• 居住系の能力開発 1
  • 国立職業リハビリテーションセンター 星加 節夫

1.はじめに

国立職業リハビリテーションセンターは,障害のあるすべての人たちの就業援助を目的として,日本障害者雇用促進協会が運営している。併設されている厚生省所管の病院を中心とした国立身体障害者リハビリテーションセンターと密接な連携をとりながら,医学的,心理的リハビリテーションやセラピー,そして生活訓練が施されている。さらに,就業を目的とした職業訓練まで,一貫した障害者の職業的自立を目指した職業指導やサービス,研究開発を行っているところである。

2.障害者をとりまく世界の流れ

将来に対して決して明るく開かれているとはいい難い今日,不透明さを増す社会構造の変化に呼応するように,さまざまな分野で社会システムの見直しが図られている。とりわけ,急速な高齢化社会を前にして,高齢者や障害者が一般健常な人たちとともに快適に暮らしていくための知恵やノウハウ,あるいは居住環境づくりが,早急にまた,総合的に求められている。

さて,目を外へ向けてみよう。ヨーロッパやとりわけ高福祉を誇る北欧では,街中で一般の人となんら変わらないで生活している高齢者や障害者をよく見かけるが,これは社会的サポートシステムの整備が進んでいるからといわれている。1960年後半にはすでに,公共の建築やインテリアは障害のある人々にもアクセスでき,利用できるよう配慮しなければならないという建築基準が導入されている。障害者,高齢者が自立して生活できるこれらのシステムの蓄積が,暮らし豊かなヨーロッパを支える伝統的一側面である。

また同じころアメリカにおいても北欧同様の基準が示されてきたが,1990年にADA(アメリカ障害者法)が制定され,飛躍的に障害者をとりまく環境が改善されることになった。移動,雇用,通信の各分野での,あらゆる障害による差別の撤廃と,公共建築,商業施設でのアクセシビリティの義務づけが実施されたのである。

障害者の人権を尊重した,住みやすい社会づくりの基礎となるこの法律は,ビジネス界や地方自治体に大きな財政的負担をかけることになったが,この膨大な負担の義務づけが,逆に新しいマーケットをつくり,新しいサービスの雇用創出につながってきている。障害者が前向きに社会の一員となり,生活をエンジョイしていく,このアメリカのダイナミズムとヒューマニズムの精神には大いに学ぶところがありそうである。

一方,日本では来たるべき高齢化社会を目前にひかえ,高齢者や障害者が円滑に利用できる公共建築の促進に関する法律(ハートビル法)が1994年に制定され,福祉の街づくり,人にやさしい施設づくりやケア住宅の推進にはずみがつくことになった。しかし,これは一部の建築設計において始まったばかりであって,車いすでバスに乗り,駅で地下鉄に乗り換え,自由に都心へ出歩け,生活をエンジョイしている欧米の街づくりには,まだ道はるかの感がある。経済力に見合った豊かさを実感できる社会資本の整備が急がれている。

3.バリアフリーデザインについて

われわれの生活している社会は,妊婦,乳幼児,視聴覚に障害のある人,車いすの人等が一緒に生活している。

しかし,今までの建築やインテリアは健康な成人を基準に標準化したサイズに設計されていた。そしてそれがため,高齢者,障害者を含めた,さまざまな人たちに快適な暮らしができる,生活サイズの基準とアイデアが今求められてきている。一般に車いす使用の障害者や高齢者が自由に移動できる段差のない住居環境づくりを,バリアフリーデザインと呼んでいる。また,低下した機能を補う補助機具をテクニカルエイドと呼んでいるが,この方面からの開発,アプローチもバリアフリーデザイン同様に重要な要素である。義手,義足のようなテクニカルエイドは,ちょうど近視,老眼の人のメガネ同様,それがあると一般人と同じ生活ができるからである。

高齢者,障害者をもはや特別の存在としてではなく,ともに働き,みんなが積極的に社会の一員となり生活をエンジョイしていこうというノーマライゼーションの考えが一般化してくるようになって,生活環境の改善や,生活の質(QOL)を高めることが声高に叫ばれるようになってきた。そして,社会的弱者を含めた立場の異なる人たちの参加とコンセンサスづくりが,今後の生活環境づくりや街づくりのキーポイントになってきている。

4.障害者の動作空間

障害者が介護なく,自由に生活し,一般健常者にも快適である空間づくりのポイントをいくつか見てみたい。

① 一般に車いす使用者は主に脊髄損傷あるいは頸髄損傷者であるが,下半身だけでなく,手の動作に関しても,なんらかの障害があり,コントロールが十分きかない場合が多い。ドアや引き戸の取っ手をつかみやすく,レバー操作のしやすいサイズと位置に設置する配慮が求められる。図1はそのイラストである。

図1
図1

② 障害者にとりキッチン等での作業は動作空間が限られているため,上部収納は多くを使えない。また下部はできるだけフリースペースとしてとっておきたい。車いすで膝まで入る必要からである。また,スイッチやコンセントの位置も床より80cm,45cm前後に取り付けるのが妥当と思われる。体がゆったり,安全に,しかも長時間快適に過ごすコミュニケーションの場としての空間づくりを配慮したい(図2)。

図2
図2

③ 身障者用トイレは2×2mを基準寸法とし,回転し,トランスしやすいよう,補助用バーを高さ65~70cmで幅70cm間隔で設置し,片方は移動の際90度近く回転できるよう配慮したい。少し広めの手洗いと,荷物棚の設置,そしてミラーは低い位置からも高い位置からも見られるようにしたい。非常用の呼び出しボタンや,埋め込み式呼び出しマイクの設置も必要である。緊急時に外部から入れるよう施錠解除しやすくすることも求められる(図3)。

図3
図3

④ 風呂は最もリラックスできる場所であるが,障害者には同時に最も危険な場所でもある。浴槽の底は平坦で滑らないようにすることが重要だ。また浴槽と洗場を移動するためのスノコの高さは40cmくらいの設置も必要である。障害者の動作空間を配慮することで,かかとをつまずくような危険のない,より快適なバリアフリーなインテリアをつくることが望まれている。

5.インテリアデザイン科について

障害者が健常者とともに働き,生活するというノーマライゼーションの考えが,ハートビル法の制定とともに社会に根づき始めた今,バリアフリーデザインの方向性が重要視されてきている。そして,さまざまな人たちに使いやすい施設づくりやデザインに,積極的に参加していくことに力点がおかれているのが当インテリアデザイン科である。障害者が日常生活の中で抱えている問題点や不都合さを整理していくこと等,高齢者や障害者への視点に立ったバリアフリーデザインでは,障害特性が1つの個性として,プラス面として生かされているのが大きな特徴である。現在,訓練受講生は,脊髄損傷,頸髄損傷,脳梗塞による半身不随,リウマチ,脳性麻痺等の重度の肢体障害者と聴覚障害者である。

平成3年に新設されたインテリアデザイン科の主な訓練モジュールは,

スケッチ,色彩演習,デザイン実習

建築インテリア計画実習,パソコンCAD実習

コンピュータグラフィック実習

等である。初めてデザインを学ぶ人たち,初めて図面を描く人たちに,より消化しやすく,より吸収しやすいように,かみくだいた内容のモジュールを組んでいる。自由な発想をいかに具体化し,継続した努力を引き出すかにポイントがしぼられている。

卒業生は現在28名,以下の企業群の中でデザインや設計,パソコン,CAD入力業務,そしてインテリアリフォームのアドバイザー等の業務に従事している。

●肢体障害者22名

INAX,タツノメカトロニクス,イトーキ,サンセイ,プラス,サンウェーブエ業,日本CMK,幸和義肢,日立建設設計,日立電線,ダイワハウス,リクルートプラシス,イトーヨーカドー,JALサンライト,東芝機械,木下工務店,東海設計,自営

●聴覚障害者6名

乃村工芸社,オカムラ製作所,サンワ設計,南王運送,日立建設設計,TOTO

また,訓練受講中,あるいは卒業後の各種資格試験へのチャレンジャーも多く,2級CAD利用技術者合格12名,2級建築士合格6名,1級建築士学科合格者1名等,他に負けず劣らずの合格者が誕生している。障害者雇用は,工場等の製造部門では飽和状態になっていて,サービス部門での雇用創出が新たな課題となってきているが,その最大のネックが通勤等のアクセスの問題と会社の中での施設設備の改善の問題,いわゆるバリアフリーの問題といわれている。そしてこれらの問題に試行錯誤しながら,正面から取り組んでいるのが,彼ら卒業生とも言える。

6.おわりに

デザインやアートの感性に関する分野では,障害者が健常者以上の能力を発揮できる可能性が十分にあるのではないだろうか。障害のある人は障害ゆえに,もう1つの別の能力が備わるのも人間のもつ生命力なのかもしれない。障害をもった人たちと,障害をもたない人たちと,ともに働き,そして働くことの喜びを分かち合える社会を目指して,国立職業リハビリテーションセンターは,障害者の就職援助を中心に,さまざまなサービスを行っている。インテリアデザイン科はその多様な方向性の1つとして,新たな職域開拓を模索していて,さらに多くの人たちに利用されるよう,役に立てられるよう,今後とも努力を重ねていきたいと思っている。

ページのトップに戻る