短大における“人間教育”の試み
─「ほんものに触れる」「ほんものに学ぶ」─
ポリテクセンター宮城 テクニカル・オペレーション科(宮城職業能力開発促進センター)
青柳 幸四郎
若者たちの無気力,無関心,無責任等に対する指摘がテレビや新聞・雑誌等でなされてから久しい。実際に授業を担当してみても,飽きっぽくて持続性がなく,遅刻や居眠りも結構多いのに気づく。
10年間のポリテクカレッジ宮城での勤務のなかで,数年間にわたり一般教養科目である「生産工学(2単位)」を担当した。授業への集中力のなさを耳にしていたので,授業のやり方を自己流に大胆に変えて実施することを試みた。すなわち,教科書による授業内容を要点主体に絞り込み,そこに彼等のこれからの人間形成にかかわると思われる“よもやま話”を入れた。授業の冒頭で,「世の中の動きを知るとともに,そのなかでの自分を見つめ直してみよう」という“人間教育”(自立した大人の育成)の試みである。
最終の授業時に,この授業に対する彼等の率直な感想と評価を書いてもらった。それらの結果を見てみると,この試みに好感を示した学生が圧倒的に多く,その傾向は年度によって変わることはなかった。
以下にその概要を報告する。
経済的には豊かな時代に生まれ育ち,敷かれたレールの上をただひたすら走らされて今に至っているのだろう。強制されないとしない,できない,いわゆる自立のできていない学生が多く目につく。彼等自身にそれを気づかせ,反省するきっかけを与えるような授業を目指したい。教材の蒐集は,このようなことを意識しながら行った。ただし,上からの押し付けや道徳っぽいものでは反発を招くだけで意味がない。彼等が抵抗なく受け入れる内容で,インパクトがあり,かつ自分改造に取り組もうとする学生には具体的な方法論も入っているほうが役に立つ。
まず,身近な新聞から学生の関心を引きそうな話題を探した。最新情報に触れさせ,時代の動きや流れを感じ取らせることをねらいとしたものである。また,これまでに筆者が目にした単行本の中から,学生も興味を持ちそうな部分を抜粋した。さらに,学生達にも名前の知られている人,とりわけ地域にかかわりを持つ人については優先して採用した。例えば(以下,役職等は表1に従う),竹田利秋氏は仙台育英野球部の監督で,接触した学生もいる。西澤潤一氏は東北大学の学長で,高校の授業でも名前を聞かされている。東大名誉教授の竹内均氏は,予備校の校長先生として意外と身近に感じられている。さらに,表1に示した「自己開発法」の著者で,新日本製鐵の取締役相談役で経団連の副会長も務めた武田豊氏は,宮城県北部の築館近辺の出身であること,作家の戸川幸夫氏は,一時旧制山形高校に在学したことなどを知ると彼等も親近感を覚える。
使用した教材の各話題は,筆者にとって大いに興味のあるものばかりであるが,学生達もこれらに強い関心と反応を示した。「道理(?)には,年齢差は無い。」と言えるのだろう。
対象の学生は,機械系生産技術科,制御技術科,電子系電子技術科,情報系情報技術科,それに住・環系住居環境科の5科で,総勢100名である。なお,情報技術科と住居環境科には女子学生が多数含まれる。授業は,2つのグループに分けて実施した年度と,全科一緒に実施した年度がある。
複数科に跨る関係上,時間割の設定は朝の一時間目とか午後の一時間目とかの場合が多く,学生にとっては最も眠気を催しやすい時間帯となる。その対策の1つとして,教室では系ごとに座席群を指定し,一見して科・系がわかるようにするとともに,毎回,できるだけ多くの学生を指名して読ませた。「自分が何者か知られそうだ。」とわかると学生の態度はかなり変わってくる。
話題の解説では,各著者の意図するところ,および背景について,手持ち資料や自分の経験,体験を織りまぜながら説明を付け加えた。その際,押しつけがましい言動だけは一切控え,学生個々人の自由な受け止め方に任せた。
なお,今回のこの試みは,居眠り防止に少なからぬ効果があったことが,下記の感想からうかがい知れる。
・「朝一で眠く,すぐ教科書に入らないのが良かった。その内,目が覚めた。」
・「午後一の授業で眠くてしょうがなかったが,面白いので目が覚めた。」
なお,削減した教科書の内容を少しでも補いたいと考え,夏期休暇中には,かなり手間暇のかかるレポートの作成と提出を義務づけた。
この授業を彼等はどのように評価したかを感想文に見てみると,好感を持ってプラスの評価をした学生が全体の91.6%,逆にマイナスの評価をした学生は2.3%,どちらとも意志表示をしていない学生が6.1%で,圧倒的にこれを是認する学生が多かった。
ただ,マイナスの評価をした理由を見てみると,
・「生産工学の理論を学ぶためにこの短大に入った。」
・「生産工学をもっと多く学びたかった。」
など,至極もっともなことであり,一応,正論として受け止めておく必要があろう。
プラスの評価をした理由を見てみると,
・「面白かった。」「楽しかった。」「嬉しかった。」「好きだった。」「お世辞でなく本当に良かった。」…
・「考えさせられた。すごくためになった。」…
・「一学科で2つ(生産工学と人間教育?)学んだ。」
など,積極的にプラスの評価をしたものが多かった。そして,当方が抱いている“正論”から外れることへの懸念に対しては,
・「生産工学は社会を学ぶことだから問題ない…」
・「人生工学(?)であると考えればよい…」
・「後輩にも堂々と続けてほしい…」
など,助言とも励ましとも受け取れるような感想も見られた。
中身に対する感想を見てみると,
・「心打たれるものが多くあった。」
・「他人の人生の裏を見せてもらった感じ。」
・「ふだん,新聞を読まないから役に立った。」
・「新聞は読んでいたつもりだが,大事なところを素通りしていた。」
・「捨てずに取って置いて,また読みたい。」
など,「良かった」と評価するものが多かった。
ただ,目だったのは教科書に対するもので,
・「教科書は難しくて嫌いだった。」
・「教科書は頭に入っていない。つまらない。…」
などがかなりあり,授業のやり方を工夫する必要があることを示唆している。
次に,学生達が感想文を書くのに取り上げた題材について見てみる。付表に載せた各話題を広範囲に取り上げているが,その中でも特に多かったものを,表2にまとめて示した。
各年度,各系を通して見て断然多いのが,相田みつを氏である。次いで,徳大寺有恒氏や武田豊氏他が多い。系ごとの特徴を見てみると,機械系,電子系では竹田利秋氏や三遊亭楽太郎氏が,女子学生のいる情報系や住居・環境系では,アリス・ミラー氏や高峰秀子氏が取り上げられた。感想文が書きやすいとして,わかりやすい題材が選ばれた傾向もなきにしもあらずであるが,全体を通して見て,まじめに取り組んだことが各感想文からうかがえた。
この試みが,学生にいかなる影響を与えたか,感想から拾ってみると,
・「何か,将来役に立つような感じ。自分の考えや知識に影響があるだろう。」
・「自分を見つめ直すきっかけになる。」
・「自分の考えを直させられるインパクトがある。自分も変わらなければ。」
・「自分の脳を見直した。」(注,「だめだと諦めていたが,そうでもなさそうだと考え直した。」の意味か?)
・「視野が拡がった。人間として成長できた感じ。」
・「自分の間違いの多いのに気がつき,考えが変わった。」
・「社会に出るに当たって,少し不安が軽くなった感じ。」
など,これまでの自分の生き方を見直すきっかけになるとする感想文が多かった。これらには,前記の相田氏や大脳生理学の武田氏およびウェン.W.ダイヤー氏等の話題が影響しているものと思われる。
さらに,良い出会いに助けられたと語る戸川幸夫氏や,数々の大病を経験し,病気ではなくて病体だと言い切る升田幸三氏等の話に共鳴し,
・「小学高学年時に“いじめ”にあったとき,母親のアドバイスがあって乗り切れたことを思い出す。」
・「膠原病と闘いながらも明るい顔を失わない母親の強さ,偉大さをあらためて見直した。」
など,親への感謝の念を再認識したものもある。
“実際に役に立つ”とする感想も多く見られた。就職活動に関連して,竹内均氏や塩野谷祐一氏,あるいはN6などの社説が取り上げられた。
・「就職試験に向かう新幹線の中で何回も読み返した。」
・「就職試験の面接で,読んだ話と似たような質問が出て,役に立った。」
・「就職試験の論文に,覚えていた話を書いた。」
また,はじめてクルマを持ち,クルマに夢中になっている学生の多くは,徳大寺氏を取り上げた。
・「自動車任意保険は親任せだったが,見直す。」
・「自動車任意保険にすぐ入りたい。」
・「自動車任意保険に何となく入ったが,大事なことだと分かった。」
・「事故に遭ったときの対応の仕方,心構えを教えられた。」
その他,高校で野球をやっていた学生の多くは,竹田利秋氏の心の奥の思いに触れ感銘を受ける。
なお,筆者が企業内で経験した組織人としての行動や他企業とのかかわり合いの話には,学生達は特に興味を示し,
・「先生の企業体験談はわかりやすくて,もっと聞きたかった。」
という感想が多数あった。身近な存在ほど関心が強く,腹蔵のない失敗談や社内での悩み体験などに学生達は真剣に耳を傾ける。
各系,各年度を通して,最も多くの学生が感想文の題材に取り上げたのは相田みつを氏である。提供した話題の骨子を以下に記す。
「ラクしてカッコよければしあわせか?」(相田みつを著:「にんげんだもの」文化出版局刊,C相田みつを美術館より)
ある母親が息子の就職のことで相田氏のところへ相談に来て,「うちの息子は一人息子で大事に育てた子なので,骨の折れる仕事や,身体を荒っぽく使う仕事には就けたくない。倒産などの心配のない大きな会社か役所のような所への就職を世話してほしい。」と言うものである。
相田氏は,この母親の例を通して,読者に対し
「ラクしてカッコよければ,あなたはしあわせですか?」
すなわち,何かもっと大切なことを見逃していませんかと,問いかけている。そして,
「子どもは将来を生きる。その将来のことは何人にも予想がつかぬ。それ故,子どものときから,負ける練習,恥をさらす訓練,カッコ悪い体験をできるだけ多くさせておくことが大事だ。」
と,言っているわけである。
授業では,さらに,相田氏の「花を支える枝…」(図2参照)ほかの詩も一緒に紹介した。これらに対して,学生の多くは,
・「相田氏の文を読んで,ドキッとした。」
・「これほどインパクトを感じた授業ははじめて…」
という感想を述べる。また,
・「この母親と似たような例を身近に知っている。」
・「何でも親がやってくれた( 注).「やってもらった?」)ことを,今は恨めしく思う。」
・「相田氏の言っていることはわかるが,実行する自信がない。」
・「厳しく扱われ,恨みに思っていたが,今は逆である。」
・「学校でいじめられ,それを乗り越えたのが役に立っているのだということがわかった。」
・「苦労や試練をチャンスと思うよう心掛けたい。」
・「相田氏の言葉にはホッとするものがある。」
・「相田氏の人気の秘密がわかった。」
・「字をうまく書ける技術だけでは書家にはなれない。相田氏にはきっと字以外の何かがあるのだろう。」
・「相田氏の“花を…”を読んでわかった。先生に見透かされていて,この授業でやられたという感じ。」
など,実にいろいろな感想があったが,今の自分を見直すきっかけとして役だっている様子がうかがえる。
(1)教科書内容の削減について
教科書と話題提供の時間配分は大体3対1の割合で,後者に20~25分を当てた。今考えると少し長すぎたようにも思うが,もともと学校で学ぶのは,全体からみたらほんの入り口にすぎないことも事実である。興味を持ち,自主的に学ぶ習慣が身に付けば,それらの知識や技能は自然に身に付いてくるものである。筆者の経験からしても,仕事で本当に役に立った知識や技術は,卒業後に必要に迫られて自主的に学んだものだけであると言っても過言ではない。今回の「生産工学」はとりわけ範囲が広く,内容の少々の省略は長い目で見た場合ほとんど影響はないだろうと考えている。
(2)「生産工学」の授業の活性化について
授業を引き受けることが決まり,教科書1)をめくってみた。実際の生産現場も何も知らない学生達が果たしてこれらを理解し,“生産工学”に興味を示すだろうかと疑問に思った。それで筆者の担当する卒業研究グループの学生達に話題を持ちかけてみた。学生達は率直な情報を与えてくれた。それによると,授業の内容が難しいうえ,学生数が多いためか隣同士の無駄話や居眠り,内職などをする学生が多く,“先生も大変そうだった”ということであった。
やさしい教科書はないかをまず調べてみたが,「生産工学」あるいはそれに近い題名の本そのものがきわめて少なく,いくらかは増しと思えた“入門編2)”と題する本を選び使用した。ただ,結果的にあまり変わりはなかったように思う。
彼等の感想文のなかに,
① 「ビデオを使った授業を望む。」
② 「工場見学をしたい。」
③ 「選択科目にすべき」
など,なるほどと考えさせられたものがあった。これらも参考にしながら,科・系ごとに分けた少人数の授業も念頭に置き改善していくしかないだろう。
前任者(外部依頼講師)が辞退され,代わりの担当者が見つからないということで急遽代理を引き受けた。いろいろな科の学生の集まりを,いかにしてまとめ授業に集中させるか思い悩んだ結果,授業冒頭での話題提供を思いつき実行した。これをほとんどの学生は好感をもって真正面から受け止めてくれた。
教科書の授業には反省すべき点も多かったが,夏休み中に課した「生産工学」に関連するレポートの作成(注.他人の写しは不合格とした)にはほとんどの学生がまじめに取り組み,全員が提出した。
テレビのコマーシャルに,
「まずい! もう一杯!」
というのがあった。“にがくて飲みにくい”けれども飲まずにはいられない何かを,教科書以外にも求めながら,学生と一緒に考え,考えさせる時間を授業の中に積極的に設けてもよいのではないだろうか。
彼等は今,これまでの人生の助走を経て,跳躍へ挑まなければならない踏み板の上に立っている。ここで,一度,真正面から素直に自分を見つめ直してみるのも,決して無駄ではないだろう。
【謝 辞】
最後に,本文への写真等の掲載許可を与えて下さった西澤氏,竹内氏,戸川氏,故升田幸三氏ご令室静尾氏,相田みつを美術館の各位,また教材の出所の確認にご協力いただいた朝日新聞社に深く感謝の意を表します。
<参考文献>
1)日本規格協会編集・発行:「経営工学概論」.
2)人見勝人:「入門編 生産システム工学」,共立出版.