近年,医学分野の発達により,日本は世界一長寿国といわれてきた。今後,第1次,第2次ベビーブーム世代が高齢となり,近い将未65歳以上の高齢者が人口の14%を超え,高齢化社会に突入することは確実であり,それによって福祉機器利用者も増加すると思われる。また,病気によるものや交通事故など何らかの原因によって身体に障害をもち,福祉機器を利用している者も多いのも事実である。
福祉機器製作を卒業研究のテーマとして取り上げているのは,現在の福祉機器にある問題点に,卒業研究という自由な考えのできるなかで学生とともに取り組みたいという思いがあったからである。今回は,福祉機器の中でも下肢不自由者の移動手段である電動車椅子をテーマとしている。これは,職開大で行われた平成8年度能力開発短期大学校卒業製作・研究発表会で発表した「マイコン制御による電動車椅子」をベースとして報告する。
毎年,卒業研究が始まってから中頃に,福祉機器の調査を目的とした福祉施設内の福祉機器展示コーナーに見学に出ている。それは,学生は,今までに一度も福祉機器を利用している高齢者や障害をもった方と接する機会がなく,福祉機器に触れたことがないため,参考図書だけを見ても感じがつかめないこと。また,実際に機器に試乗したり,障害の疑似体験を行うことによって,現存する機器の問題点を考察したり,学生自身いろいろなアイデアを出し合うことにより,電動車椅子の設計,製作を行っていくうえで,非常にプラスになるからである。
見学場所は,岐阜県介護実習・普及センターで,この施設は,特別養護老人ホーム寿楽苑の中に併設されており,入門講座の介護実技コースから専門職を対象とした研修などを行っており,展示機器も比較的豊富にある。また,当校から車で15分くらいのところにあるので,よく利用させていただいている。以下に,見学の際の調査目的と調査項目について示す。
前回製作した電動車椅子は,卒業研究テーマとして取り上げた最初の作品であり,今回の電動車椅子のベースとなるものである。初めて電動車椅子を製作することもあり,問題となったのはフレームの材料をどれにするかにあった。鉄をベンダーで曲げ溶接する,FRPで作る,などの案が出たが,半年の卒業研究の期間で1台を仕上げるために,簡単に組めしかも丈夫である材料を選ぶ必要があった。
その結果,選定したフレーム材料は,矢崎化工が出しているイレクターを使用した。このイレクターは鋼鉄製のパイプにプラスチック樹脂をコーティングしてあるため丈夫で軽く,しかも錆びにくいという特徴を持っている。組立もパイプとジョイントを専用接着剤で固定することで手軽にでき,ジョイントの種類も豊富にあり,どこのホームセンターでも置いてあるので入手しやすい。また,実際に福祉用具にも使用されているのが理由である。
モータの仕様は,定格電圧24V,定格出力80Wの遊星減速機付きDCモータを使用した。JIS規格の中に電動車椅子の最高速度が4.5km/hと定めてあるので,計算より定格回転数50rpm,トルクは7.85N・m{80kgf・cm}のものとした。また,通電開放型の電磁ブレーキもモータに取り付けてある。モータの制御はリレーを4個使用し,リレーの組み合わせで前後左右の動きを行っている。
コントローラ部は,押しボタン式を採用している。通常使われている電動車椅子のコントローラには,ほとんどがジョイステックが使われているが,脳性麻痺による筋の緊張度が高い人にはかえって使いにくいという意見もあるため,この大型の押しボタン式でも使用者によっては有効であると思われる。コントローラ部にあるメイン電源スイッチは,OFF・ブレーキ開放・電源入力が選択できる。電源OFFにした場合,モータに取り付けてある通電開放型電磁ブレーキがかかるので,ベットから電動車椅子に移乗するときや坂道の途中で止まるときなどに電動車椅子が動いてしまうことを防いでいる。
今回の電動車椅子は,前回の反省点を踏まえた改良型であり,目標として以下のような5点をあげた。
作業も卒業研究生4名を分担させ,フレーム班2名,制御回路班2名と分けて同時進行で進めた。
フレームを製作するうえで必要なこととして,まず,フレーム全体の寸法とデザインを決めてから,各部品の寸法や配置など検討する必要がある。実際に,フレームの設計・製作に取りかかる前に,モデルフレームを作らせた。このモデルフレームは,使用するパイプ径と同じ径の中空発砲スチロールに自在針金を通し,それを曲げながら,随時検討していくものである。これを行うことで,学生に共通の製作イメージを浮かばすことができるため有効であった。
使用したフレーム材料は,前回と同じくイレクターを選定した。特に,肘掛け部分や背もたれ部分のパイプに曲線状のものを使用し,駆動輪側のタイヤをフレーム内に収まるようにした。
シート部分は通気性がよく,長時間座っても蒸れない綿帆布を使用した。取り付けも布の周りにO型リングをかしめて,取り替え可能なようにロープで巻き付けてある。足を置く部分もさまざまな案が出たが,どれも実現するのが難しく,一般的な跳ね上げ式とした。
使用したモータは,DC24Vの澤村電気製の遊星減速機付きブラシレスモータで,モータ本体にドライバ回路が内蔵してあるので制御回路全体がシンプルになり軽量化の一助となっている。このドライバ回路の制御は,入力コネクタに電源・正逆転信号・スピードコントロール信号(0~3Vを加える)を入力すればよい。JIS規格の中で電動車椅子の最高速度は,屋内外兼用使用の場合は4.5km/hと決められているので,モータの定格回転数を60rpmトルク3.92N・m{40kgf・cm}のものを選定している。
コントローラ部は,前回のものは,押しボタンスイッチを使い,電動車椅子の操作を行っていた。一般的に使用されている電動車椅子のコントローラはジョイスティックが用いられ,内部はリミットスイッチの押し方を機械的に組み合わせているようである。
今回は,反射型フォトセンサを使用し,操作する棒に白いテープを巻いて,それをセンサが感知することによって電動車椅子を前後左右に操作できるようにした。スピード制御は,ブラシレスモータのドライバ回賂の入力に指令電圧(0~1.3V)を加えればよいので,8ビットのR-2Rラダー型DA変換回路を作成して指令電圧を制御した。前進後退操作もモータドライバの入力をON,OFFで切り替えることによって操作できるので,リレー回路を作成させた。それぞれの回路は,Z80マイコンのPPIを介し制御している。
以上の制御回路を1枚の基板に載せるためと回路ミスによる動作不良を防ぐために,エッチング作業による基板作成を行っている。プログラムはLSI-Cを使用しROM化しており,プログラムを変えることによって使用者に合わせたスピードコントロールも可能である。
電動車椅子完成後テスト走行を行い,学生と反省点などについて話し合った。フレーム班からの反省点は,モータ周辺のフレームを強化する必要があること,また足を置く場所についてもいろいろアイデアを出したが,頭で考えたことを実現させることが難しかったことである。制御回路班からは,コントローラを塩ビ板で作成したが,操作しづらい点があった。制御回路のD/A変換回路を1チップにし,前進後退回路をトランジスタを使うことで,さらに小型化できるのではないか,などが出てきた。この反省材料を今年度(平成9年度)にも生かし,さらに軽くて使いやすく実用度の高い電動車椅子を製作できればと思う。
福祉機器製作の難しい点は,その使用者にとって使える福祉機器であるかどうかである。ハンディキャップをもつ方が,常にその機器と生活し,体の一部として使うので,当然不安や不快を与えてはいけない。これは当たり前のようであるが,学生自身も体験したように,真剣に考えて作った装置がかえって使いにくいといったケースもある。今後は,リハビリ工学の専門家などの意見も取り入れ,フィールドテストを行い,より使える福祉機器に近づけていきたいと思っている。
毎年,福祉機器の製作を卒業研究のテーマとして取り上げているが,この中には“ものづくり+α”の意味が含まれている。ものづくり教育の重要性については,私が述べるまでもなく皆さんご承知のことと思うが,その“+α”は,学生が福祉施設での見学や機器の試乗体験のなかで何かを感じとり,福祉とは何かについて少しでも考えることであり,私はその機会を与えることができればと思っている。