただきたいと存じます。
柿崎昌悦氏(会場発言・中央職業能力開発審議委員)
ご紹介にあずかりました,柿崎でございます。何点か私なりに考え方を述べさせていただきます。
1点目は,これまで日本の産業基盤を支えてきた中小企業の技術技能が優れていることに着眼すべきだと思います。そこには長期雇用を前提としたOJT体制による技術の伝承・構築が図られていました。世界のなかで,最も優れた教育方法としてOJTがあったと思います。この点をしっかり踏まえておくことが重要であり,評価すべきです。
2点目は,このOJTも社会・時代と共に大きく変化していることも事実です。高付加価値・新分野展開が求められる現代においては,中小の単独企業だけでは,技術の変化に対応できなくなってきています。そのため,OJTではできない部分についての対応をOff-JTに求めています。企業の目標設定に応じたOJTとOff-JTの一体的展開の中で,労働者は自己啓発を進めていくことが重要となってきました。したがって,企業にとっても,労働者にとっても,わかりやすい技術・技能の目標設定を公共等に求めていると考えられます。
3点目として,この企業や労働者が求めているものをわかりやすく整理するために,職業能力開発の段階・体系に基づく体系図を整備する必要があります。企業にとっても,労働者にとっても目的・目標管理の設定は重要です。また現在の自分たちの技術・技能水準の位置づけを認識することも大切です。目的目標設定と,現在の技能・技術の位置づけを認識し,その差を埋めることによって,自分たちのすべき教育体系を構築することができます。つまり,職業能力差を埋めるためのプロセスとしての能力開発は,どうあるべきかという設定がなされなければなりません。このことはさらに,従来行っている日本の企業内におけるOJTの見直しにも連動することでもあります。それは何となく展開してきたOJTを,もっと科学的に分析して短期間に有効に活用できる体制づくりにも繋がっていきます。
日本における企業は,長期雇用体制を前提としてきたことにより,その企業だけに通ずる技能・技術になりがちでありました。経済のグローバル化と,雇用体制の変化により,単独企業だけの技能から横断的に通ずる技能が必要となっています。先進国等では,雇用環境と連動した体系・段階的能力開発が進んでいます。
いま,雇用促進事業団等を中心として,OJTを分析し,新たな課題を付加しながら生涯職業能力開発体系を作成しています。その生涯職業能力開発体系に基づく能力開発の推進と情報の提供を国家事業として展開しなければならないと考えているところであります。
4点目は,社会的な責任の中で,人づくりに対する産業と企業の体制づくりを考えるべきだと思います。先進国の中でも,進出した日本企業に就業希望が多くみられます。その主な理由の一つとしては,企業の中におけるOJT教育・Off-JT教育などがしっかりとしていて,将来にわたった技術を身につけることができることにあると聞きました。先進国においては,雇用と職業能力の問題は密接不可欠なことであります。職業能力を持たない者は,就業の機会すらありません。
また,企業から企業への移動は多いものの,同一 産業内でのことが多く,異なる産業への移動はあまり見られません。特に技術をもった者に関しては,そのパーセンテージが少なくなっています。このことから,産業の責任で人づくり政策・体制が活発であり,社会的な評価が高くなっています。ある面では社会的な投資をも含めて労働者を育成するという気運が強いといえます。
日本においても,さらに雇用と職業能力の問題は重要となってきます。特に中小企業においては,即戦力を求める反面,一つの企業で育成しても,そこから他の企業に移動するのではないかという心配もあると思います。しかし,日本でも産業を越して技術・技能を持った者が転職するという事実はそれほど多いとは思われません。したがって,産業全体のレベルアップやその産業に属する事業主団体の発展のためにも単独企業での努力はもちろん,社会的な投資を含めて産業界,団体での人づくり対策を進めてほしいと思います。
5点目,国家的事業として能力開発に関する情報提供を確立することが急務と考えます。基本的な生涯職業能力開発体系・実施方法・カリキュラム・教材・講師等の総合的な情報提供を通して,中小企業等が活力ある人づくりを構築する環境整備をする必要があります。まさしく,今何をすべきかの課題提起といえます。
実施体制の中では,中小企業が単独で展開できる ものもあると判断されますが,今日的課題を解決するためにOJTからOff-JTに期待することが多くあります。実施母体を企業から団体,さらに産業に求めていくことは当然と思います。
重ねて主張します。生涯能力開発体系の特長は,OJTの分析を基盤とし,徹底した科学分析をしているところにあるといえます。特に大企業を支えている中企業の優れたOJT体制を分析することから始まっていると考えます。したがって,ここでのノウハウをある面では公開すると同時に自らも参加していただきたいと思います。事業主団体は,自らの事業として人づくり対策を強力に進めることが,傘下企業の明日への発展に寄与することを意識していただきたいものです。
日本は,他の先進国に比較して,職業能力開発情報が大幅に遅れていることは事実です。これを打開することがある面では行政・雇用促進事業団等の責務と思います。
6点目として,自己啓発があります。高付加価値化・新分野展開を図るために自己啓発が重要だとされています。また,個性を尊重する社会を構成するといわれていますが,今日の雇用状況から見ても個人が勝手気ままに能力を作りだしたからといって直ちにその能力を活かせる職場が用意されるとは限りません。企業は当然,経営目標があり,その目標達成のための事業部署に必要な能力をもった人を配置します。労働者は職業生涯の中で何を目標とするか明確にしたうえで自分の能力の向上を図ることが重要です。在職労働者の自己啓発は,経営目標とある面では一体的でなければなりません。ただ,狭すぎる目標設定は,創造的発想を妨げるものであり,幅を拡げた領域をも考えるべきです。そのためにも,中・長期に職業能力開発を展開する図式を作るべきです。
最後に労働省・雇用促進事業団等が行う大学校・短期大学校について,もっと実践的なものにすべきと考えます。生涯職業能力開発体系図に基づいた展開をもっと徹底すべきです。つまり,大学校等のこれらの課程は修了することであっても決して完結することではありません。継続して職業教育を展開することが重要です。大学校等についても,こうした修了後の継続した職業教育を実施する責務があることを意識的に作りだすことが重要だといえます。ただ,このことは,単に若年労働者の教育という限定したものではなくて,広く在職労働者の生涯にわたる職業教育に係わる体制づくりを示すものであります。むしろ,在職労働者の実態を把握し,一層高度化することから職業教育が構成されることが必要です。在職労働者と学生が常に相乗効果をおこしていることを考えるべきです。常に,企業・労働者の求めるニーズがどこにあるかを体系図の中から読み取り,実施することこそ大学等の本来の姿といえます。
変化・改革は,労働市場を正しく分析することから始まります。大学校等がもっと開かれたものにすべきだと主張いたします。
辻 どうもありがとうございました。非常に示唆に富む話でございました。そういうご意見などがたくさん出た中央職業能力開発審議会を切り回しておられた佐田課長がいらっしゃいますので,その結果をどういうふうに判断し,どういうふうにすべきかというお話をひとつお願いいたしたいと思います。
佐田 確かに辻先生や柿崎委員がいわれるように半年以上かけて中央職業能力開発審議会の部会において,今後の能力開発のあり方について具体的に検討してきたわけであります。その結果は内容的にはシンプルになっております。すなわち,今後企業の高付加価値化あるいは新分野の展開に向けて人材育成を図るためには,1つは公共職業訓練の高度化を図るということでありまして,現在ある26の短期大学校を計画的に大学校化にしていくというものでございます。それからもう1つは,森先生もおっしゃったような自己啓発を進めるということで,自己啓発を進める場合のネックになっております問題,これが時間が足りないですとか,経費が足りない,あるいはどこに行って何を相談したらよいか,また,何を勉強してくれば役に立つかといった情報が足りないということでございますので,そういった面の整備を行うことです。この公共職業訓練の高度化と自己啓発の推進という2本の柱で人材育成をやっていこうという方向になっております。審議の過程で出ました議論の経過等は,先ほど柿崎委員がおっしゃったとおりでございます。
今まで各パネラーの方のお話をうかがいながら,私は人材の高度化ですとか高付加価値化ということを非常に抽象的な観念でしか理解していなかったのではないかと思っています。しかし,越丸先生はじめ各先生方にいろいろと具体的に教えていただいて,やはりこの方向は正しかったのだと思っております。こういった内容の教育訓練を今後日本が行っていくということは,非常に重要だということについて再認識したわけであります。
ただ,こういった教育訓練が必要であることと,それらを誰がどういう形で,どういう分担で実施するかということはまた別の問題だろうと思っているわけであります。たまたま,日産,それから小松製作所の大企業という例が出ました。大企業の方々もご苦労されているのはよくわかりましたが,しかし,大企業は大企業として,ひとつご自身のご努力でやっていただければいいんじゃなかろうかということであります。また,森先生のお話のように,強い個人を作るということになれば,基本的にはそれは個人がやればいいのではないでしょうか。自己責任で,個人でやってくださいというふうになると思います。そうしますと雇用促進事業団なり他の教育訓練施設は,どこでどのような分担で教育訓練を担当すべきかというところをしっかり整理しておかないといけません。大企業の方は大企業でやる,個人は自己責任で行うということになりますと,事業団は,何もすることがないんじゃないかということが心配されるわけであります。そこで現在不足している中小企業の技能,技術の人材を養成すると,こういった課題に応えることが事業団の任務ではなかろうかということが出てくるわけです。
それにしても,そういった人材を,高専でも全国で1年の入学定員が1万人の規模で養成しています。それから専修学校も,いろいろな教育訓練の内容がありますけれども,学校の数だけでも実数で約3500ぐらいあります。さらに工業系の大学というものがあります。こういうなかで,われわれの短大校がどのような役目を果たしていくのかというところをしっかり整理しておく必要があると,改めて感じたわけであります。
ものを作る,実践的な技術者を養成するということは,抽象的な課題としてはそれでいいわけでありますけれども,例えば,先ほど越丸先生がおっしゃっていた職場の改善にいたしましても,この場合は実際に生産現場があって課題があるので,何を解決しないといけないかということがはっきりしてくると思うんですね。ところが短大校ですとそういう生産現場がないわけですから,どういう形でその課題をしっかり見つけてくるか,また,見つけてきた課題は正しいのかというようなことが課題だと,思っていました。柿崎委員のほうからOJTの分析等々といった示唆をいただきましたので,そういうことも1つ有力な方法かなと思います。設定した課題が本当に正しいのかどうかというところをはっきりする必要があるだろうと思います。
また,戸田先生にお言葉を返すようで申しわけないんですけれども,短大校と他の教育機関との違いの説明でゴルフの話がありました。ビデオでゴルフを教えるのか,マンツーマンでやるとかということに差があると,こういう話でありました。ゴルフは確かにマンツーマンのほうがいいかもしれないけれども,他の技能の分野で全部がマンツーマンでやる必要があるのかと。だいたいビデオだけ見せておけば足りるというような分野もあるんじゃなかろうかと,こういうふうに思います。マンツーマンの例として,現時点の少数精鋭の訓練があげられました。これは確かに手とり,足とり行っていますが,これとて,生産性といいますか効率性といいますか,費用対効果がこれでつり合っていることが必要だろうと思います。
したがって,若い人は1単位の訓練が20人だけども,先ほど理事長の挨拶にありました企業スクールというところにもしっかり根をはっていくというようなことで,広げるということをしていく必要があると思います。それからビデオを見せておけばすむような教育訓練の分野については,それは他の教育機関に任せておけばよいということもでてくるかもしれないというような感じを持っているわけであります。抽象的にいうと中小企業の即戦力になる人材の養成は,地方都市は他の教育訓練施設が少ないので,そういった地元定着型の人材を育てるといったところが,わが雇用促進事業団の任務であると,こういうふうになるのではないでしょうか。事業団としては,やはりしっかりその任務を見据えて,そのなかでどのようなことを担当していくかということを整理しなければならないと思います。
辻 どうもありがとうございました。いろいろと材料が整い,そして事業団が先頭を切ってこれからこの職業教育訓練の高度化を図らなければいかんと。課長からも今のようなご指摘がございました。これを受けて,矢田貝理事からそのお考えをうかがいたいと考えます。どうぞよろしくお願いいたします。
矢田貝 事業団で,国の能力開発の外郭機関を運営している立場で,私なりに今日お話を聞きながら,これから考えなければいかんなと思っている点を2,3点申しあげたいと思います。
1つは,教育システム,森さんの言われた教育システムというような問題について私流に言いますと,「少し私ども思い上がりが過ぎるんじゃないかな」ということを反省しております。もちろん,そういった国の政策を受けてやるということですから将来を見通しながら一定の政策理念を持って展開しなければいけないと思いますが,申しあげたいのは,先ほど佐田さんもおっしゃったように,実は私ども工場も何も持たない人事教育訓練部ではないかなと思っております。能開大でもこれだけ立派な建物と機械といろんな人を備えておりますし,短大でもすばらしい機械なり人材を持ってます。ただ,これは別な角度でいいますと,どうもわれわれが片思いで,こんな機械があったらいいんじゃないか,こういうシステムがあったらいいんじゃないかと,いろいろな面で民間のニーズなり,将来の動きをにらみながらやっていこうということで努力してきていますけども,どうも少し思い上がりというような部分が強すぎるんじゃなかろうかと思っています。ある意味では,今後,私どもの能開機関は,国としての政策と役割ということはもちろんですが,いってみれば中小企業との実験工場というようなものの考え方のなかで運営していかなければいけないのかなと思っています。要は自分がこういう分野が得意だからこういう技術をここで教えるというんじゃなくて,たぶんそれぞれの業界,業者団体,産業界が抱えている問題を,この能開大なり短大等に持ち込んで一緒になって研究し,それならばこういうような機械がいる,こういうシステムがいるよというようななかで,公共部門としての役割を果たしていくということが,さらに必要ではなかろうかと感じております。
2つ目の問題としまして,これは労働省等に対するお願いでもありますけれども,実は先ほど吉川さんの技能検定等の話で,技能者の処遇といいましょうか評価というような話がございました。これにつきまして,今後私どもが大学校化していく,あるいは企業人スクールの展開といったようななかで,先ほど柿崎さんからも話がございましたけれども,OJTの分析なり,体系図等々展開するなかで,労働者の方々がどの部分をどの程度担当できるかというような評価システムが必要になろうかと思います。それは社内でも通用するし,これからいろいろと産業を超えて人が移動するということもありましょうし,さらにはこれだけ人なり技術が国際的に動いていくとなれば,せめて東南アジアで共通するような1つのグレードといいましょうか,資格といったものをぜひ表示するものとして作ることと,それぞれの企業の中で,雇用環境を整備するという観点から,そのような評価,あるいはグレードを持った人について,どのような処遇をすればいいかという面でも一緒になって研究していけばいいと思います。ぜひそういった評価のシステムというのを,今回の大学校法化のなかで一緒になって勉強させていただければ大変ありがたいなと思っております。
最後に,今日あるいは明日以降の研究発表会の学生の卒業製作にも表れていると思いますが,学生はそれぞれ私どもの大学で実践的な教育を受けることになってます。私はやはりうちの大学の特徴といえるのは,東短でいえば9系を抱えているなかで,学生たちが実際の中小企業に入っていった場合に,自分の専攻分野でなくて,いろんな分野のことを知りながら一緒になって物を作っていくといった教育であろうと思います。そういったことが今日のロボット競技の中にも現れていると思います。たぶん,機械と制御ということだけでなくて,これからは場合によっては建築とかいろんな分野と一緒になりながらものを作っていく,そういったことに発展していくことを希望しております。このことについて率直に反省しますと,今私ども短大の中で一番足りない部分というのは,その系を超えていろいろと議論していくというようなこと,系の中でもそうですが,そのような仕組みがどうも足りないのではなかろうかと思っております。このへんは今後の実践課程を置くなかでも一番考慮しなければならない点ではなかろうかと思っております。
われわれの大学校としての特性を発揮するためにも今回のような学生の製作発表というようなものは,学生自身の問題,われわれの問題としてもぜひ発展させていきたいと思っておりますし,人材高度化事業の取り組みの事例についても,先ほど申しましたような思い上がりということからすれば,業界の方と一緒になって考え,われわれも学び,大企業の方々は独自でもできる部分もありますけども,中小ではなかなかできない分野をこれだけの設備と機械で,一緒になって人材を作っていくというような観点で取り組んでいきたいと思っております。
辻 どうもありがとうございました。あと少々時間 がございます。会場の皆さんからいろいろご感想でも結構でございますから,お話しいただけないでしょうか。
小林辰滋氏(会場発言・石川職業能力開発短期大学校長)
私は,越丸先生のお言葉を,あるいは森先生,吉川先生,日頃,私が思っていることを重ね合わせて感じたんですが,1つは,越丸先生のほうは,生産現場での課題を教育訓練のほうへ持ってきている。それで,多大な効果を上げていると。多大の効果というのは,おそらく教育効果と生産性向上と両方含んでおられると思うんです。それともう1つ非常に印象に残ったお言葉は,手離れの悪い教育ですか。そういうような表現があったかに思います。
森先生のほうは,個への対応ということなんですが,私らの狭い教育訓練の,実施している立場で言いますと,個への対応というのは,越丸先生のおっしゃった教育訓練の課題ですとか,それから育てる対象だとか,かなり絞られる人もいるというふうにお言葉があったんですが,われわれの世界では個への対応というのは非常に重要だと。ものづくりの教育というのは,突き詰めていけば手間暇のかかる教育だと私は認識しております。森先生がおっしゃった個への対応というのは,いろんな面で使われる,あるいは広い意味を持っているというのは承知しておりますが,私の立場でそう感じたということでございます。
そして,吉川先生のほうは,中小企業では,そういう手間暇のかかる教育というのは,非常に難しい環境にあると。それからさらに佐田課長,柿崎委員のおっしゃった公共の訓練でどういう課題を導入していったらいいかと。越丸先生のほうの企業との課題の選定の関係があるんですが,OJTからの分析というのが公共訓練に導入する課題のとらえ方の1つと,そのように感じました。
以上のことから,さらにもっと大きいことを言いますと,産業の中で付加価値を非常に生むものというのは,製造業が代表的な1つだろうと思います。中小企業の人材育成に,労働省になり代わって事業を展開する雇用促進事業団の役割というものは,今後ますます重要になってくるんだろうと思います。これを否定する方は,日本を滅びさせると,それくらいに思って心強く,今日シンポジウムに参加させていただきました。
もう1点,先ほど佐田課長のほうからいろんな専門学校とか,大学とか,一種の区別化に通じるかと思うんですが,そういうことがちらっと出されましたが,日本が将来ものづくりをとおして発展していくためには,文部省の職業大学院構想から含めまして,専門学校,わが職業能力開発施設,こういうものをトータルに,やはり日本として職業技術教育のインフラを構築するという夢を,ぜひ皆さんで実現していったらいかがかというふうに私は思いました。以上です。
辻 どうもありがとうございました。他にどうでしょうか。
それでは,長年の三菱での経験をちょっとお披瀝いただくと同時に,今日のご感想などお願いできればと思います。
天野信三郎氏(会場発言・三菱電機常任監事)
日本の今日おかれている立場というのが,今までは,よくいわれるように,ともかく先進国に追いつくと,こういうことだったんですけども,世界における日本の立場というのは,これからに向かっていろんな意味でしっかり考えなければいけない時期にきているという1つの認識があります。そこにおいて,人材の育成という問題が,企業は人なりといわれるように,あるいは「日本も人なり」とこう言ってもいいのかもしれませんが,ものすごく人材の育成という問題が重要というか,当たり前のことなんですけども,もういっぺん原点に戻って考えてみるときにきているなと,こういう認識を強く持っております。そういうときに,今日,こういうシンポジウムが開かれて,先ほど来,非常に熱心に重要なことが討議されたということは,すばらしいことと思って私も産業界に籍を置く1人として,ありがたく思っている次第でございます。
そこで今までもほとんど話が出ておりますので,その中から私の感じたところでございますが,企業自体も世界を相手にして仕事をするというなかにおいて,企業が人材の育成というものに対してどう取り組むかという問題と,そこに勤める従業員個人として,自分の幸せとか自分の人生というものを,より豊かなものにしていくためにどういう人生を送っていくかということを考えることができるかなと思っております。それでそれを考えるときに,いろんな角度からというのか,いろんな問題が複合してそこに存在しておりますので,1つの考え方で割り切ってものを考えるということはできないと。常にある面から考えれば,対称の面から考えると,あるいは矛盾した両面を意識的に考えることによって,自分は何をすべきかということを常に考えることが求められていると思います。つまり企業と個人という問題をとりましても,個の尊重ということは,私は日本人としてもっともっと自覚すべきテーマだと思うんですけれども,しかし個の尊重を考えると同時に,その個が存在する場としての社会というんでしようか,集団というんでしょうか,その問題を考えることによって,やはり個も幸せになってくると。そういう相対関係にあるのですが,突っ込んでくるとそこにはかなり矛盾概念があると思います。しかし,それをぬけぬけと考えていくことが求められているだろうと思っております。
少し具体的な話に戻しますと,従業員の教育をしていくときに,いろんな仕事があると思いますけども,どういう仕事を従業員に求めるのかと。どういう成果を従業員に求めるのかと。ただこれはものを作っていくとはいいながら,従業員の能力に依存する場合が非常に高まってきておりますので,方向性 だけを期待するということになるかもしれません。内容そのものは,それを担当する従業員が豊かなものに作り上げるということになるかもしれませんので,方向性をはっきり示していくという,そういう職務の明確化ということが,人材の育成ということに関して大事な問題だろうと思っております。
個人にとっては,専門をはっきり持つ必要があるというのが,私の主張なんですけれども。私ども会社の中で,技術屋さんと専門性について議論すると,「もっと専門をはっきりすべきだ」と言うと,「あまり専門ばかになってもらっちゃ困るんだ,もう少し底辺が広くないと困るんだ」と,こういうことで議論が分かれるんでございます。しかし,やはり自分は何ができるという専門をしっかり1つ持っていく必要があるだろうと思っております。そのときに個人が,会社の中における教育を受けることもありますけれども,個人として社会に住む人間として,勉強を助けてくれる1つの世の中の仕組みというのがすごく大事になってくるなと,それは職種の分類によって,例えば技能の分類であれば労働省のほうでやっていただいております職業訓練の体系というものが,いざとなればそこへ行って勉強してくる,勉強を仲立ちとして技能検定を受けて,自分はこの職種についてはこういう能力があるんだということを世の中にはっきり証明することができるようになる。これはものすごい個人にとっての誇りでもあり,自信でもあり,プライドでもあると思います。
もう1つ,技術の分野につきましては,今各大学で社会人教育と申しますか,ドクターコースを開放して,いろいろやっておられますけれども,そういう学校教育が個人の育成をバックアップしていくとか,そういう意味で世の中に何か個人の,自分で勉強したいというときに,それをバックアップしていく体系というものがはっきり作られていって,それがわかりやすくなっていると。そういう両面から何か仕組みができていくことが大事なのかなと,こんな話を今うかがいながら感じておりました。
いずれにいたしましても,本当に日本が世界とともに頑張っていくときに,その出発点になる人,個人の育成というものを,原点に戻って,本当にみんなで考えたいなと,考えていただきたいなと思っております。今日は本当にすばらしい会合を開催いただきまして,私も聞かせていただきまして,大変勉強させていただきました。ありがとうございました。
辻 どうもありがとうございました。非常に貴重なお話をうかがいまして,総括の前に感じ入っておりました。
今日考えますと,もう世紀末を迎えておりまして,多くの問題に直面しているというのが現状です。特に経済的には構造改革と,あるいはわれわれにも影響があるようないろいろの制度改革をやらなきゃならないと,こういうバリアーの乗り切りに今苦労しているのが現状でございます。このようなときであればこそ,われわれ人材育成の一翼を担うものといたしまして,その重要な職責を与えられたということを自覚いたしまして,創造的な実行力のある人々を世に送り出さなければならないと。21世紀にそういう方々にこの国を背負って立ってもらいたいと。そういう願いが切でございます。
今日はいろいろ会場からもお話をいただき,またパネリストはそれぞれの立場でお話をいただきまして,この会の目的にアプローチできたことを感謝いたしまして,私のコーディネータの仕事を終わらせていただきたいと存じます。どうもありがとうございました。
本稿は,1997年2月26日,雇用促進事業団主催で行われた,第1回研究開発発表会のシンポジウム「高付加価値化と新分野展開」の録音テープをもとにしたものです。なお,発言の主旨を損なわない限りで,発言者に加筆訂正いただいたため,当日のシンポジウムのままの記録でないことをお断りしておきます。
また,パネラーおよび会場発言者の所属等については,開催時のものとさせていただきました。