今日の高齢化社会に伴い,高齢者に対する住環境の向上に関心が集まってきている。
法的には平成6年に「高齢者,身体障害者が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(ハートビル法)の制定,その翌年に建設省は「長寿社会対応住宅設計指針」を示した。また住宅金融公庫融資制度も改定され,高齢者対応構造工事等に関する割増融資制度を設けた。これらのことは高齢・長寿社会に対応する住宅を一層普及させることを目的としている。このように住宅建築をとりまく環境も年々整備されつつある。
このたび,自宅の建て替えにあたり,車いすに対応する住宅を計画した。本報はその計画の概要と,“バリアフリー”の計画に関する一考察を報告するものである。
この計画においては,車いす利用の父親(右片麻痺)を在宅で介護することを前提とし,①アプローチと屋内移動を考慮すること,②設備,機器の設置について検討すること,そして③2世帯住宅としての機能を確保することを基本要件とした。
計画時の家族構成は両親,夫婦,子どもの5名で,いわゆる2世帯住宅であるが,台所,食堂,浴室等は共用とし,2階には夫婦寝室,子ども室,納戸,トイレ等を設けている(図1)。
部位ごとの計画の要旨は以下のとおりである。
外部からのアプローチは,車庫横に玄関までのスロープを隣接させることで,降車してからの移動がスムーズにできるように配慮した。玄関の上がりかまち高さはできるだけ低く抑え,玄関からは車いすを外出用から室内用へ乗り換えて上がることとした。また乗り換えない場合は,簡易スロープで対処できるよう奥行きを確保している(図2,写真1)。
通路に関しては,有効幅の確保,動線の単純化を念頭に置き全体の計画をした。
出入口は,車いすの動線上の3ヵ所(寝室-ホール,ホール-洗面所,ホール-居間)は,円滑に移動ができるように引き戸とした。手すりは,現行の移動方法が車いすのみであることから,トイレ,浴室のみに設置し,必要に応じて取り付けができるように,床上900mmまで下地処理を施している。
寝室(両親室)の計画は,車いすでの移動の面,介助の面から,室内に専用の洗面・トイレを設けた。室内のレイアウトで,ベッド,便器,手すり等の取り付け位置は,身体的な勝手と介助の形を考慮して決定した。特に車いすからベッドヘの移動,ベッドで体を起こすとき,またトイレ内での車いすと便座との移動の際は,手すりの位置だけで負担の度合いが変わってくる。それは同時に安全性にも直接関わることでもあり,十分留意する必要がある。収納については,納戸を設け動線上の出っ張りをなくすことで,移動の支障とならないように配慮をした。
台所,食堂は1所にまとめており,食卓も,車いすのまま使用可能となるよう膝下空間が確保できるものを選択した(図3,写真2~6)。
介護を前提として考えたとき,計画の第一歩は,現況をよく見据えたうえで,盛り込む機能を検討することである。トイレを例にあげれば,家族共用か,専用に設けるか,広さの検討(介助の必要性),手すりや補助具の設置はどうするのか,などの項目がある。食事,トイレ,入浴など一連の生活行動のなかで,自立できる部分と介助をする部分を考える。すなわち,①優先条件として盛り込む,②将来を考えて付加しておく,③下地処理など後で付加できるようにしておく,④盛り込まない,というような整理をすることが必要である。バリアフリー化の目的として,要介護者の自立を支援することと考えることもできる。またそうすることで,日常生活やリハビリに対する意欲を喚起することにもつながっているように思う。
メンタルな部分もあり,簡単に結論や最適な答えを得るのは難しいかもしれない。発想を変えて考えたとき,介護される側の快適さは,介護する側もしくは家族の構成員が快適と感じることにもなるのではないだろうか。
住宅のバリアフリー化は,序言にあげた制度化や,住宅メーカが“バリアフリー仕様”を標準として販売していることや,“高齢者対応”をうたった住宅設備機器の製品開発などを通して,一般に浸透しつつある。それだけユーザ側としても選択肢が増えてきたといえる。
ここで重要なことは,どの機器・設備を選択し,どう配置するか,といったハード的な要因だけでなく,なぜ必要か,どのように使われるか,というようなソフト的要素をどれだけ計画に盛り込んでいるかということである。その点では,住み手・使い手側の話を聞くだけでなく,医療・福祉の立場の専門家である医師,理学療法士,ソーシャルワーカーなどの方々とも連携をとりながら計画を進めることも大切であろう。
現在では一般に行われている段差のない施工は,この工事においては依頼した工務店では初めてのケースだったらしく,多少苦労があったようである。
バリアフリー,高耐久,高断熱などの新しい仕様がメーカ主導で開発され,規格化,標準化してきている。一方で介護を目的とするような住宅改造工事に関しては,始まったばかりといってよい。今後は地場の工務店をはじめとして,在宅介護を要件とする住宅改造,リフォームのニーズが高まっていくと思われる。その点からも施工者は住み手の状況をよく把握し,前項であげたような連携をもって解決する体制を構築することも必要ではないだろうか。
ある講演会での話であるが,改造工事で脱衣所と浴室との段差を解消しようと工務店に依頼したところ,木製のスノコを隙間なく作り込んだということである。これでは外すこともできず,メンテナンスも不可能である。このような住み手・使い手不在の施工がされないようにすることが大切である。
バリアフリーという言葉は,今や十分に市民権を得たものといえるだろう。一般の解釈としては,バリア(=障壁)をフリー(=取り除く)ということから,段差をなくしたり手すりを設けたりして,住む人にやさしい建物にすることを意味している。
筆者は県建築士会の高齢者問題研究委員会に属し,定例的な会合や,消費者フェア等の行事に参加している。そこで建築の設計・施工分野,あるいは福祉関係の方々とバリアフリーや住宅改造に関する勉強をする機会がある。
その中でも,昨年行われた“バリアフリーのまちづくり”をテーマとしたシンポジウムで,「ハードが備わっても心の障壁が取り除かれない限り,真のバリアフリーとはいえないのでは」という発言が特に印象に残っている。本報では,まちづくりにまで話を広げることはできないが,心の障壁を取り除くことも,バリアフリーを扱うときに忘れてはならないことである。
バリアフリーの目的でもある在宅介護を行ううえで,家庭以外の支援体制も重要である。居住地である熊本市を例にとれば,在宅介護支援センター,デイサービスセンター等の施設の設置や,住宅改造等の相談窓口を設け,実際に現地で要介護者とともに解決方法を検討するなどの体制がとられている。このように,医療・福祉の面から在宅介護をバックアップする形が整ってきている。
ではこれから住宅を計画しようとする方は,バリアフリーをどう考えたらいいだろうか。若年層であるほど無関係と思われるかもしれないが,私たちはいずれかは期間や程度の差はあれ,介護を必要とする身になることは確かであろう。家族構成,ライフスタイル等の違いはあるものの,最低限の備え(段差,手すり下地,階段の勾配,コンセントの配慮等)をしておくだけでも,長いスパンで見たときには有効である。その際に要するコストは,必要に迫られてから改造するよりはるかに少なくてすむはずである。つまりバリアフリーを特別なことと考えずに,計画の一要素としてとらえていくことも必要ではないだろうか(図4)。
今回の実践では,在宅介護を前提とする住宅の「住み手」と「つくり手」の両方の立場で考えることができた。
今後ますます高齢化が進むなか,“バリアフリー”建築への要求が一層高まると予想される。つくり手としては,ハード,ソフト両面からの検討を通し,そこで得たノウハウを蓄積するとともに,その情報を共有していくことこそ,バリアフリーを実現するうえで重要なことになると考える。