• 職業能力開発大学校  海野 邦昭

産業構造が高付加価値型へと移行するにつれ,以前にも増して,試作開発の重要性が指摘されるようになってきた。また一方で,東京都大田区の羽田地区や大阪府の東淀川地区などに代表される日本の高度成長を支えてきた中小・零細企業における高度熟練技能者の高齢化と,その後継者の不足は,特に技術・技能の空洞化を招くと危惧されている。加えて,製造業の海外シフトと若者の製造業離れは,技術・技能の継承をより困難なものとしている。そこでここでは,高度熟練技能の継承をいかにするかを考えるために,その現状と課題を労働省のアンケート調査結果に基づいて検討することにする。

1.高度熟練技能者とは

このたび,労働省では,高度熟練技能を継承するための支援事業を行うために,主として製造業における生産技能を対象として,高度熟練技能者の実態調査を行った。そこでここでは,最初に,この調査結果に基づき,現在,産業界で必要としている高度熟練技能者とはどのようなイメージか,検討してみたいと思う。

この調査に基づくと,高度熟練技能者は次の3つのタイプに区分されている。

Aタイプ:機械では代替できない高度な技能を駆使して,高精度・高品質の製品を作り出すことができる技能者,または機械が作り出す製品と同等以上の高精度・高品質の製品を作り出すことができる技能者。

Bタイプ:Aタイプと同等またはAタイプに近い技能者であって,幅広い製作要求にも応えられる柔軟性を有し,技術開発にも携われる者。

Cタイプ:高度な技能,技術的知識を持って,機械の性能を十二分に発揮でき,新技術の製造現場へのブレークダウンができる技能者。

そして,それぞれのタイプのイメージをわかりやすくするために,それぞれ次のような例をあげている。

Aタイプの例:自動車製造業では,噴射ポンプ部品等の精密研削,金型加工,試作ボデーの製作および鋳造木型製作などができる高度熟練技能者。また精密機械器具製造業では,超精密測定器および超精密工作機械の摺動面のきさげ作業,ブロックゲージAA級の鏡面加工およびX線や天体望遠鏡などの最終仕上げができる高度熟練技能者。

Bタイプの例:仕様変更,試作品製作等について柔軟に対応できる技能者や,試作設備の電気制御系の製作,開発テスト機の組み立て調整等を技術者と共同して推進できる高度熟練技能者。

Cタイプの例:設備のオペレーションができるだけでなく,メカトロニクスや保全工学の知識を有し,新技術を生産現場に具現化でき,また,設備の異常時の対応と再発防止ができる高度熟練技能者。

このように一口に高度熟練技能者といっても,そのイメージは,業種間で,また作業の内容によって,かなり異なっていることがわかる。そこで次に,現在,どのようなタイプの高度熟練技能者が必要とされているかを検討することにする。

2.高度熟練技能者を必要とする作業

図1は,高度熟練技能者を必要とする作業についてのアンケート調査結果である。図より明らかなように,高度熟練技能者を必要とする作業が今後も継続する,あるいは新規に発生するという認識が強くみられる。また熟練技能者のタイプでみてみると,今後,各タイプとも,その必要とされる頻度が高くなるものの,とりわけ「技術開発に携わることのできる高度熟練技能者」および「機械の性能を十二分に発揮でき,新技術の製造現場への具現化ができる高度熟練技能者」の必要性が高いことがわかる。このことは,産業構造が高度化ならびに高付加価値化するにつれ,以前にも増して,高度熟練技能者が必要とされることを示唆していると思われる。

図1
図1

次にどのような工程で高度熟練技能者が必要とされているかをみてみると,図2のようになる。図より,量産工程ではなく,多品種少量生産工程で,高度熟練技能者が必要とされていることがわかる。また各タイプとも,試作品の製作や製品企画・プランニング,工法・技術開発等において,高度熟練技能者が必要とされている。そして緊急時や異常時への対応,機械・設備の保全にも,高度熟練技能者が必要とされる頻度が高く,とりわけCタイプの技能者が必要とされている。

図2
図2

最後に高度熟練技能者が必要とされる作業を業種別に検討してみると,おおむねすべての職種において,高度熟練技能者が必要とされる頻度が非常に高くなっている。とりわけ各タイプとも,精密機械器具製造業,一般機械器具製造業,輸送用機械器具製造業および金属製品製造業等で,高度熟練技能者が必要とされている。そして全体の傾向として,今後は,BタイプとCタイプの高度熟練技能者の必要性が高まると予測されている。

3.高度熟練技能者の現状

以上述べたように,今後とも高度熟練技能者の必要性は,以前にも増して高くなっているが,一方でこのような技能者が高齢化しつつあることが問題となる。調査結果によると,高度熟練技能者の年齢で,最も分布が多いのが40~60歳である。そしてこれら高度熟練技能者を養成するのに必要とされる期間で最も多いのは,10~20年となっている。したがって,高度熟練技能者の年齢構成ならびにその育成に必要な期間からみて,これら高度熟練技能者が退職する前に,いかに後継者を養成するかが緊急の課題であることが理解されると思われる。

4.高度熟練技能者の充足状況

前述のような技術・技能の空洞化は,製造業の次世代競争力の弱体化をもたらすと危倶されているが,アンケート調査によると,図3に示すように,将来,高度熟練技能者が不足すると予想している企業が60.8%にも達しており,高度熟練技能者の不足が今後,深刻な問題になりつつあることを示している。

図3
図3

しかしながらこの数字は平均値なので,高度熟練技能者の育成を計画的に行っていると考えられる大企業と,中小・零細企業とでは,その充足状況はかなり違うと予想される。そこで充足状況を従業員数の規模別にみてみると,図4のようになる。現在も高度熟練技能者は不足しているが,比較的,従業員数が300人以上の企業では,充足率が高いことがわかる。しかしながら将来的にみると,このような企業でさえ,充足率が急激に低下すると予測されている。そして従業員数が100人未満の企業では,高度熟練技能者の不足する割合が非常に高く,今後,特に中小・零細企業において,いかに高度熟練技能者を確保し,また後継者を育成していくかが深刻な問題になるといえる。

図4
図4

5.高度熟練技能者の確保と育成方法

このように将来的には,高度熟練技能者を確保することが非常に困難な状況になると予想されているが,現在,企業において,どのような高度熟練技能者の育成方法がとられているかみてみよう。

アンケート調査の結果をまとめると,図5のようになる。高度熟練技能者の育成方法としては,職場のOJTが最も多いことがわかる。そして育成した高度熟練技能者を,定年後も引き続いて雇用すると考えている企業の割合が高くなっている。この点は,高齢化社会に向けて,評価すべきことといえる。

図5
図5

そこで次に高度熟練技能の継承を阻害している要因が何かをみてみると,図6に示すような結果が得られている。図より明らかなように,新規人材の確保が困難という回答が非常に高い割合を示している。このことは製造業において魅力ある物づくりを進めるとともに,高度熟練技能者の待遇を改善し,そして社会的な地位の向上を図ることが急務であることを示唆しているように思われる。また各技能者に高度技能習得の時間がとれない,社内に指導者がいない,そして高度熟練技能を習得させる資金的なゆとりがない等の回答も多く,国家的見地での高度熟練技能者育成のための助成が必要といえる。特に体力のない中小・零細企業に対しては緊急の課題と考えられる。

図6
図6

6.高度熟練技能の継承がなされない場合の影響

そこで次に,このような高度熟練技能者の育成が上手にいかず,その技能の継承がなされない場合の影響を調べると,図7のようになる。図より,この場合には,現場の技能が全般的に低下し,高精度で高品質の製品の実現ができなくなると考えている企業が多くなっている。また新技術の開発等,技術革新に協力できなくなる,そして緊急時・異常時への対応ができなくなる等の回答も多いことがわかる。したがって,製造業の海外シフトが進み,また高度熟練技能者が高齢化し,そして若者の製造業離れが著しい現状においては,もう一度,日本における物づくりはどうあるべきかを,真剣に議論し,抜本的な対策を講ずる時期にきているといえる。

図7
図7

7.高度熟練技能の継承のための提言

高度熟練技能者の待遇を改善し,その社会的地位を向上するには,私見として,技術・技能院を設置し,年金を支給するのが最もよい方法だと考えている。欧米のように,技術・技能は個人のものだという考え方が日本において早急に成り立つようになるとは思われないので,当分の間,国家的な褒章が必要であるというのが,私の基本的な考え方である。またドイツのようなマイスター制度の導入も考えられるが,日本において,偏差値社会を構成する教育制度や社会的な価値観が急激に変化するとは考えられないので,これも困難と思われる。

そこで現在できる具体的な問題は何かを吟味するために,高度熟練技能を継承するうえで,企業が行政に何を期待するかを調べると,図8のような結果が得られている。最も多いのが高度熟練技能者を育成するための資金援助である。前述のように,高度熟練技能者を育成するためには,指導者が必要で,またその育成には長い年月を必要とするので,体力のない中小・零細企業においては,特にこの問題が重要と考えられる。また前述のような高度熟練技能者の社会的地位の向上も望まれている。そして技能検定制度や公共の職業能力開発施設などの充実なども指摘されている。これらは日本において,多様な価値観を醸成するためにも,早急に着手すべきと考えられる。

図8
図8

以上のアンケート調査結果を踏まえて,具体的には,図9に示すように,高度熟練技能者に関する情報を提供する目的から,これら高度熟練技能者をデータベース化し,登録した技能者に高度熟練技能者の称号を付与し,そして定年後,優先的に公共の職業能力開発施設で後継者の育成に当たってもらう等の施策が検討されている。この施策は,私が考える技術・技能院設立のための第一歩ともいえるので,非常に注目される。ぜひ,皆さんも高度熟練技能者に登録していただき,後継者の育成にご助力いただけると幸いである。

図9
図9
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