私は現在のポリテクカレッジ滋賀の教官として4年間卒業研究を指導してきましたが,そのなかで3年間1つのテーマのもとで研究を続けているものがあります。その題目は「サーモグラフィー法によるコンクリート充填性の管理方法」です。
昨年度,このテーマで本校の代表として学生が能開大での能力開発大学校卒業製作・研究発表会で発表させていただく機会を得ることができました。ここではその内容も含めて,これまでの本研究の流れを紹介していきたいと思います。
本研究の具体的内容に入る前に,この研究テーマの中に書いてある「サーモグラフィー法」について少し説明を加えておきます。物体表面からは常に放射エネルギーが放出されています。このエネルギーを赤外線カメラ(写真1)で捕らえ,熱画像としてモニタに表示し,物体の温度の分布から種々の解析を行う方法を「サーモグラフィー法」といいます。この方法は非接触で物体の温度を測定できることから,医学はもとより理学,工学の多方面で利用されています。建築構造物の分野においてもコンクリート,モルタル,タイルなどの剥離による落下事故を事前に防止することを目的とした診断技術,住宅環境における熱漏洩の検出などに,この方法を利用する試みが行われています1)。
さて,一昨年起こった阪神大震災で崩壊した建物の状況をみてみますと,壊れた鉄筋コンクリート造の中に大きな空隙部(コンクリートが中まで十分充填されていない)が発見されています。空隙部は構造体の欠陥となるもので,未然になくす必要のあるものです。本テーマではこの空隙部をコンクリート打設時に発見しようという試みです。すなわちコンクリートが硬化してからはその空隙部を修復することが困難ですが,まだ固まっていない打設時ではその修復が簡単にできると考えたからです。
物体の表面温度が一様であれば,赤外線カメラで捕らえたその物体の熱画像は単一の色になります。しかし,物体表面の温度分布が一様でない,例えば中央部分がその周辺より温度が低い場合,中央部分は周辺部分と異なった色となります。
一般にサーモグラフィー法による欠陥部分検出では,欠陥部分が他の部分と異なる温度分布を示すであろうことを前提に行っています。今回の「コンクリート充填性の管理方法」では,型枠と打設するコンクリートとに温度差が生じていることが前提になります。すなわち,コンクリートの温度が型枠より高ければ,熱はコンクリートから型枠表面の方に移動しますが,その途中に空隙部(空気層)が存在すれば,熱の一部はその空隙部に遮断され型枠表面まで伝達する熱量が少なくなり,その結果その部分だけが,他の部分より温度が低くなると考えられます。これを赤外線カメラで見れば,空隙部分だけが違った色で現れるはずです。
本研究ではこの点に着目し,工事現場でコンクリート打設時にモニタを見ながら敏速に空隙部を発見する方法を見つけだすことが大きな目標です。
ここではこれまでに行ってきた研究について,各年度ごとにその内容について紹介していきます。
研究目的は前項で述べたとおりですが,現在までは実用化できるかどうか探るための基礎的データの収集を行っている段階です。したがって各年度ごとに集めるデータのポイントを変え,実験を行ってきました。各年度のポイントは次のとおりです。
(1) 1994年度の実験
空隙部が本当に発見できるか,手始めに空隙部の位置は変えず,大きさと水セメント比を変化させ実験を行った。
(2) 1995年度の実験
空隙部の大きさを前年度より細かく変化させるとともに,空隙部の位置も変化させ実験を行った。
(3) 1996年度の実験
過去2年間の結果,1994年度発見できた位置で1995年度では空隙が発見できなかった。その原因を探るためコンクリートの流動性を変化させ実験を行った。
本研究における実験の流れは過去3年間ほとんど変わっていません。昨年度の実験の流れを図1に示します。
実験は計画に基づき,まず試験体作成を行います。図2に昨年度の試験体を示します。この中には仮想の空隙部としてスタイロフォームまたは塩ビ管を設置します。
試験体作成後,調合計算を行い,その結果からそれぞれの材料の計量を行い,所定の位置に測定機材を設定します。表1,2に昨年のコンクリートの調合表を,図3に昨年度の実験における測定システムを示します。
機材設置後,コンクリートを打設し,土木変換器でコンクリート内部温度を,赤外線カメラで型枠表面温度を測定します。このとき,測定を行う部屋の温度,練り混ぜる材料の温度にも注意を払います。なお,実験はすべて冬季室内で行いました。以下に各年度の実験の内容を示します。
(1) 1994年度の実験
コンクリートの種類:プレーンコンクリート
調合:水セメント比を40%から5%ごとに65%まで変化
試験体:600×600×124mm
空隙部:スタイロフォーム(120×120,100×100,60×60mm,厚みはすべて25mm)
空隙設置位置:中央(型枠裏面から30mm離す)
(2) 1995年度の実験
コンクリートの種類:AEコンクリート
調合:水セメント比は55%一定
試験体:600×600×124mm,300×600×74mm
空隙部:スタイロフォーム(150×150×25mm)
塩ビ管(φ71,φ56,φ44,φ35,φ25,φ20,φ16を使用)
空隙設置位置:中央(スタイロフォームの場合型枠裏面から距離を0,10,20,30mm離す,塩ビ管の場合型枠にじかに取り付け)
(3) 1996年度の実験
コンクリートの種類:プレーンコンクリート
AEコンクリート
調合:水セメント比は55%一定
試験体:300×624×124mm
空隙部:スタイロフォーム(150×150×25mm)
空隙設置位置:中央(型枠裏面から10mm離す)
スランプ値:8,12,15,18,21cmに変化
ここでは各年度に行った実験から何がわかったか簡単にまとめておきます。なお,写真2に実験から得られた空隙部摘出時における熱画像(1996年度,プレーンコンクリート,スランプ8cm,12分後の画像)を示します。中央部分にはっきりと空隙部を認識できることがわかります。
(1) 1994年度の実験
① 打設時にコンクリートと型枠とに温度差があれば空隙部を発見することは可能である。また,この温度差は空隙部が小さいほど大きくなる傾向がある。
② 空隙部を認識できる時間はその大きさにより差異がある。
(2) 1995年度の実験
① 空隙部の大きさが小さくなるに従って,空隙部を認識できるまでの時間が長くなる傾向がある。今回の場合,φ16mmまで認識できた(塩ビ管の実験において)。
② 空隙部を認識できるために必要な温度差は空隙部の大きさにかかわらずほとんど同じで,今回の場合約7℃以上必要である(塩ビ管の実験において)。
③ 空隙部の位置が型枠より離れるほど空隙部を認識するまでの時間が長くなる傾向がある。今回の場合,20mmまでしか認識できなかった(スタイロフォームの実験において)。
(3) 1996年度の実験
① プレーンコンクリートではコンクリートの流動性が増加するほど空隙部を認識できる時間が短くなる傾向がある。
② AEコンクリートでは空隙部を認識できる時間にコンクリートの流動性はほとんど影響しない。
以上,これまで行ってきた研究内容について述べてきました。現在の研究はまだ基礎的なデータの収集の範囲を超えておりません。実験はすべて冬季室内で行っておりますが,コンクリート打設のほとんどが屋外であり,冬季とは限りません。サーモグラフィー法は周囲の環境に影響を受けやすいのが弱点です。今後はこの点にも注意を向けさらに多くのデータを蓄積していくつもりです。
最後になりましたが,これまでの研究を通じて学生は1つのことに集中し,ねばり強くものを考える力をこれまで以上に養ってくれたものと確信しています。