• ポリテクセンター宮城(宮城職業能力開発促進センター)余須野 裕

1.はじめに

カラーCRTに使用されているシャドウマスク孔は非常に小さく,地磁気などによるシャドウマスクの磁化の影響が,シャドウマスク孔に及ぼす影響を調べることは,通常の磁束計のプローブを使用した測定ではできない。このような微少な空間の磁界分布を電子顕微鏡を使用し,電子ビーム軌道から磁界を測定した例がある1,2)。

本件では,カラーCRTで使用されている非常に小さなシャドウマスク孔の漏れ磁界を測定するため,シャドウマスクをリング状に加工し,走査型電子顕微鏡を用いてシャドウマスク孔の漏れ磁界を算出した結果について述べる。具体的には走査型電子顕微鏡の電子銃から発射した電子ビームが,磁化されたシャドウマスクの孔を通過する際,シャドウマスク孔の漏れ磁界により電子ビームの軌道が曲げられる。この電子ビームの移動量を走査型電子顕微鏡で観測を行う。次に,軌道計算から求めた電子ビームの移動量が走査型電子顕微鏡で観測した移動量と同じ値になるまで,リング状シャドウマスク孔の磁界を変化させる。このように電子ビームの軌道計算を繰り返し行いシャドウマスク孔の漏れ磁界を求めた3)。

2.シャドウマスク孔の漏れ破界の測定方法と破界計算

カラーCRTは,電子銃から発射された電子ビームが赤,緑,青の各蛍光体に射突し,それらを発光させ画像を作り出す方式である4,5)。このためカラーCRTには,電子ビームが各蛍光体に正しく射突させるための色選択機構が必要となる。一般のカラーCRTでは,この色選択機構にシャドウマスクと呼ばれるものが内蔵されている。このシャドウマスクは,平板状の厚さ0.1~0.25mmの薄い軟鉄に,エッチング処理によって0.1~0.3mm程度の非常に小さい孔が規則正しくあけられている6)。これを800℃前後で熱処理し曲面状にプレス成形を行い,さらに600℃前後で酸化性物質を噴霧器で表面に散布し,黒色酸化膜を形成させて加工する。3本の電子銃から打ち出された赤,緑,青の各電子ビームは,偏向コイルによって曲げられた後,シャドウマスク孔を通過して定められた蛍光体に射突する。例えば緑用の電子ビームであれば,シャドウマスク孔を通過し緑の蛍光体に射突するようにシャドウマスクは設計されている。しかし,シャドウマスクは地磁気などの環境磁界によって磁化される7)。

このようなシャドウマスクの孔は非常に小さく,漏れ磁界の測定は,通常の測定用プローブでは不可能である。そこで,本測定においてはシャドウマスク孔の漏れ磁界測定を走査型電子顕微鏡を用いて行った。測定に使用した20型カラーCRT型のシャドウマスク・フレームの寸法は縦300mm,横390mmであり,走査型電子顕微鏡の試料室にそのまま入れることはできない。そこで,シャドウマスクの一部をリング状に打ち抜いた試料を製作して実験を行った。

写真1は,今回測定を行ったシャドウマスクの電子顕微鏡の観測写真である。図1は,この観測したストライプタイプのシャドウマスクの寸法図である。また,図2にこのシャドウマスクを切断した断面図と寸法を示す。このようにスリットの開口部が,外側に大きく広がっているのは,電子銃から打ち出される3本の電子ビームが,パネルガラス面に塗布されている赤,緑,青の各蛍光体に効率よく射突するように設計されているためである。

写真1
写真1
図1
図1
図2
図2

図3は,リング状に打ち抜いたシャドウマスクとシャドウマスク孔の寸法である。これにトロイダル状にコイルを巻いて磁界印加用とした。さらにもう1つ別のコイルを巻き,リング状シャドウマスクの残留磁界の消磁用とした。図4は,製作した試料台の上にリング状に打ち抜いたシャドウマスクを配置した走査型電子顕微鏡の測定装置の概観図である。図のようにリング状のシャドウマスクを試料台に固定し,磁界印加用コイルと消磁用コイルの電流端子を走査型電子顕微鏡の試料室に取り付けた。

図3
図3
図4
図4

走査型電子顕微鏡から発射された電子ビームは,シャドウマスクの任意の1つの孔を通過し,試料の下に置いてあるメッシュの台に当たりメッシュ画像を得る。次に,この状態からコイルに直流電流を印加し,磁界を発生させるとシャドウマスクが磁化されるとともに,シャドウマスクの孔部分に漏れ磁界が発生する。このため孔を通過する電子ビームは,ローレンツ力を受けて軌道が曲げられる。走査型電子顕微鏡は電子ビームを走査してメッシュに照射し,そこから放出された2次電子をプローブで検出して,画像に再構成する方式である。それゆえ,シャドウマスク孔の漏れ磁界で電子ビームの軌道が曲げられると,試料台下側に配置しておいたメッシュの画像も磁界印加前の位置から移動して観測される。この移動量を基準にして,電子の運動方程式から電子ビームの軌道計算を行い,リング状シャドウマスク孔の漏れ磁界を推測することができる。

電界E,磁界Bの電磁界中にある質量m,電子の電荷-eの電子の運動は,ローレンツ力(1)式によって記述される。

(1)式
(1)式

ここで,電界Eが存在しない場合の電子の運動方程式は(2)式で表せる。

(2)式
(2)式

(2)式をルンゲ・クッタ法で,解法することにより,電子ビームの軌道計算を行うことができる。

(2)式
(2)式

図5は,この移動量から電子ビーム軌道の計算を行い,シャドウマスク孔の漏れ磁界を算出するためのフローチャートである。

図5
図5

3.無端ソレノイドによる測定

まず予備実験として,リング状の真鍮にコイルを巻いた無端ソレノイドの製作を行い,磁界の測定を行った。シャドウマスクと同じ寸法に加工した厚さ2mmのリング状真鍮にコイルを巻いて,無端ソレノイドを製作する。このとき,リング状の真鍮には前もって直径1mmの孔を1ヵ所あけておいた。これを走査型電子顕微鏡内の試料室に配置し,孔を通過する電子ビームの位置をメッシュ画像により確認しておく。

次に真鍮に巻いておいたトロイダルコイルに電流を加え磁界を発生させる。すると真鍮の孔を通過する電子ビームは,ローレンツ力により軌道が曲げられる。このため写し出されたメッシュ画像は,前の位置よりいくぶん移動した状態の画像が得られる。このときの移動量から,トロイダルコイルに流した電流によって発生し,真鍮の孔に加わった磁界を,推定には,真鍮の孔の漏れ磁界に相当する任意の磁界を,電子ビーム軌道の運動方程式に与える。この軌道計算から得られた電子ビームの移動量と,走査型電子顕微鏡の画像データから得られた移動量の数値が一致するまで,磁界の強さを変更して繰り返し計算を行う。

このときの走査型電子顕微鏡の加速度電圧は20kV,試料台まで距離は420mm,試料台からメッシュまでの距離は22mmである。このようにして得られた電子ビームの移動量から,トロイダルコイルによって発生した,真鍮の孔の漏れ磁界の強さを算出した。

この走査型電子顕微鏡によって得られたトロイダルコイルの磁界と理論解析値との比較を行った。理論解析計算においては,巻数Nなるトロイダルコイルに電流Iを流したとき,半径rのトロイダルコイル内部の磁界は次式で表される。

次式
次式

この走査型電子顕微鏡によって得られたトロイダルコイルの磁界と理論解析値との比較を行った。これより,トロイダルコイルに発生する磁界を2.0 Oeから20.0 Oeまで変化させるように電流Iを加えた場合,走査型電子顕微鏡による測定値と理論解析値との誤差は4.0%以内であり,この方法による微少な孔の漏れ磁界の算出方法の妥当性が確認できた。

4.リング状シャドウマスク孔の漏れ磁界実験

測定は,前と同じようにリング状に切り取ったシャドウマスクにトロイダル状にコイルを巻いて磁界印加用とし,さらにもう1つ別のトロイダルコイルを巻き消磁用とする。このコイルに電流を流し,印加磁界の大きさを可変し,それに対する走査型電子顕微鏡のメッシュ画像の移動位置をカメラで撮影する。試料台に使用しているメッシュに写る画像のずれから,先の実験と同じように電子ビームの軌道計算を行い,シャドウマスク孔の漏れ磁界を推定した。その際,印加磁界を設定し磁界を印加したまま,ヒステリシスの影響や加工時における残留磁化を取り除くため,シャドウマスクの保磁力の約20倍のピーク値を持つ50Hzの交番減衰磁界によって消磁を行い,シャドウマスクを理想磁化曲線上に磁化させた。消磁における磁化力の再現性は,走査型電子顕微鏡での観測結果において良好であることを確認している。

なお,シャドウマスクには微視的にみれば微少欠損やクラックによる磁化が存在する可能性があるが,カラーCRT画面上ではこれに由来すると思われる現象は観測されておらず検討の対象とはしていない。

シャドウマスク孔の漏れ磁界の測定は,図6に示すストライプタイプとドットタイプの2種類について行った。前述のようにストライプタイプのシャドウマスク孔は縦と横の長さが違うので,図6(a)に示すように印加磁界を孔の長手方向に対して,垂直(ストライプX)の場合と,図6(b)の平行(ストライプY)の場合の2種類に対して電子ビームの移動量を測定した。ドットタイプのシャドウマスクについては,孔が円形であり印加磁界の方向に関係なく漏れ磁界の大きさは等しいため,一方向とした。測定で使用したシャドウマスクの厚さは,一般のカラーCRTで使用されているストライプ=0.25mm,ドットタイプ=0.15mmである。

図6
図6
図6
図6
図6
図6

図7は,これらのシャドウマスクに加える印加磁界を変化して,電子ビームの移動量を走査型電子顕微鏡により測定した結果である。この移動量から,電子ビームの軌道計算を行い,リング状に加工したシャドウマスク孔の部分の漏れ磁界を算出した結果が図8である。また,図9はシャドウマスク孔の部分の漏れ磁界Hsと印加磁界の強さHaとの比を示したものであり,Hs/Haで定義している。

図7
図7
図8
図8
図9
図9

これらの結果よりわかるように,ストライプタイプのシャドウマスク孔の長手方向に,垂直な磁界を印加したストライプXの場合,シャドウマスク孔の漏れ磁界の大きさは印加磁界の約50倍ほどになった。印加磁界がリング状のシャドウマスクに平行なストライプYの場合,シャドウマスク孔の漏れ磁界は約12倍ほどになる。ドットタイプのシャドウマスク孔の漏れ磁界は,印加磁界の約18倍の大きさとなっていることが確かめられた。

5.まとめ

シャドウマスク孔の漏れ磁界を推定するため,リング状に切り取ったシャドウマスクを走査型電子顕微鏡内の試料台に設置し,孔を通過する電子ビームの移動量からシャドウマスク孔の漏れ磁界を求めた。

以上のような測定により,シャドウマスクをリング状に加工した場合の孔の漏れ磁界については算出することができた。しかし,実際に使用されているカラーCRTでは,シャドウマスクを保持するフレームやこれを止める金具の影響により,先の実験で使用したリング状シャドウマスク孔の漏れ磁界とは異なる。このため,実際にカラーCRTに内蔵されている実物と同一条件でシャドウマスク孔の漏れ磁界を推測する方法が必要となる。

そこで,リング状のシャドウマスクによって得られた孔の漏れ磁界の大きさをもとに,シャドウマスク孔の漏れ磁界は,その近辺のシャドウマスクの磁化状態に比例するので,先の走査型電子顕微鏡に使用したリング状のシャドウマスクの磁化とフレーム付きシャドウマスクの磁化測定を行い,その結果からフレーム付きシャドウマスクの漏れ磁界の大きさを推測する方法により求めている。この結果については次回に報告したい。

〈謝辞〉

日頃より有益かつ懇切なる指導を賜っております東北学院大学工学部,芳賀 昭教授にお礼申し上げます。また,本研究の遂行するにあたり協力いただきました鈴木 寛範氏(現大井電気)に感謝いたします。

〈参考文献〉

  1. 1) 草場,斉藤,中島,湯田:「CT手法による磁界の映像化」,電子情報通信学会誌.
  2. 2) J.B.Elabrock,W.Schoeder and E.Kubalek:“Evalution of Three-Dimensional Stray Fields by Means of Electron-Beam Tomography”,IEEE,Vol. Mag-21,No.5,(1985).
  3. 3) 鈴木,芳賀,奈須野,藤村,山根:「シャドウマスク孔の漏れ磁界の測定」,日本応用磁気学会誌,Vol.16,No.2,pp.381-384,(1992).
  4. 4) 伊吹:「ディスプレイデバイス」,pp.244,産業図書,(1989).
  5. 5) 小林,遠山:「ディスプレー」,P.47,丸善,(1993).
  6. 6) 西沢,山崎:電子技術,1011,pp.36~40(1968).
  7. 7) A.M.Morrell,H.B.Low,E.G.Ramberg,E.W. Herold:“Color Television Picture Tubes”,pp.42-50,Academic Press Inc.,(1974).
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