* 現明星大学
昨今,理工系分野の教育が魅力を失っているとの指摘があり,その解決策の1つとして『発見と創造の喜び』を伝え育てる,魅力ある教育法が望まれている1)。すなわち,学生の知的好奇心を刺激する教材ならびに教育法の出現が待たれる。特に,機械系の教育訓練は物づくり教育が根底にあり,機械を知らずに機械系学科に入学する学生への教育法が問われている2)。
『物』は多種多様な分野の理論が使用され,設計・製作されている。したがって,学生は,数学,物理,材料力学をはじめとする4力学や,多くの工学関連教科を十分身につけるとともに,これらを統合して物づくりに利用できる知識にしなければならない。この解決には,教材を用いた物づくりと関連教科との結びつき教育,ならびに各教科の個別教育ではなく,つながりのある教育が何より効果的であると考えられる。すなわち,教材には学生の興味を喚起できる要素や多くの教科を結びつけることが可能な要素が要求される。この教材として,汎用工作機械を用いて製作する模型スターリングエンジン3)が提案され,本学・生産技術科2年の設計・製作教育4),さらには産業機械科2年の設計教育や動力測定教育等に利用され,多くの教育成果が得られている。
ところで,機械系学科に入学した1年生に対して,これから学ぶ教科の意義ならびに物づくりと各教科との関係を,早い時期に学生自らが実感できる教育訓練の実施がその後の教育訓練にさらなる効果があると考えられる。この教育には,身近にある材料や工具を用いて製作でき,かつ学生の興味を誘起できる教材の利用が不可欠である。
本稿では,この教材として気体の膨張と収縮ならびに本現象を利用したエネルギー変換が実感でき,さらに身近にある材料や工具を用いて比較的容易に製作できる模型スターリングエンジンの一種であるビー玉エンジンならびに空き缶エンジンを紹介する。また,産業機械科1年を対象として実施した空き缶エンジンを用いた実感教育について報告する。
空き缶エンジンを教材として選定した理由は,次のとおりである。
ビー玉エンジンの概要を図1,その仕様を表1に示す。その加熱にはアルコールランプ火炎を試験管の高温部に直接接触させる方法,冷却には室温空気と低温部との自然空冷方式を採用した。同エンジンは,ガラス製注射器,パイレックス製試験管,ビー玉5個,輪ゴム,水風船(切断して利用),両面テープそして木製の土台と支柱から構成される。なお,試験管および注射器内部には大気圧空気が密封されている。その製作に当たっては,表2に示す材料を用いる。
注射器は空気の膨張・収縮力を外部に取りだし,試験管を上下させるパワーピストンとそのシリンダに相当する役割,試験管は密封されている空気を外部より加熱・冷却する加熱器と冷却器ならびにシリンダの役割,ビー玉は試験管内部の空気を高温空間と低温空間に分割し,その空間容積を変化させるディスプレーサと呼ばれるピストンの役割,そして水風船は注射器と試験管を柔軟に接合する役割を有する。
表1中の行程容積は,ディスプレーサではビー玉により移動させうる作動ガス(空気)の最大空間容積,そしてパワーピストンでは注射器の外筒が上下することにより作動ガスが移動するパワーピストンシリンダ中の最大空間容積を示す。一方,試験管は,その中央付近でねじれられた輪ゴムにより支柱に固定されるが,試験管は輪ゴムを支点として回転自由であり,図1の矢印に示す試験管の首振り運動が可能である。
その動作は,試験管の高温空間を外部よりアルコールランプを用いて加熱することから始まる。加熱された密封空気は膨張し,注射器の外筒を上昇そして試験管高温端を下降させ,試験管内部の低温端にあったビー玉を高温端に移動させる。その結果,高温空間の空気が低温空間に移動し,高温空気が冷却・収縮することにより,注射器外筒は下降そして試験管高温端を上昇させ,高温端にあったビー玉を低温端の元の位置に戻す。この繰り返しにより,約40回/分程度の連続した首振り運動が生じる。
このように,本エンジンは空気の膨張と収縮が実感できる教材であり,かつその製作が非常に容易である。ところで,本エンジンの動きは従来型エンジンとは異なる首振り運動である。すなわち,本エンジンはスターリングエンジンの動作原理の理解ばかりでなく,創造教育にも有用な教材になる。
空き缶エンジンの概要を図2,その仕様を表3そして代表的性能特性5)を図3に示す。その加熱にはシート状の電気ヒータ(100℃程度)を加熱部に直接接触させる方法,そして冷却には室温空気と冷却部との自然空冷方法を採用した。
図2のディスプレーサの動作空間を構成するシリンダには,お菓子の空き缶(φ207×60mm),動力を取り出すパワーピストンとディスプレーサロッドには,作動ガスである大気圧空気の漏れを極力防止するために注射器(3ccと1cc)の内筒と外筒,ディスプレーサには発泡スチロール,そしてフライホイール等には工作機械を使うことなく簡単に加工できる塩ビ板を使用した。ディスプレーサとパワーピストンには位相差90°を設けるとともに,出力取り出しにはクランク機構を使用した。なお,機械的な摩擦低減のため,軸受部にはミニチュアベアリングを使用している。
本エンジンは,図2における加熱部に15.5Wの加熱量を加えた場合,図3に示すように高温空間温度80~105℃,そして低温空間温度35℃のわずか45~70℃程度の温度差で自立運転が可能であり,回転数範囲も10~40rpm,そして軸出力も0.6~1.0mW程度と安全性のきわめて高い教材である。しかし,一方では微小出力に対応した機械的な摩擦低減調整も必要になる。
図1と図2に示す両エンジンの動作原理に基づく関係は表4に示すとおりである。
同表からもわかるように,ビー玉エンジンと空き缶エンジンの基本的な構成は全く同じであり,運転動作に違いがあるだけである。したがって,ビー玉エンジンの理解は,空き缶エンジンひいてはスターリングエンジンの理解につながる。
ところで,スターリングエンジンはごく一部の分野で使用されているにすぎず,市民権を得るに至っていない。しかし,その逆サイクルであるスターリング冷凍機は,液体窒素の生成,赤外線カメラの画素子冷却,クライオポンプ用等として発売されている。したがって,ここで紹介した模型エンジンによるスターリングエンジン動作原理の理解は,このような低温生成機器の理解にも有用である。
空き缶エンジンを用いた実感教育はエンジンを自らの手作業により,身近な素材を用いて製作する物づくり教育である。本教育訓練は,物づくり経験の少ない産業機械科1年生23名に対して,9月末の集中実習として設定されている産業機械基礎実習期間中の4日間にわたる計15コマ(100分/コマ)連続して実施した。ここでは,その教育手順,製作工程,作品,そして教育訓練成果について述べる。
その教育手順は表5に示すとおりである。対象とした学生は,本学に入学して6ヵ月経過しているが,物づくりに際して必要な工作機械や工具の取り扱い方は学んでいない。
したがって,あらかじめ3コマの時間を用いて,空き缶エンジンの製作に最低限必要なヤスリ,金鋸等の工具やボール盤の扱い方ならびに実習に際しての安全教育を実施した。続いて,1コマの時間により,ビー玉エンジンを用いて空き缶エンジンの動作原理を解説するとともに,本エンジンの構成部品ならびに製作に当たりポイントとなる作動ガスの漏れ防止技術や機械摩擦損失の低減技術を解説した。また,エンジンの製作には10コマ,そしてエンジンの動作確認に1コマの時間を当てた。
製作に際しては,教育訓練時間との関係より2人の学生が1台のエンジンを製作することとし,学生にはモデルとなる実物のエンジンとその組立図を提示した。また,材料の中で空き缶は学生自身で調達するが,他の主たる材料については表6に示す材料がエンジン1台につき1セットあらかじめ用意されている。
なお,他の共通材料として,空き缶とフレームを固定する軟鋼製折れ板,空き缶とアクリル板ならびに注射器外筒を固着する接着剤,空き缶からの作動ガス漏れを防止するパテ材料やビニールテープ,そして各部品の締結用ボルト・ナットが必要になる。使用した主たる工具類を表7に示す。各工具類は,すべて身近にある。その他,金尺,ノギス,スコヤ等の測定用具も必要である。
主要構成部品の材料,製作工具と工程は次のとおりである。
① ディスプレーサシリンダ:空き缶
パワーピストン,ディスプレーサロッド用の穴あけ(ボール盤)
② パワーピストン,ディスプレーサロッド:ガラス製注射器の内筒と外筒
注射器の切断(高速切断機)
③ パワーピストン,ディスプレーサロッド用注射器内筒用ホルダ:発泡スチロール,塩ビ板
材料の切断・加工(カッタナイフ)→ピストンピン用穴あけ(キリ)
④ 注射器外筒固定台:アクリル板
材料の切断(木材用鋸)→穴あけ(ボール盤)
⑤ フライホイール:塩ビ板
材料の切断(木材用鋸)→円形加工(ヤスリ)→クランク軸用穴あけ(ボール盤)→止めネジ用ネジ切り(ボール盤・タップ)
⑥ クランク軸:磨き鋼棒
材料の切断(令属用鋸)→面取り(ヤスリ)
⑦ フレーム:アクリル板
材料の切断(木材用鋸)→表面仕上げ(ヤスリ)→クランク軸およびベアリング用穴あけ(ボール盤)
⑧ 運接棒:塩ビ板
材料の切断(木材用鋸)→表面仕上げ(ヤスリ)→ピストンピンおよびクランクピンのベアリング用穴あけ(ボール盤)
⑨ ディスプレーサ:発泡スチロール
材料の切り出し(カッタナイフ)→円形加工(ヤスリ)
⑩ ピストンピン,クランクピン:M2ボルト
材料の切断(金属用鋸)→面取り(ヤスリ)
以上の製作工程により完成した部品は次の手順により組み立て,そして動作確認が行われた。
①部品→②組立(ボルト・ナットによる締結,接着,パテ盛りなど)→③漏れチェック→④機械摩擦のチェック→⑤動作確認
動作確認のできない場は,再度の漏れおよび機械摩擦のチェックを行いながら組立調整を行っている。
本製作により完成したエンジン12台を図4に示す。本エンジンは,時間内にすべて組み上がっている。エンジンの動作確認は,加熱部下部にシート状面熱源(表面温度100℃,発熱量15~16W)を設置するとともに,冷却部を室温(25℃)雰囲気下の自然空冷状態に置いて実施した。その結果,動作確認のできなかったのは12台中5台であった。動作しなかった原因は次のように考えられる。
加熱すると動作する空き缶エンジンを教材に選んだことにより,物づくりへの興味を誘起させることができるとともに,次のような教育効果をもたらしたと考えられる。
身近な材料と工具により製作できる教材,学生の興味を喚起できる教材,そして物づくりと関連教科とを結びつけることが可能な教材として,ビー玉エンジンと空き缶エンジンを紹介した。また,自らが物を作り出した経験の少ない1年生が,物づくりと各教材とのつながり,そして各教科の意義を理解し,興味を持って授業に臨めることを目的に実施した空き缶エンジンを用いた実感教育により,次の成果が得られた。